第9話 同居霊が2人になりました その2
「セラス…さん、なのか?」
自分の記憶を頼りに恐る恐る、胸元でしっかり体に腕を回している彼女に訊いた。
これはどんな因果だろうか? もう7年前だぞ? なぜこのタイミングなんだと、そう思いながら。
俺は茫然自失としていた。思い出せば思い出すほど、明るい記憶や暗い記憶、楽しい感情や悲しい感情、そして、罪悪感。そういった様々な気持ちが自分の中で渦巻いていく。
「翔さん、昔のようにセラって呼んでください。いえ、そう呼んでほしいです」
彼女は間違いなく、あの入院期間で知り合った冬月セラス、その本人なのだろう。
俺は、目の前の彼女がセラと改めて理解できてしまった途端にどんどん何を話していいのわからなくなってしまった。
香原もその二人の光景を見てすべてを理解できているわけではないし、むしろ何も知らない。だが、わかってしまう。この状況で、この二人の間に入り込む余地はないのだと。今は静かに自分の手をグーにして力をいれながら、二人を見守っている。
セラスは急な展開、急な出会いに何も言えなくなっている俺を見て、しょうがないなと言わんばかりに俺から1歩離れ、口を開いてくれた。
「翔さん? きっと今、あなたは優しいからいろいろな感情が膨れ上がっている中で罪悪感、謝罪の気持ちが大半を占めているのでしょう?」
「……」
自分のことを優しいなんてことは考えない。だって俺は約束1つ守れなかったのだから。それでも気持ちの部分を少しでも言い当てられ、複雑な感情を消すように下唇を噛んだ。
「本当に優しい人。翔さん? まだ手紙を読まれていないでしょう?」
俺は言葉を詰まらせ、また何も言えなくなってしまった。
なぜそれを知っているのだろう。
その通りだ。俺は成長するにつれて、幼いころはあんなに読みたいと思っていたあの手紙が、怖くて読めなくなっていた。あの手紙は未だにお母さんに持ってもらっている。
「香原さん? だったかしら?」
セラスは香原に向かって話し始めた。
「はい、香原紅華っていいます」
「紅華さん、綺麗な名前ですね」
「えっ?」
綺麗な名前。そのワードセンスに、また昔を思い出し再び罪悪感に俺は鳥肌がたった。セラスが怖くってとかそういうのではなかった。単純に自分の馬鹿さ加減に対してだ。
香原も名前を褒められたことに対してこの雰囲気のせいもあるだろうがうまく喜べていないようだった。
「紅華さん? 明日の放課後、翔さんをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「…嫌、嫌だけど、どうぞ?」
「ありがとう、悪いようするつもりはありません。だって私」
私?
「翔さんのこと愛していますから」
「「は?」」
俺も香原も驚かずにはいられなかった。
俺に関しては、むしろ恨まれるべきだとさえ思っていたから180度違う言葉に驚いてしまった。香原に関しても同じだろうが、それ以外にも違う感情が入っているようだった。
「では翔? 明日また放課後に1人で屋上に来てくださいね? あっそうそう、明日7年前に渡された手紙を読まずに持ってきてください。お母さんが持っているのでしょう?」
何でそれを?
