ティスカの街

第2話 ティスカの街

【ティスカの街の周辺には、村がある。元々帝国領じゃなかった村。帝国は何人もそこから、奴隷を出している。逆らうものは殺して。既にいくつも村が無くなっている。


 大きく聳える山。霊峰『パキリマ』と呼ばれる山がある。パキリマはこの地方では神として崇められており、信仰の対象だった。

 このパキリマ遠征に選ばれ、見事征服し、今もティスカを拠点に侵攻を続けているのが、将軍だ。


 クーリハァ将軍とその一軍。まずは彼から話を聞かなくちゃ】


——


「よく来たなァ! ようこそティスカへ!」


 帝都から、馬車でひと月ほど。長い旅を終えたアイネは、意外にもクーリハァに歓迎される形でティスカへ入った。

 ササド・クーリハァ。若い男だ。まだ30にも達していないだろう。その歳で皇帝から、軍のNo.2である『将軍』という地位を任されるに値した男なのだ。


「おめえが陛下の言ってた『助言師』か

! 歓迎するぜ!」

「初めまして。アイネ・セレディアと申します」

「おう! 俺ァクーリハァ! 『氷槍のクーリハァ』だ! アイネか。若ぇな! いくつだ!?」

「今年で17になりました」


 きらびやかな装飾の施された鎧。大きな声。そして背中に、身の丈以上の巨大な『槍』。それは彼が、他の何でもない『武力』で成り上がったことの証明だった。

 山岳地帯であるこの地方は、基本的に気温が低い。


 アイネは白い息を吐きながら、クーリハァの居城へと向かった。


——


 助言師。

 皇帝が間に合わせでアイネへ用意した役職。『皇帝に次ぐ発言権』を保証する役職。このアイネの登場は、瞬く間に各地に広まった。

 リボネの崩落を食い止め、さらに帝都を潤す財源として立て直した切れ者。その風評と共に。

 しかし、アイネの武器は『言葉のみ』であることは、このクーリハァも承知している。発言を止められないだけで、助言の通り素直に言うことを聞く必要は全く無い。彼は今、『小綺麗なねーちゃんが来た』程度の認識しか持っていない。


 そしてそれは、正しい。


「(帝都から来た新参者。ティスカのことは何も知らねえ。そんなやつの言うことは聞けんわなァ)」


 適当に歓迎して、適当に聞き流し、終了。このパキリマ地方が『危険』などと、そんな屈辱的なデマは止めなければならない。

 この女本人の口から。

 それを見せつければ良い。それだけだ。


——


——


「!」


 城の奥から、悲鳴が聞こえた。女の声だ。


「なんですか?」


 すかさず、アイネが訊ねる。


「あァ。拷問部屋だ」

「拷問、部屋……?」


 解答を聞き、眉を寄せた。まあ、戦争中だ。情報を集める為に多少はあるだろう。しかし、女の声というのが引っ掛かる。何より城中に響くような部屋で行っていることが。


「俺の部下だよ。周辺の村から好みの女拐ってきてヤるんだ。まァ毎日飽きねえこった」

「……なるほど」


 その場は、頷いた。だがアイネは内心溜め息を吐いていた。

 己の快楽の為に、拉致と拷問を行う。そして上官はそれを咎めない。


「(……恨みを買いすぎる)」

「気になるなら、見ていくか? 丁度これから会議だ」

「はい」


 アイネは即答した。

 確認せねばならない。この街の現状を、全て。


——


【拷問部屋じゃない。

 会議室と、プレートには書かれていた。

 普通に、兵達が会議をしている。周囲の国がどういう状況か、次はどう攻めるか。

 その次いでに。会議をしながら。

 まるで合間に紅茶を飲むような感覚で。

 壁に縛り上げた裸の女にナイフを投げ付けたり、剣を刺したり。

 その悲鳴を聞いて、爆笑したり。

 敵国の捕虜かと訊ねれば、全員は違うらしい。

 多くは敵国の民だけど、ティスカの市民、もしくはパキリマの村人も居るという。


 私はこれこそが、帝国を自ら滅ぼす実態だと思った】


——


 次の日。午前中アイネは資料を読み、午後から早速街の視察へと赴いた。


【昨日の会議だと、クーリハァ将軍が次に標的にしているのが『リンデン』という都市。パキリマの麓にある敵国。まず——


 何故、東方遠征の全権をクーリハァ将軍が任されているのか。次にどこを攻めるかは、流石に陛下や、軍師長が決めた方が良いんじゃないかしら。ティスカがもし落とされたら、東部戦線は崩壊する。随分と後退しなくてはならなくなるのに。現場に居る将軍が最も把握しているとは言え、余りにも任せすぎな気がする。


