第10話 同居霊が2人になりました その3
そして、セラス…いや、セラとの約束の日。家を出る前にしっかり手紙を持ったことを確認し学校に向かった。
俺は昨日の夜、自分のことを考えていた。
考えていたのは、自分がどうしたいのか。
それは、相手のことを考えないわけではない。相手のことも考えた上で自分がどうしたいのか。
相手が悲しむ顔は見たくない。俺がそれを嫌だと思うなら自分はその結果を望まない。
自分が何かを我慢して相手の機嫌をとる。俺はそんな何かに流されて自分を抑えるのは嫌いだ。そんな結果は望まない。
すぐそばにいてくれる人が、ただでさえ未練を残しているはずでそばにいる奴がこれ以上好きにできないのは嫌だ。それも望まない。
人間は本当にめんどくさい…。いっその事感情なんてものはなくなってしまえばいいのに。
学校も終わり、部活を少し遅れることになってしまうが約束の屋上へと足を進めた。香原には教室で待っているようにと伝えてある。
香原も何かを吹っ切ったのか、昨日のような焦りの表情は見えなかった。
屋上につくと、すでにそこにはセラがフェンスかけるような形で座り込み、まっていた。俺に気づくなり「隣に座ってください」と言っているように手で招いている。
俺は、手招かれるままにセラの隣に行き腰を掛けた。セラは俺の決して笑ってはいないはずの顔を見て笑っている。一体何を考えているのかさっぱりだった。
「さて、どっから話しましょうか? そうだっ、なんで手紙を読んでいないのがわかったのか。そこから話しましょうか」
「ああ、頼む」
セラはさっそく話しを始めた。
「なぜ、手紙を読んでいない事が分かったのか? それは、あなたがどこまでも優しい人ですからですよ?」
「そんなことはない。本当に優しい人は約束なんて破ったりしない」
昨日も言っていた。どこを見てそう感じるんだ?
それでも、セラは微笑ましそうに笑った。
「ほら、優しい人。いいですか? 優しくない人は約束を破ったことに罪悪感を覚えませんよ?」
「…そういうものか?」
「そういうものです」
「でも今の話では、わかった理由になってないぞ?」
「いーえ、今のだけで十分な答えです」
「??」
それでも、意味の分からない俺にセラは話し続けた。
「翔さん、今から少し話をします。良かったら手紙を読みながら話を聞いてはくれませんか?」
手紙か、この流れで読むことになるとは。しかも話を聞きながらとは難易度がずいぶんと高いように感じる。
俺は言われるがままに、長年向かい合ってこなかった手紙の封を開け、中身を取り出した。
その手紙を読みだした瞬間、俺は涙が溢れた。内容なんかまだ読んでいないから少しもわからない。けど出てきてしまう。
そこに書かれている字の1文字1文字が、すべてあの頃のセラの字で、それがすごく、すごく温かったから。
その涙を流している俺を確認するように見て、セラはあの頃のことを話してくれた。
「あの日翔さんとさよならをした後日、私の容態は悪化しました。いよいよもう生きてはいられないのだと自分でも理解が出来ました。ですが、私は決して悲しくなかったのです」
俺は目の前の手紙を読みながら、そんなはずないはないだろうと思わずにはいられなかった。いられなかったけど…。
セラは続けてこう話してくれた。
「私は、自分がこの世で生きていけなくなってしまう最後の日まで。文字通り、一生懸命生きました。あの時の暗がりに居続けた私にはそんなことはできなかったでしょう」
「でも、あなたが、あなたが私に生きる力をくれたから、私は生きることが出来たんです。ばい菌としての私ではなく、あなたが綺麗と呼んでくれた、人らしく、私のままで。結局私は死んでこの世から去らなければならなくなってしまいましたが、私が病気で亡くなったことに後悔はありませんでした」
馬鹿を言うな。病気で死んだことに後悔はない? 香原の時もそうだが、幽霊になる奴はみんな頭がおかしい。まだ生きていれば、何でも好きに生きれるんだぞ。ふざけたことを言うのもいい加減にしろ。
そう怒りたいのに、怒れなかった。
この手紙にはこう書かれていた。
『翔へ
元気にしていますか? 私はどうやらもう長くはなさそうです。
でも、くやしくなんてないです。
翔がいてくれた毎日は私にとって宝物で、いまでも毎日元気をもらっています。
私はね、さいごまで翔がきれいって呼んでくれたままの私でがんばって生
きるわ。
ただね、2つだけくやしいことがあるの。
それはね? 大きくなったら翔のおよめさんになりたかったかったの。
そしてね、今度は私がいっぱい翔にげんきあげるんだ!!
