第15話

 倉庫番によると生物を預ける事は出来ないとの事だ。つまりエミルやリードをホテル内に残したままに久だけが外に出るという策は不可能である。ただいくら人間のように動いたり考えたりする事が可能であっても、あくまでも魔導人形という生物ならざる物であるという事から、ホテル内に預けたままにする事は可能らしい。

 ただエミルはもちろんとして久もシャイラの事は魔導人形として認識はしているが、人間として接しているために、倉庫番の言には少々顔を顰める事となった。

 だがこのまま一日中ホテル内で過ごすのも問題である。騒ぎは更に大きくなるのは必至だ。――今は国内メディアがほとんどだが、この勢いではこの世にも不思議な現象に海外のメディアも駆け付けるのは間違いないだろう事は想像に難くない。


 ではどうするか?

 考えに考えた結果、シャイラは一時的にこのままホテル内に預けたまま、久は社長の奥さんに、エミルは愛理に魔法で姿を変えて外に出て一目散にこの場から脱するという案となった。


 昨夜夜に物陰からだがしっかりとその姿を見ていた事もあって、2人が変化するのは大して問題なかった。もちろんリードは小さくなるだけだから問題はないが、ペット扱いとは言っても基本的にに森林を駆け回り動物を屠り喰らうのが日々であるためにマナーなんてあるはずもない……つまり口の周りを豪快に肉汁で真っ赤に染めており風呂に連れ込んで全身を何度も洗う羽目になったのが大変だった。


 シャイラを残したままにする事にやはり少々後ろめたい感じを覚えながらも、ようやく外へと出た2人と1匹。

 外へと出るや否や、尋常ではないフラッシュがたかれ歓声とも怒号ともとれる声ならぬ声が響く。

 これまで部屋に籠りきりだったからわからなかったが、空には報道用のヘリコプターが行き交っており、バラバラとその特有の音が有象無象の声と重なり更に騒然とさせていた。

 そして更に大きなどよめきやテレビレポーターらしき者やYou'reTuberらしきスマホを構えた者たちが一斉に叫ぶように声をあげた……久が外へと出たと同時に騒ぎの元になっている倉庫兼ホテルを消したのだ。


「き、君たちは……さっきまでの建物はなんだ」


 一夜にして突然建っていた巨大な建物。

 当然地主に事の次第を聞くも、本人も首を捻るばかり。また、何をどうしても中に入る事も、強行突入しようとも傷1つつけられなかった物。

 突然中から妙齢の女性と若い女性、そして真っ白な身体の犬が出てきたと思ったら、建物がまるでマジックや幻のように忽然と姿を消したのである。

 周りを囲んでいた報道関係者や野次馬たちだけではない、何台ものパトカーの横に立っていた何人もの警察官も呆然と口を開きっぱなして建物があった場所と出てきた2人組みと1匹を交互に見ていたが、数十秒後にようやく事態に追い付き恐る恐るといった調子で妙齢の女性へと声を掛けた。


 だが2人の女性は無反応だった。

 ――2人は答えないのでは答えられないのだ、変身はあくまでもその容姿を変える事であり、声は元のままなのだ……つまり答えようとしたら、妙齢の女性からおよそ似合わない青年の声が出てくるという事なのだ。


「き、聞いているのかね!?先程まであった建物とあなたたちの関係は?どういう事なのか説明したまえっ!!」


 相手が無反応だからといってそのまま引き下がれるはずもない警察官。

 ただ摩訶不思議な現象とその当事者であろうと思われる2人組みに相対する事に少なくない恐怖を覚えているのも事実で、威勢よく詰問してはいるがその声は微妙に震え、全身から冷や汗とも脂汗とも分からぬものが滲み出していた。


 2人は無言のまま。

 そして手を繋ぎ、そして足元にいたリードをその手に抱え込むと……またしても消えた。


 そして警察官の問への反応があるかと、メディアも野次馬もほんの少しだが騒ぐ声を抑えていたが、忽然と姿が消えた事に先程までより更に大きな声で騒ぎ出したのは言うまでもないだろう。


