第3話

「よし、まずはどうやってこの世界へと来たかだが……そういえば久の世界には魔法はなかったのだな?ではスキルはどうだ?」

「ないです」


 久の涙が収まった頃、気合いを入れ直すようにエミルは自分の頬を軽く叩いた。


「ふむ、ではまずスキルを確認してみよう。あの本を読む限り過去に他の世界から来た者にも発現していたようだし、久も持っている可能性が高い」

「そうなんですか?」

「うむ、本によればだが……久のお陰であの本は真実を記していた可能性が高くなったからな」

「お嬢様こちらを」


 スキルと言われてもピンと来ないが黙って話を聞いていると、シャイラが名刺のような薄く白い紙のようなものをエミルへと差し出した。


「ああ、ありがとう。では久よ、指を1本出してくれ」


 エミルの言葉の意味を理解しかねつつも、右手の人差し指を差し出す。


「少しチクッとするが、それだけだから驚くでないぞ」


 まるで医者が子供に注射をする時のような言葉だななんて思っていたら、徐にエミルはナイフを取り出して指先を突き刺した。


「イタっ!」

「大丈夫だ、すぐ治してやるからな」


 手当てではなく治すという言葉に違和感を覚えつつも、血が滴り落ちるのを見ていると、名刺のような紙が白く光った。


「やはりスキルはあるようだ……っと、その前に傷を治さねばな。治れ」


 エミルが呟いた直後、指先も淡く光り……それは昨夜に何かを飲まされた時に感じたような暖かいものだった。そして気が付けば、ナイフで刺された傷はどこにも無くなっていた。


「えっ?」

「治癒の魔法だ」

「これが魔法……あっ、昨日は助けて下さってありがとうございました」

「んっ?ああ、気にせんでいい」


 暖かさで思い出したのだ、まだ助けて貰った事の礼を1度たりとも言っていなかった事を。昨日飲まされたのが何なのかも気になるところだが、それはまた後日にでも教えてもらえるだろう。それよりも今はスキルというものが気になる。


「これは久の力だ。まずは自分で見てみるといい」


 真っ白だったはずの紙にはいつの間にか文字が書かれていた。


「手に取っても大丈夫ですか?」

「もちろんだ、手に取って見てみてくれ」

「はい……えっと……」


 ◆

 久 (17)


 転移

 倉庫(Lv1)

 言語理解

 不老


 ◆


 幼き日に遊んだゲームに出てくるようなステータス的な物を予想していたのだが、記されていたのは名前と幾つかの単語が並んでいるだけだった。

 ただ気になるのは、五味久が本名であるにも拘わらずエミルたちに名乗った久だけしか書かれていない事が1つ。先ほどあの謎のフルーツを食べた事で不老となったのか?それとも元々だったのかという疑問だ、


「どうだ?何が書いてあった」

「あっ、どうぞ」

「では拝見する……ほう、他の世界より来たのになぜ言葉が通じるのかと思ったら、やはりスキルを所持していたか」


 期待に目を輝かせるエミルに渡すと、大きく頷きつつ微笑んだ。


「転移がこの世界へと来た原因のようだな。他には倉庫か……空間庫なら知っているが、倉庫は初めて見たな。あとは不老は……うむ、まぁ事故だ仕方がない」


 どうやらスキルとは後天的に得た力も記されるようである――己のうっかりを事故として誤魔化すエミルの目は明らかに泳いでいた。やはり後ろめたさがあるようだ。


「転移は……1度でも見た事のある場所ならどこへでも行けるようだな」

「どこへでも……」

「うむ……戻るのか?」

「……いえ」


 説明を聞いて確かに一瞬地球の事が頭を過ぎったのは事実だったが、戻りたいとは思えなかった……もしかしたらいつか思う事があるのかもしれないが。


「よし、外に出て実験してみようではないか」


 否定の言葉にどことなくほっとした様子を見せたエミルは、満面の笑みを浮かべて楽しそうに玄関へと向かって行った。

 その背を追うように久もまた外へと向かう。


「とりあえずは……桃の木まで転移してみたらどうだ?」

「どうやって?」

「場所を思い浮かべて、転移と言ってみろ」

「……転移」


 エミルの言葉に従って、すぐ近くに見える桃の木を頭に描きながら「転移」と口にすると、思い描いた場所に気付けば立っていた……大きな脱力感と共に。


「おおっ!!初めて目にしたが、転移とは凄いのっ!!」


 はしゃいだ声を上げながら走ってくるエミル。


「して、どうだった?どんな感覚だ?」

「気付いたら移動してました。そしてとてつもなくダルいです」

「ダルい?……ふむ、それは魔力を一気に失ったせいだな」

「魔力?」

「うむ、魔力だ」


 魔力と言われても初めて聞く言葉の上に、持っていた覚えがないので戸惑いしかない。


「そうか、魔法がないという事は魔力もわからんのか。魔法とは体内にある魔力を使用して成す事象だ。久の転移もスキルではあるが、魔法の一種という事だな」

「俺にもあるんですか?」

「うむ、転移出来たのがその証明だ。だがこの距離でダルさを覚えるという事は……次元を跨いで転移するにはかなりの魔力を必要とらするのだろう。もしかしたら17年間貯めていた魔力を全て使ったのかもしれん……いや、何かの弾みという事も考えられるか」

