帝国は滅ぼさせない。
弓チョコ
帝都①
第1話 予言と確信の女
ガルデニア帝国。
その帝都近くの小さな町にて発生した『とある噂』が、皇帝の耳に届く。
「……は……?」
「だから、何度も言わせるな。連れてこい、と言ったのだ。『その女』を。我の前に」
「しょ、承知いたしましたっ!」
皇帝であるバルティリウス・グイード・ガルデニア三世は、その噂の真偽を直接確かめようと、『その女性』を召還した。
本来ならあり得ない。皇帝が、自ら『一般市民』を呼び出すなど。
しかし、帝国がもうそれほどまでに『なっている』と、皇帝は理解していたのだ。
——
——
「……ここが、帝都」
その女性は、すぐに帝都へやってきた。皇帝から呼び出されるなど前代未聞だ。何かやからしてしまったのかと内心思う。
「一見、華やかだけど……」
心当たりはひとつしかない。故郷の町で行った『アレ』だろう。
「栄華を堪能しているのは、専ら『帝国軍人』と『貴族』のみ。市民は労働。奴隷はさらに劣悪な環境に置かれている。商人くらいが割りと楽をしている程度かな」
皇帝の居城へ向かう途中、帝都の様子を観察する。つまりは、『この国の現状』を。特に何もなくとも、そういった目で見てしまう。これは彼女の癖であった。
——
リボネの町。この町は最近まで、経済破綻の危機に晒されていた。作物は実らず、帝都へ納めるべき税金は足らず、また町には盗賊が蔓延っていた。
端的に言えば、それを解決したのがこの女性なのだ。
「面を上げよ」
「……はい」
御前で膝を突く女性。皇帝の言葉で、その顔を上げる。
「そなたが——」
よく手入れされていると窺える綺麗な黒い髪。気の強さを物語る黒い瞳。体格は平均的か、少し小柄に見える。平民にしては、少しだけ高級そうな黒い服。それは『町長から認められた』ことを表していた。
「リボネの町の『英雄』かね」
「はい。巷でそう呼ばれていることは存じています。ですが、私は自身を英雄とは思いません。ただ『普通』で『当たり前』のことを、『助言』したまでですから」
威厳ある皇帝を前に少しも怯まない。まるで睨むかのごとく、その黒い視線は強い。
「名は?」
「アイネ・セレディアと申します」
「セレディア……」
そのファミリーネームは、リボネ町長のものである。
「町長の娘か」
「いえ。私は孤児だったのです。リボネ町長へキス・セレディアは私を養子として迎えてくださいました」
「なるほど」
本来なら孤児など、教会に拾われて終わりだ。シスターになろうが政治に手は出せない。へキス・セレディアは随分な物好きなのだろうか。何の価値も身分も無い子供を拾い上げ、娘にするなど。
「……へキスは良い拾い物をしたのだな」
「……恐縮です」
物珍しい視線で顎髭を撫でる皇帝。
アイネはこの時、自身が拾われた時のことを思い出していた。
——
【私は孤児だった。それも、戦争孤児。親の顔は覚えていない。だけど、覚えていることがある。
それは『知識』。生まれつきか何かなのか、私にはある知識が常に頭の中にあった。
最初に、名前。『愛』と『音』でアイネ。
この国の言葉では、愛と音を繋げても『アイネ』とはならない。だけど私の名前は『アイネ』で、意味は愛と音。これは間違いない。
こんな風な、意味不明な知識が私にはある。
同じように、この世界についての『解釈』が私にはあった。
帝国は、世界で一番大きい。そして侵略国家で軍事国家だ。国境付近では常に戦争状態で、支配した国や都市では市民達が恐怖政治にさらされている。
軍の幹部達は皆実力者だけど、その代わり頭が良いとは言えない。力で支配して、自分だけが良ければ良いというような傍若無人な振る舞いをしている。
いつかこの国は滅ぶだろう。その『予言』にも似た確信が、私の中にある】
——
「(だけどまずは、我が身の安全。町を治めて終わりと思ったけれど、まさか皇帝に目を付けられるとは。会うのは初めてだけど、私欲と征服欲に眩んだ王だったらもうこの国は危ない)」
「アイネよ」
「はい」
つい最近まで滅びそうだった小さな町の娘を呼びつけて、一体何の用なのか。アイネは見定めていた。
そして皇帝の口から、遂に告げられる。
「そなたの目から、『この国』はどう見える」
「……は……?」
初め、アイネは意図が分からず訊き返した。
「帝国は、侵略戦争を開始して10年だ。進撃を繰り返し、今や国土は世界一、大陸の北西半分を手中に収めた。去年の『南方大侵攻』によりエルバス教国を打ち倒したことで、大規模に反抗する勢力も無くなった。今や敵無し。大陸統一は間近。……これが軍や、世間でされている『噂』だろう」