 2人が転移した先は、久がまだ両親と共に暮らしていた頃に家族旅行として出かけた覚えのある初夏ゆえに稼働していないスキー場の中腹だ。


「倉庫番さん、シャイラを出して」


 周りに人が居ない事を確認してからシャイラとも合流しつつ変身を解いた。


「ここはどこだ?」

「えっと、昔来た事のあるスキー場」

「スキージョウとは?」

「えーっと、スキーというのは冬に雪が積もっている上を板に乗って滑る遊びなんだけど、その専用の施設かな」

「ふむ……前から久より平和な国だとは聞いておったが、そんな遊びに興じるばかりか専用の巨大な場所まで作るとは、本当に平和なんだな」


 久の説明に呆れたような顔をして頷くエミルとシャイラ。

 それに対して久は苦笑するしかない。言われてみればその通りだとしか言いようがないのだ。


「それでこれからどうする?」

「とりあえず街まで降りましょう」


 確かそこそこの街があったはずだと微かな記憶を辿り答える久。

 そこは温泉街であったために、本日の宿も取りやすいと考えたのだ。一瞬この山の中であれば倉庫を発現させても問題ないかも?などと考えた久だったが、大きさから考えて発見されてまた騒ぎになる可能性を思い直した。


 もうすっかりと過ぎた事と先程までの騒ぎを忘れつつある久たちだったが、未だに空き地周りでは報道やインターネットなどではその話題で持ち切りだった。

 会社から近いという事はつまり建物から出てきた2人の顔……社長の奥さんと娘愛理の地元でもあるために、2人の顔を見知っている者たちが野次馬の中に大勢いた。更に詰めかけていたのはあらゆるメディアであり、全国規模で報道していた。また時間も昼になる前ともあり、生中継で報道している局も少なくなかったので、2人の顔と名前は判明する事になっていた。

 これに驚いたのは当の本人たちである。

 昨夜の突然の久来訪というショック、そして夫の会社での事件から外に出る事もなく自宅にて2人何となくテレビをつけて流し見していたのだ。そこに突然自分たちそっくりの者が出てきたと思ったら忽然と姿を消した……呆気に取られている暇もなく、直後から友人から顔見知り程度の人間からの連絡が一斉に来たのだ。鳴り続けるスマホと自宅電話、そしてその内の誰かから聞き出したであろうと思われるマスコミが自宅へと押しかけインターホンを鳴らし続けるという騒ぎへと発展する事となった。

 表に出て「知らないわからない」と説明するも、「先程見た同じ顔と体型だ」と騒ぎは更に加熱する。

 間が悪い事に2人は昨夜の久来訪から着替えていなかった。つまり久たちが目撃した姿であり変化した姿でもあった。そのためにますます目の前にいる人間だという信ぴょう性が高まるのは言うまでもないだろう。


 会社は会社で大変な事になっていた。

 まず納品しなければならないお客様への連絡だ。一夜にして倉庫内の全ての商品からそれを運ぶトラックを主にした車両の全てが消えて無くなっていたなんて、そんな荒唐無稽な説明を誰が受け入れてくれるというのか、バカにしているのかと怒りを露わにする者が多くいた。だが確かに消えた事は事実のためにそれ以外の説明のしようがないのが現実だ、そのために固定電話の前で、業務用携帯電話片手に事務所内を含めた敷地内のいたる所で頭を米つきバッタのように下げ、額に浮かび流れ続ける汗をしきりに拭う従業員の姿がそこには溢れていた。


 社長は相変わらず怒鳴りつけるように一夜……いや、ほんのひとときにして起こった事を警察官へと説明していた。

 怒鳴りつけるような声……それはつまり大きな声ともなる、当然そうなると取材に来ているマスコミの耳にも入る事となるのは必然だろう。


 一夜にして巨大な建物が建ち、出てきた2人が消えた事。

 目の前で警察官へと怒鳴りつけるように説明している男の話。

 そして消えた2人は男の妻と娘であるらしいという話。

 その3つが関係しているのであろうと想像するのは当たり前の事だろう。

 そしてそれを聞きつけた野次馬が駆け付け、事の真相を問い掛ける声が上がり、現場は更なる騒ぎへと発展しつつあった。


 何度起きた事実を説明しでも理解するどころか、半笑いとも苦笑ともいえる顔で「事実だけを説明して下さい。本当はどこかにあるんですよね?」と全く信じない上に疑いの目を向けてくる目の前の警察官たち。

 あれよあれよという間に敷地内に入り込み自分を囲み、建物や妻と娘が消えたとか訳の分からない事を口走りこちらへとマイクを向けてくるマスコミやYou'reTuberたちの溢れる声。

 ふつふつと湧いてくる怒り。

 なぜ俺がこんな目に合うんだ?

