第13話 幽霊たちとお化け屋敷入りました その2

 と、いうわけで、俺達は真っ暗の中、所々にはオレンジ色の淡い光が壁上に並ぶお化け屋敷に入っているのだが、なんでもここは世界一長いお化け屋敷らしく、その為、所々にリタイヤの扉が設置されている。途中で退席も全然有りらしい。


 当然そんなことはしないのだが。


 前にも例として話した事があると思うが、誰かがビックリしているとその人以外は意外と冷静でいられる。ただ本人が本気で怖ければ、その周りの人もビックリする時はビックリするものである。




「いや~~っ!!」

「いやーーーっ!!」


 先程の絶叫とはまたベクトルが違う。乗り物系の絶叫では持続的な絶叫であるが、お化け屋敷は、来るのかっ来るのかっ? と常に何かに怯えながら、心の中の恐怖ポイントがマックスになったのを見計らったかの様にスタッフが脅かしにかかり絶叫する。


 にしても、まさか香原と宮本がお化け屋敷苦手だとは。


 香原はわかるよ、入る前もただの強がり発言だったし。

 今さっき、宮本は乗り気だったじゃん。


「あー、この動画撮ってみんなに見せたい」

「性格悪いですよ? でもそれは面白そうですね」


 そして以外にもセラは冷静だった。

 もっとビビるかと思っていたが。


「セラはお化け屋敷大丈夫なのか?」

「ええ、だって、なにかあっても翔さんが守ってくださるでしょう?」


 そういうことか。 


 でも、守らないよ?


 俺はお化け屋敷は気味が悪くても決してビックリはしない。

 お化け屋敷は、確かに俺達を脅かしては来るものの、直接的に体に触れてくるとかはない。

 今の時代、セクシュアルハラスメントというものが問題になってから不用意にこういう場所に働いている人達は体に触れてビックリさせるとかいう事は行わなくなったからだ。


 つまり、何も起こらない。

 それがわかりきっていれば何も怖くはない。


「あー怖い、怖いよー」

「だ、大丈夫だ香原さんっ。大丈夫だっ」

「うんっ、そだねっ。怖くないよー」


 香原と宮本は、お互い言い聞かせるように並んで先頭を進んでいる。


 俺達の後ろ来ればいいのに何やっているんだ。それじゃあちらの思うツボだぞ?


「ヴゥァーーーッ!!」

「いやぁぁあああぁああああぁぁぁぁ!!!」

「うぉおおぉぉぉぉおぉおおおおおぉ!!!」


 お化けがまた脅かしに来ると、2人はものすごい勢いで先に行ってしまった。

 あれだけスタッフの人に走るなって言われていたのに。これじゃこの館内の先頭に行きかねない。


「1人になってしまった」

「いえいえ、私もいますけど?」

「違う違う、スタッフから見たらの話しな?」

「ああ、そういうことでしたか」


 できれば合流したいけど、走るのめんどくさいしな。


「とりあえずいくか」

「はいっ」


 下手に喋れない。今さっきまでは、宮本がいてくれたから喋れていた部分はあったけど、今喋ったら1人でお化け屋敷で喋ってる変な奴間違いなし。


 俺は落ち着いていた。


 お化け屋敷ってのは、学校の文化祭でやる時もそうだろうが、脅かすポイントが決まっている。いちいちそのポイントをずらしていては人がいくらいても足りなからな。

 逆にそこまでやっているお化け屋敷があれば見事なものだ。ぜひ行ってみたい。


 前からはまだあいつらの叫びが聞こえる。ってことはその叫びが聞こえたポイントが聞こえたあたりで警戒しておけば、そのポイントで脅かしに来ることは間違いない。


「ふふ、俺の手のひらの上で転がされるがいい」

「翔さん? 怖いですよ? いろんな意味で」


 逆に俺がスタッフの人達を驚かす所まで有りだな。



「お兄ちゃん…」


 ん? 今何か聞こえたか?

