第6話 大事なものは下着の中に
私は人気のないテラスへ移動した。ホテルの外は庭園が広がり、静かだ。テラスの周りは植木で囲まれ、趣のある照明に照らされている。
報告のため、上司のカチューシャに電話をかけた。
「もしもし」
「ロリータ、どうなってる?」
「相手は確認できたわ。思ってたより若いわね。ブロンドに青い目で、写真よりハンサムよ」
「接触できたの?」
「ええ。でも煩いハエが飛び回ってる」
「そう。現場での判断は貴方に任せるわ」
上司は私を信頼して一任してくれた。想像以上に怪しい気配が多い今の状況では、無事に商談を終えられるか疑問だ。カチューシャに感謝して電話を切った。
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エレベーターを十一階で降り、廊下に他の客がいないことを確認する。兄さんと目を合わせ、互いに頷いた。彼は廊下から見えないよう、死角に姿を隠した。
俺は1135室の前へ立ち、高級感のある扉をノックした。
扉が少し開いて、女の声が入るように促した。室内の様子を窺いながら、慎重に中へ入る。何が起こるか分からないので、緊張する。
目の前に、あの紺色のドレスの女が一人でいた。後ろ手にそっと扉を閉める。俺は笑顔を作った。
「お待たせ。あまりに大胆に誘ってくるから驚いちゃったよ。でも、君のような美しい女性からの誘いはいつでも歓迎だ」
「貴方がタイプだったから誘っちゃったけど、来てくれて嬉しいわ。……初めまして、ロリータよ」
彼女は俺に近寄り、握手を交わした。顔立ちは派手で綺麗だ。タイプど真ん中だった元カノ、マリアを思い起こさせる。年は俺より上だろう。
「ヤコフだ。ロリータは君だったんだね」
室内に注意を払う。俺が借りた部屋とそう変わりなく、モダンでシックなインテリアで統一されている。リビングエリアにはソファ、テーブル、テレビがあり、奥にダブルサイズのベッドが一つ置かれている。
明るすぎず暗すぎない暖色の間接照明が、部屋全体を優しく照らしていた。
「仲間は一緒じゃないの?」
「ええ一人よ。あいにく独身なの。招待制のパーティーで他の人が入れないから、この場所を指定したのよ。貴方もそうでしょ?」
「ああ」
このパーティーは、招待状を持つ客とそのパートナーだけが会場へ入ることができる。幸い兄さんは、別のビジネスの関係で招待状を得ていた。
「座って。いきなり仕事の話をするのも野暮だし、まずはショットで乾杯しない?」
俺は頷いた。ロリータはグラスにテキーラを注ぐ。
「疑っている訳じゃないけど、念のため室内を確認してもいい?」
「ご自由にどうぞ」
女性の部屋を探るのは申し訳ないと思いつつ、彼女に断りを入れてクローゼットを開けた。バスルームの中など、人が隠れられそうな場所を一通り確認する。さり気なく盗聴器や監視カメラの有無もチェックする。
「ごめんね」
「いいのよ」
彼女がグラスを手渡してきた。手始めに乾杯して、二人でテキーラショットを仰いだ。
改めてソファに腰を下ろす。彼女が斜め前のソファへ座ると、スリットから太ももが大胆に露わになった。が、紳士として露骨に見ないよう取り繕う。
「物のサンプルは見せてくれるんだよね?」
ロリータに尋ねる。
「もちろん。今吸って試してみて」
「まさかここに持ってきてるの? それは期待してなかったよ。手荷物検査はどうしたの?」
なるべく直接ドラッグを扱いたくない。テストのためと言えど、自分にドラッグを打つことはない。現物の取引も品質チェックも、普段は部下に任せる。そのつもりでいたから、この商談ではその受け渡し方法の相談を想定していた。
「絶対に見つからない場所に隠したわ」
彼女はスリットからドレスの裾をたくし上げた。黒いレースの下着が見えた。
「まさか、下着の中に?」
「ええ」
下着を見せながら赤い唇を持ち上げて挑発的に笑う。わざわざ警備の厳しいこのパーティーに持ち込むとは、大した度胸だ。
「どうせなら一緒にベッドで試さない?」
