第18話

 ペット可の宿は中々ない。

 いや、インターネットなどで調べればそれなりにあるのかも知れないが、その手段を持たない久にとっては難しい。

 そのため偶然にも見つけ泊まる事が出来た高級宿に連泊する事にした。値段が値段なだけに、当面予約が入ってないらしくその望みは歓迎されたという訳だ。


 会社内にある全ての商品から、それを運ぶための営業車やトラックなどの車両全てを奪い取った事から、会社はこのままであれば確実に倒産する事だろうと推測し、復讐はここに相成ったと考えていた。

 その為、こちらの世界に長くいる必要もないかと思っていたのだが……エミルにとってはそうではなかった。久があの日、冷凍庫から転移しその後目覚めた時に自分が異世界にいると知って密かに驚きと感動を覚えたのと同じで、エミルにとってもここは異世界なのだ。更にはこの6年間ずっと地球の事を聞かされ続けていたために、様々な事が気になって仕方がないのである。


「久が魔法をすると我らの思いもしなかった使い方を色々しておって不思議だったが、ふむ……このような物を見ればそれも理解出来るの」


 何よりエミルが地球の娯楽文化にハマってしまったのが大きい理由だ。

 宿で久が説明を求められるのを避けて、苦し紛れに長時間映画にチャンネルをセットしたのが全ての元凶だ。

 まずその映画はアメリカ作製の近未来SFだった。その中に出てくるサイボーグを見て、魔導人形であるシャイラとの類似点を見出し知識欲を刺激した。

 その際のエミルの興奮ぶりは激しく、大人しくさせるために見せたはずなのに、皮肉にも映画のせいで様々な質問が久へとぶつけられる事となった。

 怒涛の質問に、途切れ途切れ拙い知識を絞り出しながら答えている間にも、テレビは新たな映画を流し始めた。

 そして新たな話に刺激を受け、またしても久へと投げつけられ続ける質問の嵐。


 エミルが地球へとやって来た目的は、もちろん久がこれ以上傷付かないようにと見守る意味もあったが、異世界という未知の世界の色々を知りたいという強い想いもあった。

 そのためにたった一日や二日で帰る気などさらさらなかった。

 それはこちらへ来る前に農園を管理する魔導人形達に最低でも1週間以上の指示をちゃっかりとしてきたところにも現れている。


 一夜明けた翌日、無事連泊を受け入れられ朝食後、フロントでバスや電車の時刻を確認した久一行は近くの少し大きな街へと出かける事にした。

 目的は本屋だ。

 全てはエミルの知識欲を満たす為に尽きる。


 だが久の思いとは裏腹に、本屋に着くまでもエミルの質問は延々と続く。

 街中を走る車にバスの動力源を始めとして、駅での券売機や電車の仕組みなど疑問は尽きないのだ。

 それは地球でありそれなりの文化圏に住む物にとってはあまりにも根本的な事も含んでいたために、日本語で話すと周りから不思議な目で見られる事を予想して異世界言語にて話していたために大きな問題が起きる事はなかったが……残念な事にどちらの言葉で話しても久が質問に答えられない事実は変わらない。

 一生懸命日本語を勉強してきたエミルは禁じられた事に少々不満そうだったが、理由を聞いて納得してくれた……母国語に変わったために、質問の勢いは更に増す事になったのも、久にとっては皮肉な結果となってしまったりしていた。

 ――リードは大人しく宿でお留守番である。首輪もなければリードもない為だ。連れ行っても本屋前で待機させておかなければならない、そうなると野良犬と思われる可能性も高いし、連れ去らてしまうかもしれないと考えたのだ。まぁ、簡単に連れ去られるようなリードでもないのだが、もし反抗するために元の大きさにでも戻ったら更に大変な事態になるのは目に見えている。


 下車し駅から出た久たちは、少々迷いつつも道路に設置されている案内板頼りに目的地である本屋へと着いた。

 その本屋は個人で経営しているような小規模のものではなく、大きな駐車場と2階建てのビルを所有する中規模チェーン店だった。1階は新刊のみ、2階は中古を扱っている。

 入った瞬間からこれまで以上に目を輝かせテンション上がりまくるエミルの背中を押しながら2階へと移動する。そしてそれぞれが買い物カゴを持ち、己が欲しいと思う書籍を集める事になった。


