帝都③

第11話 助言師アイネ

【シュクスを取り逃がした。

 私がその場に居ながら。


「済まない。俺の責任だ。無視して殺せば良かった」


 違う。エンリオ将軍のせいじゃない。将軍は、私の『助言』通りに動いてくれた。それについて感謝こそすれど、責めるなんてもってのほか。


「いいえ。私のミスです。『何を言ってきても無視して殺す』ように言わなかった私の。……私の『助言』が、足りなかったのです」


 逃がしてしまった。しかも、あの時現れた『師匠』とやらの話では、殺した筈のゼントも生き返るような口振りだった。そんな道具が、この世界にあるんだ。

 絶対に、彼らは強くなる。シュクスなんて、あの最後の『覚醒』を常に出せるくらいになる筈。そうなれば、七将軍にだって勝ってしまう】


——


——


 アイネはエンリオと共に、帝都へ戻ってきた。


「……報告を聞こうか」

「はい」


 皇帝の前に跪く。


「はははっ! あの『風剣』のガキを逃がしたらしいなぁ!?」


 彼女を嘲る声がする。七将軍のひとりだ。現在、全員ではないが何人かはまだこの帝都に居るらしい。


「あんだけ自信満々に言っといてなぁ!?」

「…………!」


 アイネは何も言い返せない。その通りであるからだ。皇帝の期待を裏切る行為。


「結果的にはな。だが内容は違う。シャルナ、少し黙っていてくれ」

「ああ!?」


 そこでエンリオが口を挟んだ。


「陛下。この者、アイネの『予言』は『当たります』。今回、『黒狼部隊の全滅』と『フェルシナ侵入』『敵のパワーアップ』を全て言い当てました」

「……ほう?」

「今回私がフェルシナへ向かわず、いつも通り市長に任せていれば、フェルシナは潰れていたでしょう。それを防ぎ、また被害を最小限に抑えた。そして、シュクス一行を撃退した。『それ』が、今回の彼女の『功績』です」

「……!」


 アイネは目を見開いてエンリオを見た。フォローをしてくれている。


「結果的に逃がしてしまいましたが、私は『少年を倒した』。宣言通りです。奴等もしばらくは動かないでしょう。その間に、こちらの態勢も整えられます」

「ぎゃはは! ものは言い様だな!」


 シャルナから野次が飛ぶ。


「……ふむ。アイネよ」

「はい」


 皇帝には、『エンリオがアイネを庇っている』ことはお見通しである。つまり、『最強の七将軍』が『彼女を認めており』、『今回の失敗で失うのは惜しい』と陳情しているのだ。


