第43話 太古の残置物

「『ワープ能力』って言ってもな。なんでもかんでも好き勝手飛べるって訳じゃない。相当な精神力の操作と綿密な計算、それと長い反復練習と豊かな想像力が要るんだ」


 ガルデニア帝国皇帝バルティリウスの座る玉座の前に。

 ふたり。現れた。


「だから、ここの座標を正確に特定する為にデウリアスに近付いた訳だ。乱発できないから、護衛が出払うタイミングを反抗軍に作って貰った」


 男が語る。急にだ。誰かがここへ入ってくる予兆など無かった。

 皇帝は目を丸くしてしまう。


「で、だ。兵士達も大将軍もイエウロも倒れた。だが、シュクスも気絶しちまった。非武装で近付いたアイネを結局斬らずにな。さらにはキルエルでの合戦も、流石に魔剣無しじゃ厳しいだろう」

「するってーと、なにかい。今『皇帝を真に殺したいと思っている戦士』は——」


 女の方も口を開く。ふたりは並んで、皇帝へ剣を掲げた。


「僕らだけか」

「お前の『シュクス』と『反抗軍』は失敗だがな、チビガキ」


 アサギリと、ユーイだった。


「貴様ら、ワープ使いだな。『ラウム族』の、末裔という訳か」

「いい気になってのさばりやがって『アビス』の子孫が。やっとここまで辿り着いた」


 バルティリウスは腰を上げ、玉座から立ち上がった。背後の壁に立て掛けられていた『戟』を握る。


「出たな最強の『魔剣』」

「あれが『闇戟』か」


 緊張が走る。今、この場には3人のみ。誰も邪魔は入らない。


「闇に飲まれよ」

「!」


 バルティリウスが戟を振るった。すると漆黒の気体のようなものが先端から噴射し、靄のようにアサギリとユーイの視界を覆っていく。


「……くそっ!」

「最悪の能力だな……っ」


 ふたりは剣を振ってそれを振り払おうとするが、暗黒の靄は風圧では掻き消えず、さらに纏わりついてくる。


「頭を包まれれば痛覚以外の五感は消える。恐怖の内に死んでいけ『ラウム』よ」


 何も見えない。何も聞こえない。方向さえ分からなくなる。分からぬ内に、戟に貫かれる。

 バルティリウスは戦士としても、『頂点』に立つ。

 鋭く光る刃が、ふたりに迫る。


「お前は『賢者』じゃないらしいな。バルティリウス」

「!」


 アサギリとユーイが、闇から突き出したお互いの剣を合わせて。バルティリウスの戟を防いだ。馬鹿な。戟の来る方向もタイミングも分からない筈だ。バルティリウスは驚いて飛び退く。


