第10話 彼女の敗北

 ①確実に息の根を止めて殺す所を実際に目で見て確認すること。

 ②高笑いしながら煽らないこと。

 ③最初から全力で戦い、決して油断しないこと。

 ④あの少女には攻撃しないこと。


 ——この4つを、アイネはエンリオへの『助言』とした。彼は理由を深くは訊かなかったが。

 ①は、保険である。『死亡の瞬間』を確認しないと、『生きている可能性』が生まれてしまう。死んだ『筈だ』と曖昧な判断で去ってしまうと、いずれ復活してまた牙を向く。勿論、川になんか落としてはならない。

 ②は、地雷だからだ。下衆のような台詞で相手を痛め付け、高笑いしながら煽ってしまうと、それ自体が相手への『バフ』となってしまう。奴等の精神は煽りに対して免疫が極端に低い。

 ③も同じく。油断や過信は言語道断。相手は未知の力で、どんな劣勢であっても『唐突な覚醒』というあり得ない切り札を持っている。こちらが手加減していると負けそうになり、『真の力』など解放してしまえば、必ず『それ以上の覚醒』をされる。その前に叩く必要がある。戦いの中で成長などさせてはならない。

 ④は一見意味不明だが、『少女を傷付けられるとあり得ないほど異常に怒る』と推測できる。これにはほぼ説明は無い。アイネの『確信』めいた予言である。


 つまり『手加減抜き』かつ『速攻』で決めなければならない。相手に時間を与えればそれだけ、『雷刃』攻略に近付かれる。

 懸念は、ふたつ。

 まず、相手が3人居るということ。圧倒的に不利だ。ひとりひとりとの実力差ならばエンリオに利があるのは明らかだが、3人掛かりでは勝手が違う。

 そして、彼が『戦闘は久し振り』と言ったこと。『それを理由に』敗けてしまう可能性が生まれてしまった。言い訳の余地を与えてしまうことは、エンリオ本人にとっても良くないことである。


