第39話 怒涛

「ハッ! まさかここまで来るとはなァ!」

「!」


 フラスタの街は、工業の街だった。北西と西と東の三方に鉱山がある中間地点で、帝都にもほど近い所にある。

 その中でも一際大きい工場に、彼らは集まっていた。

 溶鉱炉の熱が肌に突き刺さる現場。本来ならば100人規模で労働させ、稼働しているこの工場は。


 現在、数人の男女を除いて全ての職員と兵士が倒れていた。


「お前が『炎鎚のウィリア』か!」

「あ――そうだ! クソガキよォ!」


 シュクスと。

 ゼントと。

 リンナが、そこに立っていた。そして、彼らの前に立ちはだかったのが、燃えるような赤い瞳を宿した青年。

 炎を纏い、燃え上がる戦鎚を担いでいる。


「俺の街に来たからにァ、この俺が灼き潰す! んでこの問題解決して、クソ女も晴れて解雇だ」

「…………奴隷達を解放しろ」

「はァん?」


 だが。

 怒りに燃えているのは、シュクスの方だった。


「この街は! お前らの強制労働で苦しんでいる人で一杯だ! 奴隷なんて制度、止めろよ!」

「……街の住民だ? 帝国民に見えたか」

「!?」


 ウィリアはその訴えに、全く興味が無かった。何を怒られているのかすら理解できない。


「ありゃウチが滅ぼした国の奴等だろ。労働させてやってるだけありがたいと思えザコが」

「――!!」


 その言葉で。シュクスの怒りは限界を突破した。


――


――


 それから、アイネが街へ到着するまで。

 ひとつ、夜を越えなければならなかった。


「…………は?」

「ですから……。ウィリア様は討たれました」


 フラスタの街の工場は、どれひとつとして稼働していなかった。街は滅茶苦茶に壊れており、死体の処理や建物の修復で慌ただしくなっていた。


「私は、ウィリア様の副将の、その部下です。暫定で、街の復興を指揮しています。まずは……怪我人の救出と、避難。それと」


 それだけではない。

 人々が暴れているのだ。民衆が、兵士へと殴り掛かっている。


「奴隷達が、反乱を。その混乱に乗じて、『犯人』は逃走しました」

「……奴隷」


 アイネは、唇を噛んだ。

 危惧していたのは『帝国軍の不当な支配』だけではない。この国には、奴隷問題と、貧困問題がある。今まで触れてこなかったのは、アイネがそもそも全てを把握して処理することができなかったからだ。同時にいくつもの問題を解決できるような超人など、この世に存在しない。

