第9話 シュクス再び
「俺、この街を救いたい」
シュクスは自分に言い聞かせるように、そう唱えた。
仲間のふたりも頷く。
「そもそも、その為の旅だろ」
「ええ。帝国なんかぶっとばしてやるわ!」
意気揚々。
彼らには目標に向かってひた走る輝きがあった。その熱い思いを胸に、向こうに聳える屋敷を見据えた。
「だが、ここは『七将軍』の支配地域だ。生半可な戦いじゃねえぞ」
銀髪の青年が冷静に言う。既にエンリオの領地だと言うことは知られている。
「分かってる」
「大丈夫よ! なんたってシュクスは、クーリハァに勝ってるんだから!」
赤髪の少女は勝ち気がありそうだ。自信満々と言った様子で拳を握る。
「よし、行こう!」
「待てシュクス」
「?」
「何よゼント」
一行が気持ちをひとつにした後。
銀髪の青年が、不意に『こちらを見た』。
「っ!?」
「隠れてないで出てこいよ!」
「!」
明らかに、こちらへ向けて叫んでいる。アイネは不覚を取った。隠れているのがバレてしまったのだ。
「(なんで!? どうして! 顔も出してないわよ!? 動いて音も立ててないのに!)」
「……黙りを決め込むなら、俺の『大砲』をお見舞いするぞ」
「えっ。あそこに誰か居るのか? ゼント」
「ああ。恐らく尾行か何かだろうな。『俺の耳』は誤魔化せねえ」
「相変わらず地獄耳ねぇ、ほんと」
「(何よ、そんな能力? 体質? ……『設定』なの!? ……油断した! 私の方が!)」
「おい! いい加減出てこい!」
「…………!」
出ていくしかない。アイネは瓦礫の陰から、姿を現した。
「……女?」
「仮面を着けてる」
3人の視線が彼女へと集まる。黒い髪。黒い服。軍服ではない。正装ではないが、高価そうな服だ。旅人には見えない。
「…………」
「おいお前、何者だ?」
ゼントが訊ねる。しかし、アイネは答えない。
口を開けば、声を出せば。たちまちシュクスにバレてしまうからだ。
「帝国の者か? 何故隠れてた?」
「…………」
「答えろ!」
しくじった。アイネは後悔していた。近付きすぎたことではない。
ティスカの街で、軽々に姿と声を、シュクスに披露してしまったことだ。それが無ければ、無関係者を装って近付くことだって出来た筈だ。そして諭し、帝国を滅ぼさないようコントロールすることだって。
シュクスの性格を考えれば、アイネの話術に対抗はできないのだから。
「…………」
「!」
なんとかして、逃げるしか無い。アイネに戦う力は無い。一番は、敵意を示さないことだ。彼らは『悪人ではない』。だから両手を挙げて示せば、攻撃はしてこない筈だ。
「降参……?」
「結局なんなんだよ……」
だが。
今回は完全に、『出遅れて』しまった。
「何をしているアイネ。ピンチじゃないか」
「!」
まだ、エンリオへは何も『助言』していない。
「なっ!」
「こいつは!」
彼はアイネのさらに背後から現れた。
「……将軍」
「『雷刃のエンリオ』!!」
ゼントが叫ぶ。その場が一気に、緊張感に包まれた。
——
「……まあ結局、戦うことにはなっていただろう。アイネ。どうする?」
エンリオが短剣を抜く。その刃からは既にバチバチと火花が散っている。電気を発生させ、操る『魔剣』だ。
「あれが『雷刃』か……」
「気を付けてシュクス。小さくても油断しちゃ駄目よ」
対するシュクス達も臨戦態勢になる。シュクスは『風剣』を構え、ゼントは『大砲』という、巨大な鉄の筒を持ち出した。赤髪の少女は短剣を二刀、両手で構えている。
「それよりあの子、さっき『アイネ』って……」
「え?」
シュクスの視線は、エンリオではなくアイネへと向いた。アイネも、もはや仮面を着けている意味が無くなった。
「……まずは、『交渉』を。相手は3人。数の上で不利です」
「……分かった」
小さく、エンリオへそう伝えた。彼は頷き、『雷刃』を収める。
「……は?」
「あっ!」
それからアイネは1歩前へ進み、仮面を外して見せた。
黒い瞳と、綺麗な顔立ちが露になる。
「あんた、ティスカの街の!」
シュクスが吃驚して、指を差す。ゼントと赤髪の少女は何やら分からず疑問符を浮かべる。
「ええ。……久し振りですね。シュクス殿」
