第12話 国賓待遇
ガルデニア帝国、首都ガルデニア。帝都とも呼ばれるこの都市は、元々の『ガルデニア帝国』である。以前は内部で『県』や『州』のようなもので分けられていたが今は全て統合され、実質的な運営は皇帝の独裁の元、『宰相』が行っている。
同じ帝都と言っても、アイネは『軍事』側しか知らない。巨大なこの都市は、様々な面がある。
「……『貴族街』ねえ」
宮殿を出て、その周囲。西側にある海から引いた水で満たされた『堀』がある。『宮殿』とは言うが、立派な『城』である。昔の名残で宮殿と呼ばれているが、侵略国家となった現在は防衛設備を整えた為に実質は『城』である。
その巨大な堀を抜けるとようやく出口である。
「……西区。こっちか」
都市の入口から宮殿までは、一直線ではない。道は入り組み、簡単には辿り着けないようになっている。アイネも、ここへ来る度に少し迷いそうになるのだ。
「市街地は初めて見るなあ。綺麗な街並み……」
宮殿は丘の上に建てられている。つまり離れるように歩けば、自然と下り坂になる。
ふと後ろを振り向く。聳える城壁と構える城門。どこかの画家が題材にしそうなほど、いかにもな雰囲気のある風景。
「まるで中世…………」
そう呟いて。
「っ?」
口からつい出た言葉が、『耳を通過しても頭に入ってこなかった』。
「何それ?」
今、自分は言った。『中世』と。それは何だ? 何を意味する言葉なのだ?
「……ほんとに、何の『知識』なんだろう」
彼女の中に、生まれつき存在する『知識』。それはまさか、この世界に存在しないものまであるというのか。
「……エンリオ将軍に相談したかったな」
この世界で、誰かに『これ』を相談したことは無い。生まれた時からあったのだ。誰しもが持っているものだと思っていた。
だが違った。自分が当然のように知っていることを、皆は知らなかった。だからリボネの町は滅びに瀕し、だから救えた。
「……っと。西区2の……4の。……こっちか」
深く考えながらだとまた迷ってしまう。とにかくまずは用意してもらった『家』を目指した。
——
「お帰りなさいませ。お待ちしておりました。アイネ様」
記された住所へ行くと、一件の『屋敷』に辿り着いた。
「……えっ」
塀に囲まれた、巨大な屋敷。壁伝いに歩けば、1周するのに10分以上は掛かるだろうか。
立派な門。鉄製である。どうやって開けるのか。
「………………これ? 私の家」
「はい。ただ今、門を開けますのでお待ちくださいませ」
ただ、呆然と見る。なんだこれは。
門が開かれる。一歩進んで入る。
「…………えぇー……」
芝生の庭。外観の良い水路と噴水。石畳の道の先に、『大屋敷』と『離れ』のような建物。
まるで小さな城である。彼女の『知識』に当て嵌めると——
『テニスコート』、丸々6個分くらいだろうか。
リボネ町長である養父の家より、何倍も大きい。
ドン引きである。
「まず、ご案内とご説明をいたしたく思います。私は執事長のラットリン・マイガーゴ。何なりとお申し付けくださいませ」
「……はぁ」
背の高い、執事服の似合う男性。全身からみなぎる『コミュニケーション能力の高さ』に、アイネは気圧されてしまう。
「よろしいでしょうか」
「……え。あっ。はい。……えっと、私はこんなお屋敷も、使用人さんも、初めてですので……何も分かりません」
「ええ。お伺いしております」
にこりと微笑みを崩さないラットリン。その表情ひとつで、『プロだ』と直感したアイネ。
「……誰から?」
「宰相様からです。私達は、宰相様に雇われてここへ遣わされたのです」
「……宰相」
会った事は無い。この国の政治のトップだ。だがまあ、アイネの事は知識階級ならば知っているだろう。そう言えばティスカ平定の際に宰相宛の書類も作成したことがある。
セモ辺りから、宰相へ話が行ったのだろう。
「あれ? じゃあ貴方達のお給料は?」
普通、雇い主は家主だ。だがそんな契約はしていない。勝手にされていれば別だが、そんなことは無いだろう。
「……国から支払われますが……その話『から』されますか?」
「……ぅ。ごめんなさい。後で大丈夫です」
「ああ、いえ。申し訳ありません。……そうですね。ではまずぐるりと屋敷内をご案内しまして、それから詳細のご説明をいたします。あっ荷物、お預かりいたしますね」
