第13話

「おおっ!懐かしい……まるで出会った頃のようだ」


 エミルが自宅の前で膝を付き破顔している。目の前にいるのはリードで、まるで普通の子犬サイズにまで身体が小さくなっているのだ。


「これでだいじょうぶー?」


 不安そうな声で見上げて問いかけるリードに、久は大きく頷いて見せた。


 なぜリードが小さくなっているかというと、久が日本へと転移する事を考えた為だ。

 魔力も自力での往復は可能との感覚を覚え、更に倉庫の精霊たちに確認を取ったところ、現在貯まっている魔力を用いれば3人と1匹での往復の転移が可能との話だったのだ。


 正直なところ、まずは単独で転移して色々な事を済ませようと考えていた……行方不明者届の件などの事だ。もう少しで死亡扱いになるという時にその本人が現れてしまったら……きっと本性を出すだろうと考えられる。そう、現れた事を喜ぶのかそれとも憎しみをもって対応してくるのかだ。もし憎しみをもって対応してきた場合にどういった復讐をするかなどは考えてはいない。いないが、あの頃とは違って体力も着いたし魔法という地球においては人智を超える力を手に入れたために、彼らが何を企んで接して来ようと対応出来る自信があるし、とんでもない復讐だって可能だと思える。

 ただそんな復讐という感情に支配されている黒い自分の姿を、エミルたちに見られたくはないとも思えた。だからまずは1人で転移して諸々を片付けてから、後日魔力を再び貯めてからみんなを連れて行こうと。


 逆にエミルたちは久が転移して地球へと戻ったら、2度と戻って来てくれないのではないかと危惧していた。

 それは生まれ故郷がいいとかそういった柔らかい感情の話ではなく、思い出すだけで幾度も気絶してしまうような人々や環境に戻ったら、心を壊してしまい2度と戻って来る事がないのではないかと恐れていたのだ。


 日本へと転移する事をどう伝えようかと悩む久と、どう引き止めたらいいのかと悩むエミル。

 どちらともに切り出す事なく時間だけが過ぎて行ったある日の事だった。


「ねーねー、ヒサシは1人でどこにも行かないよね?」


 と、素直な質問をリードがしたのだ。

 そして久の故郷に行ってみたいとも、大きな目をキラキラさせながら話す姿にエミルも感化された。


「久がチキュウへと行く時は私たちを連れて行くと前に約束したからな、決して1人でなど行かせんぞ」


 などと伝えると、久は素直にそれを認め頷いた。……どこか1人で地球へと向かう事が不安だった。その不安とは転移がではない、社長一家を相手にした時に果たして正気で居られるかどうかと。


 そうして転移の際には全員で行く事が決まった。次に転移する日をいつにするかなどを話していたのだが……そしてここでついに問題になったのが、リードの大きさの事である。チキュウにはこれ程大きな生き物はいない……騒ぎになるだろうし、捕まって大変な事になったりするかもしれないと。


 大きなままでは連れては行けない。

 だが連れて行かないという選択肢はない。

 ではどうするか?

 解決策を持っていたのは森の民だった。答えを求めて探し回っていたリードに、森の民が変身する魔法があると教えたのだ。

 そして始まったリードによる魔法の練習だ。元々リードも魔法を使用はしていたが、エミルと同じ感覚派で、理論など考えて使用した事などなかったために、かなりの時間を要する事となった……その期間3ヶ月。

 ちなみにリードが覚える頃には、エミルや久も使用する事が出来るようになっていた。

 ――エミルと久が変身魔法にて何に変身したかだが……例えば男性に女性にとか、他種族の姿になどではなかった。化けたのは、自分たちが普通に歳を経ていたらなっていたであろう姿だったりする……世の女性が聞いたら激怒しそうだが、不老ゆえに老化した姿に憧れがあったらしい。

 ちなみに久の変身魔法習得への努力は後に報われる事となる。


 さて準備は整った。

 魔力は念の為にここ数日は使用していないし、倉庫番には魔力タンクの自動使用を伝えてある。

 服装は久の記憶を辿って伝えた物をシャイラが作製して、3人ともに現代日本において違和感のない服装へと変わっている。

 そして転移してきてからこちらの年月でちょうど6年を迎えた日であり、同じ時間に3人と1頭は満を持して日本へと転移した。


 さて転移した場所だが、当初大いに悩んだ。

 なぜなら転移場所によっては、すぐさま大騒ぎになりかねないのだ。更に久には大勢で転移して問題にならないような場所の心当たりが少なすぎた……そして悩みに悩んだ結果、アパートを追い出されてから過ごしていた公園を目標にし、念の為に人が少ない夜の方が安全と考えてた。だが時間がどう違っているかわからない……そのために転移してきた日時にしたのだ、それしか図りようがなかったとも言えるのだが。


「うん……同じ公園だと思う」


 キョロキョロと辺りを見渡し、目撃者がいない事や以前と変わりないかを確かめた。

 懐かしくもあるが、ここで社長と出会わなければ……だがそのままであったら死んでいたし、転移してエミルたちとも会えなかったかもしれないと、様々な感情が怒涛と押し寄せる。


「大丈夫か?」

「あっ……はい」


 さて日本へと戻ってきたがどうするかだが、一応予定は決まっている。

 まずは社長宅への訪問だ、そこでまずは反応を見る。万が一にもないとは思っているが、もし喜んでくれたなら、心配していたと怒ってくれたなら、エミルたちの事を素直に紹介したりしよう。だが少しでもそこに悪意を感じたら、そのままその場を去ろうと。


