ガルデニア帝国
第37話 帰国
皇帝にはどう説明したものか。
杖は渡した。
アクシアはシュクスの後ろ楯ではなかった。双方の争いには干渉しないと女王は言った。
そして、『魔剣』をひと振り、持ち帰ることになった。
恐らく、帝国としてはアクシアの『魔剣』を手に入れたかったのだ。それは分かる。急な使節で、アイネの仕事としては書状と杖を届けるだけだ。後は、アイネの『好きに』すればよいと。
魔剣はとにかく素早く、武力を強化できるからだ。そしてそれは、ソラも感じていた。だから折衷案として、『アイネに』あげようと思ったのだ。
シュクスの件を抜きにすれば。帝国の進軍は至って順調であるから。
「これまでは、シュクスへの帝国の抱く危険度は低かった。私だけが提唱していた。けど、そろそろもう、皆気付き始めてる」
「問題ありません。対シュクス専用にアイネ様がおり、アイネ様には私が居ます」
「……ありがとう」
フィシアは、厳かな装飾の施された麗剣を腰に差していた。細く短い剣だが、立派に『魔剣』である。
数日、フィシアはその魔剣を扱う為にアクシアに滞在し、技術者から指導を受けていた。その間アイネはソラに呼ばれ、何だかんだと話を聞いていた。
——
「今、速報が入りました」
「!」
ソラが、またしてもひとりでアイネの部屋へやってきた。この女王は、普段から宮殿を離れて街を練り歩いているらしい。
「帝国南方の国境都市『キルエル』の近くに、反抗軍がやってきたようです」
「なっ……!」
それは、女王の親切だった。元々、すぐに帝都に戻らなくてはと考えていた。フィシアが魔剣を扱えるようになればすぐに。
「アイネさんは、帰りはどのように?」
「船をお貸しいただければと思っています。難しいならば売ってくだされば——」
「真面目過ぎるのも、逆に隙を作りますよ」
「!」
ソラは。
見た目こそ『神藤愛音』に酷似し、さらに魂を受け継いだとして。
彼女は『アイネ・セレディア』であると感じた。
結局、生まれと育ちの環境が違えば別人なのだ。
「ワープでお送りしましょう。キルエル近くの森に装置があります。これはまだ、帝国軍には見付かっていませんね」
「……! そんな」
アイネは、身構えてしまった。この国は。ソラは。
世界中のワープ装置を把握しているのだ。帝国が、それを抑えていることも。
「(何が鎖国よ……。ワープを使って大陸の情報を得ていたのね)」
そんなことを。微笑みながら告げるのだ。そして、帝国はそんなアクシアの諜報活動を罰することもできない。ワープはそれほど価値があり、今アクシアと揉めている暇も無い。さらにアクシアは、大量の魔剣を製造している大変な武力国家であることも判明しているからだ。
この人懐こそうな少女は、侮れない。
「かしこまりました。ありがとうございます。すぐに準備をいたします」
「…………!」
思えば、急な指令とは言え島国へ行くというのに帰りを深く考えていなかった時点で。
『使者』として外交の経験が浅い少女だと、見抜かれていたのだ。
「アイネさん」
「はい?」
「私達はもう友人です。なんでも、いつでも頼ってください。もし、帝国で立ち行かなくなったら。アクシアは貴女を歓迎しますよ」
「…………ありがとうございます」
最後の最後まで。アイネは、ソラの『正体』を見破ることはできなかった。
——
アイネは、ソラに連れられて宮殿の地下にある『ワープ室』という所にやってきた。ここから、世界中のワープ装置へ繋げられるらしい。帝都にあった『暗部』のような造りの部屋だとアイネは思った。白い壁と床、『電光』の照明があった。
「こちらの円盤に乗ってください。すぐに、帝国領へお届けします」
「はい」
円形の装置。放つ光はアサギリの馬車のものと同じだった。アイネとフィシアは、並んでそこへ立つ。
「では。……次はもっと落ち着いた時にお越しください。バルト陛下に、よろしくお伝えくださいね」
「!」
ソラから、書簡を受け取った。皇帝へのものだ。アクシア王の印が捺されている。
「かしこまりました」
にっこりと、あどけない笑顔を見ながら。
視界は白く覆われていった。
——
——
南方のキルエルは。山岳地帯だった東方のパキリマ地方と違い、平野が広がっている。軍隊を分けずに陣を敷くには好都合だが、戦争に於いては奇策が打ちにくい点もある。
