第4話 幽霊と挨拶しに行きました

 学校が終わって部活をし、家に帰ってきたある日の日常のこと。藤崎では小さな争いが起きていた。


「おい!! 陽!! 後でゲームしながら食べようと思っていたポテチ食べたろ!?」

「いぇす、ぽてち、いーと、なう」

「うっさいわ!! 死ね!!」


 結構、我が家ではこういうくだらない口喧嘩は日常茶飯事である。今回は長男が次男にポテチを食われて怒っているという、まったくしょうもない内容だった。

 そんな姿を見て香原は、

「相変わらず仲いいね~」

 と、隣で本日も無邪気で可愛い幽霊が隣で笑っておられる。


「ぐぬぬ~。仕方ない、今回は我慢しよう。だが弟よ、代わりにはいただくぞ!! はっはっは~」

 俺がポテチと交換に手に入れようとしたのは、!!

「おい、それは……小魚ミックスじゃないか!? それだけはぁ、勘弁してください!!」


 小魚ミックスとは、小さい煮干しや、ナッツが袋に入っている珍味である。


 そう、弟は身長が160㎝と小さいこともあり、カルシウム豊富のお菓子はかなり重宝しているのだ。

 その為、弟は激しく奪い返そうとしてくる。



「えーー、小魚ミックスかい……」


 そんなやり取りを見て香原があきれて苦笑しているが、ひとまず置いておこう。俺は、速攻自室に戻り鍵をかけ、追撃の侵入を防ぐ。

 俺にとってお菓子一個は、ゲームしているときには死活問題。ちょっとゲームロード中に寂しいなと感じたらお菓子が有る無いでは充実感が違う。


「ふっ、これで今日は勝ったな」

「いやいや、今さっきポテチとられてるじゃない?」


 珍しく、香原から正論をぶつけられた。

 た、たしかに。


「それじゃ引き分けだな」

「いったい何と戦ってるですかね? 大人げないぞ~」


 まあ、大人げないのは多少の自覚はある。だが、俺はいついかなる時も欲望のままに過ごしたい。


「にしても、兄弟か~」


 なんてことを、香原は少し懐かしそうに、不安そうに口からこぼした。


 意外と成仏できない理由の一つにそんなこともあるのかも、とか俺は少し考えて、


「なあ?」

「ん? なんですか~?」


 香原はあざとく聞き返してくる。

 あん、可愛い。


 ……なんちって。


「もしも~し」

 また脳内で少しニヤニヤしていた俺を香原が現実に戻す。

「ああ、そうそう。あのさ、明日お前に挨拶しに行くわ」

「……はい?」

 香原は唖然としていて、意味が全くわからないようだった。








 翌日、俺は学校帰り部活を少し休ませてもらって、ある場所に向かった。


「んね~、どこいくの~」

「うるせ」


 実はまだどこに行くとかは、香原には聞かせてない。言ったら多分来なかっただろうから。

 

 そろそろ空がオレンジ色になりだす頃、目的地に近づくにつれ香原もだんだんわかってきたのだろう。表情が固い。


「ねぇ? これ以上先に行くのはやめよ?」

 やっぱり察したか。

「別にお前は来なくてもいいぞ」

「…………行く」

「何でもいいさ、好きにしな」

 そっからは無言で足を重たくしたように後ろをついてきた。

 ”香原”と書かれたプレートが飾られた玄関。


「ここだな。じゃあ挨拶してくる。お前も行くか?」

 一応聞いてみたが、無言で香原は立ち尽くす。

 まあいかないだろうな。

「んじゃ、ここで待ってな」

 そこで香原は勇気を振り絞ったように声を出した。

「私も行く」

「……あいよ」

 ちょっと予想外だった。そんな勇気こいつにはないと思っていた。でも本人が行くというなら行けばいいとも思う。



 俺はチャイムのボタンを押し、中から人の足音が聞こえる。


 相手から香原が見えるわけではないが、俺の後ろに隠れようにくっついった。



「は~い」


 声と同時に、香原がビクついたのがなんとなくわかる。


「大丈夫だよ。行くぞ」

 香原は小さくうなずき少し落ち着いたのかビクつきは止まったようだ。


 にしても、若いな。声の質的に、まだ30前半か?


「お待たせしました~」

 扉を開けてその先に立つ俺をみて香原のお母さんは不審者を見るような目で俺を見ていた。警戒しすぎだろ。

「あの~どちら様ですか?」

 警戒した声で訊ねてきた。

 なるほど、しゃべり方はどこか似ているな。


「はじめまして。昨年、香原さんのクラスメイトだった藤崎です」

 名乗ると、また驚いた顔押して一気に警戒が解かれたような柔らかい雰囲気になっるなり、

「……そう、あなたが。そうなのね」と言った。

 どうやら、以前から俺のことは知っていたような口ぶりだった。


「僕のことをご存知なのでしたか? 失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」

「い~え。ただ、娘から毎日のように話を聞いていたので、なんとなくわかっただけですよ」

 なるほど、そういうことか。こいつは何を毎日そんな話すことがあるんだと疑問に思い後ろを振り返る。

 その顔は今さっきのビクついていた顔とは違い、心の底から再開を喜ぶように目から涙を流していた。

「……………」

 んな? 来てよかったろ?


