第2話
「さて、昨日の話の続きをしようか」
久がベッドで目を覚ますと、それを見計らったようにノックと共に現れたシャイラ。そして促されるがままに昨日と同じリビングへと案内され、目玉焼きにパンといった日本と変わらない朝食を頂いたところで、エミルが話し掛けてきた。
「あっ、はい」
「お嬢様、それよりも先に本日の作業を終わらせた方がよろしいかと思われます」
「む……確かに……では先にパパっと終わらせてくるか。久!そこにおってくれよ?勝手にどこにも行ってくれるなよ?なっ?」
「あの……ついて行ってもいいですか?」
「ああ、構わんぞ」
勢い込んで話そうとした直後にシャイラから水を差された形にはなったが、素直に頷いて席を立つも、余程久と話したいのか仕切りにどこへも行かないで欲しいと頼み込むエミル。その必死さに若干困りつつも、異世界の風景を見てみたくてついて行く事を望んだ久だった。
2人について外へとついて行くと、どうやら丘にログハウスが建っており、丘下には一面に果物らしき物が成る木が立ち並んでいたり、野菜畑のような場所などが広がっていた。
その先には延々と森が広がっており、エミルの言う最果てという言葉を裏付けているように見える。
「さぁ作業だ」
丘を降りて行くと、まるで茶色いブロックを組み合わせて人を模したような物が、忙しなく行き来していた。
「あれは?」
「お嬢様がお造りになられた農作業用魔導人形でございます」
「……はぁ」
魔導人形が何かはいまいちまだわからないが、見たところ日本で言うところのゴーレムなのだろうと当たりを付けた。それはどうやら造り手であるエミルの指示を聞くようで、エミルの腕の振りや言葉に従って動いているようだ。
だがここでふと疑問が持ち上がった。それは隣に佇むシャイラの事である。昨夜にこのシャイラも魔導人形だと聞かされたが、どこからもう見ても人間にしか見えないのだ……畑を行き交うブロック人形とは違いすぎて、まるで同じ魔導人形だとは思えない。
「あれらと私は同じでもあり、違うものでもあります。その辺の説明は後ほどお嬢様がされるかと思われます」
「あっ、すみません」
「いえ」
久がチラ見していた事に気が付いたようだ。だがその言葉は禅問答のようで、何もわからなかった。答えは素直にエミルから話されるのを待つしかないようだ。
「久!こちらに来てみよっ!」
呼び声にエミルの方を見てみると手招きをしていたのでそちらへと向かうと、久たちの2倍ほどの背丈の木にたわわになる実を1つもぎ取って差し出してきた。
「これを食べてみろ」
それはリンゴのように赤く、バナナのように細長く曲がり、オレンジのような質感をしていた。初めて見るそれに戸惑っていると、エミルはもう1つもぎ取ると軽く袖で拭いてからそのまま齧った。
「うむ、美味い。ほれ、食べてみろ」
見た事もない物を食べるというのは勇気がいる。だが目の前のエミルが食べて見せたのだ、覚悟を決めて同じように端を齧ると……シャリっとした食感と口の中に優しい甘さが広がった。
「これは……桃?いや、違うか」
「ほう、これは桃というのか」
「いや、初めての味です」
「そうか、美味しいか?」
「はい」
「なら良かった」
久の返答に満足気に頷き微笑むエミル。
「これはなんという実なんですか?」
「知らん。森の中で見つけた果物だ。美味かったから種を植えたら大きくなって実るようになっただけだからな」
「えっ……」
初めて食べた果物の名を尋ねたら、思わぬ返答が帰ってきて固まった。
「どうせ収穫するのは私だけだしな、名前など必要ないから考えたこともなかったな。ふむ、これから久もいるとなると名前が必要か……では桃としよう」
「あっ、いや……」
「おーい、シャイラ!これの名は桃に決まったぞっ!」
確かに名称とは誰かに伝えるために必要になるのであって、伝える相手がいなければ必要ないが……久の不用意な発言のせいで、地球の桃とは似ても似つかない果物が桃という名前になってしまったようである。
「よし、指示も出したし家に戻ろうか。さぁ行くぞ」
新たに桃をいくつかもぎ取ると、久を促して歩き出したエミルだったが、玄関まで来ると振り向き森を指さした。
「この森を西に200日ほど歩いて行くと国がある」
「……200日ですか?」
「うむ、北だと300日ほどかな、そちらにも違う国がある。南はわからんが東は50日も歩けば海に出る」
途方もない日数に唖然とする。
そして持ち上がる疑問。
「そんな場所になんで住んでるんですか?」
「何故か……」
「あっ、いや……すみません」
質問した瞬間にエミルの顔が悲しげに歪むのを見てとった久は慌てて謝った。
「いや、いいんだ……その話は中でしよう。ここは陽射しが暑いからな」
小さく首を横に振ると、まるで何事もなかったかのように笑みを浮かべ微笑むと、家に入る事を促すエミル。その様子はどこか無理をしているように見えて、久はとんでもない事を言ってしまったのではないか?誰にでも言いたくない事実はあるというのに……っと後悔の念が押し寄せる。
「さぁ中に入ってお茶にしましょう」
思わず立ち竦む久だったが、シャイラに促すように背に手を添えられた事でゆっくりと歩き出した。
リビングへと戻り、新たにシャイラによってお茶が淹れられる。
「先ほどのなぜこんな誰も住まぬ果ての地にという質問だが……」
「あっ、すみませんでした」
「いや、いいんだ。少し長くなるが聞いて欲しい……」
エミルの話は辛く悲しい過去だった。
森から出て更に西に馬車で100日ほど進んだ場所にある国の第3王女としてエミルは生を受けた。幼き日から神童と呼ばれるほどに頭が良かったために将来を
