第2話 幽霊と学校に行きます

 まだ、桜が咲くには少し肌寒い日。は新学期スタートとなる今日、少しのドキドキと少しの楽しみと少しのめんどくささを感じ、通学路を歩く。


 隣には、俺以外には誰からの目に留まることもない幽霊が歩いている。最近一緒に暮らし始めたんだけど、まあ、不便ね。

 何が不便って一人でいる空間が好きだったのにトイレとお風呂以外基本一緒なところ。この二つはさすがに、一人にしてくれるようで、でも寝る時は一緒なんだよ。これが幽霊じゃなかったらなんとも素敵なことか。いっそのこと、幽霊になってもいい。


 ……なんちゃって。


 顔に少し出ていたか? 昨日から一緒に生活始めた幽霊、香原に聞かれてしまった。


「なにニヤニヤしてるの? なんかいいことあった?」

「エエ、ソレハトテモトテモイイコトガ」

「なんでそんなカタコトで棒読みなのよ?」


 

 にしても学校に行くってのは、少し複雑ではあるんだよな俺は幽霊の状態で会えているから、紅華が死んでいることに関して少し気持ちの整理がついている部分はあるのだが、一斗かずととかは全然違うだろうな。

 俺どんな顔すればいいんだろ?


「つきましたー!!!!」


 学校に香原は嬉しそうに声を出す。その姿を見て今さっきまで複雑だった気持ちは少し和らいだ気がする。


「そうだな。俺はこっから周りに人がいたら声出して会話しないからな?」

「わかってますよ~。ただのイタイ人になっちゃうもんね。じゃあ、私わざと話しかけるね?」

「鬱陶しいからやめてくれますか?」

「ふぇ、ひどいですぅ」


 落ち込む霊をちょっと楽しんだところで、行きますか。


「お~い、翔!!」


 そろそろ遅刻ギリギリなので一歩繰り出そうとしたら、後ろから聞き慣れた声がする。


「お~う、一斗~。ギリギリだな」

「そりゃ、お互いさまだろ?」

「にしししっ」


 この友人が熊賀 一斗くまが かずと。香原の元カレの人物であり、学校でも数少ない友人と呼べる人物だろう。


 こいつにはせめて話すべきだろうとか思ってこの前、後ろの吞気な幽霊に相談してみたんだけど「言わなくていいんだよ? もう死んでるんだから」とおしゃっておりましたので特に言うつもりはないんだけど、俺がやりづらいんだよな。

 本当に気にしてないみたいだけど。


「ん? どうした?」

 一斗が聞いてきた。

「いや、なんでもねぇよ。いくべ」

 変に怪しまれてもめんどくさいし、変に空を見ないようにしよう。俺には香原見えてるから空を見ているわけではないんだけどな。


 それにしても、やっぱまだ整理ついてねんだろうな。目の下にクマみたいなってる。熊賀だけに。


 …なんちって。


「お前今くだらないこと考えていたろ?」

「なんでばれたん? やるな」


 

 でも、この幽霊さんはなんでこんな頑なにコンタクトをとろうとしないのかね? 俺のところで居候するんじゃんくて、一斗の家に居ればいいのに。


 ふと、幽霊として初めて会った時のことを思いだす。

 俺のせいで成仏できないか……。なんだろうな。








 

 初日の始業式が始まって校長先生の話が続く中、事件は起きた?

 

  「校長先生話長くないですかね~。もしも~し」




 …あ、あいつは何やっとんじゃ~~!!


 新学期の挨拶で校長先生の話が長いのはどこも同じだろうけど、俺ら生徒は黙って聞いて我慢するしかないのはもう定番。

 だが、あいつはあろうことか校長の隣に行って遊んでやがる? あれは遊んでんのか? 姿は目に映らないからいいし、声も聞こえていないんだろけど見ているこっちは気が気ではない。


「翔~~。本当に聞こえてないよ~~」


 香原は校長の立っている体育館のステージ舞台から結構離れた距離にいて、列で言うと、3分割に分けたら右列にいる俺に大声で話しかけてくる。

 こっち向くな!! 話しかけんな!!

 

