第8話


 魔法には2種類ある。

 1つは体外に放出する魔法。

 こちらは体内にある魔力を放出する事によって起こす事象である。

 魔法に1番重要なのは想像力であり、どんな現象を起こしたいかを事細かに考えるなければならない。

 例えば手の平に炎を浮かべるとするならば、どれほどの大きさで、どれほどの温度で、どんな色をしているか……等など細かく考えてから、魔力を手の平に集め放出しなければ、何も起きなかったり、自身を傷付ける事故となったりする。


 もう1つは、体内で行われる魔法だ。

 こちらは俗に身体強化魔法とも言われている。

 先日エミルが大きな獣を持つ事が出来ると言ったのも、この魔法を用いての話である。

 身体強化魔法とは、体内にある魔力を身体の隅々にまで行き渡らせ活性化させる事により発動する。こちらも同じく想像力が大切ではあるが、何よりも感覚が重要となってくる。

 地球に暮らす現代人ならば、誰もが人間の身体とは細胞の集まりであるとの事はわかっているが、その細胞一つ一つにまで魔力を纏わせる事により身体を強化するのだ。

 後日身体強化魔法を操れるようになった久が思い出したのは、地球で見かけた気功術などの事だ。気を集めて強化し、殴られても痛くないとか、瓦や板を素手で割るといったテレビショー的なものだ。あれらは地球では気功術と称されてはいるが、身体強化魔法とはそれと同じなのではないかと。


 得てして天才と呼ばれる人間は、他人に物を教えるのが下手だったりする。なぜなら自身は感覚的に物を覚えたりするためで、凡人の考えなどがわからないためだ。


 さてその昔……250年も前ではあるが、神童と名高かったエミルはというと、例には漏れず教え下手だった。


「こう……グルグルっ〜とこの辺にある魔力を、身体の隅々に巡回させよ、ガーっとグルグル〜っと。だがあんまりにもガーっとやると無駄が多くて大変だからな、まずはシュルーっとな、シュルーっとスルーっとな」


 何となく言いたい事は伝わってくるのではあるが、大事な所が擬音が多くて久にはいまいち理解出来ない――つまり残念ながら久が凡人である事も確定したわけである。


「グルグル〜っとガー?」

「うむ、だがガーつとやりすぎるなよ?」


 悲しい事に、久がまともに学校の授業を受けれていたのは小学校5年生まで。それ以降は授業中だろうがなんだろうがイジメを受けていたし、学びの元である教科書さえも何も読み取れないほどに落書きされたり、破壊されたりしていた。

 つまり何が言いたいかというと、人間とは心臓からの血流が血管を通り身体の隅々まで流れている。なんて基本的な事さえも、あやふやに覚えていたりする状況だったというわけだ。

 そこでまずはシャイラによる勉強会が催される事となった。人間の身体の仕組み講座である。

 そんな基本的な事から始めなければならないなんて、それよりも早く魔法を覚えたい、とはならないのが久の美点の1つでもあった。己の知識不足を恥ずかしいと思う気持ちもあるが、知らない事を素直に知らないわからないと答え学ぼうとする姿勢。それは会社に勤めている時代も同じであり、それが1部の社員たちが感心し、その働きなどから密かに認められていたのだ……本人は知らなかったが。

 ただ教えを乞うばかりなのは久の心情的に許せるものでもなかった。これまでの生い立ちからか、一方的に何かを享受し続ける事を良しとしないのだ。そこで衣食住を与えられている上に教えを乞うている代わりに、畑の手伝いや近辺の地下探索はもちろんの事として、更に久の知る限りの日本の事を逆に教える事となった。ただ前述の通り久の持つ知識量は少ない。それ故に、いつか日本へと転移出来た事を考えて、エミルとシャイラに日本語を教えるのと、2人の質問に知っている事だけを答える形となった。まぁ、エミルの質問は専門的な話が多いし、シャイラに至っては政治形態などの質問が多いために、久に答えられる事は少なかったのだが……


 魔法の勉強と同時に、倉庫スキルのレベル上げと、体内魔力量を増加させる事も重要視されている。

 倉庫スキルは簡単だ、リードの散歩……ほぼ引き摺られてはいるが散歩という呼び名の元に、少しづつ行動範囲を拡げるついでに倉庫の精霊を呼び出しては地下探索を行っている。

 久が転移してきて、初めて倉庫を呼び出してから既に3ヶ月ほど経っているのだが、日々休む事なく行っているためか、つい先日レベル3になった。

 レベルが上がると何が変わるか?

 それは倉庫の大きさだ。

 当初は小さな小屋程度の大きさだったが、今や学校の体育館ほどの大きさとなっている。しかも木造だったのが、現在は現代地球にあるような鉄筋コンクリートの建物になっているのだ。更に精霊がいる小さなタバコ屋のような窓も変わり、造りのしっかりとした事務所然とした大きな受付があり、精霊も2人に増えている。精霊の姿はまるで瓜二つで、どちらが元から居たのかわからないほどに似ているのだが、本人……本精霊曰く、全く違うとの事だ。片方は受付業務、片方は倉庫からの出入を司るらしい。

 この精霊、何を糧として働いているのか?

 久の魔力か?

 それとも何も必要としないのか?

