第41話 アイネvs.リンナ
シュクスと、イエウロの一騎討ちが始まった。すぐに決着は着かないだろう。両者とも、世界トップレベルの強者だ。
その脇で。
「また……あんた。どこまでも邪魔するのね……!」
アイネは大勢の兵士達を引き連れて講堂に現れた。イエウロがシュクスを抑えてくれているなら。残るリンナ程度は、何とかなると考えている。
リンナは、アイネを憎々しげに睨んで剣を構える。
「この数を相手に、何ができますか」
「……!」
アイネが指示を出し、兵士がリンナへ詰め寄る。取り抑えるだけだ。それで終わり。捕まえ、シュクスに見せれば動揺し、イエウロが隙を突いてシュクスを倒すだろう。
「はああああっ!!」
「!?」
リンナを囲んだ数人の兵士が。
次の瞬間吹き飛んだ。
「何……!?」
「なめんじゃないわよ!!」
両手に握った剣を操り。踊るように回転しながら、兵士達を薙ぎ払ったのだ。
「あたしだって……戦えるんだから!!」
「!」
リンナの体格を見ても、大の男を吹き飛ばせる筋肉があるとは思えない。
「……貴女も魔剣を」
「悪い!? あたしは、シュクスの隣で戦う為に……!」
兵士達は動きを止めてしまう。剣を構えたまま、リンナに斬り掛かろうとはしない。
「そこをどきなさいアイネ! あんたは武器も持ってないんだから、痛いじゃ済まないわよ!!」
「…………フィシア」
「はい」
「!?」
もう、魔剣を持たない兵士は何もできない。例え相手が少女でも、魔剣に選ばれた時点で『将軍級』の実力を得るのだ。
「あんた誰よ」
「フィシア・リークヘルム。アイネ様の従者です」
「下がりなさい。怪我するわよ!」
それは、フィシアも同じ。細剣を構えて、アイネの前へ出る。
「知らないわよ」
「どうぞ」
リンナの魔剣の能力は分からない。魔剣同士の戦いを見るのは二度目だ。アイネも引く気は無いが、余波に巻き込まれないよう少しだけ後退する。
「はっ!」
「!!」
リンナから仕掛けて。
ふたりの剣が激突した。
「吹き飛べ!」
「眠りなさい」
——
「か……っ!」
「フィシア!」
瞬間。フィシアはリンナの剣から、あり得ない膂力で突き飛ばされ、向かいの壁に激突した。
「あ……いえ、様……!」
ずるずると壁づたいに落下して、そのまま動かなくなった。
「フィシアっ!」
だが。
同時に、リンナも、膝を折った。
「!」
「う……。なにこれ」
そしてそのまま、うつ伏せに倒れる。フィシアの眠剣から発せられたガスが効いたのだ。
「…………相討ち……!」
アイネは、まだ油断をしない。フィシアには、眠剣しか『適合しなかった』とは言え。
相性が悪いと思っていたからだ。
「(眠らせる、なんて普通は最強レベルだけど。彼らは常識度外視の精神力で耐える可能性がある。そもそも『睡眠ガス』なんて、風で飛ばされる)」
ここで、リンナを食い止めなければならない。だが殺す訳にもいかない。シュクスを覚醒させてしまう可能性があるからだ。少年がヒロインを戦場へ連れてくるのは、この場合理に敵っている。
「…………」
リンナは。
——
——
【気が付いたら、お姫様に転生していた。私は、夢が叶ったと思った。これで、辛い現実からおさらばして。悠々自適で幸せな生活が送れると思っていた。
違った。まだ言葉も話せない内に、ママが全てを捨てて、私を連れてお城を出た。
ママは気付いたんだ。この国は、酷い人体実験を行っていて。既に息子をひとり奪われている。パパには3人の奥さんが居たけれど、ママだけ嫌われていた。
人体実験とか、戦争とか。兵器とか。世界征服とか。
私が想像していた異世界じゃなくて。ここはまるで、『男の子の考えるような異世界』だった。すぐに察した私は、絶望した。もう一度死ぬ勇気なんて無かった。
帝国から離れた田舎で、なんとか生活していた。ママは多分、身体を売っていた。元々、皇帝に娶られる前も似たようなことをやっていた風だった。私はそこで育った。大人の知識と感性で子供に戻ると、同年代の子達と本当に『話ができない』と分かった。ここだけは転生のデメリットだと思った。私は転生しても友達ができなかった。
16歳になる年に、この田舎まで帝国が攻めてきて。
普通にママが死んだ。帝国兵は誰も気付かなかった。
終わった。そう思った。転生しても、成功するとは限らない。皆ずるいなと、私は数々の主人公達を呪いながら。諦めながら、帝国兵に凌辱されようとしていた。
