第5話 幽霊と部活します

 皆さんは幽霊がスポーツする姿を見たことがあるだろうか?


 いくら霊感が強くて、心霊スポットで幽霊が腕立て伏せとかサッカーをやっている姿を見るなんてのは、まず無いだろう。

 けど俺に関しては違う。見ようと思えばいつでも見れる。いつも俺の後ろにはとびっきり可愛い幽霊いるんで。


 ……なんちって。


 俺はスポーツをやればある程度の事はすぐできる。他のこともそうだが”広く浅く”は俺の得意分野の一つかもしれない。

 ちなみ、小学校から中学校までは野球部に入っていた。約9年間だった。かなりきつくて地獄だった。楽しかったけど。

 今はというと、高校では弓道部に入っている。どこかスポーツ部には入ろうと思っていたのだが、ここの高校野球部は無理やり飯食って、地獄のような練習メニューで、何よりここの顧問は鬼怖いと噂だったのでそこはやめた。

 そうして部活見学で、見回っていたら「よしっ!!」と大きい掛け声なのか学校敷地の隅から聞こえてきて、そこに様子を見に行ったら、思いっきりカッコイイ姿がそこにあったのを覚えている。

 白い上衣、黒の袴、今にも折れてしまうのではないかというくらいにしなる弓、黒く輝く矢。一連の動作を経て放たれたその矢は、風を切る音と共に的に真っ直ぐ飛ぶ。そして的を射る。どうやら的にあたった時の掛け声が「よしっ」らしい。

 自分はその姿に見惚れてしまった。すべての動作が芸術に見えた。そんな理由で俺は高校では弓道部に入ることに決めた。





「俺部活行ってくるぞ」っと棒読みの俺。

「らじゃです!!」っと返事のいい幽霊。


 学校も終わり、午後の部活に向かうとこだった。


「翔、いこうぜ」

「うっし、いくべ」


 弓道場は、学校敷地の一番奥の隅にあり古びた道場だ。

 俺は弓道初めてすぐにレギュラーになれた。意外と弓道に関しては才能があったのかもしれない。1年生の時には夏の総合体育大会、通称”総体”には大前というポジションまで任せてもらえた。

 弓道は基本3人1組でチームを組む。大前・中・落ち。この3ポジションがある。5人1組のチームもあるのだがその場合はまた少し増える。

 大前は、最初の1射目は必中させ流れをつくる大事なポジションで、エースや主将が選ばれることが多いらしい。

 でも、1年目の時からそんな実力があるわけではなく、俺のバックには頼れる先輩がいる、と大船に乗った気持ちで気兼ねなく弓を引かせてもらっていた。ちなみに総体では優勝を飾らせていただいき、非常にいい経験をした。

 去年の3年生も引退し、チームの大事な要でいることを自負をしている。それだけにこの前、香原家に行くのに休ませてもらったのは申し訳なかった。


そして、「よろしくお願いします!!」


 この掛け声で練習が始まる。うちの練習はただひたすら各自課題をもって弓を引き続けるという非常にシンプルな内容。


「翔、調子はどうだ?」

 

 一斗が俺の様子を覗きに来た。

 俺と一斗は同じ部活で、気の知れる友達が同じ部活にいるというのは正直心強い。


「一斗か。悪くはないな。けど右腕に少し違和感があるかな」

「無理するなよ。お前は大事なエースだからな」

「いや、俺はそんな風には思わないぞ?」

「またまた謙遜を~」


 いや、わりかし本心なんだけどな。一斗はそう言いなり再び練習に戻った。

 香原はというと俺が部活の時はいつも道場の隅で羨ましそうに待っている。やはり引きたいのだろうな、弓を。あいつも結構子の部活気に入ってる風だったし。


 その日は夜7時くらいまで練習して各自切り上げとなった。強豪校であるだけの練習時間は少し長い。切り上げの時間が各自というのは、ここから自主練習になるのからだ。その為残る人は10時くらいまでやっている。俺は真面目といううわけではないが、基本的には9時くらいまではいつも練習していた。今日は少しやりたいこともあるから最後まで残るつもりだ。


 次第に全員が帰宅を始めた。

 