 エミルは工業・化学・科学関連の書籍を。

 シャイラは料理・文化・服飾関連の書籍を。

 久は日本の小学校高学年から高校生が勉強するような参考書を集めていた。

 久は一応中学までは通ってはいたものの、小学56年生や、中学生の時は学校ぐるみでのイジメにあい続けており、それに耐える事に必死でまともに勉強も出来ていなかったし、しっかりと覚えてもいなかった。エミルからの様々な質問を受け、自分の住んでいた世界であり国であるにも拘わらず、ほとんどまともに答えられない事に恥ずかしさと悔しさを覚えていたために、改めて勉強し直そうと志したのだ。

 ――エミルの質問のほとんどがその範疇に収まらない、高度な知識を要求しているのだが。


「久、これらはどうしたらいい?」

「これだけです?」

「いや、まだまだある。ここは夢のような場所だな」

「あー、じゃあ受付の人に預けておきますので新しいカゴをどうぞ」

「そうか、では頼む」


 カゴに山盛りに積まれた本、本、本。

 それでもまだ買いたりないようなので、後で一括で会計したい事を伝えて預かって貰ったのだが、どんどんと増えていくカゴに店員の顔から笑みがいつしか消え、大きく引き攣りドン引きしていたのは言うまでもないだろう。


 最終的に購入した金額は、中古本だというのにも拘わらず50万円弱となるほどだった。

 もし新刊で購入していたら、とんでもない価格になる事は必至で、久は自分の判断が間違っていなかった事に少し自慢げな顔をしていた。

 店員からどうやって持ち帰るのか?車ならば駐車場まで台車を使用して運ぶのを手伝うとの申し出を何とか断って、久とエミルは身体強化魔法を使用して人が来なさそうな場所まで運ぶ事となった。

 中高生ぐらいの年頃から20代前半と思われる男女が、そんな大荷物を軽々と運ぶ姿に店員はおろか居合わせた他の客までぎょっとした表情を浮かべていた。道歩く人は正面から袋の山が向かってくるのを見て誰もが立ち止まり怪訝な表情をし、すれ違いその背中を確認するとやはり驚き2度見3度見してしまうのは仕方がない事だろう。

 ――後日本屋内では伝説の客と噂され、道行く姿を目撃した者から噂が広まり、いつしか袋人間という都市伝説のような話となったとか……


 かなり長い時間を本屋に費やしたため、少し遅い昼食を近くのファミリーレストランで摂る事になった。

 もちろんそこでもエミルのテンションが上がったのは言うまでもないだろう。

 多彩な料理や少金額で利用出来るドリンクバー。料理1つ選ぶのにも時間をかなり要し、ドリンクバーに至っては全てを制覇したいと、まるで子供のような事を宣言し足繁く何度も通っていた。

 帰る際にはまだまだ食べたい料理や、他の子供が飲んでいたジュースとジュースをミックスした物を見てあれも試してみたいと、また連れてくる事を久に強請る程だった。

 ――エミルが生まれ育った異世界の王都にも貴族が使用するレストランが存在し、利用した事もあるそうなのだが、どう比べてもファミレスの方が素晴らしいとの事だった。そしてファミレスは庶民が気軽に利用する場所と知り、改めて地球の文化レベルなどに驚き喜び、地球へと連れてきてくれた事に感謝していた。


 翌日はまた電車に乗っての移動だ。

 もちろん行先は本屋であるが、昨日とは違う街に来ている。連日の大量購入は不審に思われる可能性を一応考えたらしい。

 偶然にも同じチェーン店が見つかり、勝手知ったると言わんばかりに2階へと移動し、また繰り返される乱獲。

 ただ昨日と違って久にはさほど買う物もなかったので、ほんの少し少ない量だった……あくまでもほんの少しだが。

 本棚に隙間なく本がきっちりと詰まっており活気ある店だったのだが、一行が去った後は隙間だらけの歯抜け状態で、驚きと労働により疲れきった顔の店員の姿と合わせてどこか寂れた店のようにも見えた。


 当然本日も昼食はファミレスだ。

 ただ昨日とは違うチェーン店だった事で、また一から食べたい物を悩まざるを得ない状態となった事で、エミルは少々お冠だったとかなかったとか……


 そしてまたその翌日も違う街の本屋へと、ファミレスへと。

 宿屋へ帰ったら即BS放送を視聴する。

 そんな毎日を繰り返していたために、久が社長一家に起こっている騒動を知る事は未だない。


 ただここで問題が起きた。

 連日の大量購入のために、会社から奪い取ったお金が若干心許ないようになってきたのだ。


「ふむ……まぁ何事にもお金は必要となるな。ところで久よ、復讐は、お主はヤツらにされた事への報復は会社から物を奪い取るだけで良かったのか?会社ではなく、個人に対しては良いのか?」