「そなたはどうだ」

「……!」


 当然ながら。

 事態は良く無い。

 『七将軍を防戦一方にさせる実力を持った魔剣使い』が帝国の外に居る。そんな者が『敵』として存在している事実は、帝国の絶対支配を簡単に揺るがす。

 だがアイネはそれをいち早く見抜き、危険だと報告した。さらにはそれを、『少年』が『魔剣』に選ばれる前に、クーリハァへ『助言』していたのだ。

 『予言』。そう言って差し支え無い。皇帝は納得し始めていた。

 正直、初めは『物は試し』程度に考えていた。滅び行く町を復興させた『少女』という物に、多少の期待しか持っていなかった。


 世界最大人口を誇るガルデニア帝国は、当然人材も豊富である。皇帝自らが選び抜いた『七将軍』と『大将軍』がその証拠だ。

 つまり。


 その『人材』に感じていた『才』を、同じように彼女にも抱いているのだ。


「……私は」


 だがアイネ自身にとっては、そんなことは重要ではない。

 リボネの町(故郷)を、守らなくてはならない。その為には、帝政を終わらせてはならない。帝国が、滅びてはならない。

 政治を変えるなら内から変えなければならない。シュクスのような外からの武力で皇帝を討たれては、残された国民は全て路頭に迷う。


「もし、もう一度機会を頂けるのならば。継続して『魔剣の少年からの陛下暗殺を防ぐ』役目を担わせて頂きたいと思っています」

「……ふむ」


 暗殺。確かに、シャルナではないが『物は言い様』だ。そのような大事を担当するならば、相応の地位と報酬を用意しなくてはならない。


「我は、そなたが失敗したとは思っておらぬ。寧ろ『敵を退けた』のだ。おもてを上げよ」

「…………」


 顔を上げ、皇帝を見る。じっと、次の言葉を待つ。


「アイネ・セレディアよ」

「はい」

「明日より正式に、『軍師』相当の位として『助言師』に任命する」

「!」

「そなたがフェルシナへ行っている間に決定した。しばらくは、軍師長セモの下に付くが良い」

「……ありがとうございます」


 それで報告は終わった。

 処断されると思っていたアイネは、肩透かしを食らった形になった。

 甘いのだ。まだまだ、『シュクス』に対してそこまで重く捉えていない。

 だが現実的に、彼らを止められるのは自分しかいないと『確信』していた。


——


「会議以来だな。セレディア。改めて、私がセモだ。セモ・テンテルリゥム。よろしく頼む」

「アイネ・セレディアです。よろしくお願いいたします」


 その後、『軍師長』セモと挨拶をした。会議中は真剣な顔付きでやや近寄り難い印象だったが、今は愛想の良い笑顔を浮かべている。初老の男性だ。


「エンリオ。お前はどうするんだ?」


 その場には、エンリオも居る。


「まあ、俺は自分の城に帰るよ。妻と娘が待ってるしな」

「お世話になりました。エンリオ将軍」


 ぺこりと、頭を下げる。最後まで助けてもらった。そして身の上話まで。


「アイネ。何かあれば俺を頼ってくれて良い。寧ろ、俺が何かあったら『助言』を頼んで良いか?」

「勿論、お伺いいたします」


 その会話を、観察するセモ。


「(……随分親しくなっているな。セレディアにとっては、唯一認めてくれる将軍か。エンリオにとっては……亡き妹と重ねたか)」

「結局、私の話はできずじまいで申し訳ありません」

「構わないさ。また機会があれば話してくれ」


 エンリオは帝都を去っていった。七将軍は普段、自分の支配している都市に城を建て、そこで生活している。フェルシナはエンリオの領地だが、何も全ての領地をひとりで治めている訳ではない。県知事が各市町村に自治を任せていることと同じだ。

 アイネはエンリオに感謝していた。信用ならない自分の『助言』を全て実行してくれたのだ。さらには今日、フォローもして貰った。激励を貰ったのだ。


——


「さてセレディア。お前、休みは取っているか?」

「は……?」


 セモが訊ねた。明日からのことについてだった。


「お前が陛下に初めて呼ばれてから、約半年だ。大半はティスカに居たのだろう。きちんと休息は取れているのか?」

「……はい。ティスカでもフェルシナでも、4~5日に1度は休日としていました」

「それは休息と言わん」

「えっ……」


 セモはやれやれとかぶりを振った。全く若い者は、と言った風に。


「お前のこの半年の行動は全て監視を通して見ている。お前は休日と言いながら、なんだかんだと結局は仕事をしていたそうだな」

「……それは……まあ、暇でしたので。じっとしているよりは」

「大金貨200枚」

「?」

「それが、陛下の仰せられたお前の、これまでの『給与』だ」

「っ!?」


 ガルデニア帝国の通貨は、コインである。

 銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨の5種。

 分かりやすいよう日本での感覚で計算すると。

 10円、100円、1,000円、1万円、10万円。大体このような価値になる。庶民の平均月収が大金貨2~4枚といったところ。

 つまり、アイネはこの半年の働きで『約2000万円』を得たということになる。

 アイネも驚愕する。報酬の話など、これまでしてこなかったからだ。そこまでの働きをしたという自覚も無い。


「送金先は、お前の家になっている。まずは帰って確認しろ」

「私の、家ですか?」

「私が命じて用意させた。この宮殿にほど近い『貴族街』ではあるが、『市民街』近くの場所だ。使用人を10人付けている。場所は、紙に纏めた。今回のお前の待遇の詳細も一緒にな。読んでおけ」

「…………」


 ぽかんと、口を開けた。話に付いていけていない。

 大金貨200枚? 貴族街? 使用人?

 ……私に?

 と。


「なんだ、不満か? まあそう言うな。平民上がりにしては割りと厚待遇——」

「い、いいえ。不満など。ありがとうございます」

「ああ。取り敢えずはそこで休息を取れ。どうせ『魔剣の少年』の居場所が割れるまで、お前に大した仕事は無い。見付かり次第連絡する。それまで『休み』だ」

「……かしこまりました」

「まあ、私は基本ここか、隊舎の執務室に居る。そこまで暇なら顔を覗かせれば良い。何かしら仕事を振り、出来に応じて報酬も払おう」


 それで、この会話も終わった。忙しいのだろう、セモはさっさと宮殿を後にした。


「…………」


 ぽつんと残された、アイネ。確かに今、急ぎですることは無い。


「……『貴族』……てねえ。私が」


 自嘲しつつ、まずは家へ向かうと決めた。

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