第4話

「えっと?……預けたのってさっきのスマートフォンと財布だけだったと思うんだけど……」

「手元に何かあるのだな?……私には何も見えんが」

「えっ?見えませんか?」

「はい、私の目にも久様が何もない場所を指でつついているようにしか見えません」

「なんで?」

『防犯上ご主人様の許可とご主人様に触れている事が条件となります』


 どうやらエミルたちが見えないのは、防犯上のシステムだったらしい。確かに第三者が自由に見る事が出来たなら問題が多発してもおかしくないだろう……例えば欲しい物を脅迫して出させるとか。


「見せて貰っても?」

「はい、エミルさんとシャイラさんを許可します」

「では失礼して……」


 美少女と美人が両脇から久に抱きつくように触れて手元を覗き込んでいる状況に、久は顔を真っ赤にして少々狼狽えていた。

 だがそんな純朴な心境を他所にエミルは更に顔を寄せて久を急かす。


「何があるんだ?早く見せてみてくれ」

「ちょっ!近い近い!!」

「早くっ!」


 更に顔を赤くさせてたじろぐ久。

 その様子をシャイラはにこやかに見ていた。


 何とか指先を動かしタブレットの【預かり物一覧】という場所を押すと、見慣れぬ品名が長々と続いている。


【預かり物一覧】

 ・地球世界型スマートフォン

 ・ビニール製二つ折り財布

 ・戦闘型魔導人形(故障)×13

 ・奉仕型魔導人形(故障)×7

 ・ミスリル×16㎏

 ・オリハルコン×9㎏

 ・鉄×191㎏

 ・銅×156㎏

 ・錫×201㎏

 ・古龍の牙

 ・古龍の鱗×53

 ・サファイヤ原石×12㎏

 ・オパール原石×22㎏

 ………………

 …………

 ……


「なっ!?」

「もしかして魔導人形はチキュウとやらから来たのか!?」

「私の記録にはこの世界しかございませんが……」


 倉庫内に保管されていた物は、久以外にとっては見慣れた物だったようで、大きな驚きの声と推察を語り合っていた。

 だがその所有者である久自身といえば、意味が理解出来なくてポカーンと間抜けのように口を開きっぱなしにして固まっていた。


「俺、こんな物知らないんだけど?倉庫番さん?」

『ただいま預けて頂いた物以外は、この倉庫の下にあった物でございます』

「それは地下に遺跡があったという事?」

『遺跡かどうかは知りませぬが、確かに地下にありました』

「こ、この辺りの地下は探し尽くしたはずだったのに……まさかまだあるとは!?ほ、他にはあるのか?倉庫番どうなんだ!?」

「……」

「な、何か答えんか!」

「お嬢様、こちらは久様のスキルのために、もしかしたら久様の言葉にしか反応しないのかも知れません」


 これまで以上に前のめりになって倉庫番に詰め寄るエミルだったが、シャイラの推察通りに久の問いなどにしか反応はしないようで、見向きもしないどころか顔を向ける事さえなかった。


「久よ、聞いて貰えないか?」

「あっ、はい。倉庫番さん、この辺りに他に眠っている物はあるかわかります?」

『そちらにあるリストの下にあるボタンを押して頂きますとこの倉庫は消えます。その後私だけ呼び出して頂きまして、近辺を一緒に歩いて頂ければ確認する事は可能でございます』

「久頼む!このシャイラに何かあった時用の部品が心許ないのだ。出来れば探して欲しい」

「わかりました……これかな」


 エミルの必死な願いに久は快く頷くと、終了ボタンを押した後に倉庫番だけを呼び出して、ログハウス周辺や畑を隅々まで1日掛りで歩き回る事となった。

 結果、どうやらエミルたちが探し損ねていた遺跡は他にもあったようで、夜が訪れる頃には倉庫内には古代魔導人形(故障)や資材などが大量に増える事となった。その際わざわざ倉庫自体を発現させずとも、倉庫番に頼めば勝手に倉庫内へと納入されるという便利仕様だった事に、またしても久たちは大きな驚きの声をあげたのは言うまでもない事だろう。