「紅華に会いに来たのでしょう? 上がって、あの子も喜ぶわ」

「失礼します」


 そして香原のお母さんはすんなり俺を家に上げてくれ、恐らく仏壇があるのであろう部屋に案内してくれた。


「ちなみに、香原さんは僕のことをどんな風に話されていたのですか?」

「ん~とね~、いつも無気力な目をしてて~、喋る言葉に感情がこもっていないって」


 …おい、酷く言いすぎだろ。


「そして優しい雰囲気が周りについてるね、って」

「……そうでしたか」


 あいつ、勘違いも甚だしいな。まあ、悪い気はしないけど。


「いつもあなたの話ばっかりだったのよ?」

「へぇ~、一斗とかじゃなくてですか?」

「いや、一斗君も話には出てきたけど君には勝てなんじゃないかな?」


 ほう? 俺はそんな謎な存在だったかな。


 それから案内されるがままにあいつの仏壇が飾られている部屋に案内された。


「ここよ。今日は来てくれてありがとうね」


 案内された仏壇の前には、写真があり、そこには、俺がいつも見慣れている、香原の顔がある。その顔は満面の笑みだった。


「可愛らしい笑顔ですね」

「ありがと、本当に明るくて頑固者で優しい子だったわ~」

「頑固者か。ははっ、でしょうね」


 お母さんにいただいた線香に火をつけ仏壇に飾らせてもらい手を合わせて目を閉じた。

 今後ろにいる香原はどんな気持ちでここに居るのだろう。

 きっとそれは本人にしかわからないし確認するのに後から確認するのも野暮だろう。

 閉じていた眼を開け、手も元に戻した俺はこの夕方にお母さんしかいないのを疑問に思いコミュニケーションを取ることにした。


「紅華さんに姉妹等はいるのですか?」

「ええ、いるわ。4つ下の弟がね」


 そうだったのか、俺と一緒……。俺の弟も4つ下で、今は中学1年生だ。そりゃあ俺達みて思うところもあるよな。


「その弟さんは今どこに?」

「今は部活中かしらね? あの子野球部なの。いつも夜遅くまで練習しているわ」

「へぇ、まだ中学生なのに偉いですね」


 まだ中1なのにか? 素直にすごいな。俺も野球部だったけど練習辛いんだよな。


 しばらくの沈黙の後、香原のお母さんが、

「こんなこと急に、しかもあなたに言うのは変かもしれないけど、紅華は今向こうでどうしてるのかしらね」

 と、泣きそうな声で話しを続けてくれた。


「いつも思うのよ。向こうの世界でも笑って過ごせているかしらって。まだ生きていればこれから、結婚して子供もできて、まだまだやりたいことは、いっぱいあっただろうになって」


 母親として言ってることはごもっともな考えだと思った。

 でも俺はこう思わずにはいられなかった。


 お母さん。がっつり俺んちいて好き放題してますよ?


 それに、後ろのやつも含め、こんな泣きそう人達の隣でこんなこと言うのもあれかもしれないが。


「大丈夫ですよ」


 自信をもって俺が言い放つものだから、香原のお母さんは驚いていた。


「え? それは?」

「安心してください。あいつならきっと今頃、誰かの家に居候して毎日笑って暮らしてますよ。まあ、この世に未練はありそうですけどね」


 さすがに、適当な奴だと思ったか、少し笑みを浮かべていた。


「あなた……。いえ、そうよね」

「それから、弟さんにも伝えてあげてください。あなたのお姉さんはいつも通り元気にやっていると」


 実際、嘘は言ってないしな。


「僕、こう見えても少し霊感あるんで、あてにしてくれてもいいと思いますよ?」


 僕の嘘くさい話を聞き、香原のお母さんは、どこかこいつと似たよう笑顔で笑った。


「ふふっあなた、面白い人ね。あの子が気に入るのもわかるわ」


 そこで少し様子を見るために、どんだけお母さんに話してんだよって睨もうとしたら、後ろの奴は、なんかクスクス笑っていた。

 なんやねん、この親子。


「あなたさえよければ、また紅華に会いに来てくれませんか? きっと今も喜んでると思うんです」

 まあ、機会があればまた来るのも悪くないか。

「ええ、また今度。弟さんにもぜひ会いたしですし」

「そうね~、でも人見知りだからお手柔らかにね?」

「大丈夫ですよ。人見知りの相手は得意なんで」


 人見知りな年下は、よく見ているからな。


 その後は、たわいない会話をして1時間くらい滞在した。外も暗くなってきたところでそろそろ帰ることにした。

 実際に香原とお母さんが会話できたわけではなかったが、最近の弟、お父さんの様子とか聞けたので香原も安心できたろう。それに香原の笑える恥ずかしい話を聞けたから俺も面白かったしな。

