第二話 スリーショット
身体が痛む、特に頭。聞こえないはずの甲高い音が延々と鳴り止まない。何度も一定のリズムで血の巡りなのか脳内に痛みが広がっていく。
こういう時に頭に浮かぶのは、いつも嫌な記憶だ。苦しいから、楽しい記憶を見たいのに。
母さんの葬式。偉そうな人達が沢山来て、殆どが父さんの知り合いだったらしい。母さんのことを心の底から悲しみにきた人達は、家の隅っこに追いやられていた。
父さんの事故死。死体なんて見れなかった。なのに国は盛大に死を扱った。皆悲しいって言うよりも、バツが悪そうだった。
母さんの身体は冷たくて、父さんとの最後の会話は、いってらっしゃいだった。
お金なんて残らなくて良かった。悲劇の少年と撮り上げて欲しかった訳じゃない。今のお気持ちは。心中お察しします。そう思うならほっといてくれよ。
いつもそうじゃないか。皆自分のことばかりで、本当は他人なんてどうでもいいんだ。道端で女の子が泣いていて、大丈夫って声をかけるのは、自分が安心したいからなんだ。
どうせ皆———。
「あの……」
女の子の声がした。突然世界に色がつき、視界の焦点が腕の中の彼女に合う。
目が、まじまじと見つめてしまった。
大きくて、綺麗な瞳だ。透き通っていてどこまでも深く見えそうな茶色い目。
睫毛は長く、くっきりとした二重にきっちりとした鼻筋。唇はキュッと結んだように主張が少なく、柔らかそうだった。
肌は、黄色人種だろうか。白人ほど白過ぎず、血色の良さそうでとても艶がある。
髪の毛はサラっとした黒髪のボブカットで、物凄く良い匂いがした。
彼女は、女優さんとかモデルとか、そう思うくらいに、本当に可愛かったのだ。
「あの、ねぇ。聞いてる?」
「うわっ!」
彼女の顔が急に近づき、驚きで俺は危うくホバースクーターから落ちそうになった。
「え、ちょっと!」
彼女は元から俺に抱きついていたのだが、落ちそうになって慌てたのか更に抱きつく力が強くなる。
「痛い痛い痛い痛い痛い!」
「あ、ごめんなさい」
「だ、大丈夫」
力を緩めてもらい、なんとか体勢を安定させた。今一度彼女の存在を確認し、クッキーに提案する。
「私、話が……」
「ごめん、ちょっと待って。クッキー。助手席出せる?」
「ノゾム様……いえ、可能です。形成します」
クッキーは一度ホバースクーターを停止させ、どこから生み出したのか右側に座席を形成していく。
「ま、魔法⁉︎」
「そうじゃない。物質を粒子の様に操ってどんな形にでも変える技術。フレテクノロジーって言うらしい」
父の発明は正直理解が及ばない。
「座って。それから話そう」
「……ごめんなさい、座れないです」
彼女はノゾムから手を離し、歩道へと足をつける。
「私はあなたをこれ以上巻き込めないから」
「正直、何も状況は掴めてない。でも、窓から君を見つけた時、助けなきゃって思った」
「ありがとう。本当に助けられました。でも、後は大丈夫。これ以上、あなたに重荷は背負わせられないから……」
名前も分からない女の子のその発言に、ノゾムは少し苛立ちを覚えた。
「そんなのは、関係ない。俺も背負わなきゃ、君はその重荷ってやつを、丸々一人で背負うんだろう」
俺はホバースクーターからディスプレイを展開し、クインズの地図を眺めた。この子は多分、自分を大切に出来ないんだ。
「……その思慮深さは、あなたの身をいつか滅ぼすかもしれない」
「あなたじゃない。ノゾム・シブヤっていう名前がある。君にもあるだろ。大切な名前」
彼女は驚いたように目を見開き、その後強く、こちらを睨んだ。しかし、それでも彼女の瞳を見続けた。
数秒して、降参したのか、彼女はこちらを睨むのをやめる。
「空下 奏。マリファニア基地までお願い」
「ありがとう必ず送り届けるよ。クッキー」
「座標入力完了。ご乗車を」
彼女へ、奏へ再び手を伸ばす。彼女は俺の手を掴むと、助手席へと身体を乗り込んだ。
クッキーは再びホバースクーターで駆け出し、まぁ法律違反な速度で目的地へと向かう。
「……急ごう。何かあるんだろう。君が逃げていた理由」
彼女は首に下げていたネックレスから、林檎の形をした鍵を見せてこう告げた。
「白雪姫。世界の形を守らなきゃ」
息が止まった。白雪姫。世界の形を変える棺と呼ばれている何かを、彼女は探している?
