第21話 逃亡

 アイネが自警団を連れて広場に戻ると。シャルナはまだ無傷で立っていた。


「シャルナさん!」

「お? おー。アイネっち無事か。赤い小娘を抜かせて悪かったな」


 息も切れていない。シャルナは全くと言って良いほど消耗していない。


「ゼント!! しっかりしろ!」

「!」


 向こうで、シュクスの声が響いた。アイネはまず状況を確認しようと目を凝らす。


「ゼント!」


 ゼントが倒れている。傷は深く無いように見えるため、原因はシャルナの毒だろう。彼の隣に、シュクスとリンナが居る。


「毒ですか」

「あー。だが厄介だ。まさか毒が効かない奴が居るとはな」

「!?」


 ゼントをリンナに任せて。シュクスが立ち上がる。


「あんたは大丈夫なの!?」

「……ああ。この前の『蟒蛇』のお陰で抗体ができたってチョー爺が言ってただろ。俺に毒は効かないらしい」

「!」


 そんな会話が聞こえる。


「(何もかも……! 『偶然』に私達の上手を取ってくる……!)」


 アイネは歯軋りした。正直、毒さえ食らわせられれば殺せずとも動きを封じられる。少なからずそう思っていたからだ。

 だが。彼は。


「(毒が強すぎるからって、手前で克服イベントをやってきたのね)」


 どこまでも劇的だなと、思った。


「シャルナさん。どうですか」

「まあキツイな。クーリハァを討った魔剣使いに対して、あたしには毒が無い」

「『毒矢』は? シャルナさんの魔剣では」

「……あたしは魔剣持ってねえんだ」

「!!」


 そして。衝撃の事実。七将軍『毒矢のシャルナ』は。魔剣使いではない。魔法ではなく科学の毒を使う。

 暗部に入り浸り、『祈械』の研究を熱心にしているのにも関わらず。それでいて将軍であるのに。


「どんだけ作ってもあたしには適合してくれねえの。……今話すことじゃねーな」

「…………っ」


 魔剣に認められなければ、使えない。当然ながら、国家機密である。

 シャルナは武力ではなく、その頭脳と科学力によって将軍となったのだ。


「よくもゼントを!」


 シュクスが迫る。毒が効かないと分かれば、もう怖くない。一気に、勝負を決めに来る。


「『嵐の舞・千彗』!!」


 ただ、思い切り斬るだけの『必殺技』を叫びながら。


「(腕1本か。まあ援軍来るまで凌げりゃ……)」


 シャルナは、アイネを庇うように立つ。ふたりとも戦闘力が低いとは言え、シャルナの方がまだ戦闘経験がある。

 そしてシュクスの放つ『斬撃の台風』は、避けようとするにはあまりにも範囲が広い。辺りの建物が暴風によって壊れていく。


「うおおおおおお!」


 純粋な瞳で。『シャルナとアイネを悪と信じてやまない』混じり気の無い怒りの台風が襲い来る。


——


 凄絶な衝撃音が轟いた。


「——!!」


 シャルナとアイネは。

 無傷だった。


「がはっ……!」

「え……」


 どさりと、倒れる音がした。アイネは、シャルナの脇からそれを確認する。


「——イサキ!!」

「なっ!」


 シュクスは驚いた様子で、距離を取った。息が上がっている。全力の攻撃だったのだ。


「なんで、嘘……!」


 アイネは口を押さえてイサキへ駆け寄る。何が起こったのか。どうしてここに居るのか。


「…………ア、イネ……」

「イサキ!」


 真正面から。袈裟懸けに斬られている。どうにか身体は繋がっているが、ぴくりとも動かない。


「あんた! 町長さんの息子だろ!? どうして——!」


 シュクスの疑問に。

 自警団の男達が、アイネ達を守るように立ち塞がることで答えた。


「!」


 シュクスは警戒し、リンナの居る所まで退く。


「て、帝国軍人を庇うのか!? あんたらも虐げられてるだろ!?」

「……ここはアイネの町だ」

「!」


 先頭に立つ男が剣を構えながら答える。


「ひと口に帝国領と言っても様々だ。お前達が酒場で話してたような酷い町も当然あるがな。……この町も、少し前まで酷かった」


 男は周囲を見渡す。

 壊れた建物。抉られた地面。


「それを救ったのがアイネだ。俺個人の目線だが、帝国の支配と侵略を止めようとしているお前達が、この町で暴れる意味が分からん」

「!」

「見ろ。倒壊した建物を。ありゃ誰が金出して直すんだ」


 シュクスは、口を開けたまま固まった。言葉が出てこないのだ。こんな事態は全く想定していなかった。


「……税も高く徴兵もキツイがな。それでも、緊急時には守ってくれるのが軍人だ。それがアイネとなりゃ……この町はお前達を受け入れないぞ」