 キョロキョロ……キョロキョロ……

 初めて山奥から出てきたお上りさん以上にキョロキョロしながら、久の記憶だよりに歩き続ける一行。

 6年の間離れていたわけだが、風景はさほど大きく変わっている訳ではなかったのが幸いして迷う事無く進んではいるのだが、煌々と光る街灯、自動販売機、コンビニやお店、自動車や自転車など……初めて目にする物に大きく声を上げることはないものの驚き説明を求めるエミルたちがいるせいで、その歩みはとても遅かった。

 公園から社長宅まで、本来なら20分もあれば余裕をもって到着するはずなのだが、掛かった時間は1時間だった。


「では私たちはここで待っております」

「う……ん」


 シャイラに頷き返しつつゴクリと喉を鳴らす久。

 社長自宅前でエミルたちとは別れた。彼女たちは少し離れた場所から久の姿を見守る。

 息を大きく吸い込み……そしてゆっくりと吐き出す。

 ギュッと強く瞑っていた目を開けると、インターホンを微かに震えそうになる人差し指でそっと押した。


 ――ブッブーッ


 緊張の中聞こえてくるブザー音は、少しマヌケで笑いそうになる……そしてそんな自分に少々驚いたりもしていた。


「はいっ」


 短く聞こえてきたのは、忘れもしない社長夫人の声だった。


「お久しぶりです、久です」

「……はっ?」

「五味久です」

「……」


 名前を伝えるとしばらくの間があった後に、こちらを窺うような低い声で短く反応があったので、もう一度ハッキリと伝えるが今度は反応がないようだ。


 しばらく見守る……いや、正確に言うならば魔法を用いて中を探っていた。探知魔法で家の中に何人いるかは既にわかっていたし、今はその3人がリビングで集まっている事もわかっている。集音魔法で3人が何を話しているかも既にハッキリと捉えていた。

 内容は……あと1ヶ月でちょうど7年になり死亡扱いになって、ようやく保険金が手に入るというのに今頃なんのつもりで現れたのかと怨嗟の言葉を親子3人が全員吐いていた。

 家に導き入れた上で油断させて誰が知っているかなどを聞き出した後に失踪したままにすればいいとか、山とかに連れて行ってそこでやった方が安全だとか、殺害方法まで言い合っているようだ……

 予想はしていたが、まさかここまでかと心が冷えていくのを久は感じていた。


 話は心配してた様子を見せて家に招き入れ、必要な事を聞き出した後、油断を突いて殺害する事に決まったようだ。

 ドタドタと玄関に向かってくる音を聞きながら、久はその場をそっと離れて玄関が見える場所へと隠れた。


 出てきた3人の様子を見て久はかなり驚いた……隠れているのに危うく声を出してしまいそうな程に。

 なぜならあまりにも汚く老けているように見えたのだ。シミやシワだけの話ではなく、心根の醜悪さがそのまま顔に出ているかのように見えていたからだ。

 それでも観察し続けていると、久がいない事に慌てつつサンダルで近隣を探し始めたので、見つからないようにしながらエミルたちと合流した。


 合流したはいいがこの後どうするか……具体的にはどのようにして夜を過ごすかが早急の問題だ。7年前に転移した時に持っていた財布に入っていた金額は4万3千円。確か翌日に何かを買いに行こうと考えて下ろしていたので、それなりの金額を持っていたのだ。意外に大い金額ではあるが、3人でと考えると結構少なかったりする。ホテルに泊まったらすぐに消えてしまうだろう。


「まぁ数日外で過ごしても、我らは慣れたものだから気にせんでもいい。それよりも復讐をせんでも良いのか?」


 実はエミルとシャイラも家の中での鬼畜達の会話を聴いていた。そして怒っていた。

 久も当然怒りを感じてはいたが、醜悪な容姿に驚いた事で少し気が削がれていたのだ。


「復讐か……」

「うむ、こんなのはどうかと考えてある。ほれ耳を貸せ……」


 エミルの提案は至極簡単な復讐だ。

 久の勤めていた倉庫の荷物を全て頂くというものだった。

 久にとっては一番簡単であり、社長たちにとっては効果的な方法となる。

 昔の事、殺されかけた事、先程の悪巧みの事……全てを思い出し久は大きく頷いた。


 すぐに懐かしき倉庫へと移動した一行。

 わざわざ倉庫の中へと入る必要などない、身体強化魔法を使用して倉庫の屋根に飛び乗り、倉庫番を呼び出してどんどんと収納させるだけの簡単なお仕事。常温・冷蔵・冷凍倉庫から全てを根こそぎ頂いた後は、トラックや営業車と続けた。そして更にと事務所のあるビル屋上へと飛び乗ると、事務所内に置かれている金庫の中身だけを取るように指示をした。

 ――この会社では元々数日分の現金売上を纏めて入金するくせがあったのだが、本日は偶然にも明日入金するという一番溜まっている状況であり、現金でのやり取りをしている顧客の1つが大量に発注したために過去最大と言っていいほどの金額になっていた……つまり久たちにとっては偶然にも幸運となり、社長たちにとっては最悪だろう。


 全てを根こそぎ自分の倉庫へと移し替えた久。その後近くの大きな空き地に4階建てホテル付き倉庫を出現させて泊まる事となった……翌日早朝に訪れる騒ぎなど考える事もなく。

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