彼女は立ち上がり、俺を見下ろした。彼女もまた、その手のセックスを好むタイプなのだろうか。だが女の方から誘ってくれるのは嫌いじゃない。俺は上着を脱いで脇へ置き、頷いた。
ロリータが俺の膝の上に跨る。大きくて柔らかい胸を顔へ押し付けてくる。心地良い女の暖かさに包まれた。甘い香水の香りがする。
彼女の体を抱き寄せながらキスをした。両手を太ももへ手を滑らせ、彼女の両足を抱えた。彼女は俺の首に腕を回して強く抱きついている。
そのまま彼女の体を持ち上げ、ベッドへ運ぶ。俺に抱きつく体制のままの彼女をベッドへ降ろし、上から覆い被さった。
いい女だ。自分のモノがすっかり硬くなっているのが分かる。これ以上続けると、もう自制心を保てなくなりそうだ。遊ぶのはここまでにしておこう。
女を転がしてうつ伏せに寝かせた。後ろからうなじに唇を這わせながら、片手でズボンのベルトを外す。そのベルトで、素早く女の手を拘束しようと試みる。異変を察して逃れようとする体を上から押さえつけた。
「ね、ねえ、いきなりそういうプレイはどうかな……? もっとお互いの信頼が出来てからするものじゃない?」
「悪いけど、お互いの信頼がないからこうするんだ」
ベルトで女の両手を後ろ手に縛った。女の表情に、僅かだが焦りが見え始める。
「まだ信頼してないってわけね。裸になれば分かる。何も持ってないって。だからベルトは外して? これじゃ私が楽しめないわ」
「何も持ってないかも知れないけど、俺に薬を盛ったよね?」
彼女に背中から跨って耳元で囁いた。
「俺が昏睡するの待ってると思うけど、期待に添えなくてごめんね」
彼女は当然知らない顔をする。
「テキーラに入れた物は調べれば分かる。レイプドラッグなんて盛らなくても、君とする気満々だったのに」
「何かの誤解よ。入れてないわ。一緒に飲んだじゃない」
裏社会には、女で身を滅ぼす奴がとても多い。だから女から誘われた時には人一倍注意を払わないと、とても身が持たないのだ。テキーラショットを受け取れば普通は一気に飲み干す。しかし一口舐めた時点で味に違和感を感じたので、残りは全部上着の袖口に吸わせた。
「じゃあもう一度確認だ。商談のキーワードを言ってみて」
「だからミッドナイトブルーのドレスを着てきたわ!」
「もう一つキーワードがあったんだよね。だって一つだけじゃ、偶然被った人と区別が付かないじゃない」
俺は女の顔面を枕に押し付けた。どういう経緯か分からないが、女は二つの接触キーワードのうち片方しか入手しなかったのだろう。
「誰の依頼?」
「ん——!」
ロリータではない何処かの見知らぬ女は、手の中でもがく。
「君は誰?」
「く……るしい……」
この女が誰か、聞かなくても知る方法はある。
ドレスを背中から下に引っ張り、体を確認する。ドレスを腰まで下ろすと、尾てい骨のやや上に、星形の刺青が入っているのが確認できた。ロシアンマフィアはよく、正規のメンバーの証に刺青を入れる。
「ソコロフスカヤ・ブラトヴァのメンバーか。何故こんなことを?」
ソコロフスカヤ・ブラトヴァはこの所付き合いのある組織で、俺達にコカインを卸している。ディアマンテ・ローザとの商談が成立すれば、面白くないのはこの組織だろうが、それにしてもこんなに早く行動を起こすとは。
女の体を担いで窓際へと運ぶ。窓を開けると、十一階からの眺めが広がる。真下はホテルの敷地内の庭園で、深夜を回った今は真っ暗だ。
女の体の半分以上を窓から出し、足を持って支えた。この手を離せば、真っ逆さまに庭園へ落ちる。
「やめてっ! お願い!」
「俺達は君らにとっての得意客だったろ。ロリータとの商談はまだ成立してないし、実際取引するかも分からない。君達とまだ付き合うかも知れなかったのに、これで今後の取引は無いね。残念だ」
「ごめんなさい! 早まってしまったの、許して……! 眠らせて妨害しようとしただけ!」
「だけ? 君はルーベンノファミリーの幹部に危害を加えようとしたんだ。これは宣戦布告だよ。ソコロフスカヤのボスに君の死体を送り付けて、返事にさせてもらう」
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