第20話 三度目
「なあ、その『シュクス』だが、あたしの毒で瞬殺じゃねーの?」
リボネに着くまで、アイネとシャルナは会話を楽しんでいた。主に楽しんでいるのはシャルナだが。
当然その流れで、アイネの受け持ちである少年の話題が出る。
「そうですね。シュクス自体は、それで良いと思います」
「無理な要素が外にあるのか」
「解毒に通じる者が仲間に居る可能性は高いです。それか、秘薬のようなものを所持しているか」
「ふむ。そう考えるとあたしの武器も最強とは程遠いな」
「強力なことには変わりありませんから、もしもの時は全力でお願いします。慈悲も情けも要りません」
「あたしがそんなのあるように思うか?」
「……」
不敵に笑うシャルナ。だがアイネの表情は優れない。
「(『女幹部』というだけで、危険なのよ。一応、相手も情けをかける可能性がある、というメリットはあるけど)」
エンリオの時は逃げられたが。もしシャルナの前にシュクス一行が現れたら。
どうなるだろうかと、考える。
——
——
「!」
ドカンと、爆発が起こる。人々が逃げ惑う中、アイネはその渦中に飛び込んだ。
「ちっ」
「シャルナさん!」
煙の中にシャルナが見えた。怪我はしていない。だが腰の短剣を抜いている。
「おいおいアイネっち。なんでこんな所に、こいつらが居るんだよ!?」
「!」
煙が晴れる。
広場には、アイネとシャルナと——その対角線に、3つの影。
「——まさか!」
目を疑った。
「くそっ。かわされたか」
「あんたの大砲はいつも当たらないわねゼント」
「うるせーよリンナ。シュクス、大丈夫か?」
「……ああ。なんとか」
シュクスが。『魔剣の少年』が。
そこに居たのだ。
「ありえないっ!!」
叫ぶ。意味は無い。だが叫ばずにはいられない。
ここは、リボネの町だ。帝都のお膝元。帝国の中心に近い。
こんな所まで、敵に侵攻されたことなど歴史上一度もない。そもそも。
来れる筈が無いのだ。距離的に。物理的に。
「ん? この声……またあんたか! アイネ!」
「!」
シュクスが、当然アイネを見付ける。風剣を持つ手が震える。
「……!」
「あの時の女の子か。今日はエンリオは居ないのか」
彼の隣には、エンリオが首を飛ばした筈のゼントが居る。首筋に傷の痕が見えるが、そもそも助かる可能性のある怪我ではない。
「…………!」
敵同士。だが、顔見知り。広場は硬直した。
「……どうやって、この町に?」
アイネから口を開く。
「国門を通らないと、こんな帝国内部まで来れる筈が無い」
「ん? そりゃ、『転送魔——もが」
「ばかシュクスっ!」
質問に答えかけたが、リンナがシュクスの口を塞いだ。
「——!」
だが。アイネにはそれだけで理解できた。
背筋が凍る。
「(『転送』——! 何か、ワープ装置みたいなのものがあるんだ! まずい! そんなの、帝国側の誰ひとり知らない情報!)」
敵に気付かれずに長距離を短時間で移動できる。
戦争に於いて、『これ』は反則レベルに強力だ。敵地内部での暗殺と即帰還、証拠隠滅。大量の兵士や物質の効率的移動。奇襲に逃走。あらゆる全て、『反則的に行える』ということ。
「シャルナさん!」
「ああ殺せば良いんだろ。3人とも。瞬殺だ」
ばさりと、白衣のようなマントを翻す。次の瞬間には、シャルナの両手に小瓶が握られている。
「彼らがどれだけ強くなっているか分かりませんから、時間稼ぎを」
「はあ? アイネっちは?」
「援軍を呼びます。将軍印はありますか?」
「家に忘れた」
「えっ!」
「まあ任せろ。あたしだって『将軍』だ。クーリハァをヤッた実力は侮らねえよ」
ここは、任せるしかない。シャルナとて、直接戦闘向きではない。筋力は男に及ばないだろう。だから、毒という武器に手を出したのだ。
だが。『将軍』を信じて、アイネは馬車へと走り始めた。
——
「(首を落とされた死者を蘇らせる方法! 謎のワープ装置! ほんと、どんだけ『恵まれて』んのよ!)」
余りにも不意な不意打ち。つい先ほど、家族に話したのに。
帝国の『脅威』が、まさか故郷に現れるなど。
「あっ! アイネ殿っ!」
馬車には、兵士が出発させる所だった。
「今援軍を呼びに、帝都へ」
「それじゃ遠いわ! キャベルの町へ! これ私の軍師印!」
「は……はっ! かしこまりました!」
いきなり兵士が来て、『援軍を』と言われても。誰からの命令か分からない以上、軍は動かない。それが、軍の駐屯すらしていない片田舎からであれば、なおさら。当然将軍が町に行っている情報など流していない。
