第7話 魔の名を冠するモノ
アイネは17歳だ。生まれつき頭の中にある『知識』以外は普通の町娘と変わらない。
つまり、今生きているこの世界については詳しく無いのだ。
「とは言え、お前も町長の娘だろう。基本的な教育は受けているんじゃないのか」
「本当に基礎だけです。この先、私が『やりたいこと』をやるには。恐らく足りません」
「ふむ。じゃあ、まずはこの国の歴史からにしようか。知っている限り言ってくれ。不足や間違いは都度修正しよう」
「かしこまりました」
アイネは、自身の知る限りのガルデニア帝国について語り始めた。
——
【ガルデニア帝国。建国して、今年で97年。建国というより、独立だ。それまでガルデニアは、北方の大国メルティス帝国に支配されていた。そこから独立して、今日まで周囲と戦争しながら領土を拡大してきた。
本格的に大陸支配に乗り出したのは10年前。この10年でガルデニアは、凡そ5倍の大きさになっている。東西に広がる国だ。北と南にはまだ争っている大国がある。勿論東にはリンデンが。
現在の皇帝はバルティリウス・グイード・ガルデニア三世。彼の即位から、他国侵略は急激に勢いを増した。大陸統一を掲げて、『七将軍制度』を作った。軍事大国だ】
——
「——おおよそは」
「ああ。間違ってない。特に補足は無いな。よく勉強しているじゃないか」
アイネの説明に、エンリオは頷いた。
自分の国の歴史程度は知っていて当たり前。ではない。
こんなことすら教えてくれる人も場所も、田舎には無いのだ。この程度すら、上流階級の知識だ。たかが町長の娘が知っているのは、『良い教育を受けている』ということになる。
「だが、お前はこれくらいは当然の知識だと思っているんだな」
「はい。この10年にあったことは殆ど知りません。魔剣についても。帝国が侵略を続ける目的や動機についても。外交の際には陛下の理念を理解して臨む必要があります。それを知りたいのです」
「……ふむ」
エンリオは少し、顎に手をやって考えてから。腰に差してある短剣を机の上に置いた。
「理由というなら、正に『これ』だな」
「!」
見たところ、何の変哲もない普通の短剣だ。だが、実はそうではないと、アイネも理解している。
彼は人呼んで『雷刃のエンリオ』。七将軍のひとりとして、操る武器は当然『魔剣』だ。つまり、この短剣は『雷刃』という魔剣なのだ。クーリハァの『氷槍』が冷気を噴出するなら、これは電気を発生させて相手を攻撃する。
「『魔剣』。一騎当千の武器だ。これを手にしてから、急激に帝国は強くなった」
「それは、分かります」
「だが、誰にでも扱える訳じゃない」
「知っています。『適合』しなければ扱えないと」
「ああ。……この不思議な武器は、何で出来ているか知っているか?」
「……知りません」
エンリオは、『雷刃』にそっと触れた。
「これは『人間』から作られている」
「…………は?」
その言葉を。アイネはすぐに飲み込めなかった。理解する前に耳から抜けてしまった。
「魔剣の材料は『人間』だ」
「……!!」
二度目で。ようやく彼が何を言っているのか分かった。
「そんな馬鹿な……!」
「嘘じゃない。これは間違いなく、俺の妹だからな」
「!?」
エンリオの衝撃発言は続く。アイネは絶句してしまう。
「10年前。俺は8つになる自分の妹を国に差し出して、『雷刃』を得た。そして将軍になった。そんな奴を集めて使って、今帝国は勢力を伸ばしている」
「……!!」
吐き気がした。何をそんなに、平気な顔をして言っているのか。突然、エンリオが『気持ち悪いモノ』に見えてきた。
「……近年になって、『人の道』ってのが提唱され始めたろ。人権とかいう奴だ」
「!」
それは知っている。貧困層や奴隷から支持を集めている考え方だ。そして、アイネの中の『知識』にもある。
「それから外れた『魔の道』。語源はそこから来てる。だから『魔剣』と言うし、だから強力で、だから帝国はここまで強くなった。この進軍は覇道じゃなくて『魔道』なのさ。バルト陛下はいずれ、『魔王』と呼ばれることになるかもしれない。俺達はそれに乗っかっている」
「…………そん、な」
「詳しい製法や雷を生み出すメカニズムは知らないけどな。『暗部』って奴だ。帝都にはそんな研究機関がある。魔剣の生産工場がな」
「……!」
「だから、『適合』って言葉があるんだ。合わないと使えない。丁度、人間関係のようにな」
「……魔剣にされた人は、まだ生きていると?」
「俺はそう思ってる」
「!」
「……七将軍、全員……?」
「まあ、大体はな。皆家族や大事な人だろう。適合する為には必要だ。いくら強力でも使えなければ意味が無いからな」
「——!」
アイネは口を押さえたまま固まってしまった。処理が追い付かないのだ。実の妹の遺体を使って作った剣で人を殺し、将軍になった男が目の前に居る。
「……今日はここまでにしようか。ゆっくり休め。旅の疲れもあるだろう」
僅か17の少女には、重すぎたのだろう。エンリオは溜め息を吐いて、短剣を片付けた。
「(この様子だと、もう終わりか。まあ止めるなら、口封じに殺さなければならなくなるが)」
アイネの様子を見て。エンリオは少し安堵した。初めは、彼女を冷酷な女性だと思ったからだ。目的の為なら手段を選ばないような、そんな女性に見えていた。
17歳だ。少女と言っても良い。きつめの目と、変化の薄い表情と、落ち着いた雰囲気と固い口調で。普段は大人びて見えるかもしれないが。
人の死を悼み、『魔道』を拒む。普通の少女じゃないかと。こんな話は、本当はするべきではなかったのではないかと。
最後にちらりと振り返ってから。エンリオは退室した。
部屋にはアイネがひとり、残された。
——
【気持ち悪い……!
そんなのあり得るの?
戦争って。戦争って。
できるだけ自国に被害を出さないようにするものじゃないの!?
どうしてそんなことができるの? 例え、強力な武器を作るためだとしても。
家族を犠牲にするなんて。
本末転倒じゃない。軍人は、家族を守る為に戦うんじゃないの!?
駄目だ。拒絶してしまう。そんなの、私の『知識』には無い。
じゃあ、『氷槍』も、『風剣』も?
もう気持ち悪くて触れない。
……一体どうして。そんなことになったのよ。
……。
…………。
違う。
これが、『この世界』なんだ。
それを私は、自分の中のちっぽけな常識に当てはめて勝手に拒絶してるだけ。
私の中の『知識』の、倫理や道徳が。
この世界の常識とは限らない。
私が、合わせないと。適応しなくちゃいけないんだ。
エンリオ将軍は、親切に教えてくれているんだから。
まずは感謝を。しなければならない】
——
「おはようございます。将軍」
「おっ」
翌日。部屋には既にアイネが居た。昨日より、真剣な眼差しになっている。
「昨日は動揺してしまい、申し訳ありませんでした。さあ続きを」
「……分かった」
「(まだ、事実しか聞いていない。エンリオ将軍の思いや当時の感情を聞けば。また別の感想が出てくるかもしれない)」
飲み込んで、覚悟してきたのだ。これは、普通の少女にはできないことかもしれない。
「(目が変わったな。このひと晩で。……切り替えたのか)」
エンリオはまた、アイネの評価を改めることになった。
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