第3話 リンデンの騎士
「夢?」
訊かれて、訊き返した。少年は不思議そうな顔をした。
「よく見るよ。父ちゃんが空飛ぶ夢とか、姉ちゃんがめっちゃ太る夢とか」
「なっ! シュクス! 貴方ねえ」
「あははっ! ちげえよ! そっちの夢じゃねえ」
少年が答え、向かいに座る少女が頬を膨らませた。そして彼女の隣に座る騎士が笑い声を挙げた。
「目標とか。ってやつさ。あるか? シュクスよ」
「……う~ん……別にぃ?」
「何言ってんのよ。立派な騎士になるって夢があるでしょう」
「あー……。確かに」
「何よその言い方」
「はははっ!」
夜。月明かりに照らされた森の中。ここには3人だけ。秘密の冒険だった。
「別にまあ、騎士はほどほどで良いよ。今は大きな戦争も無いしね」
シュクスはまだ12歳。姉のセリアネは16歳だ。そして騎士の男は20代前半と言ったところ。
「いや、西の方じゃガルデニアって国が最近次々と周りの国を侵略してる。いつ矛先がこのパキリマに向いてもおかしく無い状況だ」
「え、そうなの?」
「だから、今ひとつやる気のねえシュクスにも、頑張って貰わねえとな」
「大丈夫だって。リンデンには騎兵団と、団長様であるこのデュナウス様が居るんだからな!」
シュクスは自分のことのように、目の前の男を賛美した。
「はっはっは! まあな。俺に任せとけ」
言われてデュナウスも、悪い気はしない。
「もう。デュナウスは強いけど、ひとりなのよ。もし帝国が攻めて来た時に風邪でも引いてたら、負けちゃうじゃない」
セリアネは頬を膨らませつつ、心配する。
「だっはっは! 風邪な! 確かに!」
「笑い事じゃ……」
「じゃあ、この場で宣言してくれ。シュクス」
「ん?」
デュナウスは立ち上がり、その腰に差してある剣を持ち上げた。
「俺とお前で、リンデンと姫を守る。その双璧になるんだ。まだ大丈夫とサボっている内に敵に攻められたら、奴等は修行なんか待ってくれねえぜ」
「……分かったよ」
シュクスも立ち上がった。
「俺は姉ちゃんを守る騎士になる。その思いは変わらない」
「……ああ。頼んだぜ」
月に照らされて、セリアネの目からは。
ふたりが煌めいて見えた。
——
「……頼んだぜ」
その言葉が。
毎夜繰り返される。
「デュナウスっ!!」
「うわっ!」
叫んだ。だが気が付く。ここはベッドの上。——朝なのだと。
「……吃驚したあ、もう。汗びっちょりよ、シュクス」
「…………ああ」
あれから数年。
そしてデュナウスが死んで——1ヶ月。
最悪の目覚めだ。
「今日は、訓練休む?」
セリアネは姫という立場だが、毎朝起こしに来てくれる。弟ということもあるだろうが、いち騎士見習いに。
「いや、行くよ。早く強くならないと。奴等は待ってくれない」
「……ええ。行ってらっしゃい」
——
墓がある。毎日来ている。シュクスを見送った後の日課である。
デュナウスの愛用していた剣が地面に刺さっている。周りにも、これまで帝国と戦い、敗れていった者達の墓がある。
「……デュナウス。貴方の遺志は、シュクスが継いでくれるわ。リンデンの誇り高き、騎士の魂を」
目を閉じれば、鮮明に甦る光景がある。あの夜。デュナウスを死へ追いやった、憎き光景。
敵——クーリハァの策略により敗れる最強の騎士。
「必ず、仇討ちを。私はクーリハァを許さない。……シュクスが、討ってくれる。そうすれば貴方も浮かばれるでしょう?」
ひとり言。だがセリアネはデュナウスと会話している気持ちであった。
「……好きだったのよ。言うつもりもあった。……その機会は訪れなかったけれど」
そう呟いた。
——
「へえ。じゃあ、会わせてあげようか」
「!!」
不意に。背後から声がした。忘れもしない。
すぐさま振り返る。憎き顔。どうしてここへ!?
