決戦
第40話 決意を口に
「セモ軍師長!」
「!」
王宮兵の駐屯所。その軍師執務室を兼ねる講堂へ一直線にやってきたアイネ。
ドアを開けると、大勢の軍師が集まって卓上に駒を並べていた。キルエルでの戦争を論じているのだ。
「アイネか。どうした」
急に入ってきた少女に対して、動揺が広がる。だがアイネは気にしない。
「緊急事態です。シュクスが、間もなく王宮へ攻めてきます」
「……なんだと?」
セモは、アイネの実力を認めるひとりだ。焦り顔でやってきた彼女を、即座に突っ跳ねたりはしない。
「反抗軍には居ないのか。いや……フラスタからの早馬はこのことだったか」
「はい。ですから陛下にお目通りを」
「……随分と急だが、そもそもお前、アクシアはどうなった」
「その報告も一緒に。アクシア女王からの書簡も預かっています」
「……分かった。宰相にも声を掛けよう。奴も今が一番忙しいが」
「お願いいたします」
——
——
「……よくぞ戻ってきた。アイネよ」
「遅くなり申し訳ございません。陛下」
ここまで、最速で来られたのは。
ひとえにアイネの、これまでの功績あってのことだろう。エンリオ、シャルナ、セモとバフンダインからの信を置けていたのは、アイネにとって仕事をする上でこれ以上は無いほどに都合が良い。
まるで、何か大きな存在に仕組まれているような気さえしてくる。
「奴等とアクシアは」
「繋がっておりません。こちらを」
ソラからの書簡を渡す。皇帝はゆっくりと開き、確認する。
「…………ふん。良いだろう」
読み終わり、頷いた。それから、再びアイネを見る。
「話は聞いておる。フラスタに『シュクス』が現れ、ウィリアが討たれたと」
「はい。早ければ今日中にも、この王宮へ辿り着くでしょう」
「フラスタからここまでは一本道とは言え距離があるではないか」
「彼らは風を操って高速で移動できます」
「ふむ……」
「貴様の職務怠慢か? 助言師アイネ」
「!」
皇帝の脇から、声がした。黒い髭を蓄えた男性。禍々しい黒紫の杖を持っている、甲冑姿の男性だった。
「よもやスパイではあるまいな」
「……イエウロ殿下」
以前の会議には居なかった。つまりは第一王子のイエウロだ。七将軍のひとり。彼は鋭い剣の瞳でアイネを突き刺す。
「待てイエウロ。彼女は賢者だ」
「それが、味方である保証にはならぬよ親父殿。そもそもがおかしい。年端の行かぬ子供が、クーリハァやウィリアを討ったことも。あり得ぬだろう。何かこやつが手引きをしたのだ」
「…………!」
ここへ来て。
『反アイネ』の有力者が居た。まず説明からしなければならない。話が進まない。
「私は帝国を滅ぼさせない為に全てを行っています」
「どう証明する。ここまで攻め込まれて言い訳に必死だな」
「時間がありません。陛下は避難を。シュクスは。……私が止めます」
「いや、お前は何もするな。俺が出る」
「!」
イエウロは杖を片手で振り上げ、出口へ向かった。
「敵が来るなら消すだけだ。しかも少数だろう? お前は全てが終わった後に安心しながら隠居して政治と軍事にはもう関わるな。これまでの働きで一生困らぬ褒美を取らせる。……何を働いたか知らぬがな」
「!」
反アイネ、ではない。
彼は信用できていないだけだ。アイネがどうこうではなく、真に帝国を守ろうとしている。
現実を見て。戯言に騙されず。
「だから下がれ。確かに、子供ひとりに対する警戒と、言い当てた予想は認めるが。……王宮には俺が居る。結局お前は必要無かったのだ」
「殿下」
「?」
アイネは。
イエウロが勝つならばそれで良い。何をどう蔑まれようと、故郷を守れたのならば。引退もしよう。屋敷も引き払おう。家族を守れるのなら。
「……お気を付けて」
フラグは、この男には効かないだろう。助言も必要あるまい。そう思えるほどの存在感を放って、アイネの横を通りすぎた。
「ここでそう言えるだけ、もうひとつ評価をあげてやろう。止められなかった罰として俺が一生飼ってやっても良い」
「シュクスを止められるならば、いくらでも」
「……そうか」
