第29話 パーティでの一件

「俺は戦争を止めさせたいと思ってるんだ。だってそのせいで、兄も妹も失った。家族はバラバラだ。俺は母の温もりも知らない」

「!」


 デウリアスのそれは、説明というより嘆きだった。

 アイネにも分かった。『理解者が欲しい』という気持ちが、伝わってきた。


「妻にしたいと言えば当然に来ると思ってしまってた。悪かったな」

「…………」


 彼が女遊びに耽っているのは。

 心に空いた穴をなんとか埋めようとしていたからなのではないか。


「言ったろう。君は美しい。そりゃ、軍服だったし、化粧も一般市民レベルの最低限だった。だけどそういうことじゃない。瞳を見れば分かるし、化粧も必要ないくらいに美しい。妻にしたいのは本心だ」

「!」


 同情の気持ちが湧いてくる。褒められることにも慣れていない。

 アイネが『賢者』でなければ。

 この場でデウリアスに抱かれていた可能性は高い。


「お気持ちは嬉しいのですが」

「ああいや、フォローとかしなくて良い。無理なら無理だと言ってくれ。ただ話したかった。それだけだ」

「…………」


 だが、疑問は残る。

 話して、『どうしたかったのか』。よもや単にアイネを抱きたいだけでもあるまい。ここまで深く話したのだ。


「入ってくれ」

「!?」


 ギイと、扉が開いた。扉の前に居たアイネは飛び退いた。


「失礼しますよ王子」

「あっ!」


 入ってきたのは、男性である。アイネは。

 見覚えがあった。

 デウリアスと同じくらいの長身と、長髪。旅人のような服装。


「お前が『アイネ』だったか」

「あ……アサギリ!?」

「へえ、覚えてるか」


 あの時。

 リボネの町で、シュクス達を逃がした謎の青年だった。


「な、なんでここに……!」

「うるさいな」

「!」


 アサギリは、驚いた様子のアイネの元へずんずんと歩いていき、頬を乱暴に掴んで壁へ押し付けた。


「むぐっ!?」

「こんな非力なメスガキがな。俺の国を滅ぼした帝国の『軍師』ってんだから、笑っちまうぜ」

「んー! ぐっ!」


 片手で頬を掴まれたまま、持ち上げられる。足はぎりぎり地面に着くかどうかの所で、壁に押し付けられている。

 アイネは抵抗できず、喋れもしない。


「おいおいアサギリ。大事に扱ってくれよ」

「それは帝国軍的には、『処女を奪わず死ななければ何をしても良い』ってことか?」

「俺は軍人じゃない」

「『こいつら』に殺された俺の家族もだ」

「!?」


 必死に、状況を整理しようとする。『アサギリ』なる人物は、明らかにシュクスに味方していた。つまり帝国の『敵』である。つまり。

 帝国軍所属のアイネを見てこのような行動に出ても『不思議ではない』。それは納得した。

 だが。

 そんなアサギリが、何故帝都中心部の貴族街までやってきて、王子と親しげに話しているのか。それが分からない。


「王子が『しねえ』なら、俺が叩き込んで良いか? 俺達が受けた苦しみを」

「!!」


 分からないまま。

 アサギリは空いている片方の手で、アイネのドレスを引きちぎった。


「んー!」

「暴れんなよ。怪我すんぞ」

「止めろってアサギリ」


 何も抵抗できない。当然力は及ばず、思考も追い付かない。心は恐怖に染まっていく。


「つっ!」


 だが。

 アイネは唯一自由に動かせた両手を使い、アサギリの腹の皮をつねった。筋肉と違い、皮は鍛えようが無い。つねられる痛みは万人共通。そして非力な女性からの予想外の反撃で、アサギリの手が弛む。