 そして、リンデンを狙う理由。地理的なことじゃなく、戦略的でもない。単なる将軍の『好み』だった。


「あそこにゃ『セリアネ』っつう可愛いお姫様が居るんだよなァ」


 彼はそう言った。それしか無かった。聞けば、既に数回、リンデンには攻め行っているらしい。そんな報告は帝都まで来ていない】


——


「『ここ』ね。きっと」


 アイネはひとり呟いた。山麓の都市リンデン。『帝国の崩壊』は、この都市から始まると、彼女の『勘』が告げていた。


「リンデンの情報を集めないと。侵攻は決定事項だから、それに備えるのは当然。まずは敵を知らないと」


 この日は雪が降っていた。この辺りの農作物は、多少の雪ではびくともしないらしい。街では畑作業をする人達が多く見受けられた。

 比較的綺麗な町並みから外れ、帝国兵も立ち寄らないボロボロの飲食店を訪れた。店内を少し見回して、カウンター席に着く。


「おや、見ない服だね。この街は初めてかい」

「……ええ。暖かい飲み物をひとつ」

「なら、ルガール茶だな。この辺りの名産さ。……だがお嬢さん、この街は帝国の支配下にある。用が住んだら出ていった方が良いぜ」

「…………そうね」


 主人は優しそうな壮年の男性だった。客もまばら。こういった店の方が、聞き耳は立てやすいとアイネは踏んだ。


「——ちっ。あのクソ帝国野郎がっ」

「!」


 しばらくして、そんな言葉を吐きながら入ってきた客が居た。大柄の男と、その脇にもうひとり男が居る。


「やめとけよ。どこで帝国兵に聞かれてるか分からないぞ」

「へっ。ここまでは来ねえよ」


 男達はテーブル席に座り、酒と料理を頼んだ。まだ昼過ぎだというのに。


「ん? 見ない顔だな。おい姉ちゃん」

「!」


 話し掛けられた。無視することもできず、アイネは彼らへ振り向く。酔っ払いはどこもこうなのだろうと、軽く息を吐く。


「ええ。旅をしていて。……ここも、帝国領になったのね」

「そうさ。なんだ、あんたも帝国領出身か。どうせ、奴等の支配が嫌で旅人になったんだろう。こっち来いよ」

「…………」


 支配下の、生の声が聞けるとアイネは思った。帝都とは違う、『クーリハァ』の支配下の民だ。


「まぁ、普通に働く分にゃ、以前と変わらん。ちょっとばかり増えたくらいだ。だが、奴等は『見せしめ』が好きでな。この前なんか、盗みを働いた奴を縛り上げて火を掛けた。それも広場のど真ん中でな」

「……火を」

「ああ。酷いもんだぜ。罪人に食わす飯はねえ、てな。奴等、人が燃えてる間ずっと笑ってやがった。狂ってやがる」

「だが、ティスカに居る俺たちはまだマシだろ。パキリマの村の連中なんか、いくつか村ごと燃やされてるしな。それに最近はリンデンまで侵略してるらしい」

「あーそうだ。パキリマは奴等の玩具なんだよ。でけえ武器と大人数で、全部言いなりだ。今日なんか脅されて、野菜をタダ同然で売らされちまった。逆らう者は死ぬ。それがこのパキリマ地方さ」

「……リンデンって、あの騎兵団の?」


 アイネは聞き逃さなかった。


「そうさ。リンデンにゃ、屈強な『騎士』が居る。よくお伽噺なんかにも出てくるわな。姫を守る最強の騎士。その騎兵団が居たから、これまでは帝国の侵攻にも持ちこたえてたんだ」

「これまでは、と言うと?」

「知ってるだろ。『セリアネ姫』と、最強の騎士『風剣のデュナウス』。つい、先月だ。騎兵団長のデュナウスが死んだ。クーリハァの策略によってな。姫を人質にしたと嘯き、誘き寄せ、丸腰のデュナウスに寄ってたかって襲ってな。それから、リンデンは目に見て弱体化してる。次の侵攻で終わりだろう。セリアネ姫はクーリハァの性奴隷になる」

「…………騎兵団長デュナウス」


 アイネは。

 想像した。その身に宿る謎の『知識』と照らし合わせ、『予言』を想像した。


「……ありがとう。なら、リンデンも危ないわね。南へ旅するつもりだから、避けて行くわ」

「ああ。気を付けてな。まあ女なら、途中帝国兵に捕まっても殺されはしねえだろう」

「……そうね」


 ルガール茶とやらを飲み干し、立ち上がる。主人に代金と、男達に情報料を払い、店を後にした。


「……旅人って金あるのか?」

「馬鹿。女なんだからいくらでも稼げるんだよ」


 そんな会話が最後に聞こえた。アイネは無視して出ていった。


——


【私の中の『知識』と『解釈』が告げている。警笛を鳴らしている。

 早晩、クーリハァはリンデンへ攻め入るだろう。その時。

 セリアネ姫を助けるのは、『少年』だ。


 予言というか、確信に近い。この感覚は、前にもあった。

 デュナウスの弟子か弟か……彼の遺志を継ぐ『騎士』が、リンデンで生まれる。そしてクーリハァを撃破し、反乱の狼煙を上げる筈。

 クーリハァは負ける。そんな未来が見える。


 ……私の予言は、当たるんだ。クーリハァ将軍へ伝えないと】

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