「ぐ……!」

「シュクス。もう退くしかないわ……」


 リンナがシュクスの腕を取る。『この空気』は。もう戦いどころではなくなっている。この状況からこの場を制圧できる武力がシュクスにあるとしても。

 守り、救うべき『市民』から拒絶されることは。

 彼にとっては、ショックであるのだ。


「くそ……っ」

「逃がさねえよ」

「!」


 毒により動かなくなったゼントを担ぎ上げるシュクスの前に、シャルナが立ちはだかった。


「よくも、こんな敵地のど真ん中に現れたもんだな。どうするつもりだったんだよ。たった3人で」

「……!」


 シュクスには毒が効かない。だがもう関係無い。

 そもそも3人だ。いくらなんでも無謀すぎる。


「(どうせ元々、戦うつもりは無かった筈。帝都に忍び込んで皇帝だけ暗殺する目的ならまだ頷ける)」


 アイネが考察する。

 若しくは、本当にそこまで考え付けなかったという可能性もあるが。

 察するに、協力者は各地に居るらしい。ならば彼らの愚考を知れば止めるだろう。


「……退いてくれ」

「はあ?」


 シュクスはシャルナを睨み、正直に頼み込む。勿論、それを通す将軍ではない。


「…………お前らはな。今までは、アイネっちの報告でしか登場しない、危険度の低い敵だった」

「!?」


 シャルナは広場を見回す。そこにはシュクス達によって倒れた兵士の姿がある。


「将軍ひとりが討たれたなら特級の『賊』だ。だがそれは、一応戦争行為だから誰もとやかく言わねえ」


 討たれた将軍とはクーリハァの事である。


「フェルシナでもな。殺られたのは兵士だ。お前にとっちゃ敵を返り討ちにしただけ」

「…………」

「だがな。お前が今斬ったのは兵士じゃねえ。市民だ」

「!!」


 イサキは。

 まだ、微かに息がある程度だ。自警団の数人が、町医者へ運び出している。

 アイネはまだ涙が止まっていない。


「お前はもう『敵』じゃねえ。『犯罪者』なんだよ」

「!!!」


 シャルナの言葉に。

 がんと打たれたシュクス。


「(……まだかよ)」


 シャルナは焦っていた。明らかに、援軍が来るまでの時間稼ぎだった。正直、彼女はもうシュクスには勝てない。だがここで逃がす訳にもいかない。暴れられても困る。相手が子供であると踏んだ上での、半ばやけくそな精神攻撃だった。

 大変効果覿面であるようだが。


「大人しく裁かれろ。不法入国に殺人。器物損壊だ。良かったじゃねえか。帝都に侵入できるぞ。手錠されてるが」

「……!!」


 雰囲気ではシャルナが有利だが。強引には行けない。


「(アイネっちは兄貴負傷のショックでまだ動けねえ。あたしがなんとかしねえとな)」


 あの冷静なアイネも。取り乱すことはある。シャルナはこの数日で既に、アイネを『気に入って』いた。


「それとも協定無視してリンデンを滅ぼせば満足か?」

「なっ!!」

「ほんとはいつでも落とせんだよ。お前の姉貴はアイネっちの温情で生かされてるって分かんねえのか」

「!?」


 シュクスから、驚愕の顔。まるで本気で、予想していなかったかのような。


——


「そんなに苛めてあげるなよ。子供を」


——


 気配は無かった。


「は!?」


 颯爽と。

 巨大な馬に跨がる、長髪の青年が。


「アサギリさんっ!?」


 シュクス達の傍らに現れた。


「はあ!? 誰だてめえ!」

「……修羅場だな。シュクス」

「アサギリさん……どうしてここに」

「ふむ」


 青年はちらりと周囲を見渡す。シャルナとアイネを視界に入れて。


「逃げるぞ。愛馬イサリビに乗れ」

「アサギリさん、ゼントが!」

「ああ乗せろ。霊薬はあるな?」


 巨馬にシュクスらを乗せて、動き出した。


「うおっ!」

「じゃあな、帝国軍人さん。行かせてもらうぜっ!」


 流石のシャルナも、馬を止められる力は無い。ほぼ素通り状態で、通してしまう。


「待ってアサギリさん!」

「うん?」


 その刹那に。リンナが、シャルナへ投げ付けたものがある。


「ちっ!」


 だが、彼女も将軍である。今起きた意味不明な異常事態に混乱すること無く、咄嗟に毒矢を馬へ射ち込んだ。


「……くそっ!」


 できたことと言えば、それだけだ。馬は構わず走り抜け、町から出ていってしまった。


「……なんだこりゃ」


 咄嗟に受け取ったのは、小瓶だった。

 そこには緑色の液体が入っていた。

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