第4話 自分の魅力で勝負しろ
屋上のルーフトップバーは賑わっていた。DJが地元アーティストのダンスミュージックを回し、踊っている客もいる。屋上の縁にはガラス張りの壁が張り巡らされ、オレンジ色に灯る街が眼下に広がっていた。頭上にはイルミネーションが飾られ、ライトアップされたプールも華やかさを添える。
ネオンで装飾されたモダンなバーカウンターでカクテルを受け取った。すると、暗闇の中から俺の肩を叩く者がある。
振り向くと、プリヤンカーがいた。ニコリと笑顔を向けて来る。
「やあ、ここにいたのか。君も酒を?」
「ううん、お酒は好きじゃないの。ペプシコーラくださいな」
彼女もカウンターでグラスを受け取り、二人でテーブルへ移動した。
「ノリフに美味しいインドレストラン知ってるんだけど、好きかな?」
「素敵。ぜひ案内してもらいたいわ。貴方って引き出しが多そうね」
デートの案は悪くないと言った表情だが、きっとまだ決め手にかける。プレイボーイの名にかけて、心を掴む提案をしてみせなくては。
「君の好みに合わせて完璧なデートをコーディネートするよ。君はそうだな……絵は好きかい?」
「ええ」
「お気に入りの画家はいる? 俺はゴッホ。特に星月夜が好きだな。ミッドナイトブルーの空が美しいよね」
「あたしはラヴィ・ヴァルマが好きかな」
強引にキーワードを混ぜてみたが、それについて表情が動く様子はない。ロリータと関係ないのは間違いなさそうだ。
「君は……動物好き? うちに可愛いペルシャ猫がいてね。見に来る?」
ペットを餌に誘うのは鉄板中の鉄板。女にとってもデートよりハードルが下がるので成功率が高い。
「あたし、猫アレルギーで」
「はは、そりゃ見に来いなんて言えないね」
このパターンも一定数はあるから想定内だ。
「あなたの側にいると何だかくしゃみが……へくしっ!」
「くそっあいつのせいだな。あのビッ*、今度会ったら洗濯機に突っ込んで丸洗いしてやる」
「そんなことしないで」
彼女はうっすら涙を浮かべてケラケラ笑った。
「ヤコフ、踊りましょう」
飲み物にほとんど手を付けないまま、彼女は俺を促した。俺は適当なテーブルにグラスを置いた。プリヤンカーが俺の手を引いて広いフロアへ連れて行く。十代の頃はよくパーティーへ出かけてはこうして踊ったものだ。
「さすが、上手いねプリヤンカー。腰の動きがプロだ」
「貴方も中々よ。あたしに付いて来れてるじゃない」
兄さんからプリヤンカーに近付くなとは言われていたが、楽しそうに踊る彼女が魅力的だった。
いつの間にか体はほとんど密着寸前の状態になっていた。俺はリズムに乗せて、自然と腰に両手を回した。彼女は俺の首に腕を回し、体重を預けて音楽に酔い浸っている。大きな瞳が俺を見つめる。このままキスしてもいいくらいの雰囲気だ。
なるべく彼女に悟られないよう、スカートの上からそっと手を添え、右腰にある物の形を確認する。そこには硬く、掌ほどの大きさの何かがあった。
なるほど、拳銃か。
それだけではない。腰回りに凹凸がある。他にも何かを持っていそうだ。間違いなく一般人ではない。筋肉質の腕も割れた腹筋も、ボリウッドダンスのためではないだろう。それにしても、どうやって金属探知機をすり抜けたのかが疑問だ。裏ルートがあったのか、警備員を買収したのか。
彼女は俺に抱きつくような体制で微笑む。こんな物騒な物持ってなきゃ、今すぐキスして自分の部屋へ誘うところだ。
自分の仕事を忘れたわけじゃない。踊っている最中、プリヤンカーの肩越しに、奥の壁際に座っている女がじっとこちらを見ているのが見えた。自分の視線はプリヤンカーに向けたまま、目の端にその女を捉える。栗色の髪を頭頂部でまとめ、スリットの入った紺色のドレスを着ている。パーティーの最中、何度か見かけた女だ。
「ヤコフ、あたしをデートに誘ってくれる気があるなら、あたしが興味あるのはね……」
「何?」
目の前の彼女に注意を戻す。
「貴方があたしに、貴方の全てを曝け出すところかな」
「こっちはいつでも歓迎だよ。君と二人きりになれば、何も隠すものはない」
彼女はクスクスと笑う。
「多分、貴方が想像してる意味とちょっと違うわ。でも、どっちの意味でもいいか。貴方が裸で跪くところを見たいわ」