「翔? お前まだやってぐのか?」

「まあ、ちょっとこのままだとすっきりしないことがあるんだ。カギ閉めていくからあとは俺に任せて帰っても大丈夫だぞ」

「そうか? あんまり遅くなりすぎんなよ」

「ああ、ありがと」


 そうして一斗も最後に帰り、これでやっとになったわけだ。


 そこでしびれを切らした香原は、

「ちょっと!! 今日いつまでやるの!!」


 幽霊様も大変ご立腹な様子だった。なんだかんだ言って、6時間くらい放置していたからな。


「すまんって。ちょっとやりたいことがあってさ」

「こんな幼気な女の子を置いて、やりたいことってなによ?」

「これだ、ほれ」


 俺は生前、紅華が使っていた弓具セットを渡した。昨日実は香原のお母さんに今日は一緒にやろうと思ってあらかじめ貸してくれるように頼んで準備しておいた。

 学校終わってからのタイミングだと皆からみて、女子の弓具を持っていると怪しまれるので今日の朝のうちに俺のロッカーに置きに来ていた。


 香原は恐る恐る弓具を手に取った。


「いいの?」

「別にいいだろ。もう誰もいないぞ?」

「そういうことじゃないけど、でもまあいっか!! やっちゃおう!!」


 そういうことじゃないってどういうことだよ。まあ今はいいか、テンション上がってきたみたいだし。


 前回の散歩の時に服を着替えた時もそうだったが、こいつが持つものは基本的に霊体化して人の目から見えなくなることは分かっていた。

 だから人がいる時にもできるっちゃできるんだが、俺が気になってしょうがないしこいつも気を使うだろしな。


「やり方は覚えているか?」

「あったりまえじゃない!! テンション上がってきちゃった!!」


 そりゃ何よりで。いつも部活風景を見ているだけじゃん退屈だもんな。

 香原は意気揚々と準備を始める。そういえば、もともとこいつもセンスあったんだよな。

 そして、香原は準備できたようだった。

「おっけ。いきます」

「うっし、いけ」


 さっそく弓を持ち、一連の動作を経て、香原は矢を放つ。もちろん最初は当たらなかった。

 だが、その後練習するにつれ、徐々に的に中るようになってきた。さすが、馴染むのが早いな。なら……。


「なあ、香原。俺と勝負するか」


 久しぶりに香原と真剣勝負しようと誘った。元々こいつとはよくやったもので、お互い負けず嫌いだったから、なかなか終わらなくて夜遅くまで二人で道場に居たのは日常茶飯事だった。


「いいね~。久しぶりにやっちゃいますか?」

 こいつもノリノリだな。

「乗り気だな。悪いけど手加減しないぞ?」

「わぁ、おっとなげないな~」

「手を抜いてやると型が崩れるからな。嫌でも手加減できないんだ」


 そうして勝負しようと思ったその時、道場の扉の前で足音がした。

 

 おいまじかと、少し焦った。


「っ、誰だ!!」


 俺は扉をあけ外を確認したが、そこにいた人物はすでに遠くの方へ走って逃げて行ったのが見えた。


「あいつは……………」


 めんどい事になったが、紅華の姿が周りに見えていない以上は、ただ俺の頭がおかしい人って事だけになっているはずだが、名前も出しちゃってるし、俺完全にかわいそうな人だよな。

 もしあの姿がだったら、もっとめんどくさいことになりそうだ。


「だいじょう~ぶ?」


 香原が様子を見に来た。まあ、お前は気楽でいいわな。


「大丈夫だ。さ、勝負しようぜ!!」

「やる気ですな兄さん」


 せっかくの機会だしな、楽しんでほしいって想いは少しある。

 

 その後は、結局あっさり俺が勝って終わった。さすがに負けねぇよな。

 でも、あいつと一緒に弓引けたのは素直に楽しかったな。まだ生きていたら、こんな時間もいっぱい作れたのになと、少し悲しくもなるが、どうやら毎日笑わせるって約束はまだ守れてるみたいだな。


 その証拠に、こいつの顔ときたら満足そうな表情で笑ってるじゃないか。


「かぁ~、やっぱ勝てなかったか」

「逆に勝てると思ったのかよ?」

「思わなかったけどさ、でも悔しいものは悔しいのよ?」

「まあそれもそうか。リベンジの機会つくってやるからそしたらまたやろうな」

「うんっ。ちょっとこっそり練習しておくね」

「いいけど、かってに動くのはやめろよ。気が気じゃないから」


 香原は嬉しそうな顔していた。

 感情がほんとに顔に出やすいな。出ないよりいいけど。

 

 にしても、今さっきの会話を聞かれてたとすると今の俺は死んだはずの女の名前を口に出し会話して完全にいたい人ってことか。明日犯人探しようと思っていたが、周りの反応見てから動いた方がよさそうだな。


 そうして、俺達も電気を消し、鍵を閉め、道場を後にした。






自宅に着くと、


「ただいま」

「おかえり~。帰り遅かったわね」


 帰宅すると母親が待っていた。時間は夜の11時。親としては心配するのも当然の時間だと思うが、どうかな。

 陽はどうせ部屋にこもってゲームだろう。


「ちょっと、練習してたんだ」

「ふ~ん。まあ何でもいいわ。ごはん準備したのあっためて食べなさいね」

「あいよ、サンキュ」


 やっぱな。心配なんてしちゃいない。なんでもいいわって……。ツンデレか?母親に求めても気持ち悪いだけだが。


 今日のご飯はシチューだった。他の家はどうか知らないが、うちはシチューをカレーみたいな要領で食べる。感覚はちょっとリゾットに近いかもしれない。


 そうして食事もすませた後は、浴室前で服を脱ぎお風呂に入った。

 

 そういえば、家に帰ってきてからあいつの姿見ないな。先に部屋に行ったか。

 

 香原の事を考えていたら、どうやら浴室の戸の前で気配がし、影が見える。

 お母さんか? でも身長低いな。陽か?

