第17話 賢者

 この世界には存在しない『遠く未来の技術』を、生まれながらに頭の中に宿す者を『賢者』と言い。

 その性質は遺伝する傾向にある。

 ガルデニア帝国の『賢者』は、『グイードの一族』。つまり皇家であり。

 彼らは『賢者』であったからこそ、メルティス帝国の支配から逃れ、独立戦争を勝ち抜き、ガルデニア帝国を建国し皇帝となった。

 だがその頃はまだ、『魔剣』は存在しなかった。『魔剣』は10年前に登場した最新兵器だ。


「なるほど。エンリオ将軍から聞いていましたか。……将軍は悲しい経緯をお持ちです。『雷刃』の作製について」

「……はい。『人の道』から逸れた、『魔の道』と仰っていました」

「そうですか。……そうでしょうね」


 エンリオが持つ『雷刃』の材料となったのは、彼の実妹だ。病に伏せ、薬を買う金も無く、妹は『暗部』の囁きに応え、自らを差し出した。

 そのお陰でエンリオは将軍となったが、彼は家族を全て失った。

 彼は『暗部』へ、恨みや悲しみを抱いているだろう。直接は言わなかったがアイネはそう感じた。


「『魔剣』を扱うには、相性があります。『魔剣』に選ばれなければ、その能力は使えません」

「それも知っています」

「だから『魔剣』には、元となった人の『意思』が宿っていると、考えるのです」

「……!」


 説明の仕方。話す口振り。そして『人』への敬意。アイネは、彼らが外道であるとは思えなかった。行っていることは人間を使った実験なのだろうが、その『姿勢』は、人の命を踏みにじるものでは無いと感じた。


「『魔剣』は生きていると?」

「その通りです」


 はっきりと言い切った。


「正確には、『祈り』が生きているのです。『人を斬りたい』『燃やしたい』……『兄を助けたい』」

「!」

「人は死ぬ前に、何かを願います。『家族の安全』『夢の成就』『愛する者との逢瀬』。……『もっとこうすればよかった』『呪ってやる』等々。それは死に際に遺した『祈り』。それを『力』として固定し、械(からくり)に宿す。そういう技術と、宿された道具のことを」

「『祈械』」

「——ええ。そう呼んでいます」


 理解が早い。職員は少し驚いて笑った。聡明だ。納得できない過程は無視して、結果を素直に飲み込む。それは意外と難しい能力のひとつだ。なるほどその若さで『軍師』になるほどのことはあるかもしれない。

 あの若さで『将軍』となったシャルナのように。


「しかし、全ての『魔剣』がここで造られている訳ではありません。『風剣』が代表的でしょう。『祈り』と『それを固定するモノ』があれば、『祈械』はどこでもでき得る。この施設は、その確率を上げるための物でしかありません。『人々の精神を動力にする』ことは、昔から世界中で行われていますから」

「…………」


 アイネは。

 非常に戸惑っていた。

 『電気』ならば分かる。『エンジン』だって知っている。否、そう『言われれば』、『知識』が教えてくれる。彼女も、初めから全ての『知識』がある訳ではない。

 だが。

 この『祈械』というものは。

 彼女の『知識』の、完全に外にある代物だった。


「……帝国には1億の民が居る。『研究素材』には事欠かないでしょうね」

「まあ、そういう見方もありますが。我々は決して、私欲の為に研究をしている訳ではありません。『より良い帝国の発展と未来の為』。人の世である以上、人自体が宝です。犠牲は最小限にしています」

「……エンリオ将軍の時も?」

「ええ。あのまま将軍が死ぬのは帝国にとって痛手でありましたし、快復する見込みの無い妹君の為に無駄にお金を消費するのも勿体無い。ならば兄の為に力になれば、双方の『祈り』も達成されると、提案したのです」

「…………」


 そうじゃない。

 アイネは心の中で否定した。あのエンリオの表情を見て、『これで良かった』などとは決して思えない。だがそうするしか無かったのも事実なのだろう。自分があの立場だったならば、どうしただろうか。


