リボネの町

第18話 リボネの町

「私の……『魔剣』?」

「おー。『軍師』になったんだ。それくらいあっても良いだろ。アイネっちは軍学校出てねえから剣も使えねえし、護身用にな」

「…………」


 この『暗部』の説明を聞いて。正気であれば『魔剣』を欲しがる筈は無い。だがシャルナは親切心からその発言をしているのだ。


「必要ありません。私は戦場には出ませんので」


 だから勿論、アイネのこの反応もシャルナの予想通りである。


「『素体』の心当たりはあるか?」

「! ……だから、要りませんと」

「お前の正体は置いといてよ。『動機』は気になるんだわ。陛下へ進言し、会議で大立回りして、それでいて『魔道』を拒む。使用人は辞めさせるわ、宰相にも文句を言う。だがシュクスという『外敵』には強い意思を持って追い払う。……アイネっちをそんなに頑張らせる『何か』が、リボネの町にあるんだろ?」

「!」


 無視。聞く耳を持たない。シャルナは好きに、持論を述べる。しかしアイネは無視できない。今の台詞で。

 否。

 全て最初から。


 国民は、皇帝に対し全ての国民を『人質に取られている』と同義なのだ。

 絶対王政とは、独裁のことだからだ。


「気になるよなあ。アイネっちの故郷」

「……養父が居るだけです。が、確かに私の動機は、あの町を守るためです。……『素体』なんて居ません。やめてください」

「カッ! 良いね。『良い表情』するようになってきた」

「……!?」


 シャルナは楽しくて仕方が無かった。彼女の性格である。気に入った者を『暗部』へ呼び、『遊ぶ』のだ。


「明日も付き合え『軍師アイネ』。リボネの町に行こう」

「…………!!」


 断れない。何故なら彼女は、『将軍』だからだ。


——


【ガルデニア帝国の歴史は、97年。

 独立前は、北のメルティス帝国に支配されていた。その期間は200年ほど。もう流石に今は騒がれないが、その植民地時代の名残というか、文化はあちこちに残っている。祭りや宗教なんかがそうだ。今の陛下も、国民に宗教の自由は認めている。まあ、そこまで熱狂的な国民は多くない。

 じゃあ、その前。

 300年前はどうだったか。

 国という形を持たずに、人々は生活していたらしい。石斧や弓を使っての狩猟と、銛や網での漁業、内陸では農耕。それも1000年くらいの間。


 問題は『そこ』からなんだ。


 それより前の記録は残っていない。どこにも。ガルデニアだけじゃない。世界中で。

 1300年以前の『歴史』が存在しないんだ。

 記録を取る手段が無かった? 確かに、紙を作る技術は120年前にできた。今はこんなに普及しているとは言え、それ以前には無く、葉や粘土を使っていた。

 それはおかしい。粘土は保存状態が良ければ1000年持ってもおかしくない。何故、1300年前の人間が使わなかったと言えるのか。『文字の発達』の過程を理解すれば、どれだけあり得ないかが分かるってもんだ。

 本当に、『歴史が無い』のか? 人は、1300年前に突如現れたのか?

 だとすれば。それは何故だ? どうやって人間は生まれた?


 いや。

 そもそも、『正しい』のか?

 1300年で、『こう』なった世界は。

 石。棍棒。剣。弓。

 それから『魔剣』に進化したのは、正しい順序なのか?

 『賢者』によって、世界は、歴史は、歪められていないか?

 彼らは『何』を『どこまで』知ってるんだ?