それがね、1番くやしかったこと。
後はね、あなたに直接会ってありがとうって言いたかったかな。
でももう、会えないから手紙でゆるしてね?
翔、本当にありがとう。あなたに会えて本当によかった 。
いっぱい、いっぱいありがとう
セラより』
この手紙の所々は、水でぬれた跡がある。おそらく涙なのだろう。
字は優しく、紙は涙でぬれている。
これを見ても尚、俺なんかがこいつに何を言えるだろう? 当然何も言えない。
それはそうだろう。今、目の前はこいつは死んだことが悔しくないという。実際当時の字を見てもその気持ちはあったのだろう。だが、その字とは裏腹に紙は涙でぬれた跡がある。
それを見て、何を怒れる? 本心なんだ。きっとすべてが本心なんだ。涙も後悔の無さも。
それどころか、逆に俺は救われている。
あの頃の俺は、確かに友達が欲しいかったという欲に任せて、結果仲良くなれていた。こいつに生きる力を与えるためではない。そもそもそんなこと考えていない。
確かに、笑顔の無いコイツをいかに笑わせようとか、どうやって喋ってもらおうとかは考えてはいたがその程度だ。
でも、自分のしたいようにした結果、誰かの生き方を変えた。
その事実に確かに救われている。
でも俺の涙の理由はきっとそれだけではないのだろう。
さっき、手紙を読んでいない理由を、セラは俺が優しいからと言った理由が自分にはわかってしまった。認めるわけではないが確かに俺にもあったんだと。
そういってくれていることが余計に救ってくれた。
「どうです? いろいろわかったでしょう?」
わかった。わかったけど、俺はまだセラの核心には触れていない。
本当はどうしたいのかわかっていない。
「まだだ、まだわかってないこともある」
「それはなんでしょう?」
まるで、クイズゲームをしているみたいだった。セラが出題者で俺が回答者。
「なぜ、俺に会いたかった? 手紙を読ませるためだけではないだろう?」
セラはクスっと笑った。まるでこの話が切り出されるのを待っていたかのように。
「翔さん、これを差し上げます。でもまだ見ないでくださいね。そして明日ここに書いてある場所に向かってください」
これを貰った時、嫌な予感がした。
これじゃあ、これじゃあまるで過去の再現じゃないか!!
「では、翔さんの質問にお答えしましょう」
やめろ。
「私はあなたに直接ありがとうを言う為に来ました」
やめてくれ。いやだ、聞きたくない!!
「あの時、私に寄り添ってくれてありがとう」
待って、
「あの時、私に生きる元気をくれてありがとう」
待ってくれよ。
「あの時、私に夢を見せてくれてありがとう」
勝手に進めるなよ。
「いっぱいいっぱいありがとう」
「やめてくれ!!」
「私に出会ってくれてありがとう!!」
「やめろーー!!」
ありがとうを伝えているセラの表情は涙を流しながらも悔いのないような顔をしていた。
そしてその体は、ありがとうを言うたびに儚い光を放ちながら体を透けさせ、最後の挨拶を伝えるころには、
体は消えていた。
さっきまでそこにいたはずの幽霊は急にも、感謝を伝えて消えていった。屋上に1人取り残された俺は、腹の底から声を出し、大きな声で昔と変わらない子供のように泣いた。
この時、香原と宮本は屋上に顔は出してはいないが、屋上扉の向こう側では耳を澄まし一連の流れを耳で聞き肌で感じ、状況を理解し、香原は共に涙を流し、宮本は見届けたようにその場を去った。
きっと昨日宮本が覚悟しろというのはこういうことだったのだろう。
空が赤く、太陽も沈もうとしている。
それでも、それからも自分の涙が止まることはなかった。
その次の日の土曜日、俺は香原と約束の場所に向かっていた。本来は部活動があったが昨日あの後、道場に向かい「申し訳ないが今日も休ませてほしい」とお願いしてきた。
顧問は俺の表情を見るなり、すぐに許可を出してくれた。当然だ雰囲気を盛り上げられない奴を見ても、迷惑なだけだろう。
そしてその場所とは、昨日貰った紙には住所が記されており、住所を見て調べた限りではどうやら墓地のようだった。
