第11話
海から転移で帰ってきた久たち。
ただどうやら魔力的にギリギリだったらしく、帰ってくると同時に魔力不足でグッタリとなってしまっていた――予め転移する前に倉庫番を呼び出して、魔力タンクの魔力を使用するかもしれないと伝えていなければ今頃大変な事になっていたかもしれない。
そしてまた始まるいつもの変わらぬ日々なのだが、久には思う事が1つあった。
それは……
「なに?……魔物と戦いたいのか?」
そう、これまで1度たりとて魔物を倒した事がない事から、せっかく魔法を覚えたという事や、もし何かあった時のために経験しておきたいと考えたのだ。
「ふーむ……時に久はこれまでに何かの命をその手で奪った事はあるのか?」
エミルの質問に久は首を横に振った。
悲惨な過去を送ってきたとはいえ、久は平和な日本在住であり危険な生物……例えば蛇やイノシシ、野生の猿などが出没するような場所ではないそれなりに都会と呼ばれる場所に住んでいたのだ。大半の人間と同じように、その手で命を奪ったりした事などあるはずがない。
「そうか……」
「ダメですか?」
「いや、相手が魔物だろうと何だろうと命を奪うという事には変わりない。ただそれを魔法だけでしているとな、命を奪うという重みが希薄になり得る事が多々あるのだ……」
「命の重み?」
「あぁその通り命の重みだ。確かに魔物は我らに害を為す生物である。だがそれでも彼らも我らと同じように精一杯生きているのだ、それを我らに害があると言って一方的に奪うのだからな」
「……」
「あぁ、別に久を責めている訳では無いのだ」
「いえ……」
確かにエミルの言葉通り、久は命の重みなど何も考えていなかった。魔物は害獣であり危険だから、せっかく習った魔法の実験がてら殺しても問題ない。いや、それどころか魔物を殺すのだからエミルやシャイラに喜ばれるだろうなんて事をどこか考えていたのだ。
そしてそれは、金のためにと笑いながら久を殺そうとしたアイツらの事を思い出してしまう結果となった……自分もアイツらと同じなのかと考えてしまい目の前が眩む。
――悪意と利己的な欲望を持って人を殺すのと、害がある魔物を腕試しがてら殺すのとでは根本的に違う。だが久は己を恥じるあまりに同一視してしまい、自己嫌悪する事になってしまったのだ。己を殺そうとした憎いアイツらと自分が同じ……それはあまりにも衝撃的で、精神が耐えられなかったというわけだ。
「あぁ、誤解してはならん。久を嵌めたようなクズ共や人の富を暴力によって奪う盗賊とは違うからな」
久の落ち込むような様子を見てとったエミルは、慌てて誤解を解くようにゆっくりとしっかりとした言葉を重ねる。
「ただその手でいのちを奪う重みをしっかりと感じなければならないという話だ。ふむ……そうだな……あぁ、久の住んでおったチキュウのニホンとやらでは、食事を食べる時にイタダキマスと言うと言っておったな?その意味は、作り手や料理の素材となった命を頂くと久も言っておったよな?まぁそういう事だ、そういった感謝を忘れてはならんという話だ。それなく己を誇示したいためだけに力を振るうのは……という意味だ」
「はい……」
エミルの言葉にようやく久は落ち込み伏せていた顔を上げた。
「よし、では魔物を狩りに行くか」
「いいんですか?」
「あぁ、ただまずはそうだな……シャイラに剣を習っていたな?まずは剣で狩ってみようか」
「剣で……ですか?」
「あぁ、剣でだ」
エミルの言葉に一気に不安が押し寄せる。
確かにシャイラに剣を習ってはいる。だが元々剣など振った事もなかったために、久は得意ではない。それにあまり栄養たっぷりな食事をしてきた訳では無いために、その身体は細く貧弱だったのだ。こちらの世界に来て3年、3食しっかりと食べさせて貰っているし、しっかりと働きしっかりと休みをとるという健康的な生活を繰り返しているために、それなりに肉は付いてきたが。
――本来は久が通ってきた中学校では授業の一環として行っているのだが、久はいじめられていたためにやっていなかった……いや、正確には竹刀を持たされる訳でも剣道着などを着ける事なく、一方的に動く的としてクラスメイトたちに打たれていたのだ。唯一の救いは、中学校の備品であり誰がこれまで使ったかわからないような、それでいてしっかりと細やかな手入れがされている訳ではない事によりとんでもない臭いを発生させている篭手などを着けずに済んだ事だろう。
また社長家での食事は、今考えれば健康的とはいえるものではなかった、冷凍商品やインスタント商品が主だったのだ。1番多く食卓に上ったのは麺類である。それは社長夫人である大迫優里が料理下手なのもあるが、久に対して愛も何もないためにという所が大きいだろう。
