リンデン②
第30話 邂逅
「ひとりっつったろメスガキ」
「書簡には『武器の持ち込み』が禁じられていただけです。彼女が武器に見えますか?」
数日後。
アイネはまた、デウリアスの屋敷に呼び出されていた。皇帝からの勅命でもあったからだ。どうやら、アサギリは『アクシアの使者』として扱われるらしい。
つまり、リボネでの件は『不問』となったのだ。それほど、アクシアとの繋がりを重視した結果なのだろうとアイネは解釈した。
「それに、ワープがあるとは言えしばらくの外出になるでしょう。世話役ひとりくらいは付けさせて貰います」
アイネはメイドのひとりを従者にしてやってきた。ラットリンでもゼフュールでも、ミーリでもアミューゴでもない。
もうひとりのメイドを。
「……ちっ。ガキのくせに『女』出しやがって」
「(改めて見ると、シュクス達への態度と180度違う。ここまで露骨にするメリットも無いと思うけど)」
屋敷の庭には、馬車を用意していた。アサギリは商人だ。荷台には色んな商品や物資が混載されている。
「アイネ様」
「何? フィシア」
メイドが、アイネへ耳打ちする。彼女はアイネと同年代だ。今回、ミーリやアミューゴではなく彼女を連れてきたのは理由がある。
「あの男の寝首を掻けば良いのですね」
「いやっ。……駄目よ?」
戦闘能力である。
そもそもアイネは、『旅』は初めてだ。以前ティスカの街へ行った際は片道1ヶ月程度馬車に揺られたが、皇帝直属の従者が監視を兼任しながら世話をしてくれた。『賢者』以外はただの17の少女であるアイネには、ひとりで満足に『旅』をする能力は無い。火も焚けず、濾過もできず、テントも張れなければ食料の調達もできない。
大陸最大の帝国の『メイド』は、それら全てを当然にこなす。
だが、ミーリはそれに特化しすぎており、アミューゴではまだ経験が浅く不安が残る。
このフィシアは、加えて『戦闘技術』を持ち合わせていたのだ。
勿論力は男に及ばない。だが。であれば油断させれば良いし、女性であるフィシアはそれを容易に為せる。
「言わせておけば良いのよ。わざわざ付き合うこと無いわ」
「かしこまりました」
「…………」
フィシアは普段、屋敷では必要以上の仕事はしない。ミーリやアミューゴはなんのかんのとアイネの世話を焼きたがるが、フィシアはそこまでしない。任された仕事はきちんとこなしているため、アイネも普段はそれ以上を求めはしない。
「今回は、私達は『使者』なんだから。基本的に戦闘は駄目よ」
「はい。アイネ様」
荷台に乗り込む。いつもの軍服に、使者の証を胸に着けて。
荷物は、皇帝からアクシア王への書簡と、ひとつの『謹呈品』。それは長細い箱に入れられた『杖』だった。中身はアイネも知っている。
一度王宮へ呼び出されたのだ。
——
——
「杖、ですか?」
「うむ。これを見てどう思う? アイネ」
皇帝が取り出したのは、古そうな白い杖だった。特に何の変哲も無い。装飾も無い。古ぼけた、杖。
「……随分と、古い物のようですね」
「そうだ。『ラウムの杖』と言う。どれくらい古いと思う」
「…………」
ガルデニア帝国の歴史は100年。その前、『港町ガルデニア』の歴史は200年。それ以前は、1000年前までしか、人の歴史は遡れない。
アイネは一般的な解答をする。
「100年程でしょうか」
「5000年だ」
「!?」
唐突に、皇帝の口から出た思いもよらない数字。アイネは驚愕する。
「『歴史』は、幾度か途絶えておる。アイネよ。『賢者の知識』は、『超古代文明』の知識なのだ」
「……遠く未来の知識だと聞いたことはありますが」
「逆だ。太古の叡知である。……その杖を、『持ち主へ返して』やりたいのだ」
「……持ち主。ですが、真に5000年前ならばもう生きては居ないでしょう」
「否。『継いでおる』筈だ。歴史や文化が途絶えようと、『祈り』は消えん」
「!」
祈りとは。暗部でも聞いた言葉だ。死してなお、『魔剣』として宿る意思のことを。
「では……これを『ホシノ』の当主へ?」
「いや。『イケガミ』もしくは『イガラシ』という名を持つ者に。会えば分かる」
「…………」
この時点では、アイネには何も分からない。そんな『知識』は無い。
