第9話
久がこちらの世界へと転移してきて、3年が経とうとしている。
エミルのうっかりによって食べてしまった桃の効果のせいで、成長期である17歳から20歳を過ごしているのにも拘わらず一切容姿に変貌はない――つまり幼さ残る顔立ちのままだという事だ。ただ幸か不幸か、久は凄惨な人生をここまで送って来ていたために、17歳とは思えないほどに大人びた雰囲気を持っていた事は救いだろう。
ただ3年の月日によって、久の年齢とは関係ない顔付きは大きく変わった。エミルとシャイラ、そしてペットのリードと共に過ごす日々が楽しく心休まる時間であるが故に、どこか漂っていた悲壮感などが消え、柔和な顔付きへとなっている。
倉庫もレベル5にまで上がり、魔力タンクは更に大きくなっている。
そして勉強に練習を重ねた結果、身体強化魔法を十全に扱えるようになっている。更に魔力を体外に放出しての魔法も、エミルに遜色のない程に扱えるようなった。
やはり久も日本人だったと言うべきか……巷に溢れるアニメやライトノベル、ゲームなどの影響で、事象化する際に必要となる想像力が具体的であり、バリエーション豊かなのだ。その影響はかなり大きく、250年もの時を過ごしてきたエミルにさえその発想はヒントを与えるほどだった。
さて、3年の時を過ごしてきたわけだが、今更になって久は気づいた事がある。
それは久たちがゴーレムと共に手入れする畑からは取れない穀物などが食卓には日々上っているという事だ。
具体的は蕎麦などが上げられるだろうか……日本人的な麺としての蕎麦ではなく、ガレットにして食べたりするので、知識の少ない久が気づかなかったのも仕方がないのかもしれないが。
そこで夕食時に尋ねて見たところ驚くべき返答があった。それは交易によって得ているというのだ。
「えっ……何十日も掛けて?」
久が覚えている限り、シャイラにしろエミルにしろ、どちらも長い期間家を空けていた事はない……いや、毎日必ず3人一緒に過ごしている。
「それは少し北と東に行ったところの森に暮らす者たちと物々交換しておる」
詳しく話を聞くと、2週間に1度の割合で交易を行っているらしい。こちらが提供する物は桃を除いた果物類、対して交換で得る物はここにはない穀物や家畜類に魚などとの事だった。
そして肝心の誰がいつどうやってという問題だが……まぁ消去法でわかる事ではあるが、久、エミル、シャイラはほとんど共に過ごしているとなれば残るは1人……もとい1頭しかいない。そう、リードである。
リードが半日ほど駆けて行った先に西と東に村があるらしい。
「あの……そのエミルさんはその人たちは大丈夫なんですか?」
人の国に追われた過去を持つエミル。そんな彼女が取引をしてその身を狙われたりしないのかと心配になった久だが、彼女は軽く笑い首を横に振った。
「心配は嬉しいが、それは大丈夫だ。彼らも人を嫌い人に憎まれておるからな」
「……魔人ですか?」
人に嫌われ憎まれると聞いて思い付いたのは魔人だ。確か以前に魔人たちだけが暮らす街があると聞いた事を思い出したのだ。
「いや、魔人ではない。あれらの街はどこにあるか知らんのでな。取引をしているのは、他の国では亜人と称される者たちだ」
どうやら久の考えは違ったようだ。
だがここでまた新たな『亜人』というワードが出てきて、久はまた首を捻る事をなった。
『亜人』と聞いて、日本で暮らして来た頃の事を思い出したのは、所謂エルフやドワーフといった有名な種族だ。
「そ、それは耳が長くて美男美女ばかりだとか、ずんぐりむっくりな髭もじゃの?」
少々前のめりになって尋ねる久。
「おー!もしや森の民や地の民はチキュウにもおったのか?」
「いや、いないですけど御伽噺には出てきたので」
「ふむ、やはり久とは逆にチキュウへと迷い込んだ者がいたのやもしれんな」
エルフやドワーフという良く見知った名前ではないものの、どうやらイメージ通りの種族がいるらしい。
そうなると一気に興味が湧く久である。やはりせっかくの異世界、魔法ばかりではなくそういった種族にも会ってみたくなるのは当然だろう。
「そ、その交易に僕も行けませんか?」
「森の民や地の民に会いたいか……だが地の民は東の海を超えた先にある大きな島に住んでおるので、なかなか簡単には会えん。森の民は北に人の足だと5日ほど進んだところに住んでおるのだが……住んでおるのだが、我ら人間どころか他者の侵入を拒むのでな、近いうちにリードに入れてくれるように頼んでおこう」
「リードは大丈夫なんですか?」
「うむ、リードの事をどうやらあ奴らは神の遣いと思っておるみたいでな、あ奴だけはフリーパスどころか歓待されておる」
リードはまさかの神の遣い扱いだった。
大きく白く美しい伝説のフェンリルだ、森に棲う民からすれば神の遣いと思われても仕方ないのかもしれない。更に人語を話すとなれば更に神々しく映っても致し方ないだろう。――少々気の抜けるような、間の抜けた話し方なのは別として。
「東も森の民なんですか?」
「いや、そちらは違う。ふむ、では明日はみんなで村に出掛けるか」
久の問いに対して、少しニヤリと笑ったエミル。どうやら何か企んでいるように見えるが、『亜人』という響きに心躍らせている久は気付いてはいなかった。
翌日朝の作業時に何種類かの果物などをいつもより余分に収穫した一行は、リードを含めた3人と1頭で出掛ける事になった。
リードはいつもの散歩のようにはしゃぎ駆け回り、その後ろを3人が歩いて行く。
「ああそうだ、久よ。もし魔物が出ても勝手に攻撃はするなよ?」
「あっ、はい」