「一帯全て歩いたな……どうやら遺跡は丘の辺りにしかなかったようだ」

「そうでございますね」

「戦闘型奉仕型合わせて100程ですけど、これで足りますか?」

「一体一体見てみんとわからんが、きっと大丈夫だろう。久ありがとう!シャイラは唯一の家族だからな……何かあったらと思うと……」

「お嬢様……」

「これでお前を……お前と共にまだまだいれそうだ」


 考えてみれば250年間、たった2人で過ごしてきたのだ。その心配は当然だろう。


「あっ、ペットってどこにいるんですか?」


 目の端に涙を溜め、シャイラに抱きつくようにして喜びを顕にするエミルのその様子に、少し感傷的になって見ていたが、ふとペットがいると言っていた事を思い出したのだ――もちろん2人の感動的な雰囲気に一段落着いたところである。


「ああ、まだ紹介していなかったな」


 先程まで泣いていたのが少し恥ずかしいのか、少々顔を赤らめながら目の端を指でそっと拭うと、その人差し指と親指の先を合わせて円を作ると唇に当てて笛のようなものを吹いた。


「ピーーーーー!!」

「アォーーン!!」


 甲高い音が辺り一体に響いた。すると遠くの方で遠吠えが聞こえ……しばらくすると久のスキルである倉庫の小屋よりも少し大きいと思わられる白い獣が森から飛び出して来た。


「うわあっ!」

「どうしたのー?」


 白く大きな獣がこちらへと迫ってくる事に、驚愕して後ろずさり怯え、絶叫を上げて尻もちを着いた。

 だがそんな久の真上からは、気の抜けたような声が聞こえてきた。


「おおっ悪いなリード、わざわざ呼んでしまって」

「いいよー」

「久、リードだ。お前が凍って森に倒れていたのを見つけて連れてきたんだ」

「へっ?」

「元気になったみたいだねー良かったー!」


 どうやら命の恩人……恩獣?だったようだ。


「あ、ありがとうございます……ってええっ!?喋ってる!?」

「うむ、久にも珍しいか。リードはなぜか人語をいつの間にか話せるようになっていたんだ」

「そ、そうなんだ……」


 よく見てみると、白い獣は大きな犬のような顔形をしている。


「……犬?」

「リールの種族は太古からの伝承にあるフェンリルかと思っていたが、そうか犬と言うのか」

「いや、俺の知っている犬はこんなに大きくはならないです」

「そうか……では矢張りフェンリルなのかな?」

「ボクわかんなーい」


 危うくまた似ても似つかないモノが地球にある名称となる事態は防げたようである。


 なぜ話せるようになったかわからないとエミルは言っているが、きっと畑にある何かを食べさせたのではないかと密かに疑う久だ……実体験があるだけに、ほぼ確信を持っていたりする。