 お兄ちゃん?

 ここで脅かしに来たのか。でもこの辺りからは叫びは聞こえなかった気がするけどな。


「翔さん…」


 セラの目がぱっちり大きく開いていた。その目が向くのは俺の後ろにいる何か。


「お兄ちゃん…」


 おいおい、いったい何だってんだ。

 ああ、そうか。今さっきここのポイントではビビりすぎて声が出なかったのか。


「翔さん、多分スタッフの方と思っているのでしょうけど、この方は違いますよ…」


 違うって、まさか…。


 いや待てよ。聞いたことがある。

 ここのお化け屋敷は昔の廃病院をそのままアトラクションにしたって話だ。

 そしてここでは、夜になると小さい男の子の霊が現れるって話だ。


 おいおい、勘弁してくれよ。


「お兄ちゃん…」


 俺は全身に鳥肌がたった。

 先ほどお化け屋敷は怖くない発言をしたが、前言撤回だ。

 は怖い!!


「セラ…」

「はい、なんでしょう?」

「走るぞっ!!」

「合点ですっ!!」


 そうして走り出した直後だった。


「うわぁぁぁぁぁん!! 怖いよおかあさぁぁぁんっ!!」


 子供の鳴き声。

 一瞬、これも演技かとも思ったが何かが違う。


 さすがに演技かそうじゃないかの区別くらいはつけられる。


 ってか冷静に考えれば誰でもわかることだった。


 こんな幼い子が働くわけなかった。


 俺達は足を止め、その声の正体と向き合った。


「翔さん、この子って?」

「ああ、恐らく逸れたんだろう」


 まったくこんな幼い子を置いていくなんて何があったのやら。


「おい、大丈夫か?」

「ひっぐ、ひっぐ」

「どうしたの? おかあさんどこか行っちゃったの?」

「おかあさん、いなくなっちゃったの」

「先に行っちゃったの?」

「うん、先にいっちゃった」


 


 さてどうしたものか。

 って言ってもこんな小さい子、こうするしかないんだよな。


「おい、少年!! 一緒に遊ぼうぜっ!!」

「翔さん?」

 

 セラよ、ここは俺に任せるんだ。


「遊ぶ?」

「そうだ。俺達今追いかけっこしているんだ」

「追いかけっこ?」

「そうだ。この通路を歩いて移動し、お化けが出てきたら走って逃げるんだ」

「それ、楽しそう」

「だろ? 一緒に来るか?」

「うんっ、いくっ」


 セラと俺は顔を見合わせ微笑んだ。

 たぶん、俺達がこの子にできるのはこれくらいしかないだろうからな。


 俺達は暗い通路を3人で進んだ。

 あの2人の声は全く聞こえなくなったが、今頃は大丈夫なのだろうか?


 なんといっても向こうは向こうで、宮本が1人で叫んで走って逃げているような状況だし下手したら、いや、下手しなくてもあいつの方が怖い。


「にしても、お母さんはどこに行っちゃったんだろうね?」


 セラは少年を少しでも元気づけようと声を掛けてくれた。


「お母さん、重い病気でね。僕少しでもお母さんを元気づけたくてお母さんに会いたいんだ」

「翔さん、この子もしかして?」


 まだ気づいていなかったのか?


 しかし、そこまで言われれば気づくか。


「おそらくは、そういうことだ」

「ああー、最初から気づいてたからあのような発言をなさったのですね?」

「そうだ」

「翔さん、やはり優しい人。改めて惚れましたっ」


 はいはい。どーも。


 香原は、今の状況でも理解できていなかったろうな。


 今頃俺が噂でもしたから寒気を感じ、その寒気にビビってんじゃないか?