ただ皇帝の命令を遂行するだけだ。
「かしこまりました。必ずお届けいたします」
「頼んだぞ」
——
——
他には何もない。これは極秘の任務であり、帝国の使者がアクシアへ行くということは他国に知られてはならない。アイネの荷物はそれだけだった。
「アイネ」
「殿下?」
デウリアスが見送りにこちらへやって来た。正直、彼への印象は良くないが。
「アサギリは本当は良い奴なんだ。ただ、自分が『賢者』じゃないことに苛立ちを覚えている」
「…………」
賢者など。世界中を探しても100人は居ないだろう。その存在すら、殆どの民が知らない。
「『知れば』責任が生まれます。良いことばかりではありません」
「賢者は皆、そう言うんだ。俺達は根っこのところで、最後まで分かり合えないのかもしれないな」
デウリアスは、賢者であったと言う兄を亡くし、妹を失っている。
賢者に対して思うところはあるのだろう。自分が王子であるなら尚更のこと。
「行くぞ。時間だ」
「はい」
アイネに続いて、アサギリの部下が数人荷台へ乗り込み。
最後にアサギリがやってきた。
「騒いだら殺すぞ女ども」
「バルティリウス皇帝に殺されたいのならお好きに」
「……ちっ」
今回は、正式に『使者』となったアイネ。他国の者は、彼女を傷つけられない。万が一何かあれば、それは帝国に楯突いたことと同義だからだ。帝国に恨みを持つアサギリとて、容易に手出しはできない。
だからといって、アイネの護衛がいないことは別問題であるが。
「——出発だ。まずはリンデン」
「えっ?」
馬車が、光を放ち始めた。光は円形に拡がっていき、馬車全体を包み込んでいく。
あっという間に、デウリアスの視界から馬車は消えた。
「これが、ワープか……」
見たことの無い異常な現象に、ただ呆然とするしかなかった。
——
一瞬の、まばたきの後。
「…………!」
アイネの視界に。
見覚えのある『山』が映っていた。
「霊峰『パキリマ』……!?」
それはアイネが、初めての『仕事』で向かった地。ティスカでの光景だった。
大きく聳える、白い山。麓から続く森と草原。
「ちっ。あんのチビガキ、座標ずれてんじゃねえか」
アサギリの舌打ちは聞こえない。アイネはぽかんと、呆けていた。
「走らせろ。姫様に挨拶しなきゃいけねえ」
「はっ」
アサギリの指示で、馬車が動き出す。彼らの中で動揺している者は居ない。ワープでの移動に慣れているのだ。
「ここは。リンデンと言いました?」
「あ? 分からねえか?」
「……馬で1ヶ月の距離を、この一瞬で」
「それがワープだ。覚えとけメスガキ」
横を見るとフィシアも吃驚した様子だったが。
「(この場で全員殺しても、帝都へ帰るのに1ヶ月か……)」
もっと別の心配をしているのだった。
——
しばらく馬車を走らせている間。アイネは無言だった。帝国中のワープ装置を全て掌握できれば、流通や交通は革命的に進歩する。それをずっと考えていたのだ。
「降りろ」
「!」
辿り着いたのは、大きな屋敷である。墓地の隣に建てられていた。
「あら。貴方がアサギリさんですね。ユーイちゃんから聞いていた通り」
「ええ。初めまして。シュクスから色々、話は聞いていますよ。——セリアネ姫」
「!!」
屋敷から出てきた、大人しそうな女性が。
アサギリと挨拶し、名乗った。
「(セリアネ姫!)」
アイネは驚くしかなかった。当然、会ったことは無い。だが。
「あら、こちらの方は?」
「(クーリハァが狙っていた美女で、シュクスの実姉。そしてリンデンの指導者……)」
にこりと、こちらを向いた。可憐な花のような笑顔。
「……名乗れよ。大丈夫だ。姫は口外しない。例え敵国の情報でもな」
「!」
「敵?」
アサギリが催促する。名乗って良いものか逡巡していたアイネは、だがここで。アサギリの言葉とは関係無く。
名乗らなければならないと思い至った。
「初めましてセリアネ姫。私はアイネ・セレディア。ガルデニア帝国『軍師』です」
「……えっ」
セリアネの表情は、目を丸くして固まった。
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