その国の継承権は長子から順に付与されていたのだが、その優秀さから国を支える貴族や民たちからは長子ではなくエミルが継ぐべきだとの声があるほどだった。それを快く思わない継承権を持つ者たちや、それらと関係が深い貴族たちは危機感を露わにしており、何かと粗探しをしていたらしい。
元々この大陸は遥か昔に大変栄えた文明があったが何らかの原因で滅び、その後数百年後に今の文明が発展したと思われている。
ある日その遺跡から大量の壊れた魔導人形が発掘された。それは約150体ほどあったのだが、国中……いや、大陸中から名のある技師が集まって知恵を絞っても、直す事が出来ないばかりか何一つ理解出来ない技術が使用されていた。全ての技師たちが匙を投げたそれを、150体から使える部品だけを集めて直してしまったのがエミルだった。本来ならそれは賞賛される話だ。だが日々エミルの粗探しをしていた者たちは、そこに付け入る隙を見つけた。直した魔導人形はまるで人間のように言葉を操り、思考する事も出来た。それを教会を巻き込み、「人間を創造するのは神の御業、それを冒涜するものである」と神への反逆者だと騒ぎ立てたのだ。エミルはただ直しただけであり、新しく創り出した訳ではないのだが、教会の力は強かった。あまりにも優秀であるがために、力を付けてもらっては困ると思っていた他国を巻き込み噂はどんどんと広がった。更に「あれほどに優秀なのはきっと邪神の生まれ変わりに違いない」とまで言われ、捕まり処刑されそうになったのを何とか逃げ出しはしたものの、どこにも受け入れてくれる場所などないどころか追っ手を差し向けられ、逃げに逃げてようやく辿り着いたのがこの地だったという事だった。
「もしかしてその魔導人形というのは」
「うむ、このシャイラだ」
「私のためにお嬢様には辛い思いをさせてしまいました」
「何を言う!お主は人類の宝だ!!それに今考えると王女なんて柄に合わんし、ここで毎日畑作業をしたり研究したりしておる毎日の方が楽しくていい」
「ふふふ……国に居た頃も、しょっちゅう遺跡に入り込んでましたものね」
「うむ、あの遺跡は素晴らしい物だった」
いくつか途中理解出来ない言葉は出てきたものの、その人生は想像より遥かに辛いものだった。これまで信じていた人々……近くにいたメイドはシャイラに仕事を取られるのではとの危機感から無視や嫌がらせをするようになったり、つい昨日までは色々と持ち上げてきた官僚……果ては民たちにまで時には石を投げられたり、何度も殺されそうになった事もあるそうだ。
「ここには追っ手は来ないんですか?」
ふと心配になって聞くと、エミルは大きく笑った。
「そこに広がる森には山ほどの魔物が住んでおるからな、私1人を殺すためになど来れんよ。軍を率いて来たとしても、どれほどの軍勢が犠牲になるかもわからんしな」
「……えっ?」
「そもそもお嬢様が産まれた国がまだ存在しているかも怪しいですしね」
「はっ?」
帰って来た言葉は意味が理解出来ないものだった。
どれほどの軍勢を用いても辿り着けない場所に、この2人はどうやって来たというのか?いや、それよりも産まれた国がまだ存在しているかどうかとはどういう事だろうか?逃げるついでに滅ぼしてきた?……それだったらこんな所に住む必要はないはずだ。疑問だけが頭を占める。
「ここに暮らし始めてから既に250年ほど経つからな」
「2……50……年?」
シャイラは人形だというのだから、その見た目が若くてもおかしくはないだろう。先ほどの話からすると、少なくとも260歳以上という計算になるが、エミルはどう見ても同い年くらいにしか見えないのだ。
「ああ、この見た目か。どうやら桃には不老の効果があるらしくてな」
「えっ?……俺食べたんだけど」
「あっ……」
「「……」」
どうやら効果をすっかり忘れて久へと食べさせたらしい。
久はまさかの事態に唖然となり、エミルは気まずさから無言となっていた。
「あ、あれだ。不老というだけでちゃんと首を切れば死ぬし、心臓を潰しても死ぬから安心してくれ」
「……はい」
何を安心するというのか……
いや、なぜそんな事を知っているのか?
怖くて聞けなかった。
「と、ところで久の話も教えてくれないか?そのチキュウとやらからどうやって来たのかなど……」
「そ、そうですね……実は……」
突然訪れた静寂に耐えきれなくなったエミルの質問に、久もまた耐えきれなかったためにこれまでの出来事を話し、なぜここに来たのかはわからない事を伝えた。
目が覚めた当初ならばこれまでの事を話すのを躊躇っていただろうが、エミルの凄惨な過去や衝撃の事実の後のためか、これまで自分自身に起きた出来事など大した事ではないと思えていた。それでも父親の事件の事を話すのは勇気が必要だった。これを知れば嫌われ蔑まれるのではないかと……だが全てはそこから始まってもいるために、怯えつつも語ったのだった。
だがエミルたちの反応は予想外のものだった。
「なんという奴らだ!?きっちりと仕返し……そうか、する前にこちらの世界へと迷い込んでしまったんだな」
「それは辛かったでしょう」
「悔しかろう……何とか戻って目にものを言わせてやりたいな。よし、私も協力するぞ!何とか出来ぬか考えよう」
「あ……ありがとうございます」
まさかの反応に戸惑いを覚え、そして暖かいものを感じた久は、いつの間にか涙を流していた。
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