フェルシナの街

第6話 雷刃のエンリオ

 帝国七将軍。帝国の侵略の要とも言える存在。つまりこれが全て倒されれば、帝国は軍事的な基盤が失われる。

 その力の源となっているのが、7人それぞれの持つ『魔剣』である。

 だが既に、その一角である『氷槍のクーリハァ』が倒された。

 クーリハァが弱かっただけ?


 否。


 『魔剣』に適合した武人が弱いなどということがある訳が無い。


——


 背が高い。体格が良い。筋肉質だ。それだけで、『戦闘』で有利になる。

 軍人らしく黒髪は染めずに短髪。落ち着いた視線と余裕のある表情。将軍としての『貫禄』が滲み出て伝わってくる。


「改めて、俺はエンリオ・バルシュハイト。今はあんまり前線には行ってなくてな。専ら内政をやってたんだ」


 強い者はボスになれる。だが、力が強い者が、頭も切れるとは限らない。アイネが出会った中では、クーリハァやウィリアが良い例だろう。強いだけで『将軍』などという地位を与えてしまえば、街はティスカのようになる。総理大臣が、日本で一番喧嘩が強いのか? 答えは否である。格闘チャンピオンを大統領にして、すぐに良い政治ができるか? 答えは否である。


「アイネ・セレディアです」

「警戒してるねぇ。リラックスしてくれよ」


 現在、高級馬車で移動中だ。席にはアイネと、向かいにエンリオのみ。あとは御者と護衛が数人。

 次に『魔剣の少年』シュクスが向かうと思われる帝国領、フェルシナへの旅路であった。


「(……『雷刃のエンリオ』。七将軍最強と目される武人)」


 アイネは警戒していた。『あのような』登場の仕方であれば、彼女は幹部会から否定的に見られることは当然予測していたし、その通りになった。平民出の新参者が皇帝に認められたのだから。

 だが、この男は違った。真意は分からないが、今度はアイネの言う通りにしてみると言うのだ。警戒して当たり前である。

 しかしながら、『言う通りにしたけど駄目でした。この女は嘘つきです』という展開にするには手間が掛かりすぎる。そして、それにしては表面上は好意的だ。

 会議でウィリアを諌めた所も含めて、武人らしくない違和感を覚えていた。


——


【……危ない。

 クーリハァは『シュクス覚醒の引き立て役』として当然の敗北だった。だけどいきなり、次に『最強の将軍』は。

 当然、エンリオ将軍が勝つ。だけど。

 彼はシュクスを殺さない。とどめを刺さない。それが私の『知識』から来る『予言』。

 『敗北イベント』だ。エンリオ将軍は、シュクスを圧倒しつつ、シュクスの潜在能力に気付いて。『成長が楽しみ』になってしまい見逃す。

 そして、その後成長したシュクスに、帝国は滅ぼされる。

 問題は、将軍が『私の助言を聞く』と言っていること。勿論それを全て信用はしない。だけど一応はそれを前提に、『助言』をする必要がある。

 まずはフェルシナと、エンリオ将軍のことを知る。何を置いてもそれからだ】


——


「これはこれはエンリオ様!」


 馬車は何事も無く、フェルシナへ着いた。エンリオとアイネを迎えたのは、小太りの男。フェルシナ市長である。


「お話は聞き及んでおります。クーリハァ様を討ち、東部戦線を滞らせた『魔剣の少年』。奴がこのフェルシナへ向かっているとの情報」

「耳が早いな。そうだ」


 市長はすり寄るようにエンリオへ語り掛ける。にこにことした表情を崩さない。まるで道化のようだと、アイネは思った。


「ですが心配ありません。ましてやエンリオ様が直々にご足労されることすら、本来は。……別の街から既に追っ手を出しておりますので、もう片付くかと」

「駄目よ」

「!」


 しまった。と、アイネは思った。エンリオではない。また『勝手に』。アイネの助言の前に、行動を起こした。『起こしてしまっていた』。

 エンリオは支配した地域を別の者に委託している。それが仇となっている。


「失礼ですが、この方は……?」


 市長が笑顔を崩さずに、アイネを『睨んだ』。


「紹介する。『助言師アイネ』だ。暫定だが、陛下『直属』の顧問とも言うべきかな。今回の『魔剣の少年』の件を担当してもらっている。俺は彼女の『助言』を全て聞き入れるつもりでいる。お前達もそうせよ。丁重に扱え」