話が纏まったとばかりにエミルはシャイラを呼び、外へとさったと出て行った。そして外に出るとリードを呼び、何やらを頼んでいた。久も慌てて追いかけて外へと出る。
「よしこれを持て」
エミルに渡されたのはいつも練習で使っている物とは違い、しっかりと刃が立った長さ60cmほどで刃渡り10cm程のいわゆるショートソードと呼ばれる物だった。
言われるがままに渡された剣を握ってしばらくすると、森の方からリードが走って近くまでやって来た……その口には緑色の肌をした1つ目で4本腕の人間のような生き物が咥えられていた……ただその額からは、魔物である証明ともいえる黒いツノが飛び出していたが。
「……こ、これは?」
「私も初めて見たな……シャイラはどうだ?」
「私も初めて見ましたが、あの黒いツノと生えている場所を考えると、確かに魔物でしょう」
2人も初めて見る生き物のようだ。
どうやら250年もこの森で生きるエミルにも、知らない物はたくさんあるようだ。
「さて、これの元が何だったのか?どこに生息しておったのかは気になる所だか、今はいいだろう。久よ、その剣でその魔物を刺せ」
「えっ?」
「これは魔物だ、我らや普通に生きるモノたちに害を為すものだ。だから殺さねばならん、さあその剣で殺せ」
『殺さないで!殺さないで!!殺してやる!!』
「――っ!!」
リードは咥えていたのを止め、太い前足でその生き物の腹をしっかりと押さえている。
押さえられた生き物は、必死にもがき暴れながら命乞いを繰り返していた――言語理解スキルが無駄に働き、久は言葉を理解出来てしまっていた。
「……もしや言語が理解出来ているのか?」
小さくコクリと頷く久。
「言語理解スキル……久と私たちが会話を行えたのは僥倖であったが、いい事ばかりではないな」
言葉が通じる生き物を殺す。
それは久にとってはかなり荷が重い話だ。そのために剣を持つ手は震え、涙目になり、今にも座りこんでしまいそうなほどに腰が引けていた。
その様子を見たエミルは、現在何が起きているのかを正しく理解したのだ。
「確かに言葉が通じるかもしれん。だがそれは確かにそれは魔物だ、人に、まともに生きる物に害を為す魔物だ。証拠に頭からツノが生えているだろう、真っ黒なツノが」
エミルの言葉にまた小さく頷きを返す。
確かに言葉通り、額からは真っ黒で立派なツノが出ているのを目にする。
だがそれと同時に、今も目の前の奇妙な生き物は暴れながら命乞いを口にしたり、1つしかない目を真っ赤に染めて潤ませているようにも見える。
押し寄せる恐怖……
そして魔法という力を手にした事により、安易に口にしてしまった行為への後悔。
魔物の叫び声だけが響く中、エミルとシャイラ、そしてリードさえも一言も話す事なく久の決断を見守っていた。
そして……しばらく経った頃、久の中で何かが決まったのだろう。
剣をしっかりと握りしめ、魔物の胸へと剣を突き刺した。
小さく「ごめんなさい」と何度も何度も呟きながら……
運が良かったのだろう、久が突き刺した場所は偶然にも正しくその魔物の急所だったために、その1度の行為で魔物は絶命する事となった――もしそうでなければ、絶命させるまで何度も突いたり刺したりしなければならず、今の久にはとても出来なかっただろう。
動く肉の感覚、そして目には見えないが、確かに何かの命を奪ったという感覚を覚えた久。
その生々しい感覚が急に怖くなり、砕けるように尻もちを着いたのだが……恐怖からか固まってしまった指は剣を放す事が出来なかったために、尻もちと同時に魔物の肉体から剣を抜く事になってしまい……生温い返り血を全身に浴びる事になってしまった。
血の臭気、腕や指に残る感触。
先程まで元気よく暴れていた生き物が、力なく横たわる姿を目の前にし……己の行為の結果であると認識した。
そして……久は吐いた。
涙を流し、吐いた。
「これが何かの命を奪うという事だ。だがよく頑張ったな」
優しく久の背中を撫でながら、言い聞かせるように優しく声を掛けるエミル。
胃の中のモノが全て出切っても、吐き続ける久。
だがその目は、しっかりとその生き物の亡骸を見ていた……逸らす事無く。
収まったのはどれほどの時が経った頃だろうか……久の手により、その生き物は燃やされ全てが灰となった。
殺すという事。
生きるという事。
重みを知り、久が1つ大人になった日となった。
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