 この10年、陛下は『暗部』と関わっていない。

 知識の出し惜しみはないか? 科学が。化学が、これで打ち止めなんてある筈が無い。

 あたしらは。

 今の文明の発展が、『賢者頼り』であることをきちんと理解できているのか?】


——


 次の日。前日の雨とは打って変わって、雲ひとつない快晴だった。


「遠足だなぁ! 遠足」


 シャルナの機嫌も良かった。基本的には、彼女はあらゆることを『楽しむ』性格なのだ。


「…………」


 アイネの表情だけが、今日にそぐわず曇っていた。


「笑えよアイネっち。久々の帰郷だろ?」

「……誰のせいですか」

「どんなとこなんだ? リボネ」


 今日も今日とて話を聞かない。アイネは溜め息を吐いた。


「……普通の町ですよ。農村が発展した町。普通に人が住んで、普通に政治をやっています。……帝国では寧ろ珍しいくらい。駐屯兵が居ないのが特徴でしょうか」

「だなぁ。ティシカやフェルシナを見たんだろ? あれが『普通』だぜ」

「……今は、どちらも改善されています」


 帝都から出て、半日。丘を越えると見えてくる。

 広大な田園風景、ぽつりぽつりと家々。

 中心地は住宅街に囲まれた広場がある。そこからさらに、山へ続く道を登った所に。

 アイネの『実家』がある。


「…………」


 シャルナは、馬車の窓から外を見るアイネの横顔を覗き込んだが、その表情が意味するところは分からなかった。


——


「……おや、軍人さん?」


 馬車の通り道で、収穫物を運ぶ荷馬車の作業をしている女性を見掛けた。彼女もこちらを確認し、荷馬車で塞いでいる道を開けようと手綱を持つ。


「おー。あたしは……」

「ちょっと待ってください」

「ん」


 ひょっこりと窓から顔を出したシャルナが話し掛ける寸でで、アイネが割って入った。


「…………あれ、アイネ……さん?」

「はい。少し……用がありまして。義父は、どちらに居ますか?」


 彼女の顔を見るなり、女性は目を丸くした。アイネは町で有名である。『英雄』として。

 その後帝都へ召還されたと聞いたが、まさか軍用車で帰ってくるとは。


「町長なら、いつも通り役場だと思いますよ」

「……ありがとうございます」

「………………」


 聞くなり、ぺこりと頭を下げ、また馬車へ戻っていった。


「……アイネっち、大して皆驚いてなくない?」


 ぼそりと、シャルナ。

 町中を走る軍用の馬車を見ても、騒ぐ住民は居ない。ここへ来る途中の町の方があれやこれや騒いでいたくらいだ。

 この町の人はどこかのんびりとした印象を受ける。子供達は手を振ったりするが、大人達は『じっと見ている』のだ。


「そうですね」

「……?」


 そんな風に答えるアイネを見て、シャルナは首を捻ったのだった。


——


 目の前に広場を設けた、町役場。その前で馬車を停める。


「おい、軍用車だぞあれ」

「俺らなんかしたか?」

「いや、1台だからそんなんじゃないだろ」

「あっ。誰か出てきたぞ」


 広場に居る住民の注目が集まる。周りの建物からも、何だ何だと顔を覗かせる者も居る。


「……!」


 そこへ、出てきたのが。


「あ……!」

「アイネだっ!」

「まじかよ……!」


 セモから支給された『軍服』を身に纏うアイネである。


「アイネが帰ってきたぞ……!」

「皆に報せ——」

「!」


 アイネはざわめく民衆を無視し、役場へと歩みを進める。

 その途中で、役場の方から、ひとりの青年が現れた。


「……イサキ」

「…………」


 鋭い視線を投げ付けてくる青年。誰かが彼の名を呟く。

 アイネは少しだけ、眉を寄せ、唇を結んだ。

 ふたりは数メートルのところで立ち止まった。


「……何の……いや」

「…………」

「お帰り。入れよ。父さんを呼んでくる」

「……うん」


 何かを言い掛けて。イサキは踵を返した。

 アイネも特に何も言わず、イサキに続いて役場へ入っていった。


「……なんだありゃ? あいつは誰だ?」


 取り残されたシャルナが呟く。馬車を降りると、もう一度民衆が沸く。


「……しょ、『将軍』だっ!!」

「ええっ!」

「しかも、『毒矢の』……!」

「あー。あたしは付き添いだぜ。気にすんな。で……あいつは何だ? アイネのカレシか?」


 気にすんなと言われるが。1億人の国民が住むこの帝国に、『七人』しか居ない有名人がこんな田舎に来ること自体、大ニュースである。


「……『兄』ですよ。イサキ・セレディア。町長の長男です」

「ほう……?」


 だが今は。

 この町にとっては、『この兄妹』の方に関心があった。

 妙な空気を持つ町に、シャルナは興味津々だった。

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