第16話

「先程ご自分の口で仰ったじゃないですか、殺そうとしたけれど逃げられたから行方不明者届を出して保険金を得ようとしたと」

「そ、それは……」


「あの空き地の前に居ましたよね?ほら、こうやって写真も残っているんですよ……うーん

 、どう見ても貴女たち親子の姿形も服装も一緒だ……正直に話してくださいよ」

「ほ、本当に知らないんです」


 警察署内では、社長一家3人がそれぞれ別の部屋へと連れて行かれて尋問を受けていた。

 保険金詐欺疑いもそうだが、空き地に建っていた摩訶不思議な建物の件での重要参考人として警察署へと社長の奥さんと娘愛理はご案内されたのだ。

 ただ、社長の件に関しては実際には保険金を得る事は出来ていないし、殺そうとしたとの自白こそあれそれを訴え出る者もいないために罪に問う事は出来ない。だが会社から全ての商品やお金、そして車両が消えた事を調べて欲しいと訴えられても、保険金詐欺を企てたような男の話をまともに聞いてくれるはずはない。


 会社内では未だ全ての社員が電話に向かって頭を下げ続けていた。

 未だ社長が自白とも思われる言葉を口走った事で警察署へと連行された事を知らないために、荒唐無稽な説明と謝罪の言葉を繰り返し続ける社員に『お前じゃ話にならん』と責任者を電話口に出させるか、家まで来て頭を下げて説明しろと怒鳴りつけられるも、その責任者がどこにもいない事に困っていた。


 そんな中、警察官が1人づつ捕まえては思い当たる節はないのかと聞いて回る。

 ――言葉こそ柔らかかったがその目は鋭く、会社ぐるみ、もしくは共犯者がいるのではと言外に匂わせており、会社内は異様な雰囲気に包まれていた。


 話は会社内のあらゆる物が消えた話だけではない。冷凍庫に閉じ込めて殺そうとしたという社長の言葉から、その件についても共犯者もしくは何かを知っている者がいないかを探る言葉が社員たちに掛けられる。

 警察官の疑うような声と目、何度答えても繰り返される同じ質問に、社員たちの間から少しづつ声が漏れ始めた。

 まず久の件について思い当たる事があると言い出したのは、久が消えた翌日早朝に社長と共にその姿を探した浅野という社員だった。その際の社長の怪しい態度や、久がいなくなる前に急に金遣いが荒くなったり、妙に上機嫌でニヤついていた事などを警察官へと訴えた。この浅野という社員はしっかりと覚えていたのだあの日の事を……久の無事を祈りながら。

 1人が話し始めたら、次の者が現れるのは時間の問題だった。久の真面目な仕事ぶりを見て、少なかならず同情していた社員たちが声を上げ始めたのだ。

 ――ただ残念な事に久への同情だけではなく、会社や社長への不満から口を開く者も多かったのは否めない事実でもある。または保身からだろうか、自らが久に対して虐めていたにも拘わらず、その事は棚上げしていかにも社長へ疑惑が向くようにと声をあげる者が少なからずいた。


 同情していた社員たちの誰もが、既に久は亡き者にされているのではないかとの憶測を抱いていたが、ここで初めて社長が口走った言葉から久が生きているかもしれないという事実を知り喜びもしていた。

 逆に虐めていた者たちは暑さによりもたらせられた汗ではないものを流し、若干目が泳いだりする事で、それを見逃さなかった警察官により鋭い口調で事情聴取をされる事になったのは言うまでもないだろう。


 一夜にして空き地に建っていた巨大な建物の事や、2人の女性が出てきたと思ったら建物と一緒に姿を消した事。

 食品卸売り会社から商品や自家用車を含む車両の全てが同じく一夜にして消えたと訴え出ている事。

 そしてその当事者たる会社社長が口走った保険金詐欺を企み従業員を殺害しようとしたらしい話。

 これらの話題をあらゆるテレビが新情報を求めてLIVE中継をしつつ放送していた。

 そして同時に保険金詐欺で被害にあったであろう人物……つまり久の情報を求めて走り回っていた。


 インターネット内での話題も同じだったが、既に15年近く前になるという事件なのに、久の父親が起こした自動車事故の件や、その後の彼の生活やイジメを受けていた事実がどんどんと集まっていた。

 ――会社内の者と同じで、自らがクラスメイトと共にイジメに加担していたり、積極的に加担はせずとも見て見ぬふりをしていた数多くの人間が、まるで己はそのイジメに立ち向かったヒーローだったかのように、他人を主犯として名前を出して糾弾するような言葉を並べたてていた。


 様々な情報が集まる中、それらを面白おかしく一風変わった視点から一連全ての事件を見る者が出てくるのもネット社会ならではの特徴だろう。

 それは過去に殺されかけた久が異世界に転移して、復讐のために戻って来て会社の全ての物をアイテムボックスで奪い取ったというものや。空き地に建った巨大な建物は土魔法で作り上げた物で、女性2人には魔法で変化していたなどだ。

 どの案も『アニメの見過ぎ』『病院行った方がいいよ』と一笑に付されていた……

 誰もがそんな与太話が事実に1番近いなどと思う事はなかった。

 ――後日談にはなるが、倉庫から出た女性2人の足元にいた白い犬を詳しく見た者が、「あれはどの犬種でもない……いや、ハッキリ言うと狼に見える」と言い出した事により、フェンリルだなんだと異世界転移説がまたも繰り広げられる結果となったりもした。