「なんだと……」

「てめえの臭え『精神』が駄々漏れなんだよ。俺ら『妖精』にゃ、その魔剣は効かねえ」

「するってーと、途端に普通の『2対1』だ。一線を退いて久しい老兵に対するは、若く美しい妖精の戦士がふたりだ」

「美しいは言ってて恥ずかしいだろチビガキ」

「うるさいな僕も今後悔している」

「……!!」


 確かに、全盛期の何分の一の動きだろうか。ずっと玉座に座っていたのだ。

 バルティリウスの、魔剣こそ最強だが。戦闘力自体はふたりに及ばないだろう。『闇』の能力が効かないのであればもう勝てる要素は無くなる。


「オラァ!」

「ぐっ!」


 アサギリが畳み掛ける。彼の剣は魔剣ではないが、バルティリウスを追い詰めていく。


「僕も交ぜてくれよ」


 剣戟にユーイも加わる。バルティリウスは防戦一方だ。あっという間に、背が壁に付いてしまった。


「帝国は変わるらしいぞ。世界は『良く』なるらしい」

「なら、時代が変わるな。さあ交替だ」

「……貴様ら……!」


 ふたりの剣が交差して、バルティリウスの首元を捉えた。壁に刺して固定し、いつでも皇帝の首を飛ばせる。

 バルティリウスの手から闇戟が滑り落ちた。ふたりを覆う闇の靄が晴れる。今度こそ、憎き皇帝を睨み付ける。


「お優しいシュクスとアイネに甘えるな。お前だけは死ぬべきだバルティリウス」

「どうせ覚悟はできてるだろう? 遅かれ早かれこうなっていたと」


 交互に責め立てる。アサギリとユーイの、息の合った連携に。バルティリウスは為す術なく敗北した。


「…………ふん。殺せ」

「安心しろ。死ぬのはお前だけだ。帝国が滅べば大陸の経済基盤が崩れることくらい賢者じゃなくても分かりきっている」


 剣に入れる力を強めていく。


「……がはっ」


 バルティリウスの口から血が出た所で。


——


「やー待ておふたりさんよぉ」

「!?」


 背後から聞こえた声。女性の声だ。ぴたりと、剣は止まった。


「やっぱとんでもねえな『祈械』。前文明はこれで戦争してたのかよ。……あー。お前らの言葉で言うと『精神兵器』だっけか」

「てめえは」


 アサギリが睨む。入口にひとりと、脇にふたりの兵士が。

 何やら短い剣のような鉄の道具をアサギリとユーイに向けていた。


「あたしはシャルナリーゼ・ホードバリス。人呼んで『毒矢のシャルナ』だ。ガルデニア帝国七将軍のひとりで、祈械の研究開発もやっててな。暗部の主任でもある。んで、一番大事なとこだが——『アイネっちの姉貴分』ってことかな」

「毒矢のシャルナだと!? キルエルで出兵だろ!」

「ばあか。こっちだってワープ使えんだよ。お前らの先祖? が残した装置でな」


 シャルナが、現れた。彼女は得意気に、余裕のある視線をふたりへ送る。


「……それが何だよクソ女。もうお前らの王は殺すぞ」

「その前にお前らが死ぬ。見ろよこれ」

「!」


 彼女の持つ、道具。鉄で出来た、『筒』のような、奇妙な形をしている。


「……まさか『じゅ』」

「『ビーム』だ。凄いだろ」

「!!」


 試しに。引き金を引いた。すると筒の口から光が溢れ、閃光が真っ直ぐ突き抜けた。


「は……?」


 対角にあった壁は爆発し、崩れ落ちた。筒が光ったと思えば、次の瞬間にはもう。


「『光って』んだ。魔剣が発動する時も。お前らのワープ装置も。あらゆる祈械も電光も。……それ自体がエネルギーとして熱を持ってる。分かりゃ指向性を確保して束ねて、撃ち出す仕組みを『祈械』で作るだけだ。ここまで完成するのに何年も掛かったけどな」

「…………あり得ない……!」

「……敵に、僕らに黙って塩を贈ったのか。あの子供女王……」


 アサギリは。ぎりと歯を食い縛った。


「使い方はこれで正解か? お前らが元祖らしいな」

「調子に乗りやがって……!」

「因みにあたしが離れて良くなったほど、キルエルは落ち着いた。エンリオと変態クソオヤジが張り切ってな。反抗軍はもう終わりだ」

「……!」


 ふたり、目を合わせる。あの武器は。光の速さで自分達を貫く最強の攻撃力を持っている。それは、賢者ではなくとも親や一族から聞かされた『太古の話』に出てくる武器だ。

 それを、帝国の科学は再現してしまったのだ。


「…………チビガキ」

「ああ」


 ぼそりと。ユーイも頷いた。


「僕達ふたりと皇帝の命は、等価じゃない」

「おい……?」

「がっ!」


 止まっていた剣が動き出した。バルティリウスが苦しむ声を上げる。


「おいお前ら! ビーム撃つぞ馬鹿!」

「ああ殺せ。それで良い。僕らはもう、時代に置き去りにされた太古の残置物だ。無垢な少年を唆した罪もある。……一緒に処分されようか、バルティリウス」

「ババアの念願は既に叶ってる。俺が生き長らえて『アサギリ一族』に泥を塗りたくはねえ」


 もう、覚悟は決まっていた。敵の本拠地にたったふたりで乗り込んだのだ。そもそも、皇帝を殺した後、脱出手段は考えていない。再びワープをするまでの時間に、帝国兵に捕らえられると予想していた。


「がばぁっ!」


 バルティリウスの首から、勢い良く血が流れ出る。


「馬鹿野郎……」


 シャルナは、兵士達に合図を出して。


 ふた筋の光が閃いた。


「……アイネっちの影響か。撃つ前に声を掛けるとは、あたしも丸くなったもんだ」


 どさりと、ふたりが倒れて。


「結局、この『命の霊薬』だけは正体不明のままか。しかたねえ。陛下のお命が何より優先だ」


 緑色の液体の入った小瓶を取り出して、バルティリウスの元へと向かった。

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