「名前なんて言うのー?」

「あっ、久です」

「ヒサシだねーよろしくねー」


 当初はビビっていた久だったが、気の抜けた口調とそのフレンドリーさから自分に害はないようだと気付きようやく立ち上がった。


「改めて助けてくれてありがとうございます。エミルさん、シャイラさん、リードさん」


 偶然にしろなんにしろ、リードが見つけてくれなかったらあのまま死んでいたし、エミルたちが看病してくれなかったら死んでいたのだ。

 1度は確かに礼は言ったが、それはきちんとしたものではなかった事に今更ながら気付き、しっかりと頭を下げた。


「気にしなくていい」

「どうぞ頭をお上げください」

「いいよー」

「ありがとうございます」


 快く受け入れてくれた事にほっとした。

 だがほっとすると同時に、もう1つの懸念が浮かび上がった。それは……昨夜はなし崩し的に泊めて貰う事となったが、今日からどうしたらいいのだろうかという不安だ。


「あの……この辺りで夜露を凌げる場所はありますか?」

「んっ?ここに住めばいいではないか」

「い、いいのですか?……俺なんかが一緒に住まわせて貰っても」

「もちろんだとも、なぁシャイラとリードも構わんよな?」

「はい」

「いいよー一緒に住んで遊ぼー」

「お願いします、何でもしますんで……お願いします!お願いします!!」


 久は頭を地に付けんばかりに何度も下げた……1度はこのまま死んでもいいとさえ思ったが、繋がれた生を得た今、頼みの綱はエミルたちしかいないのだ。

 だがその様子に焦ったのはエミルだ。


「や、止めてくれ!頭を上げてくれ!!たった3人で暮らしてきたからな、新しい住人は歓迎だ。それにチキュウとやらの話も聞きたいしな」

「ありがとうございます!!」


 どこかでまた裏切られるのではないか?捨てられるのではないか?という恐怖があったのも事実だが、それでももう1度だけ信じたいと思える何かが目の前の2人にあった。そしてそれに賭けてみよう、助けてくれた事に恩を返そうと思ったのだった…………これが最後となろうとも。


「よし、では今日は歓迎会だな。悪いがリードよ、森に行って何か肉を獲ってくれ」

「わかったー」


 返事とともに一陣の風となり森へと駆け出して行くリード。

 エミルの指示によって畑に戻り色とりどりの野菜やフルーツを取ってきたり、ログハウスの前でまるでキャンプファイヤーのように木材を組んで火を起こし……エミルの魔法に因る着火に驚いたりしていると、リードが大きなバッファローのような物を咥えて戻ってきた。


「おおっ!中々の大物が獲れたな」

「うん、張り切ったよー」

「これは?」

「美味しい肉だ」


 ヘタに知っている名称を言うとそれを命名されてしまうので端的に聞いた久だったが、やはり名前は特にないらしい。

 ――考えてみれば、全ての動植物に最初から名前がある事なんてないのだ、誰かが発見し命名するまでは。そしてそれを周知する事で名前とは決定する。例えば地球でも地域毎に同じ魚でも呼び方が違ったりするのだから。


「では解体して参ります」

「どうや……ええっ!?」


 見るからに数百㎏〜トンはありそうな物体だが、既に獲ってきたリードは伏せて寛いでいるのにどうやって運ぶのかと問いかけようとしたのだが、シャイラが軽々と持ち上げた事に驚きの声を久はあげた。


「シャイラは一見するとただの美しい女だが、あれでも魔導人形だからな」

「は、はぁ……」

「それにあれくらいなら私でも持てるぞ?」

「へー……えっ!?」


 いまいちまだ魔導人形がどういうものかわかっていない久は曖昧に返事をしていたが、続いたエミルの声にまた驚きの声を上げた。


「これでも鍛えているからな……ふふ」


 その言葉を聞いて、ゆっくりと上から下までエミルを観察してみるが、どう見ても力があるようには見えない。

 もしかしたら異世界の人間はとてつもなく力持ちなのか?それともまた何か怪しいフルーツなのか?疑問で呆ける事しか出来ない久である。


「時間はたくさんある。近い内に魔法を教えてやろう。そうすれば久もすぐにあれぐらいの物だったら軽く持ち上げれるようになる」

「魔法……お、教えて貰えるんですか?」

「もちろんだ。その代わり久もチキュウの話など色々教えて欲しい」

「そんな話でいいならいくらでも!」

「そんな話ではないぞ?久にとって魔法やスキルが未知なものであるように、私にとってはチキュウとは知らぬ世界だからな……っとそういうのはまた後だ、食事にしよう!」

「はいっ!」


 3人と1匹による歓迎会という名の夕食は、穏やかに緩やかに行われ、夜は更けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る