第8話 同居霊が2人になりました その1

「では手の平を上にして前に出してくれ」


 宮本の指示されるがままに手を出し自然にまばたきをした後、その手のひらの上には相手の手のひらが重なり、確かな重みがあった。


 その目の前にはそれは、それはキレイなが立っていた。


 


 最初は、やはり挨拶だろうか? だが、この人には俺が見えていたわけだし初めましては違うのだろうか? 

 ここまでこの世のものではない程、綺麗な人がいるのを知るとどう接していいかわからなくなる。


 香原はどちらかといえば可愛い部類だろう。それに対して目の前の女性は対照的な美しくキレイなタイプだ。香原に出会ってなくてこの女性に生前で会っていたら外見では間違いなく一目惚れしていただろう。


 これは、自分の願望だろうか?

 見ず知らずの女性が顔赤らめているような気がする。


 そして、今の自分がどんな顔をしていていたのかいまいちよくわからないが、香原は慌てたように間に入ってきた。

「鼻の下伸ばしちゃダメ~~~~!!!!」

 俺と名も知らぬ女性の手が離れてしまった。少し残念な気もするがそろそろ自己紹介もしなければと思っていたのでいいタイミングだろう。


「初めましてでいいのかな? 藤崎翔です」

 先程まではどんな風に挨拶していいか迷っていたが結構ありのままで挨拶できた。

 相変わらず香原は間に入りたそうにしているが。

 お前も早く宮本のところへ行って来いって。

 どうせ緊張しちゃってとか言うのだろう。なら、俺が手短に行くしかない。

 

 その後は衝撃的な展開だった。


「初めまして、ではないですよ? お久しぶりです、藤崎さん」

 目の前の今だ名前も知らない女性はそう言い、次の瞬間。

「お会いしたかったっ!!」

 追い討ちをかけるように言い、自分の体に抱きついてきた。

 香原は「やっぱりなぁ」というようなセリフを吐き、ため息をついていた。

 

 どういうことなのだろうか?

 香原の「やっぱりなぁ」という言葉も気なるが、目の前の女性には見覚えがない。こんな銀髪の長髪の女性になんか会ったことがない。

 会ったことが…。

 

 いやあった。あるぞ。銀髪の女性には会ったことがある。

 それどころか、それは、俺の人生の中でとても大きな出来事だった。


 




 いつだったろう。あれは確か小学4年生の時だったか?

 元々俺は体が弱かった。

 その原因としては舌の付け根の両側にある扁桃腺にあった。ウィルスや細菌などはこの扁桃腺に付着することがほとんどで体を守ってくれる。よく聞く、扁桃腺が腫れるのはこれが原因と言われている。

 そして、発熱という症状も同時に現れる。


 自分の場合は扁桃腺が先程のウィルス等が喉に付着すると常人より異常なほど腫れあがり、のどの痛みを伴い、体の熱も38度以上上がるのが普通になっていた。


 おかげで小学校4年の時は病院に通いきりでほとんど学校には行けなかった。

 最初は地元のちいさな診療所で解熱剤をもらい何とか熱をごまかし下げて生活を行っていたが、だんだんと扁桃腺の腫れが限界を迎え食事が喉をとおらなくなり点滴の生活が始まった。

 

 地元の診療所ではもう手に負えなくなった俺は、住んでいた県の中でも大きな総合病院に入院することになり手術を受けることになった。

 そこが俺と彼女が出会うきっかけになった。


 総合病院に入院し、その期間は当然病室で暮らすことになる。その病室は4人収容できる部屋で決して広いとは言えない部屋ではあった。

 そんな4人収容できる病室だが、実際にいたのは俺とその彼女だけだった。


 最初は喋ることもままならずで、熱のせいで視界もぼやけている状態だったので当然コミュニケーションなんてものは取れなかったし体が動かなかった。

 ただ、ぼんやり視界に入った彼女のその姿は、まるで魂の抜けたような人形じみた銀髪の女の子が相向かいのベットにいたことだけは確認できていた。


 入院して次の日には扁桃腺の手術は行われた。内容は扁桃腺の摘出手術。要は扁桃腺を切り取るのだ。

 当然、体守る器官が1つなくなるが、今の状況を打破するためにはそれしかないという医者の判断だった。

 今だからこそ思うが、あそこでの摘出手術の判断は正解だったといえる。そのおかげで俺は今普通の人達と同じように生活を送れている。

 手術そのものは4時間ほど掛かっていたようだ。他の手術がどれほどの時間かかるか調べたこともないので詳しくは知らないが、4時間も数人が俺1人に対して集中力切らさず施術を行うのだ。想像しただけで気が遠くなる。