「……な……は……え?」


 エンリオの紹介を、市長はすぐには飲み込めなかった。


「初めまして。アイネ・セレディアと申します。とは言っても、ここの政治を滅茶苦茶に掻き回すつもりなどありません。一番は、このフェルシナの平和です。『魔剣の少年』についてのみ、私の『助言』を聞いてもらいます」

「…………陛下、直属?」

「ええ、まあ。そういうことになりますね」

「!!」


 遂に、市長の顔は引きつった。つまり、将軍とほぼ対等に位置する者だ。今のところ、アイネを評価しているのは皇帝のみ。だがその『皇帝』というカードは、勿論とてつもなく強烈である。この国では誰も逆らえない。アイネは『浮いた駒』なのだ。ともすれば要らぬ軋轢や嫉妬を生み出す。そんなことは彼女も承知している。


「という訳で、その追っ手を今すぐ引いてください。『要らぬ餌』を、無駄に与えることはありません」


 その軋轢と不信を払拭し、信頼を得るには。

 行動と成果で以て、示さなければならない。


「なっ! ……餌ですと? 追っ手は精鋭ですぞ!」

「だからです。そんな実力者との戦闘は、『少年』にとってとても良い『経験値』となる。貴方は今、我が帝国の大切な人的資源を無駄に浪費して、討つべき敵を『成長』させてしまっているのです」

「馬鹿な! 我が精鋭部隊が子供に敗けるなど!」


 市長は声を荒げた。同時にそこへ。


「失礼します!」

「!」


 部屋へ突撃してきた者が居る。伝令である。彼は市長やエンリオの顔を窺い、それを読み上げた。


「『黒狼部隊』、全滅! 全て『魔剣の少年』とその仲間に撃破されたとの報告です!」

「なんだとっ!?」


 市長が叫ぶ。信じられないと言った表情だ。しかし、そんな表情で吃驚している者は、やはり市長だけであった。


「……だから言ったのに」

「!」


 ぼそりと、アイネが溢す。はぁ、と息を吐き、頭に手を当てた。

 みすみす、レベルアップに手を貸してしまったのだ、と。


「……ほう。なるほどな」


 エンリオは感心していた。今まさに、『アイネの予言が当たった』のを垣間見たのだ。

 普通は。精鋭部隊が勝つと思うだろう。少年に賭ける阿呆は居ない。実際エンリオも、少なからずそう思っていた。

 だが。アイネが正しかった。


「アイネ。君は『少年』と直に会っているな。何か秘密を知っているのか?」


 そう考える。この女性が一見必要以上に、過剰に『少年』を警戒する理由があると。

 それどころではない。アイネは『溜め息を吐いてやれやれとかぶりを振った』のだ。本当に、『こうなることが予め分かっていた』かのように。


「いいえ。彼についての情報は幹部会義でお話しした以上のことはありません。……私が何か情報を隠していないと証明することは不可能ですが、逆も然り。『隠していても結局私の利にはならない』事実で、どうかご理解ください。彼は本当に『危険』なのです」

「……まあそこまで疑っている訳ではないが……。ならば何故そこまで危険視するんだ。確かに君の言う通りに事が進んでいる。その『種』はなんだ? それが気になって仕方無い」

「…………」


 アイネは考えた。『言ってしまって良いのだろうか』と。しかし、言うとなればどう説明したものかと。

 『知識』と『確信』が不思議とある……などという説明では納得できないだろう。だがアイネにとってはそうとしか言い様がない。


「……その前に、私に教えてくださいませんか?」

「何をだ?」


 ここまで、『なあなあ』にしてきたものがある。それを一旦、整理しなければならない。

 このエンリオは、『アイネのどこがおかしいのか』を言葉にして伝えた。そんな人物は初めてだ。

 大陸最大国の将軍だ。知識も多いだろう。特に軍事については。


「この世界についてです。私はまだ17の子供ですので。訊きたいことが、山のようにあります」

「……別に構わないが……それが、何か関係あるのか?」

「その後の『私の説明』に於いての、『語彙』に繋がるかと。……私自身、まだ自分の事について分からないことだらけですので」

「……ほう」


 エンリオが充分鋭く聡明であれば。

 この問答の時点で彼はアイネの『秘密』に気付くだろう。

 そして彼が聡明であるかどうかは。

 アイネ自身が確かめる必要がある。

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