第4話 アイネの手腕

「畜生っ! あのガキ! 絶対にぶっ殺してやるっ!!」

「……落ち着いてください将軍」

「なんだとっ! ……ちっ!」


 病院にて、包帯まみれのクーリハァ。一命は取り止めたと聞き、アイネが様子を見に来ていた。


「……そうだな。あんたの言う通りだった。まさか奴等の中に、『魔剣』を使う騎士がまだ居たとは。あれは国宝クラスだから、デュナウスを殺せば終わりだと踏んでいた」


 ここで憤っても仕方がない。アイネの嫌に冷静な表情を見て、クーリハァも落ち着きを取り戻す。


「だがもう割れた。今度は敗けねえ。怪我が治りゃすぐにでも……」

「将軍。それですが」

「ん?」

「陛下より、帝都召還命令が出ています」

「はァ!? なんだとっ!?」


 アイネは1枚の紙を、クーリハァへ渡す。彼は受け取り、その内容を確かめる。


「…………まじかよ」

「お怪我が良くなり次第、発って貰います」

「ど! ……どうすんだよ、そしたら! この街は。東方侵略は……!」


 その内容の、最後に。


「私が引き継ぎます。パキリマ平定も、リンデンとの交渉も。……そして、将軍の補佐だったロニー書記官へと、最終的には」

「……!!」


 驚愕を隠せないクーリハァ。わなわなと手が震えている。


「俺は……もう用無しか」

「心中お察しします」

「けっ! ラッキーなこったな、助言師さんよ。まんまと『将軍』の座、俺から奪っちまいやがった」

「いいえ。これは必然です。そして私は、別にこの地方に思い入れもありません。私は私の有用性を陛下に説いて、然るべき『ポスト』を戴くだけ」

「……へっ。大した野心だ」

「恐れ入ります」


 会話はそれだけだった。アイネは立ち上がる。もう用は無い。この馬鹿な男の尻拭いを、これからやらなければならない。


「まァ、あんたも気を付けな」

「はい?」


 最後に。クーリハァが呟いた。


「俺は恐らく、帝都で死刑だ。しくじったからな。陛下はそういうお方だ」

「…………。貴方は兵士としては強力です。貴方を失うことは、帝国の戦力低下を意味する。1度敗れただけで処刑するなど、『王』として論外。それが分からない陛下では無いと思いますが」

「……へっ、俺にゃもうどうでも良い話だ」


 完全に、クーリハァは無気力になっていた。アイネに突っ掛かりもしない。そして、そんな将軍を見た他の兵士も、彼女へ意見することもない。


「……悪い意味で『一枚岩』過ぎる。やっぱり陛下が死ねば帝国は衰退するわね、これ」


 何年後かに。

 その『魔剣の少年』が皇帝を討伐しかねない。

 アイネは気を引き締めた。


——


——


「……は?」


 数日の後。リンデン騎兵団がティスカの街へやってきた。騎兵……つまり武装した馬へ乗っての進軍である。捕虜を奪還せんと、武装している。そして先頭には、戦場に似合わない『少年』の騎士。腰に差している剣が『魔剣』であろうと推測できる。

 アイネは当然のように、彼ら騎兵団を『迎え入れた』。

 すんなりと、城まで通した。そして、現在の団長と少年を、アイネの座る謁見の間まで案内したのだ。


「申し遅れました。私はアイネ・セレディア。負傷したササド・クーリハァに代わり、暫定でこのティスカの指揮を執っています」

「……何言ってんだお前! よくも……!」

「まあ待てシュクス。『これ』では駄目だ」

「あ?」


 突っ掛かるシュクスを、団長が諌めた。


「相手は『隙を晒してまで丁寧に挨拶してくれている』。騎士として礼を失する訳にはいかん。それに相手は女性だ。クーリハァが倒れて、今この街は混乱しているんだ。まずは彼女の話を聞こう」

「…………!」

「ありがとうございます」

「ああ。俺はリンデン騎兵団長キセル・スゥバノス。こっちは三等騎士のシュクス・リンデンバーン」


 お互いに名乗った。これで『会話の席』は成立した。


「初めにですが、私達はあなた方と争う気は一切ありません」

「それは、降伏するということか?」

「いいえ」

「なに?」


 今攻められれば、ティスカの街は落ちる。クーリハァを失った今、騎兵団とシュクスに敵う者は居ない。

 だが、アイネは引くわけにはいかない。


「そちらから戴いていた捕虜は全てお返しします。それで、手打ちにしていただきたいのです」

「馬鹿言え! そんなことできるか! 捕虜返還は当然だ! さらに——」

「いいえ」

「!」


 当然、リンデン側は許すわけにはいかない。姫が命を狙われたのだ。それだけではない。デュナウスを始め、沢山の騎士が命を落としている。争う気が無いのであれば、『敗北』し補償をしてくれなければ話にならない。今、リンデンにとってティスカの街は『敗戦国』なのだから。