 様子をうかがっていたらいきなり扉が開いた。風呂の煙でよく姿が見えないが俺が入っていて戸が開くってことは弟だろう、そう推理した後だった。


 煙が晴れて、そこにいたのタオルを体に巻いた香原がいた。


「んなっ!!」


 そんなありきたりの反応をしてしまったが、これは緊急事態だ。色々とツッコミどころは満載なのだが、姿を見たいと思う男としての本能とそれはダメだという規制本能が働き、かろうじて目をそらし浴室の扉から反対方向に目を向けることが出来た。

 「あっぶね~」なんて心で思っていたのも束の間、香原は


「まだみんな起きてるから大声出したらばれちゃうよ?」


 何を言ってるんだこいつは。 焦っている俺を見て後ろでくすくす笑っているのはわかる。今すぐにでも逃げたいのだけど、扉の前に立たれているので中々逃げることが出来ない。ならばここが、小さい声でコンタクトをとり状況を打破するしかない。


「おい、お前、何考えてるんだ。今すぐでてきなしゃい」

 動揺して噛んでしまった。続いて俺は、

「今すぐ出てかないとおっぱい揉むぞ」

 んぉいってんだぁおれわぁ。


 よっぽど動揺していたのだろう。そこに追い討ちをかけるように香原が攻めてきた。


「触りたいの?」

 もう頭は理解が追いつかなかった。

 ……は? へ? なんや?

「いやいや、全然触りたくねぇし。 ってかさすがにそろそろ恥ずかしさと男の何かが暴走しそうなのでて行ってくれませんかね?」

 俺の反応は童貞かって!! いやそう実際なんですけどもっ。

 さらに香原は、

「別にいいんだよ? 誰にみられるわけでもないんだし」

 この幽霊はそんなことをいいだす。こいつ普段そんなキャラじゃないだろ!! 

 ってかだいたいな、そうだよ、俺は、

「ってかだいたいな、俺はちゃんとそういう関係になってからじゃないとそういうことはしません!!」

 い、いえた。そうだよ。俺達は幽霊と生の人間だぞ?

「ふっ、はははっ!! おっかしいの~。動揺しすぎだって!!」

 

 香原は笑い始めた。俺がどんな反応するか見て楽しみたかったのか?

 そんなの何が面白いのやら、こっちは色々必死だったていうのに。


「何の冗談だよ? 笑えないぞ」

「いや~ごめん、予想の通りの反応だったものだから面白くてっ」


 からかいやがって。お前もそんな経験男に慣れてるわけじゃないだろうに。

 絶対顔真っ赤だよこいつ、絶対そう。


「楽しんだなら早く出て行ってくれよ。俺まだ体洗ってないんだよ」

「ごめんね~。なんならお詫びに私が洗ってあげようか?」

「んなっ!? そういうのもういいいから!!」


 そうして香原ははケラケラ笑いながら浴室から去っていき、静かな浴室が戻ってきた。

 

「は~なんなんだあいつ。でも胸、大きかったな~」


 DかCか、そのくらはありそうだった。体のラインもきれいで文句なしの体つきだった。そんなことを思い出していたらまた恥ずかしくなってきた。


「ほんと、この後、会うの気まずいじゃんか」


 そうして、お風呂も上がり自室に戻ると、先ほど色々あった幽霊が布団の上で漫画を読みくつろいでいた。

 部屋には居てきた俺と目を合わせるなり、二人ともすぐに恥ずかしくなって目をそらした。

 お前も恥ずかしかったんじゃねぇかよ!! 心の中でそうツッコミを入れざるを得ない気持ちだった。

 まったく本当に何なんだよ。


「そ、そうだ!! その、今日はありがとね」

 お互いしばらく無言の中、香原は口を開いた。

「なんだ急に?」

「今日、弓引かせてくれたでしょ?」

 なんだそんなことか.

「ああ、それか。いつも見てばっかじゃつまらないだろ? たまには運動も大事だからな」

「馬鹿じゃないの? 私幽霊だよ? 運動なんか必要ないよ?」

「でも幽霊でも香原は香原だろ? これが感情持たない奴だったらそこまでしないだろうけど、そうじゃないからな。運動して息抜きもないと生きていても面白くないだろ?」

 また香原は驚いたような恥ずかしいような顔をしていた。


「馬鹿。私もう死んでるいるよ。翔って意外といいところいっぱいあるんだよね~」

「意外とってなんだ。こう見えても俺は最近はお前のことばっか考えてるんだ。もうちょっと高く評価してくれてもいいと思うけどな?」


ちょっと恥ずかしいことを言ったような気もするがホントのことだしな。


「あーあ、今自分で言ったからもう評価下がりました~」 

そんなことを言いながらまた無邪気に笑いながら楽しそうにしていた。


まったくこいつといるとほんとに退屈しない。

 


 

 



 

 

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