第19話 兄妹

「もう知ってるかもしれないが、アイネは教会に拾われていた孤児で、町長の所の養子になった。イサキが4歳の時……15年前だな」

「……アイネっちが今17だから」

「2歳違いだ。イサキは今19。役場勤めの中じゃ最年少だな」


 シャルナは馬車の御者へ待機命令を出して、近くの飲食店へ入った。そこで、町の『英雄』であるアイネについて客や店員から話を聞いていた。


「将軍様なら当然ご存知だと思うが、この町は壊滅寸前だった。それを救ったのがアイネだ」

「詳細は知らねえけどな」


 当然知っている。そもそも、それが切っ掛けで皇帝に喚ばれたのだ。


「不作が続いていてな。盗賊も居たし、当時の町長も酷かった」

「どうやってそれを解決したんだよ」

「……元々、アイネは賢かった。いや……賢すぎていたんだ」

「?」

「効率的な農業のやり方。画期的な農具の開発もな。不作の方は、割りとすぐに解決した」

「へえ……」


 賢者であれば。『進んだ文明の農業』についての知識も持っていて不思議ではない。気にかかることがあるとすれば、アイネが町へ来てすぐにそれを実行しなかったことか。


「端的に言うとな。盗賊は雇用して、町長は辞めさせた。雇用した元盗賊で自警団を作り、他の盗賊を捕まえた。これらの指示を全て、アイネが行ったんだ」

「……自警団な」

「ああ。今や町に不可欠な存在だ。あれ以降、外部からの被害は無い。奴らも居場所を見付けられて幸せそうだ」

「…………」


 盗賊との交渉や町長への反乱も、賢者ならではの知識で行ったのだろうか。


「(方法を知っていても行動に移せるかどうかが問題だが。アイネっちにはその行動力はあるよな)」

「まあそれを、ずっと隣で見てたのがイサキだよ」

「ほう。劣等感か」


 シャルナはにやりとした。こういう話は好きだ。他人の負の感情は。


「そうだ。年下で、女で。町長の子は自分なのに、孤児で養子のアイネがこうも活躍するんだ」

「くっくっく。歪みそうだな」


 嬉しそうに笑うシャルナを見て、説明していた客の男は不気味に思う。別に面白い話でも無い。


「だが、それだけじゃない。ややこしくなってるのは、アイネが『女』って所だな」

「ほう?」


 男はやれやれと息を吐いた。


「イサキは誰にも言わねえが。見てりゃ分かる。ありゃ惚れてんだ」

「ははっ!」


 遂に。シャルナは大声を挙げた。


「良いねえ! 良い『素体』になりそうだ! ああ。『好意』ってのは適合の条件だ!」

「……? なんの話だ」

「ああいや、続けてくれ」


 シャルナは、そもそもアイネに絡んだ理由のひとつとして彼女の『魔剣』を作る、ということがある。その材料になる人間を探しにこの町まで来たのだ。


「……まあとにかく。自分を差し置いて活躍し、さらには皇帝の目に止まった。聞けば『軍師』だろ? 兄としての自尊心と劣等感。そして……血が繋がってないからこその憧れと恋情。イサキの心中は穏やかじゃないだろうな」

