第5話 自慢のロケットランチャー

「人脈作りのためと言われて来てみたけど、やっぱりこういう場所は苦手だ。早く抜け出してしまいたいよ」

 彼女はため息を吐く。

「俺と一緒に抜け出す?」

「あー、そういう意味で言ったわけじゃないんだ」

 クリスは困った顔で笑った。


 結局パーティーを抜けて帰ると言うクリスを見送ることにした。彼女はクロークで荷物を受け取り、上着を羽織った。パーティーはまだ続いているが、やや人もまばらになってきている。


 エレベーターがある方へ向かって、廊下を一緒に歩く。どうもクリスには、この魅力的な青い瞳の攻撃が全然効いていない気がする。普通なら戸惑いつつもドキドキしたりするものだが。

 だがそんなことは関係ない。俺は自分の魅力に自信がある。

 クリスの腰に手を回し、顔を近づけて真剣な顔で覗き込んだ。


「俺はさっきの奴と違って自分の権力をダシにしたりはしない。だから俺と寝ても残念ながら特に君の仕事にメリットみたいなのはないけど、それでも良ければ今夜一緒に過ごさない?」

「貴方の正直なところは好感が持てる。さっきも別の人を口説いてるのを見たよ」

「俺はドン・ファンなんだ。日本で言うと光源氏かな? ま、一晩の思い出を後悔はさせないよ」

「詳しいね」


 彼女は驚いて目を丸くした。モテるためにはある程度の教養も必要だ。いい気分で得意げにウインクして見せた。

 しかしその時、射抜くような鋭い視線を感じた。目の端で兄さんの姿を捉える。兄さんは少し離れたロビーでタバコを吸う振りをしながら(本当は吸わないのに)、こちらを意識している。そして、理解した。


 ——しまった! 兄貴が狙ってたのはクリスの方だ。


 だから彼女が屋上で男に言い寄られているところを助けたんだ。そのまま彼女に話しかけて誘う予定だったに違いない。しかし俺は何も考えずに、自然に横取りしてしまった。そして、息を吐くように夜の誘いをしてしまった。

 もし彼女がここでイエスと言えば、誘った手前、男として寝ない訳にはいかない。しかし今後兄さんと顔を合わせるのが気まずくなってしまう。


 ——頼む、ノーと言ってくれ……!


 心の中で懇願する。


「ごめんそういうの興味ないんだ。仲間が待ってるから帰らないと」

「そっか」


 自尊心が傷つけられた落胆と、兄貴分との友情を守れたことに対する喜びが入り混じる。どうしてこんな複雑な気持ちにならなくてはいけないんだ。しかしそんな複雑な思いを表には出さず、笑顔のまま手を離した。

 ちなみに女が言う「恋愛/男に興味がない」は、「貴方に興味がない」という意味だ。


 クリスがエレベーターへ乗り込んだので、手を振って別れた。エレベーターは下へと降っていく。

 俺は右を向いて、離れたロビーにいる兄さんを見た。兄さんとは十四の時から毎日寝食共にしてきた仲だ。言葉を交わさなくても簡単に意思疎通できる。

 ジェスチャーでエレベーターの下を指差した。


 ——おい、彼女帰って行ったぞ! 早く追いかけて後ろから股間のロケットランチャーぶち込んでやれよ!


 ジェスチャーで尻を指し示し、ソビエト製ロケット砲RPG-22を構え発射する仕草をした。


 ——はあ? ケツに浣腸? お前、詰まってるのか?


 そんなテレパシーが聞こえてきた。兄さんは両手のひらを天井へ向け、首をすくめた。


 ——意味が分からん。

 ——いいんだ、忘れてくれ。


 

 義理の兄といえど所詮は赤の他人だ。それよりも今は他にもっと重要な仕事がある。本命が待つ1135号室へ向かわなくては。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る