3年が経ち、魔法も十全に扱えるようにはなったし、いつか旅をした際に魔法だけでは対処しきれない場合を考えて、シャイラから剣の扱いや体術と呼ばれるものを学んではいるのだが、未だに1度たりとて額から黒いツノを生やす魔物どころか食卓に上る獣さえ倒した事も、攻撃を加えた事さえない。
では見た事もないのかというと、そうではない。畑にある果物や穀物を求めてやって来たり、リードの散歩時に幾度となく遭遇したり見かけたりはしているのだ。
だが毎回驚いたりしているうちに、ゴーレムたちやリードがあっという間に斃してしまっているのだ。
それ故に久の魔法などは、久のために新たにログハウスの裏に作られた訓練場でしか披露された事はない。
夜はテントを張っての泊まりである。
密かに憧れていたテントでのキャンプ……遥か昔、まだ父と母と共に暮らしていた幼き頃に経験した記憶が微かにある程度で、自分でテントを張ったり食事を作ったりというものに憧れを抱いていた久は張り切っていた。
だがここは異世界。残念ながら久の憧れるような三角のテントではなく、木々に紐を括りつけて布を張って夜露を凌ぐだけのものであったり、もちろん飯盒などがある訳もない上に、久自身のスキルである倉庫に保管してきた鍋やフライパン、様々な食材を利用しての普段と変わらないような食事風景だったりもした。ただ時折リードが自身の食事用に狩って来た獣の丸焼きのおすそ分けが、普段と少々違う点だろうか……
それでも、久にとっては心許せる仲間たち……いや、既に3年という月日を過ごした事で、久の中では家族とも言えるような感覚を覚えていた。そんな彼女たちと共に過ごす初めてのキャンプは、とても楽しく幸せなものだった。
――ただ、彼女たちを家族のように感じている一方で、それを本人たちに伝える勇気はなかった。もしNOと言われたら、拒絶されたら、との恐怖が心の奥底に根強く残っているのだ。それほどまでに社長一家に受けた傷は大きかった……久自身が思っている以上に。
東へ鬱蒼とした森を進む事3日。
全て先を行くリードが魔物を倒しているために、未だ久の出番なし。
「そろそろ村が見えてくるはずだ」
「ぼく先に行ってるねー」
リードが駆けて行った跡を追う事数十分、粗末な木の柵が見え……奥には木で出来た小屋がいくつも見受けられる場所へと着いた。
リードが先に着いていたためだろう、奥の方からワイワイガヤガヤと話し声が東へ鬱蒼とした森を進む事3日。
全て先を行くリードが魔物を倒しているために、未だ久の出番なし。聞こえて来たのでそちらへと向かって行くと……あたまにツノが生えた、大きな身体の半裸の男女がそこには居た。よく見てみればその口からは小さな牙も見受けられる。
「お、鬼!?」
その姿は確かに日本の絵本などに出てくるような、一般的な鬼の姿に酷似していた……虎のパンツではなく、草で編んだ腰蓑姿だが。
「あれは鬼ではなく、力の民だ」
「えっ?……つ、ツノが」
「それが人から嫌われる所以となっておる。よく見てみるが良い、ツノは額ではなく頭のてっぺんから出ているし、黒ではなく黄色や白だろう」
鬼であり、魔物だろうと腰が引ける久に対して、ニヤニヤと笑みを浮かべながらも諭すように魔物との違いである特徴を口にするエミル。
「以前に久から日本のモモタロウの鬼の話を聞いてな、まさにそっくりだと思っておった」
出掛ける前にニヤリと笑っていたのは、この事だったようだ。
「じゃ、じゃあ人間?」
「何をもって人とするかとはなるが、それが二本足で歩き言語を持って文明を築く事とすれば人間となるの。まぁそれ故に亜人と呼ばれておるのだが」
「……そうですね」
大きく深呼吸をしてから、改めてゆっくりと力の民と呼ばれる彼らを眺めて納得したところで、ようやくエミルが自分を驚かせる目的があった事に気付いた久。「勝手に襲うな」の意味も理解したのだった。
「言葉は通じるんですよね?」
「他の国とは少々言語体系は違うが、久は簡単に話せるぞ?言語理解のスキルを持っておるからな」
「あっ……」
「忘れておったのか……まぁ倉庫や転移スキルと違って何かをする訳ではないからな」
そう、すっかり忘れていた言語理解スキル。
――ただまだ誰も気付いていないが、このスキルは言葉を話す事や文字を読む事は可能でも、文字を書く事は出来ないという盲点がある事を……久には文字を書く勉強が後日まっている。
「よし、目的である交易を行うとしようか」
「あっ、そうですね」
「では久、声を掛けてみろ」
「えっ、僕がですか?」
「うむ、これから幾度となく顔を合わせる事にもなるだろうしな」
「……そうですね」
力の民の見た目が鬼だからか、それともその強靭そうな大きな肉体にか、やはり少々及び腰になりつつも思い切って声を掛けた久……なかなか声を掛けられなくて、エミルに背中を思いっきり押されてからだが……物理的に。それとこちらの様子に気付いたリードが「ひさしだよー」っと、相変わらずの緊張感の欠片もない間の抜けた話し方で紹介してくれたお陰でもある。
「おうっ!よろしくなヒサシ!!」
「これからよろしくね!」
問題の力の民たちの反応はというと、その一見恐ろしく見える風貌からは想像出来ないような程にフレンドリーだった……交流があるエミルたちと共に来た事が原因なのか、それとも元々そういう
こうして久の初交流は上手く進む事となり、いつか夢見る旅への期待を大きくしたのだったが、つぎに向かった先ではそれを覆すような波乱が待っていた。
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