 答えは後者という事なのだが、先日ある事が判明した。

 それはある日の朝、午後にリードの散歩がてらいつもより少し遠くまでみんなでピクニックに行こうという話しになった時の事だった。荷物は全て倉庫へと預けて、手ぶらで出掛けたのだが、午前中に焼き上げたピーチパイがないのだ。確かに預けた、でもタブレットの品目の中にはない。どういう事だと考えていたら、精霊たちが食べてしまったらしい。

 精霊2人の自供によると、「甘い匂いがして、我慢出来なかった」だそうだ。

 そして判明したのが、何も食べないわけではなく、甘いお菓子には目がなく大好きだって事だ。

 預けられた物を無断で食べてしまうなんて、倉庫番としての信用ガタ落ちの倉庫という根幹を揺るがす大問題だ。

 しかも当初はピーチパイがないと騒ぐ俺たちを前にして、無言でスルーしようとしたのだから。

 まぁ、「預けたと思うんだけど」と聞いたところ、精霊のたちの明らかに目が泳いだり、「そんな甘くて美味しくて香りのいいピーチパイなんて知りません。サクサクしていて、頬っぺたが落ちるかと思うような、この世の物とは思えないような、美味しいピーチパイなんて知りません。また食べたいです」と、素直というか、ほぼ自供のような言動でバレたわけなのだが。


 最終的に懐の深いシャイラにより、後日からは定期的に甘いお菓子を倉庫番用に焼いて提供するとの話になった時には、精霊2人が受付内で踊って喜びを表現していた。

 ただ、ピーチパイが大好きで、ピクニックにおいておやつに食べる事を楽しみにしていたエミルの機嫌は最悪で、精霊たちの身体の仕組みを知りたいと、解剖させろと騒いだりと大変でもあった……

 だが久にとっては、精霊がピーチパイを食べてしまった事も、それに腹をたてて地団駄を踏むエミルも、どちらもが新鮮で楽しい時間だった。


 話は戻って倉庫スキル自体の事だ。

 レベルが上がると大きくなるだけではなく、新たな施設も追加されるようなのだ。

 レベル3になって追加されたのは、直径3mほどある丸いタンクらしきものだ。これは一見液体を預けれるようにも見えるが、どうやら違うらしい。

 人間には魔力を蓄えられる量には限界がある。とりあえずその蓄えられる場所を壺とイメージしよう。その壺の大きさにより、人は魔力量が決まる。そのために久は日々魔力量を増やす事を努力している。その増やし方については後述するとして、その壺は湧き水のように魔力が出ているのだが、壺がいっぱいになっても止まる事はなく、溢れ出し続けているらしい。

 さて倉庫に追加されたタンクだが、その溢れ出し続けている魔力を自動的に保管する物のようだ。勝手に貯まり、使用しようと思えば自動的に引き出す事が出来る。ただ貯めて置く事を目的とするならば、前もって精霊に伝えておけば、体内魔力を消費仕切った後に自動的にタンクから引き出す事はない。

 この新たに追加された施設により、久自身が魔力壺を拡張させる意味が薄いようにも感じられるが、最終的にどれほどの量を貯めておけるのかも分からないし、人生何が起きるかわからない……これは久自身が実体験として感じているものもあるために、やはり自身の魔力壺の拡張に努める事となった。


 では後述とした壺の拡張方法だが、これには2つの方法がある。

 まずは自分より大きな魔力壺を持っている者に、魔力を送り込まれる事だ。つまり、例えば胃を大きくするために大量に食べるようなものである。簡単にも思えるが、その壺は体内に目に見えるような器官がある訳でもないのに、無理矢理に拡げるせいかかなりの痛みを持つ事となる。

 さて、元々神童と呼ばれるような類まれなる力を持った少女であり、国を追われ指名手配されても捕まるどころか人が簡単に侵入する事が出来ない森の奥にまで来れる実力わ持っていたエミル。そんなエミルが250年近くも研鑽を続けてきた魔力壺となれば、どれほどの大きさを持っているだろうか……

 そんな魔力壺から無理矢理魔力を大量に送られた久はというと……あまりにもの激痛にのたうち回り、遂には半ばほどで白目を剥いて気絶する事となった。しかも気絶してしまった事により、拡張出来たのは耐えられた半分の更に半分までしかならなかったために……幾度となく、魔力壺拡張を試みる事となる。

 毎回気絶するために、3回ほど試してみてからはよる寝る前にベッドの上で行われるようになった程だった。

 そして1週間ほど前に、ようやくエミルの魔力壺と同量近くになったらしく、痛みも少なくなってきたところである。


 もう1つの壺の拡張方法はというと、魔力を全て使い切る事だ。魔力壺に、現状では魔力が足りない事を認識論させて大きくさせるというものらしい。

 ただ注意点として、完全に空になるまで使用してしまうと、人間は死を迎えてしまうらしい。

 初めて転移スキルを使用した際にダルさを感じたわけだが、ダルさの次に来るのは頭痛などを伴う。更にその上となると死になるわけだ。

 この事から、人間の生命活動の維持には魔力を使用している事にもなる。その辺の勉強も日々シャイラによって齎されていたりする。

 ただつい最近まではエミルに送り込まれる事による拡張方法をとっていたために、空の壺に注ぎ込むだけとなってしまい無駄になるという事で、試してはいなかったのだが。


 なぜそこまでして魔力量を増やすか?

 人生何が起こるかわからないというのも前述の通りあるのだが、転移スキルを試していてわかった事を起因ともしている。

 自分の思い描いた場所に転移出来るわけだが、その際触れている者がいれば同時に転移出来る事が新たに判明した。

 そう、いつか3人……いや、3人と1匹で日本へと転移する事が可能という事だ。

 ただ問題点もある。それは2人の場合は魔力量が3倍に、3人の場合は5倍に、3人と1匹の場合は18倍になる。どうやら必要魔力量は人数分ではなく、その大きさが問題となるようだ。

 ――その前に、小屋ほど大きいリードを、地球世界にはいない大きさの狼を連れて行く事自体に問題があるような気もするが、久本人はまだその事に気付いてもいないようだ……


 そのために日々魔力壺を拡張する必要があるというわけだ。


 ただまだまだ久が夢の魔法を使いこなす日は遠いようだが……

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