こうなったら、やるしかない。アイネはさらに1歩、踏み出した。
——
瓦礫を挟んで、彼らは相対した。アイネとエンリオに戦意が無いことを察し、シュクスも剣を収めた。
「……帝国を、討とうとしていると聞きました」
「ああ、そうだ」
アイネは慎重に言葉を選びながら、シュクスへと声を掛ける。
「今回も、私達は貴方と争うつもりはありません」
「……またそれか……」
「シュクス、どういうこと? あの女のこと、知ってるの?」
赤髪の少女が訝しむ。
「ティスカの街の、クーリハァの後釜だったと思うんだけど……」
「えっ!」
ならば間違いなく、帝国軍人。エンリオと『仲間っぽい』のも明白だ。階級も似たようなものだろう。だとすれば実力も。
「ティスカは信頼できる者に引き継ぎました。私はどこにも所属しない自由な立ち位置ですので」
「……そうか。じゃあ、あの後ティスカの街が『良くなった』のは、あんたのお陰ってことか」
「言ったでしょう。クーリハァ将軍の体制は否定すると」
「……そうか」
シュクスはともすれば、エンリオ以上にアイネを警戒している。ティスカではまんまと言い逃れられたからだ。会話が長引けば不利になると直感している。
「じゃあ今度はこのフェルシナも、あんたが『良く』するのか?」
「勿論」
「!」
シュクスが揺らいだ。そうだ。アイネは内心、ぐっと拳を握った。
彼らの『戦う理由』を消してやれば良い。『残虐非道な帝国』というレッテルを解消すれば良い。
「だから、もう帝国に手を出さないでください。貴方がこの国の外からやろうとしていることを、私が中からやりますので」
「…………!」
帝国と戦わなくて良い。
苦しんでいる人達は、このアイネがなんとかしてくれる。
なら自分は、戦わなくて良い。
「(よし。もうひと押し。意外といけそう……)」
「シュクス、騙されないで」
「!」
シュクスが折れかける直前。
赤髪の少女が前へ出た。
「騙す? 何故」
「分かるわよ。この詐欺師」
真っ直ぐ、純粋な怒りがアイネへ降り注ぐ。
「リンナ……」
シュクスが呟く。少女の名は、リンナ。
「侵略した街を『良く』なんて、当然でしょ? それだけに頷いてこの場を離れても、『侵略』は止まらない。『侵攻開始前のガルデニア』まで戻すまで、私は認めないし引き下がらない。『全ての補償』を終えるまで、許してなんかやるもんか」
「!」
アイネは内心、舌打ちをした。もう少しだったのに。
「(見た目に似合わず、鋭いわね)」
「今すぐ、帝国兵を全てガルデニアまで撤退させて。それを約束できないならこんな『交渉』は無意味。戦闘開始よ」
ジャキンと、リンナは剣を構えた。これ以上の会話は無駄である。無言でそう告げていた。
「……将軍」
「ん?」
アイネは、またしても失敗した。ならばもう、やれることは限られた。
「『助言』が4つあります」
「ほう」
「①確実に息の根を止めて殺す所を実際に目で見て確認すること。
②高笑いしながら煽らないこと。
③最初から全力で戦い、決して油断しないこと。
④あの少女には攻撃しないこと。
……以上です」
「なんだ、当然のことじゃないか。……④は何故だ? 向かってくる敵に容赦は普通しないぞ。それとも何かあるのか?」
「だから、危ないのです。あの『少女』が傷付けば、必ず『彼ら』が激昂して、『強く』なってしまいます」
「……ふむ。よく分からないが、そうしよう」
本当に、エンリオは今回アイネに従うつもりらしい。頷いてから、アイネを庇うように前へ出る。
「……!」
その1歩目から『放たれた』。
アイネは縛られたような感覚に襲われた。
「……帝国を脅かす『敵』め。……戦闘は久し振りだな」
バチリと、火花が散った。
「…………!」
その『戦意』が。『殺意』が。周囲に重力を掛けるように威圧してくる。味方である筈のアイネですら、そのプレッシャーで1歩も動けない。
歴戦の強者。『帝国の七将軍』。侵略国家ガルデニアの、1億人の頂点のひとり。
「……来るぞ!」
シュクスが身構える。
『雷刃のエンリオ』が、戦闘態勢に入った。
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