帝都②
第5話 幹部会議
アイネが、帝都へ戻ってきた。ティスカへ赴いて4ヶ月経った。行き帰りに1ヶ月ずつ。彼女は宣言通り実務2ヶ月でティスカとパキリマ周辺を『平定』した。
「……リンデンに敗北したクーリハァ軍を立て直し、ティスカが陥落の危機に陥った直後に見事敵国と交渉し、被害を未然に防いだ。さらに労働や休息、役割などを明確にして兵士、町民を管理し、支持をも得た。外交では、リンデンを始め力のある諸外国との停戦協定を結び、東方拠点として確固たる土台を作り上げた。……これをたった2ヶ月だ」
巨大な円卓に、5人の男女が座っている。その部屋の一番奥に、円卓とは別の玉座に鎮座しているのが皇帝。
「ハッ!」
その説明の後、一番に口を開いたのは卓に足を乗せる青年。
「ありゃクーリハァの野郎が雑魚だっただけだろ? その尻拭いが上手えからってなんだよ!? 俺が東方へ行っときゃ、そんなことも起こらねえ。全てぶっ殺して 平☆定 だぜ!」
「いや。問題はそこじゃあ無いでしょう、ウィリア君。クーリハァ君が『リンデンに敵わない』と察知し助言したと、報告にある。それを見抜いた審美眼は確かに称賛に値する」
青年の次にふむと喉を鳴らしたのは、壮年の男性。モノクルを掛け、白髪の顎髭を撫でる。
「出たよオッサンの少女趣味。あーヤダヤダ。キモいキモい」
男性の言葉に異を唱えたのは、円卓に頬杖を突く、黒と紫の髪をした女性。
「ふむ。私は少女趣味では無いし、キモくも無い。婚期を逃したアバズレに何を言っても無駄でしょうがな」
「あぁ!? なんだと変態野郎!!」
男性の嫌味に、女性が怒気を荒げて食って掛かる。
他の数人は沈黙している。
そしてその様子を、アイネは円卓の縁から観察していた。
——
【出た。幹部会議。帝都へ戻って早々陛下にお呼ばれしたと思ったら。
彼らがガルデニア帝国の、『大将軍』と、彼を入れた『七将軍』、そして卓の傍らに、さっき私を紹介した『軍師長』。この国のトップ連中達。
まあー、行儀悪い。とても上に立つ者の態度とは思えない。ていうか陛下の御前で足を卓上に上げるか、普通。格好も、なんか奇抜過ぎだし、しかも全員この会議の場に『武器』を持ち込んでいる。
あれ? ひとり足りない。クーリハァを抜いても、4人しかいない。……欠席て。陛下に直接呼ばれた幹部会議で?
この人達本当に大丈夫? 頭おかしいんじゃないかしら】
——
「……静まれ」
「!」
皇帝のひと言で、喧騒はピタリと止んだ。全員が、緊張の糸を張り詰める。固唾を飲む音すら聞こえた。
「……アイネよ」
「はい」
皇帝は、七将軍ではなくアイネへ、最初に声を掛けた。
「見事であった」
「……!」
「!」
「なっ!!」
そのひと言で。
円卓はざわついた。
陛下が。我らが最強の王が。大陸を統一し、世界の支配者にならんとする皇帝が。
『その女』を褒めたのだ。
軍人でも文官でもない、孤児で平民あがりのただの女を。
「……ありがとうございます」
アイネは素直に感謝した。七将軍の視線を一身に浴びながら、微動だにせず。
「(ほう。俺らに睨まれてビビらねえとは。肝は据わってやがる)」
その違和感に気付いたのは、先程から沈黙を保っている男性ひとりだった。
「褒美を取らそう。約束通り、リボネの守護とそなたの平穏で良いか?」
「!」
また、ざわついた。
「(そんな物のために?)」
最初に、アイネが求めたものである。故郷の平穏を。『この世界のことを何も知らないアイネ』を拾ってくれた恩人達へのお返しを。
「いいえ」
だが、これは皇帝の『罠』であるとアイネは見抜いた。
「約束通り私に『役職』を。このままではやはり、帝国は滅びます。そうなれば、結局リボネも巻き添えに。私にはまだやるべきことがあります」
「オイふざけんな」
「!」
三度、ざわめく。我慢ならないとばかりに、卓に足を乗せる青年が口を挟んだ。
「てめえ何様だよ。俺らを無視して陛下と会話しやがって。その上帝国が滅びるだぁ? 頭沸いてんのかクソ女」
「…………」
アイネは彼の方を見た。明らかに馬鹿丸出しだ。だが実力者であり、権力者。『だからこそ』帝国の腐敗を物語っているのだとは、この場では火に油を注ぐようなものであるが。
正直、実際に会って話すまでは馬鹿かどうか分からない。だが現時点で『帝国の未来を憂えていない』ことで、既に話にならないとアイネは思った。
「常に最悪を想定するのが『鉄則』です。この世に絶対はあり得ない。それは歴史が証明しています」
「あぁ!? 声が小せえんだよ!」