「……『七将軍』の『魔剣』は、皆同じ様にご家族を……?」

「まあ大体は。親に兄弟、恋人……それぞれに、それぞれ物語があります」

「………………そうですか」


 人を殺して、

 人殺しの道具を造り、

 人を殺す。


 そんなことをする帝国が、大陸を飲み込もうとしている。


 止めたい。

 防ぎたい。

 『何とかしたい』と思うのは。

 当然の心理だろうか。


——


「失礼します」

「おー」


 『祈械』について一通り説明を受けたアイネは、シャルナの私室へとやってきた。


「どうだった? アイネっち」

「…………」


 剣、盾、鎧。

 多用な武器や防具が飾られた部屋。彼女の趣味なのだろう。アイネは期待した目で自分を見るシャルナと視線を交わす。


「『危険』ですね。シュクスに見付かれば即、破壊されるでしょう」


 いわゆる『人の道』を、ど真ん中を突き進むシュクスには、ここを見せてはならない。どんな思いや理由があろうと潰されるだろう。

 ここまで攻め込まれればの話であるが。


「……アイネっちはさ。その『少年』のことになると凄えよな。フェルシナはドンピシャで当てたし。次はどこに出るんだ?」

「いいえ。……あの時仕留められなかった以上はもう追えません。恐らく街ひとつか、将軍をひとり失うでしょう」


 シュクスが次にどこでどう出るか。そんなことは分からない。人相書の精度は低い。帝国領を隠れて進むか、それを嫌って南下するか。『次』に関しては完全に後手に回る。各地への対策は『軍師長』から『将軍』へ回したが、どれだけの将軍がそれを聞き入れてくれるか。皇帝と軍師長に次ぐ発言権はあれど、彼らと同じ影響量はアイネには無い。


「そこまで『読めてる』なら上出来だろ。……その『根拠』は何だ?」

「…………」

「教えてくれよ。『未来を言い切る』根拠を」


 シャルナは、幹部会議の時からアイネへ興味を持っていた。七将軍に囲まれて、皇帝の目の前へ立って物怖じしない胆力。それは一般人が持って良い精神力ではない。


「……私には、『知識』と『確信』があります。私の、頭の中に。故郷(リボネ)ではそれに従い、解決策を実行しました。ティシカでもそうです。……『こうすればこうなる』という、何か『流れ』のようなものが、私の中で思い当たるのです。そしてそれは、高確率で的中する」

「『賢者』だろ」

「!」


 シャルナは素早く、答えを知りたがった。この国で賢者と言えば、グイード家だ。先程、そう説明があったばかり。


「2度会っただけの少年の『性格』と『能力』と『行動』を完璧に把握している。普通はあり得ないんだぜ?」

「ですが私は……皇族では」

「カッ! 分からんだろ。お前は『孤児』じゃねえか」

「!」


 アイネの目を見る。自覚は無いのだろう。だが材料は揃っている。シャルナはそう睨んでいる。


「……『グイード』の他に、『賢者』の一族は?」

「ねえ事はねえよ。極東にゃ『ホシノ』って賢者が居るらしい。帝国にとっちゃ危険だが、幸い、この10年動く気配はねえ。『鎖国』してるらしい」

「……『ホシノ』」

「まさかそんなところからは来ねえよな? アイネっち」

「……そう、ですね」


 『賢者』とは。

 賢い者、ではなく。

 ズルをして、最初から知識を持つ者のことだ。ここでは、そう定義している。

 アイネのこの『知識』は、ズルだ。アイネ自身が勉強したことではないし、経験したことでもない。

 それが分かり、成果を挙げ、ポストも貰った。大きな屋敷に使用人と、それを維持できるほどの給料。

 ズルだ。

 ここへ来て、彼女が沈んでいる理由はそれしかない。


 自責の念に駆られている。


 アイネは。自分は。

 何ひとつ努力をせず、結果だけ掬って利を得ているのだ。

 皇族かどうかはさておき、彼女が『賢者』であることには最早疑いの余地は無い。

 シュクスの覚醒、クーリハァの敗北、フェルシナ襲撃。

 まるで、『シュクスを主人公とした物語』を知っているかのような立ち回り。

 何の事は無い。

 その通り『知っていた』のだ。シュクス本人ではなくとも、『そのような話』を。『よくある物語の流れ』として。


「言っちまえばよ。お前をここへ連れてきた理由のひとつは、それだ。『お前は、本当はベリンナリン姫なんじゃないか?』ってこと」

「……!」

「んでもうひとつはな。……アイネっちの『魔剣』を作ろうと思ってな!」

「!!」


 シャルナが、急に表情を変えた。友人へ向ける爽やかな笑顔で、笑いながらそう言った。

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