俺は手に、ダリヤやカンパニュラ、あとはセラスチュームの花を束に携え、住所に書いてある墓地に向かった。墓地に持っていくには相応しくない花だっていうことはわかっているが、今の俺はこれでいい。
バスを使い、電車を乗り、またバスを使い、徒歩で足を使い、そこまでしてようやくたどり着く場所に墓地があった。
墓地は予想していたよりも大きかった。ここについた時、1台の車が止まっていることが目にとまったが大して気することはなく俺は広い墓地から「冬月」と書かれた墓地を捜し、歩き回った。
すると1個の墓地に夫婦が立ち、お墓参りしている姿があった。
「お墓参りか」
こう呟いてしまったのには特に意味はない。俺達はその夫婦の後ろを過ぎようとしたとき、思わず立ち止まった。
「ねぇねぇ、この人たちって」
「ああ、そうだろう」
この2人が立つ墓地の前には、冬月家と書かれていた。
冬月の両親であろうその二人は俺に気づき向かい合う。
「君は? うちに何か用かな?」
少し警戒していた。それはそうだ。こんな墓地に若造が不向きな花をもって来ているんだ。怪しむのも納得だ。
「はい、俺は藤崎翔っていいます。今日は冬月さんに挨拶をしに来ました」
「藤崎? ひょっとして母さん。あの藤崎くんかな?」
冬月セラス。名前を聞いた時にハーフなのだろうと思っていたが、なるほど。父親の血だったのか。花も高く目もパッチリでイケメンだ。母親も小顔で整っている。これは可愛い子が生まれるのも納得だったと、少し笑ってしまった
「ええおそらく。下の名前も翔さんでしたね?」
「はい、合ってます」
「君が藤崎君。私たちもちょうど娘に会いに来たんだ。実は今日が命日でね」
今日が命日?そうだったのか。
まさか、この状況を狙ったのか? そう考えるとずっと振り回されているな感じどこかの誰かと一緒じゃないかと俺は隣の香原を見た。
「時に藤崎君、その花たちは?」
今回のこの花には、当然挨拶の意味もあるが、たくさんの感謝の意味もある。俺はそれを伝えるためにここに来たし、きっとセラも見てほしかったんだと思う。生きていた証を。
「はい。ありがとうって言いに来ました」
セラの両親は、俺を見てこう言った。
「そうか、ありがとう。きっとセラスも同じことを思っているだろう」
「はい、俺も、そう思います」
「君がいたからセラスは頑張れたのだと、私たちはそう思っている。実際、セラスはこんなこと言っていたよ」
「??」
「今度、君に会うときはプロポーズするのだと。あの年ながら馬鹿なことを言っているとは思ったが、それでもあの子が頑張るには充分すぎる目標だった」
そんなことも言っていたのかと、俺はまた感情が込み上げてきた。
でも、ここでまた、しかも両親からそんな話を聴けてよかった。これで改めて俺は心の底から挨拶できる。
「そう…でしたか。俺はここで改めてお二人にお会いできてよかった。俺もあいつに救われたんです。今はこうしてお墓の前になってしまいますが、もし、もう一度お会いできたならあの時のように一緒の時間を過ごしたい。本当にそう思える友人でした」
目の前の母は涙を流し、父は真っ直ぐな目で俺を見ていた。そして、スーツの胸元からメモとペンで何かをかき出し俺にくれた。
「よかったらこれは家の住所だ。今度遊びに来てくれ。君なら歓迎しよう。それに、娘もきっと待っている」
「はい、ぜひお邪魔させていただきます」
「娘ががまだ生きていて、藤崎君をすいていたのなら私は迷わずセラスを君のもとに送っただろう。では、ゆっくり話していってやってくれ」
「はい、あいつの気の済むまで話していきます」
父親は、先ほどまでの硬い表情ではなく少し口角をあげ、ニコッと笑い母親をつれ俺たちの前を去っていった。
「いい家族だったんだろうね」
話を聞いて二人の背中を見つめながら当時を想像し、香原はそう言った。
確かにそうではあるが、俺は少し違うと感じ、訂正して返した。
「違うな、今もいい家族だ」
香原はわかっていたのだろうが言葉足らずな自分に呆れるも笑みを浮かべる。
「そうだね、今もだったね」
「待たせたな、セラ。昨日振りか」
俺は香原がいながらも、目の前のセラに向かって話かけた。声は帰ってこない。でも、いいんだ。きっとこれでいい。