 一方その頃当の本人たる久たちは温泉宿でくつろいでいた。

 温泉街のあらゆる土産物屋を堪能した後に、宿泊案内所という街の隅にあるインフォメーションセンターのような場所でペット可の宿を見つけ、運良く当日予約する事に成功したのだ。

 その宿は本館から離れた別館のために人の目を気にする必要もなく、更には個室露天風呂が付いていたりと中々に贅沢な所だった。そうなるともちろんお値段もそれなりに張るのだが、昨夜会社内から収納したお金は予想以上にあったために全く問題なかった。

 もちろん久の心の中にそのお金を使用する事に全く躊躇がなかったと問われれば、それは否である。完全なる犯罪だ、善良な心を持つ久が躊躇わないはずがない。

 だが殺されかけたり様々な嫌な目にあったのも事実。善良なの心と復讐を望む黒い心がせめぎあい……最終的に慰謝料として使用する事に決めたというわけだ。


 宿に到るまでの道でもそうだったが、エミルとシャイラは初めて触れる異世界文化に目を輝かせて喜び、そしてその知識欲を満たそうとした。

 もちろん久も説明するが、知らない事の方が多いために店員を捕まえて質問を投げつけ続ける。ようやく着いたその旅館ではチェックインと同時に様々な柄や色の浴衣を提示され選ぶ事が出来たのだが、そこでもまた質問攻めにして仲居が戸惑うという姿が見受けられもした。ただエミルとシャイラの姿はどう見ても外国人に見えるのでそこまで変な目で見られる事はなく、どちらかと言えば微笑ましいような表情をしている者も少なくなかった……その笑みが引き攣っている者がいたのも事実だが。


 案内された部屋は、値段が値段なだけにかなり立派だった。

 流れるように座卓へと促され様々な説明を受けた後に仲居が出ていくと、また始まる質問の嵐。

 拙い知識を総動員して真摯に質問に答え続ける久……そこに助けてくれるような店員や仲居はいない。明日には必ず図書館なり本屋へと行こうと強く心の中で誓う久だった。


 その後代わる代わる露天風呂を堪能し、部屋内での食事となったのだが……あくまでも3人と1匹で宿をとっているために用意される料理もそのようになる。だがシャイラは人間に見えようともあくまでも魔導人形のために食事は不要である。だがいくら美味しくとも、もしエミルと2人で分けたとしても1.5人前を食べる事は出来ない。そこで大活躍したのがリードだ。犬用の料理の他に、仲居がいない間にせっせとその器に盛られるシャイラ用の食事を綺麗に平らげていた。


 食後テレビをつけたのだが、久が騒動をようやく知る事とはならなかった。なぜなら部屋にあったテレビのスイッチを押して最初に流れてきたのは宿のインフォメーションであったし、テレビとは何なのかという質問を交わすために、宿が契約しているBS放送の中でちょうど始まる長時間映画にチャンネルを合わせる事により、映画を集中させて難を逃れるという手法をとったためだ。


 その頃「またお話をお聞きするために来ていただきますが、本日はお帰りなさって結構です」と警察署から解き放たれた社長一家が家路へと着く事となった。

 現時点では誰もその身を大した罪を問う事は出来ないためだ。

 社長は殺人未遂を自白しているが肝心な被害者が現れていない。また会社から全ての商品や金銭、車両が盗まれた被害者だと本人は訴えるものの、あらゆる全ての物をたったひと時で盗み出す事など、会社ぐるみでの自作自演を疑わざるを得ないが、これに関しては何も知らないわからないとしか言わないために話が進む事はないし、抑留する事も適わない。

 妻と娘は他人の土地へと不法侵入であるが、これも決定的な証拠があるにも拘わらず一切の関与を認めていない事もあるが、抑留する程の案件でもない。それに建物が消えた事や、その場から姿を消して自宅へと帰った謎も依然残ったままだ。

 そのために一家は帰宅を許されたというわけである。


 家族が警察署館内のロビーで顔を合わせ、揃って正面玄関から出たところ、大量のメディアが彼らの姿を捉えようと待ち構えており、もう空は薄暗くなりつつあるというのにまるでまだ昼かと思われる程に投光器が照らし、フラッシュが無遠慮に絶え間なく光る。そして瞬く間に3人を取り囲み、マイクを突き付けコメントを求めた。


「五味久さんを殺害して保険金を得ようと企んでいたのは本当ですか?」

「労働基準法違反となるのほどの安価で五味さんをこき使っていた事に何かありますか?」

「あの建物はなんですか?」

「あの建物を消して見せたり、姿を消してご自宅へと帰ったりしたのはどのようになさったのでしょうか!?」


 囲んでいる誰が口にしたのかはわからないが、無遠慮な質問が矢継ぎ早に浴びせられる中、3人は疲れた顔を顰め首を横に黙ったままに首を横に振るばかりだ。


「おい!何か答えろよ!この犯罪者がっ!!」


 一向に口を開かない3人に業を煮やしたどこかの局のレポーターなのか、それとも恐れを知らないYou'reTubrerなのかはわからないが、犯罪者と決めつけ糾弾する声が響いた。

 本日未明までの社長一家ならば、その声に大きく反応して逆に怒鳴りつけたりする反応が見られただろう。だが自ら殺人未遂と保険金詐欺を働こうとした事を自白してしまい、激しく警察官に糾弾された彼には、そんな力はどこにもなかった。ただ恨めしそうな目で周りを見渡した後、カメラに映らないと顔を下に向けるだけだった。


 だが彼らの苦難は未だ始まったばかりだ。

 久の弱味に付け込み馬車馬の如く働かせたばかりか、保険金殺人を企んだ罪は重い。

 これから更なる受難が彼らを待ち受けている。

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