 だが今回は、そこを突かれた形となる。


「(シュクスの正義を刺激するものが多い。……もう迷ってはくれなさそう、か)」

「どうすれば良いか……。ああ、ウィリア様」

「フィシア」

「はい」


 どくんと。

 心臓が跳ねた。


「まず、暴れている人達の鎮圧をお願いできる?」

「すぐに」


 先を越された。

 かと言って、この街を放っては置けない。

 フィシアは、魔剣を抜いて、風のように走り去っていった。


「全て、聞かせてください。七将軍であり魔剣を扱うウィリア将軍がどうして敗北したのですか」

「……敵は、敵も魔剣を使いました。あれは、風でした。リンデンの、風剣かもしれません。いや、ですが、こんな所に」

「馬鹿……!」


 呆れた。絶望した。

 ウィリアはほんの少しも、シュクスを警戒していなかった。


「(シュクスのことを知らないなんて。私、将軍全員に情報共有と注意喚起の書状出したよね。無視したの? 本当に馬鹿)」


 手は打っていたのだ。アイネは、全ての将軍に手紙を出していた。軍師となってすぐにだ。シュクスについての情報と危険性、そして、見掛けた時の注意点と対処法を。

 この部下が知らないということは、ウィリアは部下に情報共有していない。どころか彼すらも書状に目を通していない可能性もある。


「そのウィリア将軍は?」

「……溶鉱炉に沈みましたので。遺体もありません」

「なんてこと……!」


 クーリハァに続いて。まともにぶつかった将軍が敗北した。だから言ったのに。


「(シュクスは、もう街を離れてる!? だとしたら、もう帝都だ!)」


 遅かった。間に合わなかった。

 せめて、ウィリアと話ができていれば。シュクスと話ができていれば。


「今回ばかりは、完全に……!」


 してやられた。出し抜かれた。


「終わりました。アイネ様」

「!」


 頭を抱えていると、フィシアが戻ってきた。この数瞬で、暴れている奴隷全てを眠らせてきたのだ。


「……殺してないわよね」

「勿論です。全員、眠っています」


 返り血も無い。魔剣から血の匂いも無い。


「良さそうね。『眠剣』」

「はい。手に馴染みます」


 フィシアに適性があった魔剣は。

 相手を眠らせる能力を持っている。


「敵は風剣だけですか?」

「いえ……。もうひとりの男は、氷の槍を」

「氷槍まで!? どうして!」

「うっ。……実は、この街でクーリハァ様を匿っておりまして。昨日、ウィリア様と同じように敗北し、魔剣を奪われました」

「――!!」


 最悪。

 思い付く限りの最悪が、現実になっていっている。


「炎鎚は!?」

「それは……破壊されました。粉々に」

「……っ!」


 歯を食い縛る。ぎりりと音がする。


「帝都へ連絡は!」

「既に昨日。……既に」


 これは、やばい。アイネは背筋がぞわりとした。


「――分かったわ。とにかく貴方は、街の復興を。奴隷は刺激しないように。あんまりなら捕まえても良いけど。帝都からの指示を待って」

「ぐっ。軍師殿は……」

「次に彼らが狙うのは帝都しか無いじゃない。大急ぎで向かうから。フィシア!」

「はい。もうご用意できています」


 この部下の男性に街を建て直せる器量がるとは思えない。だが今は。最優先事項がある。

 アイネが、馬に飛び乗った瞬間。


「アイネっち!」

「!!」


 呼ばれた。

 この場に居る筈の無い声で。


――


「――シャルナさん!?」

「おー。なんだ、どうしてフラスタに? デウリアスはどうした」

「シャルナさんこそ!」


 馬から、飛び降りる。アイネは信じられないといった風に、シャルナの肩を掴む。


「うおっ。……や、ワープ装置だぜ。ウィリアの野郎がやられたって聞いて見に来たんだ」

「帝都へ飛べるんですか!?」

「落ち着けよ。一体どうした」


 シャルナは驚いて、アイネを優しく振り払う。


「シュクスが帝都に来ます。ここを襲い、ウィリア将軍を討ったのは昨日のことです」

「!」


 何故、この街にアイネが居るのか。それは一旦置いておいて。

 シャルナは、アイネの瞳を見て理解した。


「――分かった。真っ直ぐ北上か?」

「十中八九。道中に何もありませんから」

「あたしの軍を動かそう。アイネっち軍持ってないだろ」

「ありがとうございます。ではワープを使えるなら――」

「半分フラスタへ持ってきて挟み撃ちだ。すぐ手配してやる。来い。帝都に戻るぞ」

「はい」


 それだけのやりとりで。シャルナは来た道を引き返す。アイネもそれに続く。フィシアは目を丸くしたが、すぐに追い掛けた。


――


「(私は、シュクスに対して追手は指示したことがない。無駄にこちらの兵力を減らして、相手には経験値を与えてしまうから。だけど、この期に及んではもう関係無い。『追われている』という精神的圧力を掛ける必要がある。無駄だと思っていても、無傷で帝都に入れる訳には行かない)」


 再びのワープ装置。フラスタの町外れから繋がったのは、暗部の地下室だった。フィシアがキョロキョロとしているが、説明している暇は無い。


「つっても帝都の関門も越えるか?」

「必ず越えてきます。彼らには今、風剣だけでなく氷槍もある」

「またヘマしたのかよあいつら」


 急いで地上へ上がる。シャルナは研究者達に何やら指示しながら。アイネはソラからの書簡を握り締めながら早足で王宮へ向かう。


「あたしは陛下の命令でキルエルへ行かなきゃならない。……貸せるほど兵を残せねえぞ」

「追手だけで充分過ぎますから。キルエルも重要な戦いです」

「じゃ、あたしに助言はあるか?」


 つと、立ち止まった。

 王宮の正面で。

 アイネは目を丸くした。


「…………」


 言葉が出なかった。シャルナは、アイネを信頼して、訊ねてくれている。


「(シュクス以外のことに関しては、私の知識はあまり役に立たない。だからこれは、シャルナさんの気遣いだ。だけど)」


 アイネが賢者ということは知っている。だがシャルナは。いや、この世界の人間は。


「(無茶をしないように。頑張ってください。……何を言っても『死亡フラグ』……!)」


 この感覚を、杞憂だと切り捨てる訳にはいかない。アイネは、頭をフル回転させる。


「……シャルナさんは、いつも通りで大丈夫ですよ」

「そっか。じゃあな」

「はい」


 これが正解かどうかは。

 戦争が終わってみなければ分からない。

 シャルナはまた、地下へと戻っていった。

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