「このっ!」

「うごっ!!」


 地に脚が着いた瞬間、片足を思い切り挙げて金的を蹴った。

 アサギリは倒れ込んだ。


「アイネ様っ!!」

「ちょっ……殿下の寝室に勝手に……!」


 そして騒音を聞き付け、ラットリンが扉を突破してくる。


「…………!?」

「はぁ……はぁ……!」


 恐怖に打ち克つことは、何度もしていきている。そして思い付いた反撃と、それを実行する胆力も。

 『軍師』アイネには既に備わっていた。


——


「……ラットリン」

「アイネ様!? これはどういう……!」


 即座に、ラットリンはアイネの元へ馳せ参じ、自らの上着を羽織らせた。


「申し訳ありません」

「…………」


 羽織りながら。

 アイネは毅然と立ち上がり、悶えるアサギリとデウリアスを睨んだ。


「殿下。説明を」

「ああ悪かった。そこのアサギリは母と姉を帝国兵に弄ばれて殺されたんだ」

「そういうことではありません」

「!」


 デウリアスは動揺も悪びれもせずに説明した。

 『理解して欲しい』様子で。

 そして、そんなものに付き合うアイネではない。


「敵がここまで侵入しているのにも関わらず平然としている理由です。私への『暴力』や『無礼』など、ので。説明を」


 既に思考は切り替わっていた。あの時も、急に現れては消えたのだ。まるでワープをしたように。

 もし、この帝都へ自由に、誰にも見付からずにワープできるのならば。

 一大事どころではない。


「……ちっ! このメスガキが」

「アイネ様、お退がりください」


 ようやく、アサギリが立ち上がった。ラットリンがアイネの前に出る。


「……アイネ。君をここへ呼んだのは、アサギリを紹介するためだ」

「何故?」


 アサギリはやれやれとその場を離れ、置いてあった椅子に座った。


「俺の育ちは大陸だが、生まれは『アクシア』だ」

「!」


 アサギリが説明する。


「そこの長から、俺に指令を寄越した。『アイネ・セレディアを連れてこい』ってな」

「何故?」

「知るかよ。『賢者』関係だろ」

「!」


 極東の島国アクシア。そこには『ホシノ』という賢者の一族が居る。それはアイネも知っている。


「無理ですね。そんなことをしている間に敵が来るかもしれない。私は『軍師』です。今この状況で帝都を離れられません」

「ワープがあるだろ馬鹿ガキ」

「!」


 アサギリは、アイネの言葉を一蹴した。


「俺も勿論、帝国を滅ぼしてえしお前を犯して殺してえ。だが、『これ』は絶対の指令だ。それが終わるまで『俺がお前を護衛することになってる』」

「は?」


 どこまで勝手に話を進めているのか。そもそも王子だろうとこの部外者だろうと、アイネへの直接の命令権など無い。従う理由もメリットも無い。


「俺は『妖精』の一族だ。装置無しでワープできる」

「妖精……?」

「元々、アサギリは大陸中を行き来する商人だったんだ。俺は世界中から美女を集めている最中に彼と出会ったって訳だ」

「…………」


 何もかも『ふざけてやがる』。アイネは強くそう思った。


「まあつっても、いきなりアクシアに飛べる訳でもねえけどな。ワープにも色々あんだ」

「明日か明後日には、書簡が届く筈だアイネ」

「書簡?」


 だが。

 この男は。デウリアスは。

 王子なのだ。


「内容は概ね……『アクシアとの同盟を結ぶための使者に選ばれた』ってところか」

「えっ!?」

「『グイード』と『ホシノ』には因縁がある。皇族しか知らないけどな。つまり、同盟ができれば『シュクス一行』の後ろ楯も無くなり、無力化できる。それにはやはり、アイネが適任だろう」

「!」


 皇帝の命令であれば。

 シュクスの名を出されては。


「…………かしこまりました」


 従わざるを得ない。


「アイネ様……」

「ちっ。おいメスガキ。ひとりで来いよ。同盟結ぶのに『武力』なんか持ち込むな。分かったな」

「貴方の命令を聞く理由はありません」

「ああ?」

「もう良いだろう。詳しくは書簡を見ろ。今日はもう解散だ。俺に抱かれたくないのなら帰って良いぞ」

「…………」


——


 デウリアスが政治と軍事にも手を出さないのは。争いを好まないからで。女遊びをするのは、愛に餓えているからで。

 戦争を止めたいがために、敵と通謀している。


「(同盟が成れば戦わずに勝利できる。それは、そうだけど……)」


 だがそれは、シュクス一行についてのみだ。皇帝はそれ以降も、他国へ攻め入るだろう。その際、アクシアの協力があればそれも容易に為せる筈。皇帝はそこまで計算している。


「アイネ様。お怪我は」

「大丈夫。ありがとラットリン」


 やはり『女』は不利だ。アイネはそう思う出来事だった。女には女の仕事と居場所がある。無理矢理男の居場所に居れば『ああなる』。


「(……リンナは、それでも剣を握ってた。私も鍛えた方が良いのかな……)」


 それとも、強い戦士を連れていれば良いのだろうか。だがそれでも結局、いざという時は来る。戦争の時代であるなら、自衛の手段は必須だ。


「(まだ、私は自分が安全地帯に居ると勘違いしてたんだ)」


 破れたドレスを確認する。物凄い力だ。次にあの男に組伏せられたらもう抜け出せないだろう。


「(シャルナさんのような覚悟もできない私は、中途半端か)」


 毅然とした態度で、屋敷を後にしたが。

 アイネは内心、ひどくショックを受けていた。

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