第16話 暗部

 この世界、この時代の『明かり』は、火である。

 電球は発明されていない。闇は全くの『闇』として考えられている。夜は未だ、民衆の間で恐れられる『魔物の時間』なのだ。


「……光?」

「おー」


 だが。

 『新しい技術』というものは。いつだって民衆に知れ渡るのは『ずっと後』なのだ。


「……ここ、『地下』ですよね」

「おー。そうだぜ」


 暗闇の先。アイネの眼に飛び込んできた『光』。あり得ないと脳で否定するも、現実がそれを許さない。その閉じられた『ドア』から漏れ出る、確かな白光。


「……『火』じゃない……」

「なんだか分かるか?」


 ただ。


「……『雷』、ですか?」

「!」


 アイネは知っていた。その『知識』の中に、確かにこの光はあった。


「……まあ、こうしてても仕方ねえ。入るぜ」

「はい」


 ぴたりと言い当てたアイネに驚いたシャルナだが、その程度はもう想定内である。


「ようこそ、『暗部』へ」


 その光の中へと、招き入れた。


——


 高い天井からの白い光に照らされた『白い壁』。『白い部屋』。それは宮殿の中では見ることの無かった『研究施設特有の清潔感』。

 帝都の地下に、『もうひとつの世界』が広がっていた。


「シャルナ将軍。お疲れ様です」

「おー」


 見てもよく分からない何やら大きな『機械』装置。壁一面に扉。ここはホールのように広い空間だった。吹き抜けになっており、そこかしこに『全身を覆う白い服』を身に纏った職員達が忙しなく動いている。

 その内のひとりが、シャルナに気付いてやってきた。


「本日、将軍の研究予定は無かった筈ですが」

「まあな。施設見学だよ。ほら」

「!」


 アイネは背中を押された。未だ状況が飲み込めていない。いきなり、こんな明るい部屋へ辿り着いたのだ。ここが地下だと忘れてしまうほど、白く眩しい照明が天井を覆っている。


「……そちらの方は……」

「『軍師』アイネだ。良いよな?」

「かしこまりました」


 アイネはぺこりと頭を下げる。職員はすんなりと、彼女を受け入れた。


「では、ご案内は将軍が?」

「んー? いやいや……。ここで『遊ぶ』なら事前知識が要るだろ。あたしは『奥』でやってるよ。後頼んだ」

「……かしこまりました。その様にいたしましょう」

「……?」


 そんな会話の後、シャルナはアイネを見る。


「じゃ、またなアイネっち」

「え?」


 そう言うなり、さっさと奥へと歩いて行ってしまった。困惑するアイネ。彼女は一体何を考えているのだろうか。


「では『軍師』殿。こちらへ。案内役を用意します」

「……はい」


 『軍師殿』。職員にそう呼ばれる。アイネにとっては不思議な感覚を覚える。自分が『助言師』となったのはここ1ヶ月ほどで、叙任式も行っていない。完全に、幹部以上しか知らない情報だ。それに、すぐに休暇を貰った為に『軍師』としての仕事は何もしていない。明らかに、『軍という枠から浮いた存在』であることはアイネ自身がよく自覚している。そもそも、アイネの功績と能力を言い表す役職が無かったから暫定で当て嵌めたのが『軍師』だ。本来の『軍師』の業務内容すら、彼女は把握していない。

 その為、彼女について快く思わない者も多数いるだろう。そんな覚悟は、最初に宮殿に呼ばれた時から持っているのだが。

 だがこの職員は、シャルナの言葉ですぐに理解し、何のこともなく『軍師殿』と呼んだ。それだけ、『暗部』でのシャルナの存在感、影響力が高いのだろう。思えば仕事中にいきなり『見学』と部外者がやってきてすぐに対応できるのはかなり凄いことである。