「いや面白いな。あの男も連れてきたらもっと面白かったな」

「あの男? まさか、アイネは帝都で男を作ったのか?」

「いやあ、執事だ。アイネっちは帝都の貴族街に屋敷を与えられて、5人の使用人が居る」

「はあ!?」


 リボネの住民は。そんなことは知らない。アイネが帝都に喚ばれて、それからの半年は。何をしていたのか知らないのだ。


「……アイネとイサキには、今そんなにも差があるのか……」

「そうか。はは、なるほど。血縁の無い兄イサキ・セレディアな」


 シャルナは心底楽しそうに、今後の算段を考えていた。


「でもまあ、アイネを狙ってる若い奴は多いけどな。イサキだけじゃない」

「おー。やっぱりか」

「あれだけ才能があって、さらにあの容姿だ。まだ幼さがあるが、あと何年かすれば町中の男が落ちてもおかしくない」

「それは言い過ぎだけどな」


——


 シャルナが昼間からお酒を呑んでいるその頃。

 アイネは役場にて、養父と再会していた。


「おかえりアイネ。長旅だったな」

「ただいま、父さん。大変な時に半年も空けちゃってごめんなさい」


 ヘキス・セレディア。柔和な笑みを浮かべる白髪の男性。白い髭が特徴的で、しばしば老人と間違われるらしい。


「しかし将軍様と帰ってくるとは。帝都で何があったんだ」

「えっと……。色々あって。報告しなきゃいけないことも沢山」

「だろうな。ゆっくり聞くよ。今日は休んで疲れを癒してくれ」

「……うん。でも、また帝都に戻らないといけないから」

「そうなのか?」


 部屋にはふたりきり。イサキは外で待機している。将軍が直々にやってきたのだ。なにか重要な、町長にのみ知らされるようなこともあるかもしれない。


「今時間あるなら、イサキも呼んで良い?」

「……構わないが」


 アイネの家族は、ヘキスとイサキだけだ。ヘキスの妻は、アイネが引き取られる前に病気で亡くなっている。

 アイネはイサキを部屋へ入れて、再度席に座り直した。


「なんだよ」

「うん」


 イサキはぶっきらぼうに言う。彼自身が、どんな態度でアイネに接すれば良いか分からないのだ。

 アイネはそんなイサキの心情など知らず、懐から出したものを机の上に置いた。


「?」


 バッジだった。銀で作られた、六芒星の形をしている。


「私ね、軍に入ったの。これは軍師章」

「!」

「なんだと……!」


 ふたりは揃って驚いた声を出した。


「ぐ、軍師って……。いきなりなれるもんなのか?」

「無理だ。まずは訓練学校に通う必要がある」

「うん。私の場合は、ちょっと事情が違って。普通の軍師でもなくて」

「……?」


 どこから説明するべきか。アイネは少し考えてから話した。これまでの経緯を。


——


「…………!」

 ひと通り説明した後。ふたりは更なる驚愕の表情で固まった。

「帝国が、滅びる……?」

「うん。私はそれを止める為に行動することになったの。だから、次にいつ帰って来れるかは分からない」

「マジかよ……!」


 アイネは聡明であった。天才だと思った。だが『それ』は。

 一般的な『聡明』『天才』とは全く異なる種類のそれであった。


「帝国の。世界の未来を知っているのか?」

「ううん。それは知らない。だけど、予想通りになる感覚は、いつもと同じ。リボネを再生させた時と同じなの。確信に似てる。このまま放っておけば、帝国は滅ぼされる。しかも、無責任な子供によって。『後先』を考えない子供が武力で皇帝を討つから、国は崩壊する。『必ず』そうなる」

「……!」


 アイネが。『そんな表情』で『そんなことを言い切れば』。

 無視できないと、ヘキスは思った。


「でも止められる。止めてみせる。『賢者』としての責任。帝国の支配体制は悪いと思うけど、まずは外敵から身を守らないと」

「……そう、か」


 アイネは『特別』だった。帝都の機関に見てもらい、さらに将軍と宰相のお墨付きがあるならば。最早疑う余地は無いだろう。彼女は『賢者』なのだ。実績も相まって、殆ど確定だ。


「分かった。……じゃあ家を。町を出ていく訳だな」

「うん」

「皇帝の勅命だもんな」

「うん。……イサキ?」


 イサキはしばらく黙り込んでいた。眉間に皺を寄せて、ずっと黙っている。


「……俺は」

「?」


 アイネが訊ねるが、視線は合わせない。この、微妙な距離感を、アイネは少し気にしていた。幼い頃は、仲良く遊べていたのに、と。


「(勿論、私がイサキより前に出ちゃったから疎まれてるとは思ってるけど。けど、兄妹なんだから、私は昔みたいにイサキとは仲良くしたい)」


 そのアイネの本音が実現することは不可能であることは、賢者を以てしても分からない。

 イサキは、何かを言い掛けて。

 それを飲み込む。


「……いや。怪我、するなよ。無理はするな」

「……うん。ありがとう」

「いつでも帰ってこい」

「うん」


 イサキは、ただの町長の息子だ。

 特別能力も高くない。普通の男だ。

 アイネを止める力も無い、アイネに付いていく資格も無い、アイネと結ばれる立場でも、無い。

 本人が一番よく理解している。


——


「ちょ! 町長!」

「!」


 荒々しく、ドアが開けられた。入ってきたのは町民だ。役場の職員ではない。

 息を切らし、汗を大量にかいている。相当焦った様子である。


「どうした」

「やばいぞ! 将軍が暴れてる!」

「は?」

「!?」


 将軍と言えば。

 今この町にはシャルナしか居ない。


「どこで!?」


 アイネが即座に立ち上がる。


「さっ。酒場前の! 広場だ! んだ!!」

「!!」


 まずい。

 アイネの中の『賢者』が、最大音量で警笛を鳴らし始めた。

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