「今回のクーリハァ将軍の敗北を受け、帝都はさらに援軍を用意しています。その数、約1万」

「1万っ!?」


 リンデンの全騎士を合わせて、2千人。現在のティスカに居る帝国兵が約5千人。『魔剣』を使う前提の戦争でなんとか拮抗しうるかといった所であった。そして『氷槍』がなければ、3千の差はひっくり返り得る。


「私は、陛下へ進言いたします。『リンデンを避けて侵攻』するように。今日、私があなた方と結びたいのが、この『停戦協定』です」

「……!!」


 紙を渡す。詳細が書かれている。

 だが。

 キセルは騎士である。このような決定権は無い。


「団長っ! 騙されるなよっ! 相手は帝国人だ! 悪い奴だ! 嘘に決まってる!」


 シュクスが叫ぶ。


「暴言ですシュクス殿」

「あ!?」

「貴方は、『帝国人だから悪人』で、『帝国人だから嘘を吐く』と言ったのです。ならば私の父も兄も、4歳になる甥だって『悪人』だと決めつけたのです」

「……な……! だ、だって!」


 シュクスが叫ぶ。


「(自分の周り以外の人間が『自分と同じ人間であること』を想像できない年頃、てことね)」


 子供だ。いや、自分と同じくらいではないかとアイネは思う。


「私は、私の権限により。陛下と同じく。『報告を怠り、私欲のままに自治を行ったクーリハァ元将軍』を批判します。彼は傷が癒え次第、帝都で処罰されるでしょう。そして、残念ながら未だ戦争中である貴国に対しては、補償はできません。陛下に退く気はありませんので。ですが精一杯の誠意として、捕虜の返還と停戦を。それをお伝えしたく、こちらまでご足労していただいたのです」

「なっ……!」


 キセルが、声を挙げた。

 これまでの、パキリマ地方の帝国軍人による横暴は全て、『クーリハァ』へ押し付けて。

 これからはもう正常な『ガルデニア帝国』であると。それが皇帝の意思であると。

 そう宣言したのだ。

 そして当のクーリハァが倒れている今、リンデン側は誰に責任を押し付けることもできない。クーリハァは『もう倒した』のだから。さらに帝都で処罰されると聞いてしまった。


 つまり『悪いのは全てクーリハァであり』『クーリハァのやったことは皇帝の意思ではない』と。


 ならば今、このティスカの街を攻め落とせば。

 それはリンデン騎兵団の大嫌いな『侵略行為』に他ならないと。

 『帝国を悪と決め付けた』者の価値観を盾に、無力のまま『脅迫』したのだ。


「(……この女…………!)」


 それで、何もかも怒りのままに暴れて。罪の無いティスカの民を巻き込んで攻め落とせば。

 翻って、『セリアネ姫』はそれを果たして喜ぶだろうか?


「…………っ」


 キセルは必死に考える。『何か良くない』方向へ向いていると、騎士の勘が告げている。


「(何かがおかしい……! だがそれが何かはっきり分からない!)」


 キセルは、騎士だ。位的には貴族であるため、教養は多少あれど根本的には軍人。いち兵士に過ぎない。

 このような、『他国の皇帝から委任された責任者との交渉』の場で、何かの決定権は存在しない。

 そして、『アイネの話を100%理解できていない』。

 例えば専門的な教育を受けた上流階級——セリアネであれば、アイネの言葉の大きな矛盾点を即座に見付けられただろう。

 だが。この場のキセルとシュクスには。彼女の話は『筋が通ってしまっている』。


「……捕虜を返還するなら、無理に侵攻はしない。協定については私個人に決定権は無い。後日、改めて使者を送るよう、伝える」

「ありがとうございます」


 この判断と行動が、キセルの取れる権利ギリギリの答えだった。

 そして、唯一の解答でもあった。今、攻めればティスカは落ちる。しかしそうなれば、帝都からやって来る1万の兵に、リンデンは滅ぼされるだろう。

 その戦争を回避するには、ここで頷いておくしか無い。


「……なんだよ、それ」


 シュクスがぼそりと呟いた。それを、アイネは見逃さない。


「シュクス。ここは抑えてくれ。お前は、デュナウス団長の仇と言って、誰も殺してないこの人を殺せるのか?」

「…………!」

「この2年間の全ての元凶の、クーリハァは倒した。それで満足できなきゃ、俺達も帝国兵の仲間入りだ」

「ぅ……」


——


 力無く、城を後にするふたり。待機していた他の騎士達へ共有するその様子を、アイネは城のベランダから覗く。


「……リンデンはまだ小さな都市だった。あらゆる『権限』を、姫がほぼ独占しているからこそできた作戦ね。綱渡りにも程がある。だけど、成功した」


 緊張の糸が切れた。彼女もその場に座り込む。


「今からリンデンへ戻って、会議して、また使者が来るまでには援軍は到着する。あとは奴隷と拷問と誘拐を止めさせて、暇な兵士に仕事を振ればまだマシになる……概算、2ヶ月かな」


 祈るしかない。

 あの『魔剣の少年』が、折れてくれることを。リンデンの戦う理由は今潰した。


「……旅になんか、出ないでよ」


 祈るしかない。

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