ここで、論点をすり替えてこの男を批判して論破しても仕方無いし理解できず納得しないだろう。相手にするだけ無駄だ。本来静粛にする場で、陛下に届いた声が聞き取れないならばもう会話をする必要は無い。
「……その『最悪』の芽が、少なくともひとつございます」
「報告にあった者だな」
「はい」
アイネは陛下へ話を続けた。
「……っ! オイ」
「待てウィリア」
「あ?」
卓へ足を乗せる男——ウィリアを、横に座る男性が止めた。
「お前は今の会話で敗けたんだ。下がれ」
「は? 何言ってんだお前」
「『声が小さい』と言っただろう。あの会話はお前が『敗けを認めて』、お前が『終わらせたんだ』」
「…………!!」
「それすら理解できないならもう、我が儘を喚く子供と変わらん。大人しく引き下がれ」
「………………くそが」
その会話を、アイネは把握していた。この男性はまともに『会話ができそうだ』と、記憶しておいた。
「——『シュクス・リンデンバーン』という少年。三等騎士ということでしたが、ファミリーネームからリンデン領主の家系かと思われます」
「その『少年』が脅威だと?」
アイネは、この『報告』自体がもう『テンプレ』である可能性が高いと察していたが、だが報告しないはあり得ない。少しでも情報を共有し、備えなければならない。油断だけはせぬようにと。
「彼は『魔剣』に選ばれ、クーリハァ将軍を一騎討ちで撃破した本人です」
「!」
「ほう……」
その話題には、全員が興味を持った。当然だ。クーリハァは本来、この場に居るべき『将軍』だった。その一角が討ち取られたのだ。明日は我が身と思わねば、何が将軍か。
「彼は現在17歳。まだまだ伸び盛りです。このまま成長すれば、いずれ誰の手にも負えなくなる。そんな『未完の大器』が、旅を始めました」
「……旅?」
「はい。リンデンを離れ、『各国を帝国の支配から救出する』旅へ。これは危惧すべきことです」
そうだ。彼は旅を始めてしまった。帝国の支配から世界を救う旅を。
今後、彼は様々な試練と敵に会い、戦い、その都度強くなっていくだろう。『魔剣』もどんどん使いこなしていく筈。仲間も増える筈だ。……そんな『確信』が、アイネにはあった。
「カッ!」
だが、この場のアイネ以外にはそれは分からない。それも当然である。彼らにとって、アイネからは『何か結論ありき』で話を進める胡散臭さが感じられる。
「ガキ1匹に危惧もクソもねーじゃん。クーリハァをやったのが事実なら、それだけ頭に入れといてさ。後は各自見付け次第ぶっ殺で。首と『魔剣』をここへ持ってきたらいーだけっしょ? アイネっち」
「…………」
今度は黒と紫の髪の女性が、皆の意見を代弁した。
「……ええ、そうです。ですがくれぐれも油断はしないように。相手は『成長する』。これぐらいだろうと高を括っていると足を掬われます」
「はいはい。分かった分かった。で、その『旅』のルートは? 次は誰の領地に入るんだい?」
「彼はリンデンを出て、南下しています。恐らくは帝国領の手前の『イーストス』で冒険者登録をして、仲間を集めているかと」
「冒険者ぁ?」
女性は首を傾げた。
「その後、恐らくはそのまま西へ向かって『フェルシナ』へ入るかと」
「フェルシナ! 誰の領地だ?」
「俺だ」
「!」
手を挙げたのは、先程ウィリアを諌めた男性だった。
「……エンリオか。ならまあ、心配は無いのではないか」
エンリオを見て、軍師長がほっとした様子を見せた。
「いや。…………陛下」
「何だ」
そのエンリオは、少し考えてから皇帝へ訊ねた。
「この『アイネ』は、結局どうするのですか」
「……ふむ。正式に『助言師』を設けようと思うが」
「分かりました」
そして、それを聞いてからアイネへ視線を向けた。
「では私は彼女を連れ、フェルシナへ参りましょう。クーリハァとは逆に『助言』通りに行動しましょう」
「なっ!」
この会議での、最後のざわめきは彼が生み出した。
「…………」
アイネも彼を見定める。
「私が、身を削り彼女の『試金石』となりましょう」
「それはリスクが大きすぎるのではないか? 『雷刃のエンリオ』を失うことになれば帝国は……」
軍師長が憂慮する。まだ、アイネは彼らに認められていない。
「万一の場合は大将軍が居るでしょう。『俺が行って、その少年を倒す』。そのことに心配は無い筈だ」
「……それは、確かに」
「では決まったな。そのようにせよ」
皆が頷くのを見て、皇帝が宣言した。
「よろしくな、アイネ」
「……かしこまりました」
アイネは、少しだけ不安になった。『雷刃のエンリオ』のことは、他の将軍と併せて既に調べていたからだ。
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