唐突にゾッとする囁きが聞こえた。聞き間違いかと思ったが、丸い瞳を不気味に光らせながら俺の顔の側に口元を寄せているのは、間違いなくプリヤンカーだ。所持品をさり気なく探っていたのがバレたのだろうか。背筋が寒くなるが、顔には出さない。
「俺の全てが見たいなら、まずは連絡先聞いてもいい?」
「もちろん」
「嬉しいな。時間があればまた後で。ちょっと知り合いに挨拶して来るよ」
上手く電話番号だけ聞き出し、彼女から離れた。
人混みの間を縫って、奥へ移動する。段差を一段登った壁際のところに、こちらを見つめるあの女が座っていた。組んだ足から太ももが覗き、ドレスの胸元からは豊満な胸が溢れそうだ。そのスタイルはマリアを思い出させる。
「私に何か?」
女が真っ赤な唇の角を上げて俺に尋ねる。
「てっきり君が何か用があるのかと思ったよ。俺の方を見ていたから」
「バレちゃった?」
女は立ち上がって、俺の耳元で囁いた。
「部屋で待ってるわ」
そう言って、手の中に何かを握らせた。部屋の鍵だった。
——1135号室。
やっとそれらしい女が見つかり、安堵した。
他の奴らに悟られないよう、すぐに女の部屋へは行かず適当に時間を潰す。すると、東洋人の女、クリスが誰かと話しているのが目に入った。
「どうした? せっかくこのパーティーに招待したんだ。今夜は泊まって行きたまえ」
「誘ってくれてありがとう。いいパーティーでした。でも別に宿があるんです」
クリスと話しているのは、小太りの中年男性だった。どうやら彼女はその男に誘われてこのパーティーへ来たらしい。
「私が言っているのは、今夜私の部屋でという意味だよ。この誘いの意味をよく考えるんだ。私なら今後も君の事業に役立つ人脈を紹介してやれる」
「いえ、そういうことなら人脈は自分で探しますから結構です」
「……君の事業をここから締め出すのも、私次第なんだよ。よく考えたまえ」
男は彼女の肩を抱き寄せ強引に部屋へ誘導しようとしていた。権力を盾にして女を抱くのは俺の流儀に反していて、見ていると腹が立つ。大体他人の事業をどうにか出来るなんて、大ボラもいいところだ。それは俺達の仕事だ。
権力者ぶった男が気に入らないので、助け舟を出そうと足を踏み出す。
すると誰かが突然小太りの男へぶつかり、男のシャツへビールを溢した。
「あっと、すみません」
ぶつかって行ったのは兄さんだった。小太りの男が舌打ちする。
「大変失礼を」
男が兄さんに向かってブツブツと文句を言っている隙に、俺はクリスへ声をかけた。
「また会ったね、クリス」
「貴方はさっきの。えっと、ヤコフ?」
「覚えててくれたんだ。嬉しいな」
さり気なくエスコートして、彼女を屋上の出入り口へ誘導した。今のところ、怪しくない女は彼女くらいだ。
「さっきの男は誰? まさか恋人じゃないと思うけど……もしそうなら、悪いことしちゃったかな」
冗談めかして聞いた。
「いや、取引で知り合った人なんだ。アジャルクシャンの実業家だそうだよ」
「取引? 君の仕事って?」
「私も自分で小さな会社をやってるんだ。この国でも事業を展開したいと思って、あの人にアドバイスを貰っててね」
彼女の職業は、若い外見とは裏腹だった。
「俺も実業家さ。不動産や鉱山を所有してる。それと何でも屋をやってるんだ。嫌がらせされた時とか、気に入らない奴を追い出したい時は相談して。例えばさっきの男とか。金次第で何でもできるから」
そう言ってウインクする。
「本当に? 頼もしいね」
彼女はきっとこの辺りのマフィア事情を知らないのだろう。俺の言葉を冗談だと思っているようだ。
周囲を窺いながらエレベーターへ向かっていると、バーカウンターの前を通り過ぎる時、横目にヴォルガの姿が見えた。
——あいつ、まだこっちを監視してる。
明らかにこちらを見ているが、気付かない振りをする。この時間のバーに十八歳が一人でいるというのは、やや不自然だ。まあ、俺は十二くらいの頃にはすでにバーへ出入りしていたのだが、当然のように素行不良だった。ヴォルガも何か訳ありなのだろう。後で問い詰めなくては。
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