 結果、手術は無事成功した。全身麻酔を使用して意識を飛ばしていたのだが、起きた後にまだ感覚はなく、成功したんだというあまりの喜びに「ありがとうございます!!」なんて声を出したら謎に吐血をし、医者に怒られたのを覚えている。

 当然だ。手術が終わったとはいえ、すぐに無理をすれば怒られる。

 成功率はそこまで低くはない手術だったそうだが「失敗したら死ぬ手術であることを覚悟をしてください」なんて言われるものだから、怖くてしょうがなかった。




 手術の翌日は食事はまだとれず点滴だったがゼリーやヨーグルト等は食べてもいいといわれていたので、お母さんに頼み買ってきてもらった。その時の食事は滅茶苦茶においしかったのを覚えている。

 熱も当然下がっている俺は相向かいにいる女の子を、ここに来た時以上に視界にしっかり収めていて、同時に気になっていた。


 手術後から1週間以上は病院生活を言い渡された俺は、その女の子に声を掛けた。


「こんにちは、ぼくは藤崎翔っていいます。あと1しゅうかんくらいしかいないけどよろしくねっ」

「……………」


 綺麗な銀髪で人形みたいに顔立ちの整った女の子は、その時こっちは向くも口を開こうとはしなかった。


 俺は、自分がこの生活をつまらないと感じ、ただ遊び相手が欲しかっただけだろう。 ただそれだけの理由でその1日その女の子の隣に居続け本を読んだりして彼女の気を引くことを考えていた。

 だが、やはり女の子は口を開くことはせず、夕方6時頃にはナースが見回りにきてベットに戻るようにと巡回に来た。


 結局その日はなんにも展開もなく終わってしまい、そのまま就寝した。


 次の日、俺は朝早く9時から懲りずにまだ名前も聞き出せない女の子に絡みに行った。

 今日こそは、と気合も入っていた。俺はきっと女の子と友達になりたかったのだと思う。


 その為に用意したのは絵本や折り紙、ぬり絵、それに漫画。お母さんが俺に気を使って持ってきていてくれたものを同じように女の子にも渡し、何も反応はなくとも俺は一緒にやった気になっていた。

 

