第31話 会談

「………………そうですか。ユーイちゃんは、これのことを言っていたのですね」

「…………まさか」


 無言のまま、屋敷内へ通されたアイネは。テーブルを挟んでセリアネと相対していた。


「このような形で、貴女にお会いすることになるとは。いや……」


 アイネは考えていた。今、セリアネと会う『意味』を。話すべきことを。選ぶべき言葉を。


「貴女とお会いする機会を、このような形で迎えるとは」

「……書面では何度かやり取りをしましたね。お名前は、何度も、耳にしています。アイネさん。騎士からも、シュクスからも。リンナちゃんからも。ユーイちゃんからも」


 この場は、ユーイとアサギリが『セッティング』したものだ。何者かが仕組んだということはアイネにも理解できた。

 それとは別に。

 いずれ会うべきだと思っていたのだ。

 あのシュクスの実姉にして、アイネが初めて『戦争を停めた』都市の長だから。


「姫。この場は本来は——」

「分かっていますアサギリさん。この会談は『公』にはならない。それで良いです。私は個人的にも、彼女と話してみたかった」


 セリアネは嬉しそうだった。突然のことで驚きはしたが、『突然の来客』はつい先日経験している。


「では、アサギリさん。部下の方も。ご退室願えますか?」

「!」


 セリアネは、『領主』である。歳は若いが、その責任の重さと、『常に考えるべきこと』は充分に理解している。


「……分かりましたよ。行くぞお前達」

「はっ」


 そんなセリアネの気概を、アサギリも理解している。彼はセリアネの言葉通り、部下を連れて退室していった。


「ではフィシア。貴女も——」

「いえ。それには及びません」


 それならばと、アイネもフィシアを退室させようとするが。セリアネはそれを止めた。


「?」


 くすりと笑うセリアネ。


「いつも男性に囲まれていると、息が詰まるでしょう?」

「……!」


 軍師と、自己紹介をした。セリアネはアイネに、親近感を抱いているのだ。アイネは一般的な軍師とは違うとはいえ。


「……痛み入ります」

「ええ」


 敵である。つい数ヶ月前まで戦争をしていた。だが。

 セリアネは、シュクスの姉だ。


——


「——さて」

「!」


 それは、それとして。セリアネは領主だ。

 敵国の軍師に。聞きたいことなど山程ある。

 セリアネは自分で作った和やかな空気を、彼女自身で打ち破り、場を緊迫させた。


「ガルデニア帝国は、リンデンと敵対関係にあります。何度も、衝突しています。ティスカ管轄の前将軍は、何度もこの地に攻め入りました」


 怒りが、悲しみが、悔しさが無いわけでは無いから。


「バルティリウス陛下は、何をお考えなのか。お聞かせ願えますか?」

「…………」


 セリアネはわざと、このように質問した。まるで帝国の責任を、アイネひとりに押し付けるかのように。


「……陛下の真意など、平民出身でいち軍師でしかない私には測りかねます。軍属はただ従うだけです」

「それは一般論でしょう。貴女は『特別』です。それは、蚊帳の外の私にも分かります」

「!」


 賢者という考えと言葉は、帝国でのみ通用するものだ。セリアネは知らない。


「ついこの前、シュクスが帰ってきました」

「えっ」

「貴女は……弟の行く先々で立ちはだかり、弟のやることを止めさせようと訴えているそうですね」

「!」


 だがセリアネは。賢者などという訳の分からないものではなく。『現実のアイネ』について聞き及んでいる。


「私も血が嫌いです。あの子が旅に出ると言った時、酷く反対しました」

「…………!」

「『風剣』を継いだから。前騎士団長デュナウスの遺志を継いだと言って。帝国の支配から皆を救うと言って。この家を、リンデンを出ていってしまいました」


 久々に帰ってきたシュクスは。精神こそ疲れた様子であったが。大きな傷はひとつも負っていなかった。


「帝国軍は残虐。帝国は非道。皇帝は冷酷。……それが、諸国の共通認識です」

「……分かっています」


 アイネも知っている。実際に見てきている。ティスカを。フェルシナを。