「(……もしかして、帝国軍の息が掛かってない組織……?)」


 アイネがそう考えるのも自然なことであった。


——


「『暗部』とは『何』のことか。ここは『何』の施設か。ご存知でしょうか」

「……いいえ」


 カツカツと、冷たく硬い地面を打ち付ける音。こんな『足音』は、地上では聞かない。何もかもが別世界。綺麗に磨いた石の壁をそのまま床に敷いたような地面が広がる。アイネは一歩進む度に違和感を覚える。

 ……同時に何故か『懐かしい』感覚を。


「『魔剣』については?」

「人を材料にすると」

「ええ、その通りです。その仕組みは?」

「……いいえ、知りません」


 案内をする職員。白い清潔な服に、頭を丸く覆う帽子とマスク。いずれもこの世界では見ない服装だ。


「では『賢者』については?」

「……いいえ。初めて聞きました」


 質問が多い。アイネが『どれほど知っているか』を確認しているのだ。


「なるほど。ではそこからですね」

「……?」

「天井を見れば分かると思いますが、この『明かり』は火ではありません」

「……ええ」

「『雷の光』……自然現象である雷を、小規模ながら再現して留めてあります。『電光』と呼んでいます」

「……『電光』」

「はい。そして恐らく、この『電光』は、この世界では『まだ登場しない』代物なのです」

「…………『まだ』……?」


 職員の言い方を、アイネは復唱した。


「専門的な説明は省きますが、『ガラスと金属を加工してこういうものができる』と、未だ世界に存在しないモノを『知っている』方々が居るのです」

「??」

「彼らは他にも『人の精神を動力とする機構』や『物質の融合によって生じる熱』など様々な『道標』を我々に示してくださいました」


 理解ができない。アイネは、彼が何を言っているのか分からなかった。


「学問の発展は、『総当たり』です。あらゆることを、まずは『試す』ことから始まります。ですが、それをせず、既に『答え』を知っている方々が居る。『進んだ文明を知る』者達。彼らのことを、我々は『賢者』と、そう呼んでいるのです」

「…………『賢者』」

「発見は、閃きです。または、膨大な『試し』の果て。『結果と方向性』さえ与えていただければ、我々の時代であっても『未来の道具』は作り得る。ここはそんな研究施設。世にはまだ出せない、世界の『暗部』なのです」


 カツンと。

 彼の足が止まった。廊下の先、一番奥の部屋へと繋がる扉の前。


「『祈械動力室』」

「きかい……?」

「ええ。因みに、その『賢者の一族』というのが、誰もが知る——」


 ゆっくりと扉を開ける。中から光が漏れる。


「『グイード家』。つまり我が国の王家、いや皇家なのです」


——


 寝台に、人が寝転んでいる。それが、病棟の様にいくつも並べられている。

 寝台を覆うような屋根が付けられており、まるで筒の中に人が収まっているように見える。

 その寝台には、管のようなものがいくつも付けられており、それらは部屋の奥の『箱』のようなものに繋がっている。


 ようするに『妙な景色』が、その部屋にはあった。


「……これは」

「全て『死体』です」

「!!」


 何の感情も込めずに、そう言った。アイネは吃驚して職員を見る。が、やはりマスクのせいで表情は窺い知れない。


「正確には、心臓と脳以外死んでいます。先程述べました『人の精神を動力とする装置』の根幹部分です」

「……心臓と脳が生きているなら、死体では無いのではないですか?」

「いえいえ。この者達はもう二度と目覚めません。医学的にそれが確定しています。目覚めず、起き上がらないのなら、それは死んだことと同じでしょう」

「…………」


 筒のような寝台を覗く。彼らは安らかに眠っているようだ。寝息が聞こえてきそうなほど。


「『これ』で、この施設の照明も動いています。他の『祈械』の製造ラインも。帝国のあらゆる『研究』は、この『祈械』から始まっているのです」

「……『祈械』」

「『いのり』の『からくり』。……この国では『魔剣』を代表とする道具達。それらには、犠牲になった者達の『祈り』が宿っているのです」

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