「はい」
その通りだ、とアイネは頷く。事実、帝国の軍事力は絶大だ。各地に鉱山を持ち、良質な武器の大量生産ができる。そして人口1億人という世界最大の人的資源から兵力も世界一。それは『噂』の通りである。
「そなたもそう思うか?」
「…………」
アイネは考えた。この皇帝の真意を。油断し、自惚れていれば出てこない言葉だ。つまり彼は、『思慮深い』と。
「いいえ。私は、近い内に帝国は滅ぼされると、そう考えています」
「ほう?」
言った。ともすれば処断されてもおかしくない台詞を。冷や汗は垂れたが、怯まずに答えた。
皇帝は、それを聞いてにやりと笑った。
「何故そう思う。アイネよ」
「それは陛下の影響力と、現在の軍事体制、そして政治形態、また情報共有に於いて『明らかに弱点となり得る』ほど『杜撰』であるからです」
「!」
だがすぐに引きつった。この女は、我が帝国の全てを侮辱したのだ。
「我の支配が『弱く』『間違っていて』『杜撰』だと?」
確認するように、ゆっくりと唱える。
「はい。その証拠に、我がリボネの町は救ってくださらなかった」
「なっ!」
もう、ここまで来たら言ってしまえ。アイネは『真に帝国を思い』口を開く。臆面は無い。
「国内の現状は当然全て把握していらっしゃるかと思います。その上で、敵の帝都侵入の糸口となり得るリボネの衰弱と荒廃に対して何も手を打たずただ静観するという選択は、『指導者』としては杜撰です」
「……我がたかが町ひとつの為に動くと思うか?」
「思いません」
「脆弱なレジスタンスがリボネを突破したとして、帝都の防壁や兵器、駐屯兵が敗れると思うか?」
「思いません」
「であれば! 税も納めず用の無い町など切り捨てて然るべきであろう!」
「いいえ」
「!!」
その声に怒気が孕む。だがアイネは努めて冷静に答えた。
「貴方様は『皇帝』です。この帝国の頂点。指導者。王です。ならば民を見捨てる訳には参りません。『国』とは『民による集団』なのですから」
「何を……」
「陛下。もしです。もし、1億人の国民全てが反旗を翻したら。陛下はどうなさいますか」
「……!?」
「陛下は戦士としてもお強い。それは世界中が存じています。ですが、『全て』が敵になれば、勝つことは不可能でしょう」
「ぬぐ……」
「そしてもしそれで勝っても、残るのは陛下おひとり。この世界に独り。それでは意味が無いのではありませんか?」
「…………」
アイネは諭すように、しかし失礼の無いように説き伏せる。
帝国の現状を。
「『民の反感を買わぬようにする』。これは上に立つ者の絶対条件です。陛下が町をひとつ見捨てればそれは『前例』となり、『いずれ我々も見捨てられる』と、そんな不安が各地で生まれてしまいます」
「……」
聞いている内に、皇帝は落ち着いてきた。この娘は自分を侮辱している訳ではない。落ち着いて、話を聞く。
「苦しめられた民は思うのです。『帝都には潤沢な資源があるのに、何故救ってくれないのか』と。それは敵にとって『隙』になります。重い税と馬鹿な将軍による支配に苦しむ町を敵が救ってしまえば、『その人口分の支持』は、陛下から敵へ寝返ります。そして、苦しむ町など敵にとっては格好の餌食。容易く落とされるでしょう」
「……民に優しくせよ、と? この皇帝である我が」
「いいえ。陛下は、『最後』に救って下されば良いのです。民は民で、自分の力で努力して立て直すべき。しかしそれでも『不幸にも』どうしようも無くなったときに手を差しのべられれば」
「……大事か。それが」
「民衆の支持を得てこそ『統一皇帝』。武力支配で押さえ付けても、いずれ爆発するでしょう。いくら弱くとも、農具を手に持って命を顧みない突撃は可能です。追い詰められれば、民はそうします」
「なるほど。リボネでは」
「はい。『そうやって』、へキスの兄である前町長は討たれました」
「…………ふむ」
皇帝は考える。アイネの言葉を。そして、現状と照らし合わせる。
「そのような『苦しむ町』が、あると?」
「その通りです。東の国境『ティスカ』。山を拓いた街。今あの街が最も『危険』です」
アイネの真意を。
「……そなたが行けば解決できると?」
「はい」
彼女は、即答した。
「では行け。護衛と監視と馬車を用意する。そなたの言う通りであり、かつ見事解決したのなら。そなたに『ポスト』を与え、『リボネの安全』を約束しよう」
「承知いたしました」
ここから。
不思議な少女アイネの物語が始まった。
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