 実際、この家にきて、家族の話をきいて、この家族は強く生きていると感じさせられる時間だった。


「じゃあ、俺そろそろ帰ります」

「そうね。外も暗くなってきたし、気をつけて帰りなさいね」

「ありがとうございます。では失礼します」


 そうして俺たちはその場を後にした。


「どうだった?」

 さっきは野暮なんてのも思ったが、やはり気になる。聞かずにはいられれなかった。

「うん、安心した。みんな元気に過ごしていて安心した」

 本当に安心したのだろう。ここに来た時とは思えないほど表情に硬さがない。


「もうお前が心配するようなことは何もないな。強いて言うなら、死んでいる今でも毎日笑って過ごしてやることが。お前の家族がみんな願っていることじゃないか?」


 俺は思ったことを素直に言ってやると、香原は仏壇に飾ってあった写真のような可愛い笑顔で、こう答えた。


「それじゃ、これからは翔が毎日私をいっぱい笑わせてね?」


 お母さん、どうやら、心配しなくても大丈夫ですよ。きっとこいつはこれからも笑って過ごしていきますよ。

 

 頭のなかでそんな風に思いながら俺たちは帰路を進んだ。


 先までのお母さんとの時間を少し振り返り、ふと疑問に思ったことがあることを思い出した。


「そういえばお前さ、家族に一斗とお付き合っていたこと言ってなかったの?」





 今さっきお母さんと会話している時、


「え!? あの子彼氏いたの!? そんな事一度も話したことはなかったわよ?」

 

 ん?どゆこっちゃ? 俺は香原に目をやるがこいつはそっぽ向いて視線そらすだけ。


「さっき名前出ましたけど、一斗君が彼氏のはずですよ?」

「あら、そうなの~? だとしたら一斗君にもお会いしてみたいわね。どんな子なのかしら~」


 どうやら本当に知らないようだった。ってか一斗なら一度くらいは、来ていると思っていたけどな。

 何でこいつ話さなかったんだ? 恥ずかしがったのか?






 なんて話をしてきたんだよな。


 家に帰る途中で、香原が話を切り出した。


「あのね、1つ話しておくと、私、一斗君とは付き合ってませんでしたので」

 …………へ?

「いやいや~、な~に言ってんのよ~。あんな仲良さそうに二人でいたじゃんか」


 珍しく動揺している自分がいた。


「それはね~、私にもいろいろあるのよ?」


 え~、なにそれ~、めっちゃ気になる~。


「そこ、教えてくんないの?」

「教えませんっ」

「嘘ついてないよな?」

「ついてませんっ」


 ってことはあれか? 俺は今まで、いや、学校のみんなは勘違いして過ごしてたっていうのか? 

 んなアホな。

 

「だってお前、話が流れてたのは知ってたよな?」

「知ってたよ?」

「否定しなかったのか?」

「一応否定していたつもりだったたんだけどね~。またまた~とかみんな言って、噂は止まらなかったね~」


 そゆことね。今さらの真実で嘘くさいが、こいつの話し方のテンションならありそうな話だな。


 真実知るのが遅いんだよな~俺。今さら知ったとこで…。


「そゆの、もっと早く教えてくれませんかね?」

「幽霊になって勘違いしている翔を見ているの面白かったんだ~。ごめんねっ」


 実際、それ知ってたら、もうちょっと俺頑張ったかもしれないのに。

 いや、でも、本当に今さらだな。そんなのはみっともない言い訳だ。


 そこは一歩踏み込まなかった自分の弱さだろう。



 なんて自分の弱さにみっともなさを感じていると香原がこんなことを言い出した。

「あ~あ、ヒント1個、教えちゃったね」


 あまり意味は理解できなかった。ヒント? なんのだろ? 成仏の?


 よくわからないけど、とりあえず少し頭が疲れたな。今は考えなくていいや。


「なんか、今日はいろいろ疲れたな。部活も休んできちゃったし、明日からは真面目にやらんとな」


 そう、言ってみれば今日は部活をさぼったといっても過言ではないのだ。


「翔」

 香原が俺の名前を呼んだ。

「なんだ?」

 なんだモジモジして。

「ありがとね」


 まったく。何を言うかと思ったら。俺は自分のためにやってるのもあったからな。


 だから俺は別に、


「いいってことよ」


 そうです。そゆことです。


 あーー、ほんとに疲れた。帰ったらポテチでも食べよ。


「ほれ、帰るぞ」


 香原は「うんっ」と返事をし、ペットのようについてきた。そんな香原の姿をみて俺は思った。


 さっきの「笑わせてね」を思い出し、こいつとの明日はどんな明日にしようって。






 

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