だが、これはアイネの予想する範囲内だった。
「(リンデンを戦場にはしたくない筈。西は海で、北はメルティスがある。攻めるなら南だとは思っていたけど……)」
ソラの言葉通り、辿り着いた先はキルエルの近くだった。平原の所々に点在する森のひとつに、装置はあったらしい。
「大冒険だったわね。さて。……キルエルの管轄は、ウィリア将軍だったわよね」
「『炎鎚のウィリア』将軍ですね。どんな将軍なのですか」
気持ちを切り替える。もう、戦争が始まるのだ。反抗軍がどれだけの兵力なのかも分かっていない。だがシュクスを筆頭に、帝国に対抗し得ると判断したから、軍を起こしたのだ。
油断は決してしてはならない。
「ちょっと、心配な人かな。色々と」
アイネは、『影杖のイエウロ』以外の将軍には幹部会議で会っている。ウィリアというのは、いつも両足を机に乗せている下品で無礼で、態度の悪い男性だ。実力は高いのだろう。だが、アイネは信用していなかった。彼も、アイネを認めていない。シュクスを軽視している発言が目立っていた。
「急ぎましょう」
「はい」
国境はもう目で見えている。1時間も歩けば辿り着くだろう。確かに、国外まではワープ装置を探していない。シャルナからの報告を聞き忘れていたことを、今更になって後悔した。
——
軍師章を片手に、キルエルへ向かう。途中、反抗軍の行軍も確認した。さらりと見ただけだが、ある程度の規模も予想できた。
「無視しますか? もう少し探りますか?」
「いいえ。私達の仕事じゃないわ」
フィシアが魔剣に手を掛けて訊ねるが、アイネはそれを止めた。
例え強くなろうとも。戦うことは最終手段だと、目で訴えて。
フィシアも頷いた。
——
「『軍師』アイネです。街へ入れてください」
「ぐっ。軍師章!?」
関門にて。当然のように止められたアイネは、それを翳す。
だが門番の男は、半信半疑でアイネを見る。
「失礼ですが……。どちらの所属でありますか」
「ありません。私は陛下の直属です」
「…………なぜ、ここに? 国外から」
当然ながら。アイネのことは、末端の兵士までは伝わっていない。思えば、将軍を伴わずに領地へ入るのは始めてだ。門番からすれば、こんな少女が軍師であること自体がそもそも怪しい。
「極秘の任務です。怪しまれるようでしたら、貴方の上長へ取り次いでいただけますか」
「…………ですが」
「今、南方に敵が攻めてきています。それは分かっているでしょう? 時間が惜しいのです」
「申し訳ありません。そんな時だからこそ。確証の取れない方を入れる訳には行かないのです」
「だから。軍師章を見せましたよね。本来はあれで充分証明になる筈ですが」
「……しかし」
急がなければ。しかし、街へ入れない。戦争前で警戒心が高まっているのは分かる。
だがここで足止めを食らっている場合ではない。
「分かりました。確認して参りますから。お待ちいただけますか?」
「お願いします」
男の方も、どうにも『本気』である彼女達の瞳を見て。ようやく折れてくれた。
「強行突破は」
「しないわよ。落ち着いてフィシア」
フィシアは、恐らく魔剣を早く実戦で使いたくて仕方ないのだろう。そんな雰囲気がある。アイネは、上手く誘導し、指示ができるだろうかと少し考えた。
——
しばらくして。
「アイネか。何故ここに居るんだ」
「!」
門番が呼んできたのは、上長というより。『最高司令官』だった。
「エンリオ将軍!?」
「……久し振りだな。フェルシナ以来か」
雷刃のエンリオ。七将軍最強と言われる男がやってきた。アイネも信頼を置く男だ。これで安心して、街へ入れる。
「将軍こそ、どうしてキルエルに」
「俺はここの指揮を陛下に任された。久々に、大きな戦争だからな」
「!」
反抗軍のことは、既に帝国内にも知れ渡っているらしい。間に合って本当に良かったと、アイネは胸を撫で下ろす。
「市民の避難はもうすぐ完了する。他の将軍の軍も続々と集まってる。……『助言』を頼むぞ、アイネ」
「はいっ」
軍師と言うが、正確には。
アイネは『助言師』であることは。エンリオが最もよく理解している。
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