さらりと謝り、さらりと続ける。嫌味は全く無い。流石プロである、とアイネは思った。自分が『17の小娘である』ことをきちんと理解し、相応の扱いに慣れている。ガチガチの貴族向けの敬語ではなく少し崩しているのも、彼女に合わせてのことだろう。
「(……まあ、高級ホテルだと思えば良いか。自分ちに執事が居るなんて違和感しか無いわ)」
荷物は、着替えと筆記用具しか無い。彼女の仕事は、その『頭』だけで充分なのだ。リボネを出た時から愛用している小さな革の鞄をラットリンが呼んだ別の使用人に預け、アイネは『帰宅』した。
——
一通り屋敷内を案内された後、最後にアイネの書斎として用意された部屋に入った。
「必要な物を仰っていただければ、ご用意いたします。文具でも何かの資料でも。なんなりと」
「……分かりました」
圧倒されていたアイネも、徐々に落ち着いてきた。豪邸に住まう実感は未だ無いが、『皇帝からの自分の評価』を理解しつつあった。
「(……『国賓』レベルね。そこまで期待されてしまっている)」
『未来を見通す能力』。それが予言である。ピタリと言い当てる『予言者』の価値は高い。それは時の為政者が常に、求めてやまないもののひとつだ。現状、周りからすれば『予言者』と言って良いアイネは、これまで予言したものの程度が低かろうが、『決して他国に渡してはならない存在』だ。既に、『寝返れば帝国を滅ぼせる』知識と情報、知恵を持っている。
ここまでアイネの評価と待遇の考慮は勿論皇帝ひとりで決定したものではない。
「それとですね。ご都合の合う日でよろしいので宰相様より、面会をできないかと仰せつかっております」
「……そうですか」
アイネはこの『屋敷』に対する違和感の正体は、この『宰相』にあると考えた。
「では明日、議事堂へ向かいます」
「かしこまりました。話を通しておきます」
「…………」
部屋を見渡す。窓から、数人の使用人が見える。
使用人は10人居ると、セモは言っていた。知らない人間が自宅に居るというのは、アイネの感覚にとっては気持ちは良くない。
「それと、皆さんと挨拶をさせて欲しいのですが」
「ああ、ありがとうございます。それではお時間をいただきまして、改めてご挨拶を。今皆を呼んで参ります。お待ちくださいませ」
——
ずらりと、10人がアイネの前に並ぶ。背の高い執事から、まだ10代前半であろう少女のメイドまで。何か『幅広く』『個性的』とも言える面々だった。
男性7人と女性3人。これがアイネの『使用人』である。
「基本的に、何をどう希望されてもその通りにいたします。通常、お召し変えや身の回りの世話はこのメイド3名で。その他雑用や力仕事などは男手にお任せください。また、現在は人材管理から家財管理、金銭管理は私が行っておりますが、お望みならばアイネ様ご自身で行っていただいて構いません。……それとですが」
「?」
それぞれの自己紹介の後に、ラットリンの説明が入る。最後に、アイネへ小さく耳打ちした。
「私を含め使用人への『お手付き』も前提としてこの10人を集めております。お命じくださればいつでも、誰でもお相手いたしますので」
「!」
ぴくりと。
反射的に男性陣の『顔』を見てしまったアイネは、一瞬の後に自らへ溜め息を吐いた。
「……そうですか。……今日はもう休みます」
「かしこまりました。食事も風呂もすぐにご用意ができます」
「勝手にやります。皆さんも今日は休まれてください」
「……かしこまりました。ではひとりだけ、侍女を付けていただいてよろしいでしょうか。一応、それが『必要』でして」
「…………?」
監視と、護衛。アイネはすぐに思い至った。恐らく寝室へ入るまで、『ひとり』になれる場所は無いのだろう。
「……そうですか。では——えっと、アミューゴさん。お願いします」
「はっ。はいっ!」
3人のメイドの中で一番小さい子を指名した。彼女はびっくりした様子で、しかし元気に返事をした。
「それでは解散ということで。アイネ様、また明日お伺いいたします。お休みなさいませ」
「はい」
ラットリンに、瑕疵は無い。悪意も落ち度も無い。ほぼ完璧な執事だろう。
だが。
「(……ホテルなんてとても。これじゃまるで牢屋じゃない)」
『何のつもりか』と、宰相に訊かなければならない。アイネは強くそう思った。
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