「……貴女のお陰で、弟はまだ死んでいないのでしょう」

「!!」


 毅然としながらも。

 セリアネの瞳は潤んできていた。


「あの子が連れてきた仲間の女の子が言っていました。帝国には、『内側』から変えようとしている改革者が居ると」

「(改革者……?)」

「その名前と、私が聞いた『ティスカを平定した方の名前』が一致したのです」

「!」


 口角も上がった。

 本当は。戦いたくなどない。当然だ。いがみ合いたくなどない。


「貴女が、やってくれたのでしょう。悪逆の将クーリハァを失脚させ。治安を回復し。リンデンと停戦協定を結んで。貴女が。強大な帝国には歯向かうたった数人の弟たちを。殺さずにいてくれたのでしょう」

「……!!」

「本当はもっと早くに話したかったのです。貴女のような方が居てくれれば、帝国とリンデンは手を取り合えると思ったから。今日初めてお会いして、仲良くなれそうだと思ったのです。とっても、可愛らしい、優しい女の子」

「!!」


 シュクスは。

 この『姉』の影響を強く受けて育ったのだ。アイネは確信した。


「……申し訳ありませんが、『仲良く』はできません」

「!」


 当然だと、思った。帝国の侵略と支配は。既に根深く、他方から恨みを買っている。

 それら全てを払拭しようとするならば、100年あっても終わらないだろう。


「私が、『リンデン領主』と繋がれば。それは反逆です。知られればその日の内に首が飛ぶでしょう」

「…………そう、でしょうね。分かっています」

「それに、貴女は勘違いをしています」

「?」


 セリアネからのアプローチを振ったアイネは、しかし彼のフォローはしなければならないと思った。

 姉にとってはいつまでも弟だが。

 子供ではないと。


「確かに、シュクス殿とは何度か敵として相対していますが。私は毎回、彼を『必ず殺すつもり』で挑んでいます」

「!」


 はっとして。セリアネはアイネを見た。


「彼が、私を上回っているのです。毎回、私の予測を遥かに越えて。この前など完全に虚を突かれ——」


 思い出す。

 あの瞬間を。

 斬撃の台風が迫る瞬間を。


「——……私の義兄が斬られました」

「!」


 言った瞬間に、アイネは後悔した。こんな個人的なこと、誰にも言うべきではない。アイネはもう、何も知らぬ『民』ではないのだから。

 だが『言わせる』雰囲気を作ったのは、セリアネであった。


「……そうですか。あの子はそれで……」


 そして『聞き出した』のも、セリアネの実力であった。合致したのだ。

 シュクスが斬ってしまったのが、アイネの義兄で。では市民である彼が庇ったという軍師こそが、このアイネなのだ。


「…………アイネさんが帝国ではない所に生まれていれば。弟と仲良くなれたかもしれませんね」

「それを言うなら。帝国の腐敗を防ぎ、内政も国交も正常化させたいならば貴女達こそ、帝国に生まれるべきでした。どこまで行っても——」

「そうね。もしもの話をいくら言っても——」


 分かり合えない、訳ではない。仲良くできない、訳ではない。


「私達は敵同士」


 してはならないのだ。

 彼女達は。


——


「ですがリンデンは、どこへも攻める気はありません。帝国さえ『改めて』いただければ。こんな苦しい『しがらみ』はすぐに無くなるのです」

「……現状は認めて諦めることは必要です。私が生まれる前から、帝国は侵略を開始しています」

「では、今度はアイネさん個人に訊きましょう」

「!」


 アイネは、立場上仕方の無いことではあるが。後手に回ってしまっている。シュクスらについて聞きたいこともあるが。

 やはりセリアネの方が、『上手』なのだ。『知識』に頼らず、幼い頃より領主としての勉強をしてきたのだから。


「貴女は。何を、どのように、お考えなのでしょう。帝国『軍師』アイネさん」

「…………」


 少なくとも。今の帝国軍に入るということは、皇帝の『覇道』を肯定するということだ。

 悪逆非道の侵略と支配を。

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