「何でそれを知っているのか? そういう顔ですね。明日はその理由も一緒にお話しますよ」
セラスはそう言うなり、宮本を放っておき先に屋上をさった。
俺と香原は嵐が去ったような感覚だった。
宮本は、深いため息をつき、何も言わずにこの場所を去ろうとしていた。
「待て宮本」
俺は一旦落ち着き、宮本に疑問を投げた。
「なんだ?」
「お前、全部知っていたのか?」
「当然だ、理由を知らずに俺が協力するわけないだろ?」
「どうして…?」
「どうして? 簡単だ。確かに俺は空気でいたい。メリットは求めないし、そしてデメリットも求めない。ただ、あの日、迷惑も律義に頼んできた彼女の目が本気だった。それだけだ」
なるほど。宮本の言ってることは理解できる。目が本気、か。どうやら俺も覚悟を決めなければならないようだった。今回は逃げちゃいけない時だ。
この場を去ろうとした宮本は屋上扉の前で止まり、最後に俺の方を見て、
「明日あいつが話そうとしていること色々覚悟しとけよ?」
と言いこの場を去っていった。
取り残された俺達は無言でその場で立ち尽くした。
俺は昨日からのすべてが急すぎて頭が少し困惑していたのは隠せなかった。
香原もどうやら頭が困惑している様子だった。こいつに関しては困惑というより焦りのようなものを感じる。普段の俺の頭なら少しは理由でも考えられていたのだろうが今はそれどころでなかった。
昼休みも終わり、教室に行くとセラスが俺には見えていた。こちらを見て手を振ってくれてはいるが、当然空気に手を振るわけには行かないので気まずさからも瞬きを一回しておいた。
そこで思いだしたが、宮本に香原を見せていなかった。よかったのだろうか? それともわざと? 考えれば考えるほど、宮本は本当に謎の多い奴だった。
放課後の部活は全然集中できていなかった。目に見えるヘマはしなかった物の内容を見ると全く身のならない練習をしていた気がする。このままでは射形も崩しかねないと思った俺は、自主練もせず早めに切り上げることにした。その光景に部内でもちらほら声が聞こえてくる。
「珍しいな、あいつが自主練もせず切り上げるなんて。あいつ今日調子悪かったっけ?」
「……………」
一斗は、無言で俺を見送った。今は正直その方が助かる。
この状況では逆に心配されて声を掛けられてもまともに答えられないからだ。
そこから香原、俺はすぐに帰宅した。家に着くまでは静けさが二人の困惑を語っていた。
家に着くなり、早速お母さんにセラスからの手紙を貰うべく迫った。
「ただいま」
「あれ? 今日帰り早いね?」
「お母さん、話がある」
「どうしたの? そんな怖い顔して? ひょっとしていじめにでもあったのかしら?」
リビングでテレビを見ていたお母さんは、何か察したように中々、真剣な俺に付き合おうとしない。
それでも俺は覚悟を決めて前に進まなければならなかった。
俺は、嫌な事はめんどくさいしずる賢くさぼっていたい人間だ。
ただ、ここぞって時に逃げたくない。
「お母さん」
俺はただ真剣な目を向けた。
「…はいはい、何よ?」
「7年前のセラからの手紙を見せてほしい」
「!!」
お母さんは口を手で押さえ目を大きく見開いていた。今まで意識して見せないように隠していた手紙だ。それでも、1人の母親。息子の意思をくみ取りリビングから離れ二階のお母さんの部屋に向かい、ある物をとってすぐにリビング戻ってきた。
「これでしょ。あなたに何があったなんて聞かないわ。好きに生きなさい」
”好きに生きなさい”。
これは母親としての口癖だった。そして、
”そのかわり自分の周りで起きたことはあなたにも責任があるの。たとえ、大切な友達が自分の関係のないところで危ない目に、大袈裟に死んでしまうようなことがあっても関係ないなんて思っちゃいけないの。極端かもしれないけど、関係なくても自分なら何ができたか、本当はどうしたかったのか、それこそを考えるべきなのよ。いい?自分に嘘はついちゃだめよ?自分に嘘をついて後悔をすることが人生を振り返った時、治らない傷として残るわ。そう意味も込めて好きに生きなさい”
ここまでがワンセット。この言い聞かせは、もっともだと思った。周りに聞かせれば反対されそうな内容。だが、きっと間違いなんかじゃない。
だからこそ、俺は好きに生きたい。自分のケツは自分で拭く。
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
後ろにいた香原は俺が止まらないことを知っていた。だからこそ、この状況で何を言っても慰めにすらならないと理解できたのだろう。
俺は自分のことを考えながら、手紙を鞄に入れ明日を迎え逃げない覚悟を決めた。
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