 ――元々沸点が低く横暴な人間であり、都合の悪い事は全て周りのせいにしてきた男であるためにその怒りが頂点に達するのは早かった。

 そして叫んだ……


「ふざけんな!本当の事だって言ってるだろう!!」


 顔を真っ赤にして周りを睨み付ける社長。


「まぁまぁ落ち着いて下さいよ社長さん。では全ての物が消えたのが本当の事だとして、何か心当たりはありますか?」


 苦笑を深め、手を大袈裟に広げ怒りを押さえるようにと優しく問い掛ける警察官。


「心当たりぃ〜!?……っ!!そうだっ!!あいつだっ!あいつがやったに違いない!」

「あいつとはどなたでしょうか?」

「ゴミだよっ!!あのゴミ野郎がやりやがったに違いないっ!」

「落ち着いて下さい、それは誰でしょうか?」

「だから五味久だよっ!あの野郎が昨日家に来たのはこんな嫌がらせをするためだったんだっ!クソッ!」

「その五味久さんというのは?」

「だからゴミ野郎だって言ってんだろっ!あともう少しで行方不明者として死亡確定するっていうのに今更現れやがったアイツだよっ!」


 なだめつつ話を引き出していた警察官は、怒り心頭と言った表情で喚く社長の言葉に苦笑していた顔を引き締め目をすっと細めた……その言葉に犯罪の匂いを感じ取ったのだ。

 本来なら別場所に連行して話を引き出したいところだが、そうなれば冷静になっしまいそれが叶わない可能性に思い至り、近くを囲んでいた同僚たちに目配せしてマスコミや野次馬を声が聞こえないであろう場所……少なくとも敷地外へと追いやる事にした。


 だが怒り沸騰の社長がそんな警察官たちの心情に気付くはずもない。

 久のせいだと叫び続ける。

 ……そしてついに決定的な事を口走る事となったのだ。


「鍵を壊してまで冷凍庫に閉じ込めたのに消えてやがるしっ!しょうがなく行方不明者扱いにしたらしたで、今頃ノコノコと現れやがって……素直に死んでおけよっ!!」


 この場に来ている警察官たちが、社長一家の事を調べていないはずもない。それは当然久を養子縁組した直後に行方不明者として届けがあった不可解で疑惑ある事実も含むのは言うまでもないだろう。

 殺そうとしたという自白とも言える言葉は警察官の耳に、そして全国規模の放送や、You'retuberたちのスマホを通してお茶の間に届けられた。

 先程までの騒ぎとは違った緊張感に包まれる現場。


「冷凍庫に閉じ込めたが逃げられたために行方不明者届を出して保険金を得ようとしたという事ですね?」

「だからそうだっ……」


 先程までの柔らかい声ではなく、低くそれでいて緊張感溢れる声と冷たい視線に、肯定の声を返す途中で自分が口走ってしまった事実に気付いた社長は一気に怒りが冷めるどころか顔を青くした。


「い、いや……」

「詳しい話をお伺いしたいので署の方へ行きましょうか」

「い、いや会社の事もあるので……」

「もちろんその件も署の方で詳しくお伺いしますよ」


 まるで幼い子供のように身を捩って拒否を表すが、ガッチリとした体躯を持った警察官に囲まれ背中を押される社長。マスコミたちから浴びせられるフラッシュの中、パトカーへと乗せられ連行される事となった。


 その頃久たちは気分よく街を歩いていた。

 スキー場の麓は温泉街となっており、観光客向けのお土産屋などが軒を連ねている。

 久は懐かしさを、エミルたちは目新しさに目を輝かせて色々なお店を覗き楽しんでいた。

 温泉街故に街中で道行く人々に向けてのテレビモニターなどがないために、自分たちが起こした騒ぎや、社長の件に気付く事もなかった。

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