勝てる。そうだ。いくらシュクスが強くなろうと。帝国軍は薄くない。最強のエンリオが居なくとも、まだ帝都にはイエウロと大将軍が居る。兵の数も最も多い。それに、皇帝自身が武人でもある。
退出するイエウロに頭を下げて見送って。
「アイネよ」
「はい」
「我が息子は破られるのか」
「…………」
シュクスを止めるには。結局、この局面までは来ていたのかもしれない。
いやそもそも、止められないのかもしれない。全て神に定められた事項で、いくらあがいても変わらない運命なのかもしれない。
「まだ分かりません。運命など、終わってみなければ分からないのですから」
「…………避難はせんぞ。我も出る」
「! いけません。いくら武勇を誇る陛下でも——」
「兵達に示しがつかぬ。ここまで攻められては」
「しかし」
「無駄だアイネ。ここで逃げたとて、それで生き延びて。……そんな我を、民は支持せぬ。どちらにせよ、帝国は滅ぶ」
「!」
民を、支持率を大事にせよと言ったのは。そう、助言したのは。
「我が出て。『勝つ』しかないのだ。民の為に」
「うっ……!」
アイネだ。
アイネの最初の、皇帝への助言だった。
——
「失礼いたしますっ!」
伝令の兵士が入ってくる。彼は慌てた様子で、フィシアの隣に片膝を突いた。
「帝都中心広場にて! アルガルズ大将軍と『不死身のゼント』の戦闘が始まりました!」
「!」
始まった。
「し! 市中は混乱しております! ついに帝都に、敵が攻め込んできたのです!」
「敵の数は?」
「!」
予想はしていたことだ。問題は、敵の数。
反抗軍も来ているのなら危ないが。
「今のところは、『シュクス』『ゼント』『リンナ』3名のみです!」
「たった3名を、捕まえられないのね」
「は! ……はい!」
「下がれ……」
「!!」
アイネと皇帝が畳み掛け。兵士は戦々恐々として出ていった。
やはり来た。
彼らも敵中で必死だろう。速攻で決めに来ている。
「私も出ます。陛下はここでお待ちください」
「なんだと。そなたは」
「私の従者が、アクシアで魔剣を手に入れました。……陛下は、剣を取るにしても『最後の最後』で、お願いいたします」
「…………頼んだぞ」
「お任せください」
アイネは踵を返した。最後だ。
「行くわよフィシア」
「はい」
王宮が戦場になるとは異常事態だ。だが想定内ではある。ここで止められなければ、帝国は滅ぶことになる。
「帝国は、滅ぼさせない」
決意を口にした。
——
「風よ!! 吹けええええっ!!」
シュクスが風剣をひと振りするだけで。彼を捕らえようと集まった帝国兵が数十人単位で吹き飛んでいく。いくら囲んでも無意味に散る。これを『少数の子供』などとは、言えるわけが無い。
「はぁ……はぁ。……シュクス! ゼントはっ!」
「あいつなら大丈夫だ! 仲間を信じろ! 俺達は皇帝を!」
「……分かったわ!」
誰にも止められない。迷いの断ち切られたシュクスの纏う風は、これまでより一番、強く吹き荒れている。
「——もはやデュナウスすら、とうに越えているか」
「!」
その台風を。
風剣をぴたりと、止めた。
「なにっ!」
ぬるりと、王宮の床から伸びた黒い影。それが縄か粘膜のように絡まり、シュクスの剣は動きを止めた。
「魔剣はやはり危険だな。全て、ガルデニアで管理しなければならぬ」
「お前は、七将軍か!」
剣の影から、人が現れる。イエウロは王宮に侵入してきたシュクスを捉えた。
「大人しく死ぬが良い」
「うおおおおお!!」
「!」
振らずとも。暴風が吹き荒れ、影杖の拘束を破ってイエウロと距離を取った。
「リンナ下がってろ! こいつが皇帝への、最後の敵だ!」
「次期皇帝だ小僧」
緊張感が走る。シュクスの額から冷や汗が垂れた。
「(この奥に、皇帝が。なら隙を突いて私が殺せば)」
赤髪のリンナが。その双剣を抜いて、じりじりと迂回を試みる。
「行かせません」
「!!」
そこへ。
アイネが立ち塞がった。
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