「そうなんですね」


 いまいち説明されても魔力が何であるのかはわからないが、とりあえずそういうものなのだと納得する。


「とりあえずこれを食べてみよ」


 差し出されたのは、これまた怪しい木の実だった。それは緑色でツルんとしていて瓜のようにも見えるのだが、ヘタの部分からまるで髪の毛が生えているかのように黒い糸のような物が沢山垂れているのだ……つまり一言で言えば、気味が悪い物体だ。


「……これは?」


 前例があるために素直には受け取れない久である。


「これは魔力を回復する果物だ。見た目はちょっとアレだが、味はなかなか美味いぞ……うむ、やはり美味い。そしてこの毛のところが一段と美味い」

「うわぁ……」


 ドン引きである。

 見た目可憐な少女が、髪の毛のような物をモシャモシャと笑みを浮かべて食べているのである――酷い絵面だ、仕方がない事だろう。


「な、何だその顔は!!ほれ、食べてみよ」

「ひっ!!」


 まるで心外だと言わんばかりに、奇妙な物体を齧りながら新たな物を久に押し付けるエミル。全身に感じるダルさから走って逃げる事は出来ないものの、必死に上体を反らして避ける久。


「ゔゔ……」

「ほれほれっ!」

「久様、こちらをお飲み下さい。魔力を回復するジュースでございます」


 元気なエミルに勝てるはずもなく、遂に逃げきれずに口元へと押し付けられ毛が唇の中へと侵入し始めた時だった……いつの間にか現れたシャイラがコップを差し出してきた。


「んぺっ……ありがとうございます」

「この食感がいいのに……」

「お嬢様も初めて口にした時は恐る恐るでしたよ?」

「そうだったか?……昔の事で忘れたわ」

「あっ美味しい……リンゴジュース?」


 2人の会話を他所にコップを受け取り飲んでみると、まるで生搾りの高級リンゴジュースのような味がした。


「よし、今日からこれはリンゴと呼ぶ事にする」

「はっ?えっ?」

「何を驚いている、それはこれをすり潰したものだぞ?」

「ええっ!?」


 確かにダルさはいつの間にか軽くなっているのだが、気味が悪い物体を飲んだという事実にショックを隠せない久だった。そしてまたしても久のせいで似ても似つかない物がリンゴと呼ばれる事となってしまったようだ。


「回復したところで次は倉庫を試してみよう」


 ニヤニヤと笑いながら提案してきたエミル。どうやら結局はまんまとリンゴを食す事になった久の反応が面白いようだ。


「くっ……や、やってみます!倉庫!!」


 笑みの意味を正しく理解して悔しがる久だったが、あまり反応すると更に喜ぶだろうと思い直して直ぐに提案を試す事にした。


「はっ?」

「えっ?」


 言葉と共に現れたのは、小さな小屋とその横に木の樽が2つ。そしてその小屋には街角のタバコ屋のような窓があり、そこに男性が顔を覗かせていた。小屋の奥を覗いても、なぜか闇に包まれており何も見えない。


「な、何ですかこれは」

「い、いや私にもわからん。シャイラ」

「私も転移を含めて初めて目にしました」

「古代から過ごすシャイラでもわからぬか……」


 どうやら久のスキルである倉庫は異質のようである。3人が小屋の前で立ち竦み、その場に静寂が訪れていた。


『初めましてご主人様、私はこの倉庫の番をさせて頂く者でございます』


 静寂を破ったのは小屋に座る男性だった。その声は明るく、まるでその場にはそぐわないものだった。


「お、おい呼んでいるようだぞ。返事をしてやれ」

「お、俺ですか?」

「久のスキルなのだからそれはそうだろう」

「……えっと倉庫番さんでいいですか?」

『はい、ご主人様』


 恐る恐る声を掛ける久と、相反して相変わらず明るい元気な声で返事をする倉庫番。


「よくわからないんだけど、どうしたらいいのかな?」

『説明させて頂きます……』


 決して窓から出てくる事はなく上半身だけを覗かせながらも、倉庫番と名乗る男は饒舌に説明を行った。

 その内容とは至極簡単なものだった。

 ・久が預けたいと思う物を窓口に持っていくと保管してくれる事。

 ・倉庫番の名前だけを呼んで召喚すれば、小屋はなく男性だけが現れて指定の物を預かってくれる。

 ・倉庫番は精霊の一種である。

 ・預出が規定の量や回数を超すとスキルレベルが上がる。スキルレベルが上がると、倉庫の規模が大きくなる。


「な、なんかお店みたいだね」

「とりあえず何かを試しに預けてみたらどうだ?」

「そうですね……倉庫番さんこれをお願いします」


 説明後にエミルに促されて久がポケットから取り出したのは、冷凍庫に長い事いたせいなのか画面が真っ暗になってしまっていたスマートフォンと財布だ。


『かしこまりました』


 おずおずと差し出したスマートフォンと財布を、丁寧に受け取ると倉庫番は奥へと消えて行き、しばらくすると何事もないように戻ってきた。


「えっと取り出したい時はどうしたらいいんだろう」

『はい、こちらに預かり物一覧を提示しますので、出したい物を押して頂ければお渡しさせて頂きます』


 説明をしながら出してきたのは、まるでタブレットPCのような物で、タッチパネルになっているようだった。

 そしてそれを覗き込んだ久は、今日何度目かの驚きの声を上げる事となった。なぜならスマートフォンと財布以外に見知らぬ品名が沢山並んでいたのだ。

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