 エミルに相談したところ、このような返事があった。

 そう言われれば、確かに会社が倒産する事で社員を含め大変な事になるだろう事は予想出来るが、殺されそうになったのに対して彼らは五体満足のままで、今後財産を失う事になっても楽しく生きていける事を考えると少々心にモヤっとしたものを感じないでもない。

 ――正直なところ久としては、お金がないから異世界へと帰ろうと遠回しに伝えたつもりだった……もちろんエミルもその気持ちに気付いてはいたが、もう少しの間地球の文化を楽しみたかった事から久の思考を誘導するような返事をしたのだ。もちろん自分の利益だけではなく、報復は徹底的にすべきだという思いなあったのも事実だ。


 翌日、宿近辺にある民族資料館へと赴く事にしたエミルとシャイラ。

 その間に久はまずは警察へと赴く事にした、行方不明者届けを下げて貰うためだ。このままにしておくと、死亡扱いとなってしまい社長達が大金をまんまと得てしまうのは納得がいかないためだ。

 先日異世界から転移してきた公園……安アパートを追い出されて数日暮らしていたあの公園の中の木々が鬱蒼と茂る人の目がない場所へと転移した。

 そしてそのまま近隣の警察署へと向かったのだが、ここで思いもよらぬ問題が起きた。なぜなら警察署前には大勢のメディア関係者と思われる人間がおり、幾台ものテレビカメラやレポーターらしき人間が犇めいていたのだ。

 父親が事故を起こした際に押しかけてきたメディアを思い出してしまった久は、その間を歩いて署内へと向かう事は出来なかった。

 だがここで思わぬ事を耳にした。

 それはどこかのテレビ局のレポーターの発言だった、『警察関係者によりますと、先程保険金殺人未遂を自白した大迫夫妻と一人娘の愛理さんが任意出頭に応じて署内へと入り、事情聴取を受けている模様です』というものだった。

 今警察署内へと行くと、社長一家に鉢合わせしてしまう可能性……署内であれば余程の行動に出てくる事はないだろうが、顔を見てしまうと自分自身の心の安寧が保たれない事に不安を覚えたのだ。

 それに『保険金殺人未遂を自白した』という事は、久がわざわざ申請しに行かなくとも、彼らの企みは潰えただろうという事もわかった。


 そこで久は、今は誰一人いないはずの社長宅に転移する事にした。彼らの日常を奪うためだ。

 2年ほど毎日暮らした家だ、模様替えなどしているとしても、リビングなどは大して変わっていないだろうと推測して転移したところ、無事大迫家の廊下へと跳ぶ事が出来た。


 どこか懐かし想いと、ずっと騙され続けていたという事から苛立ちのようなものを感じつつも、テレビやブルーレイレコーダー、数台のパソコンなどを片っ端から倉庫番に回収させて行く。

 暮らしていた家なのだ、何がどこにあるかは知っている。社長の部屋にある隠し金庫の位置も、奥さんが本人的にこっそりと隠していたへそくりの位置も、愛理がしまい込んでいた分不相応なブランド商品の場所も、何もかも全てを知っている。

 通常なら居候である久が知る事はないだろうが、彼らはいつか殺して全てを奪うカモであり、舐めきっていたので久の目など気にしていなかったのだ。

 故に全てを奪い取る事が出来た。

 偶然にも昨日社長は会社や自分の口座からまとまった金を全て引き出して隠し金庫へとしまい込んでいたために、またしても久は思いもよらぬ程の大金を難なく得る事になった。

 ――社長はこのまま倒産する事は当然わかっていた。そして全ての物が債権者によって回収される事も理解していた。そのために全ての預金を引き出し隠したのだ。当然そんな小細工は通じないのだが、所詮は小悪党なのだそこまで考えられるはずもない。もしあの時久があのまま冷凍庫内で死んでいたとしても、保険金を得る事さえ怪しかったのだが、本人は冴えた頭脳を持っていると信じ込んでいる愚かな男なのだ。


 思わぬ大金を得る事が出来た久は、更に連泊する事を宿に伝えた。

 エミルとシャイラには本日起こった事と、得る事が出来た金銭の事を話した。それによりまた当面本の大量購入が続く事にもなった、今度は古本だけではなく新刊さえも。

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