「——クーリハァ!!」
「はァい、セリアネ姫っ」
最悪の男が、不気味な笑顔をもたげていた。
——
リンデンへ再度の侵攻。
それも、セリアネ姫の居る屋敷まで一気に。
「姉ちゃん!!」
他の帝国兵は、内地までは居ない。だが攻めて来ている。シュクスら騎士は、まずそちらへの対応をせねばならない。
だがクーリハァが屋敷に現れたと聞き、シュクスは最速で戻ってきた。
「!!」
屋敷は燃えていた。外の警備兵も殺されている。
何故?
ここまで侵入されて気付かなかったのか?
「あらァ……。弟君かァ」
「クーリハァ! てめえ!」
立ち上る炎を意に返さず、中庭へ突撃する。そこにある、騎士達の墓場へ。
すると、セリアネが居た。
「…………シュク、ス……」
クーリハァに捕らえられ、首を絞められている。
「姉ちゃんを離せ!」
「はっはっはァ。愛しの姉ちゃんは貰ってくぜ」
「てめええ!!」
シュクスは激昂し、クーリハァへ斬り掛かる。だがクーリハァはそれをひらりとかわし、部下の帝国兵へセリアネを放り投げた。
「まァ、部下どもが制圧完了するまで暇だしな。相手してやるよ」
そして背中の長槍を抜いた。
「ガルデニア帝国東方侵略軍『将軍』、『氷槍のクーリハァ』! 参るぜッ!」
「……!!」
——
——
アイネは。
気が気では無かった。余りにも早すぎる。しかも、『リンデン攻めは危険である』とクーリハァへ助言した次の日だ。
「報告します!」
「!」
用意された部屋へ、伝令役がやってきた。ノックは無い。それほど火急なのだろう。ならば内容は想像できる。
「クーリハァ将軍、敗走! 現在兵を引き、ティスカへ帰還途中! なお追手は無し! 以上です!」
「……そう」
やはり、と。
アイネは溜め息を吐いた。
だから言ったのに、と。
「詳細は分かる?」
「は! クーリハァ将軍は目標であるセリアネ姫を捕らえた後、子供の敵騎士と戦闘を開始。将軍の『氷槍』により苦しめるも、あとひと押しが出来ずに、敵騎士が『魔剣』に目覚め、戦況が一変。未知の能力に対処できず、将軍が敗北いたしました」
「……『魔剣』ね」
クーリハァの背負っていた『氷槍』。槍から冷気が噴出し、周囲の空気を凍らせて操る魔性の道具である。『氷槍』を扱うクーリハァの戦闘力は帝国でも指折りで、だからこそ将軍となり、この地方を任せられていた。
だが相手も『魔剣』を操るなら五分である。クーリハァは、過信と油断により敗れたのだ。
「(確か『風剣のデュナウス』って言っていた。それね。遺志を継ぐ少年騎士が、『魔剣』を抜いた)」
『魔剣』は、適性ある者にしか抜けない。例えばアイネがいくら振ろうと、『氷槍』から冷気は出ない。
「(『そういうの』が危ないのよ。この世界は)」
この報告を聞いて、何をすべきか。詳細はクーリハァが戻ってから聞くとして、今ティスカでの発言権は、アイネがトップである。皇帝から委託された権利があれば、誰も逆らえない。
しかしこの『逆らえない』というカードを、アイネは慎重に切らねばならない。
「当たり前だけど、クーリハァ将軍へ迎えを出して。馬車と医者と護衛を。生きているなら死なせないで。それから、リンデンから捕まえてきた捕虜を全て集めて、1ヶ所に。用意ができたら教えて」
「は……はっ! かしこまりました!」
「ふぅー……」
これが初任務である。アイネの助言を、クーリハァは聞かなかった。その結果である。その事実は、彼女の監視役から正確に帝都へと伝わる。
だがそれだけでは帰れない。このティスカとパキリマ周辺をどうにかしなければ、アイネの手柄とはならない。
「……身を持って失敗したんだから、今度は聞く耳を持ってくれると良いんだけど」
今度は勢いに乗るリンデンが、その『魔剣の少年』を筆頭にこちらへ攻めてくるだろう。間違いなく、捕虜を奪還しに。
「でも、このティスカを失う訳にはいかない。私の——退いては、リボネに居る皆の為に」
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