「もう、あいつら叫ぶの聞こえなくなっちゃったから、どこで驚かしてくるかわからないな」


 ひょっとしたら、俺が今さっきから一人で喋ってるからそのせいで逆にビビって出てこない説もあるけど。


 なんて考えもすぐに捨てられそうだった。


 今、俺達が歩いているのは長い学校廊下のような通路。

 左右を見渡せば、扉が点々とあり、どこから来るかわからない。


 だが、足音で大体どこから来るのかはすぐに分かった。


 ちょうど、中間まで歩いたあたりで俺達の右後ろから、足音が聞こえる。どうやらそのあたりの扉から脅かして出てくるようだな。


「お兄ちゃん、なんだか足音がするね。お化け来たのかな?」

「ああ、そうかもな」


 そして、先ほど足音が聞こえた方の扉が開く音がした。

 その直後、男の図太い叫びが聞こえ、走って俺達を追いかけてきた。


「ほんと、よく出来てるよなっ!! いくぞっ!!」

「うんっ!!」

「待ってくださいっ、翔さんっ」


 この少年は担げば何とかなるけどお前は知らん。走れ。


 当然、俺達がやってるのはお化け屋敷という舞台での鬼ごっこ。

 本来、走るとこではないがお化けおにから逃げるためには仕方がない!!


 ここに入る前に「ここでは走らずお願いします」とか言われたけど、どうせあの二人は今頃はリタイヤしたか、走ってここ抜けただろうし、誰かにぶつかるという心配もない。


 それどころか、俺達は今この状況を存分に楽しめている。それは少年を含めて。


 しばらく走ったとこで、そのお化けは撒いた。


「お兄ちゃん、今のでおしまい?」


 少年は物足りなさそうな顔をしていた。


「心配するな、まだまだ先は長いぞ?」

「へへっ。いっぱい鬼ごっこできるねっ」

「翔さん、速すぎですっ」


 セラはずいぶん息が上がっているな。だが構うまい!!


 その後も俺達は出てくるお化けから逃げて笑って逃げて笑ってを繰り返した。


 少年も満足そうだった。


「おっ? そろそろ出口だな」

「出口?」

「そうだ、俺達はすべてのお化けから逃げて見事にクリアした」

「クリア?」

「ああ」

「お兄ちゃん達もう行っちゃうの?」

「そうだ、だけど寂しがることはないぞ」

「また、会いに来てくれる?」

「もちろんだ、またすぐに来るよ。だからお母さんと一緒に待っていてくれ」

「うん!! 待ってるっ!!」


 少年の体がセラと同じ時と同じように儚い光を放ちながら体を透かしていた。


「お兄ちゃん指切りしよっ」

「ああ、これで最後だ」

「指きーりげんまーん嘘ついたーら針せんぼーんのーますっ。ゆびきった!!」


 そうして、少年は完全に姿を消した。


「……」

「これでよかったのでしょうか」

「いいんだ。あの少年は何1つ不満な顔を見せずに行ったんだ。俺はこれでいい」

「そうですね。自分がいいならそれでいい。実にあなたらしい」


 そう、いいんだよ。こういう時相手を喜ばそうと思って行動しても望んだ結果にならないこともある。


 でも、俺が考えしたいように行動した。


 今回はあの子供もあんな感じで逝けたからまだ良かったろう。


 だがあの結果じゃなくても俺はきっと反省こそするだろうが、後悔はしないだろう。



「おーーい、翔---、セラーーー」

「藤崎、やっと来たか。遅いぞ。おかげで変な目で見られてしまったではないか」

 

 それは、だいたいお前のせいだ。


「セラ、特別言わなくていいからな」

「はい、そうさせていただきます」


 その後も俺達はこのテーマパークを遊びつくした。


 4時ごろにはまたあの交通機関を多用して帰らなければならない。


 今回はその交通手段だけが嫌な思い出としては残るが、こいつらの楽しそうな表情見れただけでも今回は本当に来てよかったと感じることができた。


 それに、あの少年も。


 今回の件で、またこのような形で出会うことになれば自分にできることは、極力してやろうと思った。


 まあ、また機会があればな。 

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