——


 だが。


「…………がはっ!」


 それは杞憂に終わる。

 ゼントは倒れ、リンナの武器は折られた。そして今、シュクスが膝を突いた。


「……凄い」


 アイネは感嘆の声を挙げた。


「(1対3じゃ、無かった。1対1を3回しただけ。彼らは『分かってない』)」


 そうだ。

 本来なら、どれだけ強くとも『数の優位』は覆らない。だが。

 この3人は特に連携もせず、ひとりずつ向かっていき、ひとりずつ倒された。

 『同時攻撃』は『必殺技』であり、相手が弱った所へのトドメに使うものであると。『真面目にそう考えている』のだ。


「……呆気なさ過ぎるな。これに警戒していたのか? アイネよ」

「!」


 アイネは慌てた。


「将軍。速やかに殺してください。何が刺激になるか分かりません。それ以上喋らないように」

「……?」


 あまりにも弱いと、殺す気は失せてくる。……それは『帝国の戯言』だ。どれだけ弱かろうが必ず殺さねばならない。隙など微塵も見せてはならない。


「! や、止めろ!」

「は?」

「!」


 シュクスが叫ぶ。だが止まらないし止められない。エンリオはその短剣で、動けないゼントの首を掻き切った。


「うわあああああああああああ!!」

「止めるわけ無いだろ。これは『戦争』だ」

「(よし。私も確認した。これでまずひとり)」


 彼らを全て始末すれば。もう憂いは無くなる。アイネは帝都で政治でもすれば良い。リボネの町は守られる。


「!」


 だが、『ここから』が正念場でもあった。傷付き、ボロボロであった筈のシュクスが突然立ち上がり、今までより速く動いて、エンリオへ切り掛かったのだ。


「お前ぇっ! 許さないぞ!!」


 大粒の涙を流しながら、髪を逆立てるシュクス。『風剣』と『雷刃』が鍔迫り合いになる。


「……なんだ、これは」


 エンリオは顔をしかめた。あり得ない。こんなに元気に動けるなら、何故先程仲間が殺されるのを大人しく眺めていたのか。


「将軍っ!」


 アイネが叫ぶ。だが、もはやその声はエンリオに届いてはいない。

 それだけの集中をせねば、御せないほどシュクスの動きが『変わっていた』。


「……これは……『風』で無理矢理……?」

「!」


 瓦礫を背に座り込むリンナが呟いた。アイネは聞き逃さない。


「(ああ、なるほど。今まで使えなかった技ってことね。……将軍)」


 爆風が巻き起こる。アイネは当然、リンナも、ふたりの戦いに近付けない。


「ああああああああっ!!」

「ちっ……」


 滅茶苦茶に、感情に任せて『風剣』を振るう。しかし速い。元々剣のリーチの差で不利なエンリオは、防戦一方になる。


「将軍っ!!」

「!」


 アイネも、『ここが正念場』である。力の限り叫んだ。そして、エンリオへ伝わった。


「……『そのまま』っ!!」

「!?」


 言葉は簡潔に。後はもう吹き荒れる嵐に飲み込まれた。

 エンリオはシュクスの猛攻を防ぎつつ考える。『そのまま』の意味を。


「(……そうか。このまま防戦で良いのか)」


 そして至った。

 下手に反撃は、しなくて良いと。

 防御で待ち構えるより、攻撃で動く方が体力を消耗する。『魔剣』の力で無理矢理身体を動かそうが、既にシュクスの身体は限界である。そしてエンリオは無傷。このまま、シュクスの体力が尽きるまで耐えれば良い。


「ああああああああっ!!」

「……そうと決まれば、楽勝だな」


 初めは吃驚したが。何のことは無い。ただの向こう見ずな少年の、淡い怒りだ。


——


「ああっ! はぁっ! はあーっ!!」

「……終わりか」


 数分も持たなかった。シュクスはすぐにガス欠を起こし、動きは止まった。風も止んだ。


「……くそっ!」


 最後に歯軋りをして、がくりと崩れ落ちた。


「じゃあ、殺すぞ」

「……この、人殺しがっ!」


 目と口はまだ動く。シュクスはエンリオを睨み付ける。


「はぁ? お前らも、さっき俺の部下を殺したろう。何を言ってるんだ?」

「それは……!」

「おっと。『これ以上喋らない』だったな。じゃあな、『魔剣の少年』」


 火花散る、エンリオの『雷刃』がシュクスへ迫った。


「……!!」


 油断は一切無い。終わってみれば当然の結果である、エンリオの完全勝利だ。


「待ってくれ!!」

「!」


 だが。


「(馬鹿っ!)」


 シュクスの『最後の叫び』に反応してしまい、エンリオの刃は動きを止める。


「……リンナは、助けてやってくれ。あいつは——」

「シュクスっ!!」


 そして。

 この間に動けるようになったリンナも、同じく叫んだ。


「~~っ!!」


 アイネは声にならない声を挙げた。『良くない』雰囲気になってきている。


「……私は良いのよ! 貴方が死ぬなら私も死ぬわ! 帝国に、助けてなんて欲しくない!」

「違うんだ。エンリオ。あいつは——」

「将軍っ! 無視してください! すぐにトドメを——」


 アイネの言葉の途中で。

 不意に物陰から、『何者か』が飛び出してきた。


「なっ!」

「ひょひょっ! 間一髪じゃのお!」


 『何者か』は素早くシュクスを担ぎ上げ、拐ってしまう。そしてリンナの手を引き、ゼントの死体を持ち上げ、この場を離脱する。


「し、師匠!!」

「ゲンドさんっ!?」

「全く、心配で見に来ればこれじゃ。情けないのう、小僧」

「師匠! ゼントが……!」

「心配ないわい。『命の霊薬』があるじゃろ」

「……そうか!」


 そんな会話をして、高速で去っていく一同。


「…………」


 しばらく、呆気に取られるエンリオ。


「将軍っ!」

「!」


 だがアイネが駆け寄ってくる。顔面蒼白で。


「……アイネ」

「すぐに追い掛けます! 『今しか無い』っ!」

「だが、深追いはしない方が良いと思うぞ」

「いいえ! 『深追いをします』! 彼等が快復して、復活して、さらに強力になる前に! 手負いの今!」


 そして走り出す。アイネは相当焦っている。だが。


「待てアイネ」

「!」


 彼女の速度で、追い付ける筈も無い。エンリオならば追い付けるかもしれないが、アイネの指示が無くなる。そしてアイネを担ぎながら追えば、戦闘に於いて不利になりすぎる。


「無理だ。今回は俺達の敗けだ」

「……そんなっ! でも!」

「今。君は正常な精神状態じゃない。そんな『助言』は、君自身が後で後悔することになる。……アイネ」

「……ぅ!」


 エンリオはアイネの肩を掴んで止め、真っ直ぐに視線を合わせる。


「…………!」


 エンリオが正しい。アイネは理解している。


「一旦戻ろう。『瓦礫処理』と『再度の雇用呼び掛け』『治安改善』『シュクス捜索』の手配をしておく。アイネは休め」


 彼女の敗北である。

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