 気のせいだろうか? 俺は体育館の中央の位置で今気が気ではない気分なわけなのだが、右後ろの集団あたりから少し笑いをこぼしたような声が聞こえた気がする。

 ……んなわけないか。



 俺はまた舞台にいる香原に目をやる。そこで、


「校長ってひょっとしてカツラなのかな?」


 おい、まさか、あかん、やめ……。


 そこまでだった。校長の髪の毛に触れた香原は少し髪の毛を浮してしまった。全部外そうとしなかったのは、まだよかったけど、あれはこっちから見ていてもわかる。

 カツラだ。


「おい、翔。今の見たか?校長カツラだったよな?」

 隣に並んでいた一斗も見ていたらしい。ちょっと不自然に動いたからざわざわすると思ったけど、カツラの方が強烈すぎてそんなことにはならなかったな。


「ああ、見てしまった。いろんな意味でやめてほしかったな」

「??」


 やはり、生徒がいたるところで、コソコソ笑ってるのがわかる。横に整列している先生達ですら少し笑ってしまっている。

 おい、みんなクビにされてしまえ。


 にしても、今のあいつはまるで子供だな。好き勝手にやってら。




 変な意味で冷や汗をかいた始業式も終わり、各生徒もそれぞれ教室に戻っていく。俺は舞台から降りてきた香原にドン引きの眼差しを送る。


「ついついね~。ずっと気になってたんだ~~。まさかだったね!!」


 はは、だいぶ満足していただけたみたいでなにより。でももうやめてほしい。


「藤崎、ちょっといいか?」


 声のする方に体を向ける。彼女は去年、俺のクラスを担任してくれた田中先生だ。黒い長髪、服の上からでもわかる綺麗な体のライン。スタイルはいいんだよ、スタイルは。


「いやっす」

「まだ何も言ってないんだがな」


 わかりやすいんだよ。田中先生の腕の中にはプリントの山があった。どうせ俺に押し付けようとしてんのは簡単に想像できる。


「このプリントを教室に届けておいてくれ」

「はーーーい」


 香原が返事してどーする。お前は黙ってろって。

 仕方なく俺は頼まれてあげることにした。


「はぁ~、うっす」

「悪いな、頼むぞ」

「悪いと思うなら最初から頼まないでくれます?」

「はははっ、最後まで藤崎が残ってったものでな」

「違うでしょ? 俺以外頼みやすい人がいなかったんでしょ?」

「まあ、お前絶対断らないからな~。んじゃ頼むぞ~」


 そう言って田中先生は後にした。


「田中先生も相変わらずだね~」


 まあ、こんな短い期間で人は変わらないさ。俺もプリントを頼まれてしまったので教室に戻ることにした。

 





 うちの学校は、小さい田舎にある学校でクラスは一学年3クラスで、1クラス30名前後しかおらず、全校生徒276名しかいない学校だが、まあ生徒が少ない分顔は覚えやすい。

 ちなみに俺のクラスはCクラス。一斗も確か今年そうだったか?


 Cクラスにつき教卓にプリント置いて俺は任務完了をさせた。そこの教台からクラスを見渡すと去年とあまり顔ぶれは変わらないようで少し安心した。また新しい人と関係作るのはめんどくさいし


「あまりクラス変わらないね~。少し残念」


 香原はあまりお気に召さなかったようで。こいつはそうだろうな。むしろ新しい出会いを楽しむタイプだ。


「こんにちは!!二年Cクラス、香原紅華です!!よろしくお願いいたします」


 何をやって……。いや、好きしてください。


 別に、飽きれているわけではない。ただ、少し考えて、そして同情してしまった。本来、交通事故などで死んでなければ、今頃香原は普通の女子として学校生活を過ごせていたのだろうしな。


「??」


 紅華は不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


 なんでもないよ、こっちみんな。


 俺は席について、一枚のメモに文字を書き始めた。挨拶回りをしている香原をアイコンタクトで呼び、書いたメモ机の上でスっと見せる。


 すると、メモを読み終わった頃にとなりから鼻水をすすり涙を流している音が聞こえる。


「ふぇ、ぐすっ」

「……」


 俺にメモにはこう書いた。


『香原の思うように好きにしていいからな』


 こう書いたのには理由がある。元々、こいつのいい所は自分に素直。要は自分に正直ってことだ。そして、幽霊になってもそれは変わらない。ただでさえ、をされている今の状態で心まで制限されてたまるかって思った。

 それに、俺自身何かに縛られて、合わせて、自分のしたいようにできないのはすきじゃないんだ。自分を持っていなくて何かに流されている奴を見るとイライラする。


 俺が原因でこうなっていると言っていた以上、俺の責任なのはわからないけどわかっているしな。それなりに責任は感じてる。


 幽霊も泣きながら答える。


「ううん、ごめんね。泣くつもりはなかったんだ。でも、うん、ありがと。好きにするね」


 少し、吹っ切れたのだろうか? 


 こいつの表情見ていればわかる。今日登校するときもいろいろ我慢してた様子がうかがえた。


 散歩している犬とジャれたかったろ? 荷物重そうなおばあちゃんを手伝ってあげたかったろ?


 


 そんな姿と今の泣きじゃくってる顔を見て、俺はこの時一つ、心に決めたことがある。あいつがやりたいこと。叶えられるものは、なんでも叶えてやりろうと。


 そう決意し、メモをポッケにしまった。


 








 


 一日を終え家に帰ったあと、香原に今日学校で想ったこと。メモの下りをありのままに話した。


「心配かけてごめんね?」

「いいよ、そういうのいらないから。でも、もう少し甘えてくれてもいいかな…」


 言ってて恥ずかしくて死にそう。顔には出さないようにしてるけど……。

 できてるよな?


 そんな俺の気持ちを察したのか、少し驚いた顔して香原は


「ふふっ、そうするね」


 そう言って笑った。


「やっぱ、思った通りの人だったね」


 紅華は小さい声で何か言った。うまく聞き取れなかった俺は聞き返した。


「えっ? なんか言ったか?」

「い~えっ、なんでもありません」


 はぐらかされてしまった。


 でも、これからはもっとこいつのために何かできそうだな。


 めんどくさいが、たのしくなりそうだ。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る