第12話

 人気ライトノベルやアニメの主人公のような華々しく賞賛に彩られたものではなく、自らの涙と吐瀉物に塗れた泥くさい初めての魔物討伐デビューから2年が経った。

 アレからも最初のうちはリードによる接待討伐であり、それでもまだすぐに剣を振るう事は出来なかったが、回を重ねるうちに久の心も強くなり、今や己の力のみで魔物を倒す事が出来るようになった。ただそれでも魔法を使って捕獲したり攻撃したりもするものの、最後の一撃は必ずその手に持つ剣をもってして行う事にしているのは、エミルに言われた命を奪うという重みを感じるためだ。

 それは魔物のばかりではなく、己たちの食事用の肉を得るためにただの動物を殺す時も同じだ。そしてどちらの場合でも「ごめんなさい」との一言を口にするのに変わりはない。


 この2年の間に行ったのは戦闘ばかりではない。

 海の民や力の民との交易にも幾度となく出掛けているし、久が自らの身を守る事が出来るようになった事から以前よりも遠くまで散歩や、倉庫番を連れての遺跡探しなどを行っていた。

 ただ森の民から訪問許可が降りておらず、未だに森の民の街を訪れる事は叶っていない。

 だが新たな他種族との邂逅はあった、それは水の民と呼ばれる者たちだ。

 彼らが棲んで居た場所は、南西に80日ほど進んだ所にある湖だった。この湖はエミルたちも知らない、新たに出来た物だった。

 ――ただ新たにとは言っても、エミルたちがこの辺りを探索したのはもう100年も前になる話なので、久の感じる『新たに』という言葉とは少し違うだろう。

 ちなみにリードにとってこの辺りは、少し遠出した程度の散歩コースだったりするので、ここに湖が出来ているのを知っていた。ただエミルたちが驚いているのを見て、伝えていなかった事を思い出して賢く黙っていた……喋る事といい人間くさいフェンリルである。


 その湖は鬱蒼とした森の中に突然あった。長い所で1km程、短い所で500m程の細長い形をしており、元々この辺りにあったのだろうと思われる大木が、湖底に幾重にも重なって沈んでいるのがハッキリと見える程に澄んでいた。そのために淡水魚と思われる魚が泳ぐのが見えたり、湖面が鏡のようになる事で周りの風景が映り込んだりと、とても美しく目を奪われるような光景だった。


 そんな美しい湖の、一際幅が狭まった……久たちが暮らす場所から見て1番南西で川と変わる場所に水の民たちは棲んでいた。

 彼らはまるで地球に生息するワニの手足が伸びて二足歩行になったような姿形をしていた。ワニのようなとはいっても、ちゃんと首はあるようだし、色も一般的にすぐ思いつくような緑色ではなく焦げ茶色だったりする。身長は2m程、全体的に筋肉質のようで丸太のように太い手足が目立つ。遭遇した際は威嚇行動なのだろう、太い尾を地面にビタンビタンと打ち付けていたのが特徴的であった。


 さてワニ人間こと水の民たちとの初顔合わせだが、それはリードが湖に飛び込みバシャバシャと水浴びをしたり、久やエミル、シャイラが近くでキャンプの準備をしていた時だった。リードの大掛かりな水浴びを起因とした波に気付いたらしい水の民が、それぞれが全身を鉄っぽい鎧に身を包み、手には槍を持ち明らかに臨戦態勢といった様子で、木をくり抜いて作ったと思われる舟に乗ってや、湖の淵を走ってやって来たのだ……そう、敵襲と認識されていた。

 揃って尻尾をビタンビタンと打ち鳴らし、槍を構える水の民たち。

 こちらには戦闘の意思がない事を示すために、武器は構えず両手を挙げる3人……リードも律儀にお座り状態になって前足を上げていた。

 そしてエミルが誤解を解こうと話し掛けたのだが、全く言葉が通じなかった。

 だがここには例え新種の魔物の言語でさえもわかってしまう、言語理解スキルを持つ久がいるのだ、問題ない。


 ただ槍を構えて殺気立つ者たちとの会話はなかなかに難しいものがあった……例え言語が通じようとも聞く耳を持たないのだ。更にもしミミを傾けてくれたとしても、今度は無の民が水の民の言語を理解して会話出来るという事が珍しいらしく、何かを企んでいるのではないかと更に警戒される始末であったりしたのだ。


 まぁそんな事がありながらも、時間が掛かるも何とか話を聞き出した所、本来はもっと東に棲んでいたのだが、80年ほど前無の民の国に攻められ住処を追われ、辿り着いたのがこの地であるという事だった。水の民は特性上、子供を育てるのに綺麗な水が大量に必要となる。そのためにこの湖を新たな永住の地と定めたという話だ。

 移り住んでから今までの役60年程、魔物の襲撃などはあったものの一度たりとも無の民と遭遇する事もなく安心安全に暮らしていたのに、突然強大な獣を従えて現れた3人を見かけて、また奪われるのかと警戒したという事が、今回の真相だった。

 ――話の中でさらりとこれまで幾度となくフェンリルを見かけた事も口にしていたが、久は通訳する事に必死だったので、リードが既にこの地を知っていたという事に気付きもしなかったし、エミルやシャイラは気付きはしたが話の途中で声を上げる事でもないと黙っていた。