 その中で俺が好きだった間違い探しをする絵本を一緒にやろうと思って、無言の女の子の前に本を置き、隣にずかずかと座り、やり始めようとした時だった。


「なんで?」

 その1言が初めてその子の声を聴いた瞬間だった。その瞬間は本当によく覚えている。それだけ必死だったことも同時のよく覚えている。


「えっ!? しゃべったぁ!? やった、やっとしゃべってくれた!!」

「……………」

「ねぇ、さっき何きこうとしたの?」

「…なんで私に話しかけるの?」

「なんでって、それはきみと、ともだちになりたいから!!」

「ともだち? わたし、ばいきんなんだよ?」

「ばいきん? なんで? こんなきれいな女の子がなんでばいきんなのさ?」


 心底不思議そうに聞いた。

 16の年になって思えば、今では言えないようなことを言ってるけどこの時の俺はきっと本心で言ったに違いない。


「きれい? わたしが?」

「そうだよ。どこもよごれていなくてきれいだよ?」


 女の子は話してくれた。

 彼女は小学3年で小児癌だということが分かったらしく、3か月くらい前に入院をしなければならない状態になったそうだ。

 学校では、”ばいきん”なんて言われていじめを受けていたことも。

 そこまで聞いて、さすがにまだ幼い俺でも女の子がどうしてなかなか口を開いてくれなかった理由がわかった。


「きれい……。あなた変な人ね」

 恥ずかしくも正直で真っ直ぐな男の子の言葉は、女の子の心に何らかの変化を与え始めたのだった。

 女の子の今にも消えそうな儚い表情を見て、男の子は決めた。何が何でもこの子の友達になって寂しい思いをさせないと。


「んねぇ、ぼくたち。友達になろう!!」

「ダメよ、きっと私といたらばいきん移っちゃう」

「だいじょうぶ!! ぼく、おととい手術して元気なったから、何かあってもお医者さんが直してくれるもん」

「ほんとうに? あなたとおともだちになってもいいの?」

「うん!! なろう、友達に!!」

「でもダメよ。なれないわ」

「知らないっ!! ぼくがなりたいのっ、友達!!」

「っ……」


 次の瞬間、気づけば女の子の目からは涙があふれていた。この瞬間に少しはこの少女の心が少しでも救われてほしいと思わずにはいられなかった。

 そして俺は訊いたんだ。


「名前、おしえてよ?」

「名前?」

「そう、それでぼくたちはもうともだちだ!!」


 この時の少女の顔もよく思い出せる。彼女は涙を流しつつも少しの笑みを浮かべ、その名前を教えてくれた。


「私、冬月セラス、です」

「セラスか、名前もすっごくきれだね!! セラスか~、そうだな~、セラって呼んでもいいっ?」


 またその女の子は少しの笑みでうなずいた。あだ名のようなものは今までつけられたこともあるだろうし、セラ、なんて誰でも考え付きそうな名前だった。

 だけど、その子は喜んだ。きっと今まで呼ばれたどんなあだ名よりも、今ここで呼ばれた”セラ”というその名前は嬉しかったに違いないのだろう。


「セラ、うん、好き…」

 冬月は照れた表情で答えた。

「改めてよろしくな!! セラっ」

「翔、ありがと、おともだち、よろしくね」


 こうしてセラと俺はようやく友達になれた。

 そこからは俺が退院するまでの間は、楽しい時間を過ごしたと思う。

 基本的には俺に話になってしまっていたような気がするが、その話どれにも彼女は笑ってきいていた。自分がここに来た時とはまるで別人の笑顔で日にちが経つごとに笑顔も自然に出るようになりいつの間にか満面の笑みもこぼれていた。

 それには先生もナースも、お見舞いに来ていた彼女の家族も驚いていた。


 自分は何か特別なことをしたわけではない。ただ、女の子と友達になった、それだけだった。それだけのことが暗闇にいる彼女の心に光をを与えた。



 病室の窓を開ければ春風が心地よく感じる晴れた日、別れの日はすぐにやってきた。

「セラっ!! また会いに来るからな!!」

「来れるの~? おうち遠いんでしょ?」

「来るさっ!! 必ず来るよ。ぼくいないとまたさびしい顔しちゃうからさ」

「しないよ? もういっぱい元気もらったもん。でも…」

「ん? どしたの?」

「また、会いたいな」

「まかせてっ。またお母さんに連れてきてもらうからさ」

「うん、まってるね?」

「うん、まってて。かならずまた会いに来るよ」


 そういって俺達はここで別れた。

 

 これが最後の別れになるものとも知らずに。


 それから、離れて1か月で経過診察ということで総合病院に訪れる機会があった。

 当然、診察終わった後に彼女の部屋を訪れた。

 しかし、そこにその子の姿はなかった。受付に確認に行くと、そこにいた人は俺が入院していた時もよく見回りに来ていた人で俺達2人に良くしてくれていた女の人だった。

 その人は俺を見るなり今にも泣きだしそうな顔に変わった。セラの場所を聞いたら違う病院に移ったんだよと言う。


 その時の俺はその人が言うことが嘘だなんて思わない。素直に受け止めていた。

「お母さん、セラはどこに行ったんだろうね?」

 そんな風に俺はお母さんに聞いていた。その時のお母さんの表情はとても悲しい顔をしていた。

 

「翔君? セラちゃんからね手紙預かってるの。失くしちゃったらいけないからお母さんの渡そうね」

「なんで?? ぼく失くさないよ?」

「翔、これはお母さんがしばらく預かるわね?」

「なんでっ、今すぐ読みたいっ!!」

 俺は駄々をこね大声で泣いていた。泣いお母さんは意識的に俺と手紙を離してくれていたのだろう。

「翔、翔がおっきくなったらこの手紙あげる。だからその時まで頑張って生きていこうね?」

 意味が理解できなかった俺はただ手紙欲しさに泣き続けた。そしてお願いした。

「わかったからっ、ぼく立派な大人になるからっ、だからっ」

 俺がそこまで言ったところでお母さんは何も言わず、背の小さい俺にあわせしゃがんで抱きしめ、涙を流していた。この涙には母としていろんな意味があっただろう。


 それからというもの俺は一度もその手紙を読むことなく、人生を過ごし、今高校生に至っている。

 




 


 








 


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