姿、形は見えないが、あいつは今笑ってる、そんな気がする。
それから、香原には申し訳なかったが、夕方まで話し続けた。今までの人生、香原の事、たくさん話した。
だが、バスの時間と電車の時間も考えればそろそろお開きの時間だ。さすがに帰らないわけには行けない。とはいっても、もうここに来れないわけではないんだ。また来ればいいさ。
「じゃあなセラ。楽しかったよ。また会おうな」
『家からここまで遠かったでしょ? また来れるのぉ?』
「!?」
本当に声がした気がした。自分もやけが回ったな。しまいには幻覚なのか姿まで見えてる。でもこの状況には慣れてるんだ。笑って返してやるさ。
「ああ、来れるさ。かならず来るよ。ここで逃げずに待っててくれ」
『逃げないよ。でも、ここでまた遊びに来てくれるのを待ってるよ』
「じゃあ、また」
『またね。翔』
そしてまた帰りと同じルートで帰る。ちゃんと覚えておかなければ、また必ずここに来るために。
その電車に乗っている際、ふと疑問に思うことがあった。セラは、恐らく感謝の言葉を直接言いたくて成仏できずにいて、そして目的を遂げ消えた。
であれば、香原も同じように目的を遂げたら消えてしまうのではないかと。
だがこいつの場合はその目的を明かそうともしない。正直、今はまだ勘弁してほしい。またこんな思いをしなければならないなら心の準備が必要だ。
俺は香原の方を見てその時のことを考え素直に悲しくなった。
「ん? どうかした?」
本当に、勘弁してくれよ。
俺は深いため息をつき電車窓の外を遠くを見つめる。
もうすっかり夜で、人少ない地元のバスターミナルを降りあとは徒歩で自宅に向かうだけ。
その際だった。
いつの日か見た黒猫がいた。香原が幽霊で現れた時と同じように、俺達より前にいた。
「なんだよ、お前? もう道案内はいらないぞ?」
「猫だねぇ? この猫、翔見ても急いで逃げないね~」
「変な猫だよな。この猫、お前がうちに来た日もいたんだぜ?」
そう、うちに来た日も…、まさか…な。
ひょっとしたらそんなことあるかと少し頭をよぎったが、ありえない。昨日あいつは確かに目の前で消えたんだ。
そんな考えはすぐ消えた。だが、それでも黒猫は俺達が歩き始めると前を歩いた。
「なんか、道案内されてる気分だねぇ」
香原も頭をよぎり、そして同じように頭の中からその可能性を消しただろう。
でもやっぱ気なる俺達は、足早に家に向かった。
「ただいまっ!!」
「おかえりなさい。ど、どうしたのそんなに慌てて?」
「いやっ、何でもないよ」
俺達は急いで階段を駆け上がり自分の部屋に行った。
そんなはずはないんだ。そんなはずは!!
だが、部屋の戸を開け、目の前光景に俺達は二人して目を疑ってしまった。また当然俺の部屋がめっちゃ片付いているとか、お母さんが実は2人いたとかそういう話でなく、居たのだ。
銀髪の美しい幽霊が。
「あら、おかえりなさい。ずいぶん帰り遅かったですね?」
「セラ!? どうして?」
「そういえば私。まだ、翔さんのお嫁さんになるのを忘れていましたのでついつい戻ってきちゃいましたっ」
「はあっ!?」
香原は大変驚いていた。
俺は少し前だったら悲しくてこの状況から逃げ出していただろう。でも今はもう、複雑な気持ちなんかじゃない。辛くない、悲しくない。今は純粋にこう思った。
「また、会えたな」
そう、また会えた。今はこの気持ちだけで充分だ。
泣きそうなところを必死にこらえた。
「ええ、今度は約束守れましたね?」
「ああ、今度こそな」
今では笑い話にできる話で再開を楽しんでいた俺達にセラはいった。
「私、翔さんのお嫁さんになるので、今日からここに住まわせていただきます。改めて冬月セラです。よろしくどうぞっ」
「ダメに、決まってるでしょーーー!!!!」
香原は怒っているが、こうして、今日より同居霊が2人になりました。
決して望んで予期した結果ではない。そうではないが、これはこれで悪くない。
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