つまりどんな状況でも即座に軍を動かせるよう、『指令状』には権力者の『印』を押すことになっている。アイネは軍師長セモから、軍師章と共に軍師印も貰っている。これがあれば、軍師からの正当な命令であると保証される。
国にとっては、時にアイネの命より大事な、決して失したり損したり奪われてはならない物なのである。
「(とにかく大勢で囲めば、一旦は退いてくれる筈! それまでシャルナさんに頑張って貰うしか)」
兵士を送り出して、直ぐ様踵を返す。シャルナへ、正しく『助言』しなければならない。エンリオの時のように失敗をしてはならない。
——
「ここは通さないわ」
「!?」
だが、広場へは戻れなかった。両手に短剣を持った赤い髪の少女が、アイネの前に立ち塞がる。
「(リンナ……!)」
「思ったのよ。あんたがいつも、シュクスの前に現れて。シュクスの邪魔をする。戦えないくせに」
「…………!」
まずい。
護衛に兵士を残すべきだったか。いや、馬車にはひとりしか居なかった。あとは酒場だ。
そもそも彼らはシャルナの兵だ。アイネの為に戦いはすれど、命を張るとは思えない。
「だから殺す。大人しく殺されるなら、痛くしないわ」
「…………」
じりじりと近付いてくる。この少女から、強い殺気が放たれる。
「(まずい。シュクスの見てない所じゃ『何でもやる』タイプだ……!)」
女同士。情けなど期待するだけ無駄だ。純粋な殺意というより、妬みも含まれている。
「……シュクス、とは。仲が良いのね」
「!」
アイネの武器は。言葉しか無い。
思った通り、リンナの足が止まった。
「好きなの? 彼のこと」
「……っ! うるさいわね! なんの真似よ!」
「シャルナさんとは、相性最悪よ」
「はあ!? なんの話——」
リンナも、子供である。帝国を憎んでいる様子は見えるが、それ以外は何ら特別性を感じない。
つまり『賢者』にとっては、赤子の手をひねるようなものだ。
「彼女の『毒矢』にはいくつか種類がある。今相手をしているのは『男性』でしょ。ふたりとも」
「!?」
「針先が。毒を塗った剣先がかすりでもしたら。身体の神経は制御を奪われ、脳は麻痺する」
「何が言いたいのよ!」
自分が殺されない方法、ではない。
確実に援軍が来るまでの時間を稼ぐ口撃。
「彼女の美貌に魅了されて、人形になるってこと」
「!! シュクス!」
リンナは。
踵を返して、広場へと駆けていった。仲間が操られる——以上の危機感を抱いて。
「(ツンデレかと思ったけど、ヤンデレの成分が強めね。一定の戦闘力がありげなのが危険だわ)」
アイネは冷や汗が止まらなかった。同じ相手にはそう何度も通用しない。それに、シャルナの相手がひとり増えてしまう。
——
「ちょっと、自警団は何をしているの?」
ひと呼吸、落ち着いて。アイネは町民に確認する。自身が組織した元盗賊で構成された自警団について。
「……町も。自警団も。軍人になっちまったアイネには悪いけどさ。俺らは『帝国軍』じゃない。将軍が戦ってるからって、その相手を敵とは思えねえ」
「!」
忘れていた。アイネは、認識を改めた。
帝国は、国民を『支配』しているのだ。そんな国への忠誠心など、兵士でなければ存在しない。搾取する側に立たなければ。
「俺ら庶民は、『自分の国がどこだろうと』あんまり興味無いし、生活に直接関係ねえんだよ。アイネも分かってるだろ」
「…………ええ。ごめんなさい。そうだったわね」
農民は、搾取される側であった。アイネは激しく自責した。自分も、『そこ』の出身じゃないかと。
だが。
「待てアイネ」
「?」
立ち去ろうとするアイネを、男性は止めた。
「あのな。将軍が誰と戦ってようと関係ねえ。だが、『お前は別だ』」
「!」
剣を持ち。盾を持ち。
そんな男が、数人。
アイネの元にやってきた。
「町の英雄が命狙われてんじゃねえかよ。建物もいくつか壊れた。あいつらは何なんだ」
「おう。アイネが狙われてる。ならそいつらは敵だな」
「まあ、まずは護衛だ。俺らは自警団。こちらから攻撃はしなくて良いぞ」
「分かってるよ」
ここが、故郷で。
「みんな……」
「おうアイネ。広場まで行くんだろ? 危険だが、俺達が守る」
良かったのか、悪かったのか。ともかくアイネは、力強く頷いた。
「お願いっ」
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