 ちなみにリードを時折見掛けても接触しなかったのは、その巨大さや風貌から敵わない事を察し、自分たちが作る集落に近寄って来ない限りはと放置していたらしい。ただ今回は無の民が一緒だった事から、また攻め込まれるのではないかと思い勇気を振り絞ってやって来たらしい。


 久の通訳を持って話し合いは終わった。

 エミルたちとしては、ただの散歩がてらの寄り道場所だっただけで攻め込む気はもちろんない事と、寄るなと言うならば寄らない事を伝えた。

 ただ綺麗な湖にしか生えない貴重な薬草などの採取がしたいとエミルは望み、その代わりに畑で採れた果物で作ったドライフルーツを渡すという交渉がなされた。どうやらドライフルーツの元である果物は薬草よりも余程稀少な物らしく現物を見た水の民たちは喜び、これ以降時折交易を行う事となった。

 ――もし交易へと交渉が上手くいかなかったとしても、そもそもこの湖が出来た事すら知らずに100年も居たのだ、問題があろうはずもなかったので、その交渉はとても気楽な物だった。


 力の民と海の民に加え水の民とも交流がなされるようになった訳だが、久の転移スキルが大活躍である。そのために新鮮な海の魚を食べる事も出来るようになったし、交易相手たちもドライフルーツでは無いもぎたて果実を口にする事が出来ると喜びを表しており、あのプライドの高い海の民たちまでが久の能力を羨む程だった。

 ――その際海の民が久を拉致しようとした事が1度あったが、転移で戻れてしまうというよくわかない……海の民の少し頭の弱さが出た事件だった。


 その転移スキルだが、もし地球に戻るならどれほどの魔力を必要とするのか分からないために、未だ一度たりとも試した事はない。試した事はないのだが、ふとした時に地球の事を考えた際に、「あっ、無理」と思う事があるようなので、きっとまだ魔力が足りないのだろうと思っていたのだが、最近では「ギリギリ行けるかも」と感じている。だがギリギリだと帰って来る事が叶わないので、結局は試してはいないという事だ。


 ただその転移スキルで使用するのは、己の体内に保有する魔力のみでの話だ。そう、久には倉庫スキルによる魔力タンクがあるのだ……あるのだがスッカリ忘れてしまっている久である。

 しかも久は現在倉庫スキルが何レベルになっているかすら知らない。だが使っていない訳ではない、度々倉庫番を呼び出しては散歩の際に遺跡探索したり、交易の際にも荷物を預けたりしているのだ。

 ではなぜレベルを知らないか……それは倉庫番だけを単体で呼び出せるという便利さが障害を生んでいるのだ。倉庫番だけを呼び出せる……つまり本体である倉庫が出る事もないので、変革がその目に見えないために実感がないという訳である。その事からレベルがアップした実感がないために、紙に血を垂らして確かめるという事もないという訳である。


 ある日の事、ふとエミルから質問があった。「倉庫はどんな形になっているのだ?」と。レベル1からレベル5になるまでに、倉庫番が2人になったりと大きな変化があったのだ、次はどんな変化があるのかと密かにエミルは楽しみにしていたらしい。


 まずスキルが変わっているか試して見たところ、倉庫レベルは8にまで上がっていた。

 そして外へ出ての実験である……


「倉庫カモーン!」


 出てきたそれ……

 まずは魔力タンクだが、まるで港などにある巨大なガスタンクのような丸いタンクとなっていた。そして注目すべきは、最初からある小学校の体育館程の大きさの倉庫が、3つ縦に重なっていた……つまり3階建てになっていた。

 あまりにも巨大な建造物に、久のスキルを確認していたエミルとシャイラまでもが口を開けて唖然としてしまう程だった。更にはそれに驚いて、遠くへと散歩に出掛けていたリードが慌てて戻って来るほどでもあった。


 森のちょっと開かれた土地に、突如として現れた巨大でありこの世界には似つかわしくない建物……しばしの間、誰もが何も発言する事なくただただ見上げ続けていたが、いち早く正気に戻ったのはスキル所持者である久ではなく、基本的に冷静沈着なシャイラだった。


「久様、こちらはチキュウではよくある建物なのでしょうか?」

「い、いや、どうだろう……倉庫が3つ縦に重なっているのは初めて見たかな」

「全て普通の倉庫なのでしょうか?」

「どうなんだろう……ちょっと聞いてみる。倉庫番さん……」

『はい、お呼びですか?』


 倉庫番の数は2人から変わっていないようだ。少し安心した久である。


「えっと3階建てになったの?」

『はい、1階は常温倉庫。2階は冷蔵倉庫。3階は冷凍倉庫となっております』

「冷蔵……冷凍……」


 どうやらこのスキルは久の過去をなぞっているようだ。そう考えると転移スキルも、どこか遠くへと行きたいとの想いから発現したとも思えるし、言語理解もどこかへと旅へ出た時に言語に困らないようにと心の奥底で願ったものだろう。

 ただ普通に生活するにあたって、一体どれほどの物を収納すればいいのかという程の大きさだが……久の中では倉庫とは大きい物なのだろう。


 そしてこの規模で未だレベルは8だという事。果たしてレベル10を迎えた時にはどんな物に変わっているのか……怖いような楽しみのようなといったところである。

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