そこに現れて。
助けてくれたのが、シュクスだった。
彼は本当に、『もう駄目だ』というところで間一髪間に合って。あっという間に帝国兵達を蹴散らして。
こっちに振り向いて。
優しく笑って。
大丈夫か? って。言うんだ。
始まったと思った。私の物語は、シュクスのと出会いから始まったんだ。
私は、彼の『ヒロイン』であると信じ込んだ。どこまでも絶対に付いていく決心をした。全てを肯定して受け入れてあげる決意を固めた。
ここは、『男の子の異世界』だから。私はヒロインとして、『男の子が喜ぶことをする女の子』である必要がある。だから、わざと露出の高い服を着たり、旅の途中に川があれば水浴びをした。シュクスが落ち込んでいる時はできるだけ側に居て、優しい言葉を掛けるようにした。
彼はいずれ皇帝を倒して、英雄になる。その時、隣に居れるように。一度逃した幸せを手に入れるために。
気付かない振りをしなくちゃならないけど。確実に、シュクスは私を好いてくれていた。もうほぼ、『私ルート』で固まった。途中、何人かヒロイン候補が出てきたけれど。地球の知識がある私は負けなかった。
剣も必死に練習した。私は守って欲しかったけど、やっぱり隣に居たかったから。体育はずっと苦手だったけど、この身体はよく動いてくれた。練習すればするほど強くなった。
これで大丈夫だ。後は帝国軍を倒すだけ。相手は悪者だから、負けるようになってる。
そこに現れたのが。
あの、アイネとかいう女だった。彼女は帝国側で、何故かシュクスを言葉で止めようとしてきた。倒す筈の将軍は倒せないし、彼女は戦わずに将軍へ指示を出していた。
そんな『役』、おかしい。帝国は全部『悪役』で、負けるために居るのに。女幹部とかでもない。アイネは、『ちゃんと』帝国軍で勝ちに来ていた。現に、負けた。出鼻を挫かれた。
『異世界』っていうのは、矛盾だらけだ。だけど皆気付かない。そして、気付かないことにしている。シュクスの行動が、何の意味もなくて、無駄なことだなんて。
そんなの『言っちゃいけない』ことなのに。
そこを、帝国に『ちゃんと』されたら。勝てなくなっちゃうじゃない。それはやっちゃいけないことになってるでしょうが。
あの女が邪魔だ。あんなの反則だ。シュクスが負けちゃったら。私はどうなるっていうのよ。
邪魔、すんじゃないわよ】
——
——
「ぅ。……あああああっ!」
「!」
剣を、自らの脚や腕に突き立てて。痛みで眠気を吹き飛ばして。
リンナは立ち上がった。
「やっぱり、破ってきた……!」
「ふざ……けんじゃないわよっ!!」
がくがくと膝を震わせながら立ち上がる。
「邪魔なのよ! アイネ! この……! あんたが!」
「……戦争ですから」
アイネの合図で、帝国兵が並び出た。相手はもうフラフラだ。彼らだけでどうになる筈。フィシアはもう倒れてしまっているが、リンナもボロボロである。
「何よ! 戦いなさいよ! あたしだけっ……! ズルいじゃない!!」
「……!?」
リンナは吼えた。
「あたし達が、何したって言うのよ! ママを殺して、沢山の人を殺して。……あんたらの方が『悪』じゃないっ! なんで、あたしが負けるのよ!!」
「…………善悪は立場と主観で変わります。貴女達だって、人を殺している」
「『
「!?」
壁が震えるかと思うほどの激情が。アイネを打った。それは、リンナの魂の叫びだった。
「……何語だよ」
「!」
隣の兵士が呟いた。それは、アイネには聞き取れたが。よくよく考えれば。
ガルデニアで使われている『大陸語』では無かった。
「こっちの思い通りの展開になりなさいよ! 『あたしの』転生でしょ!? ふざけんじゃないわよ!」
「……日本語……」
アイネは。
目を丸くした。
「なんなのよあんた……! うっ。……ふざけんじゃ……」
「抑えてください」
「はっ!」
兵士に指示を出しながら、アイネは考える。
この、リンナという少女は。
「ちょっ! 触んじゃないわよ!」
「魔剣を取り上げたらただの少女です」
賢者だ。
「…………NPC。展開。……転生」
その、初めて聞く筈の、知らない言語の単語が。
何故か深く、アイネに刺さった。
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