「クインズの七不思議じゃないのか、その白雪姫って」
「ホラ話に見せるために、わざと噂程度に浸透させているの」
ホラ話という言葉に、思わず笑ってしまった。
「な、何?」
「いや、言葉遣いが安定しないなとは思っていたけど、ホラ話か。田舎のお嬢様だったりするの?」
その発言に彼女は恥ずかしくなったのか、赤面と同時に助手席の内ドアを悔しそうになぞる。
「あんま言葉とか……分からんけんしょんなかたい」
「くすぐったいです」
彼女の小言も、クッキーがボソっという声も、周りの雑音と風の音にかき消されてノゾムは気付かない。
「言葉は、勉強中。それより、あなたこそ何者? 色々と、謎すぎる」
「謎って、俺はただの学生だよ。父さんは凄い人だったけど。クッキーも父さんが作ったんだ。よく家を空けてたから、俺が寂しくないようにって」
「クッキーって、このホバースクーターさん……?」
ホバースクーターさん。さん。
「さっき言ったフレテクノロジー。クッキーは全身がそれで出来ていて、人の形にも車の形にも、ある程度の体積の物であれば何にでもなれる」
「そ、それってかなり凄いのでわ⁉︎」
やはり彼女の言語は少しおかしいが、驚くべきところは納得だ。
「多分世界でもかなり凄い発明だと思う。でもこのフレテクノロジーを完全な物にして学会で発表する前に、研究所が爆発しちゃってさ。父さんが未公開だった大量の研究データと共に全部消滅。クッキーがフレテクノロジーで出来ていることは俺しか知らない」
「そうだったの……偉大な人だったのね」
彼女は、心の底からそう言っているのだろう。今までお悔やみとかいうのを言ってきた奴らとは違う。なんとなく分かる。
「世界にとっては偉大でも、家族にとってはどうかは分からない」
「……嫌っているの?」
「もっと酷い。無関心、無関係であろうとしてる。でも俺は無力だから、父さんの残した遺産に生かされて、形見のクッキーに助けられてる」
「……別に悪いことじゃないと思う。だってあなたは、本来ならまだ家族の愛に甘えられるはずの歳だもの」
それ以上、彼女は何も言わなかった。申し訳ないことをしたのだと気づいた時には、空気は既に重たい。何か、話題を。
「俺、ハンバーガーが好きなんだ。ピクルス抜きの、安いやつ。奏は何が好きなの?」
「好きな物……」
突然の問いかけに彼女は少し戸惑うが、一瞬の間を置いて「焼き鳥」と言って微笑んだ。
「焼き鳥か。良い店知ってる。白雪姫ってのを何とかしたら、案内するよ」
「……ありがとう」
その後は俺達は研究所までくだらない話を続けた。学校の話とか、映画の話とか、テレビの話。正直奏の反応は微妙だったけど、嫌そうではなかった。
とても、楽しい時間だった。
気づけば研究所までは残り1キロメートル。前方には巨大な施設が見える。
「もうすぐ着くよ。中に入ったらどうするの?」
「施設内の見取り図があるから、それで白雪姫まで」
奏はポケットから白い紙を取り出すと、そこにマップが映し出された。
「なるほど。じゃあ道案内は任せ———」
瞬間、意識が飛んだ。
痛い。え? 頭、身体。血?
温かい、液体。
真っ暗、暗い。音、聞こえない。
匂い、どこ。奏。
あっ。もう。終わ。
なに。もみ。ない。
とうさ……ん。かあ……。
「ノゾ……ム?」
「ノゾム様っ!」
クッキーは急ブレーキをかける。完全に油断していた。考えてもいなかった。
自分の体から崩れ落ち地面に肉体が倒れ落ちた。それはノゾムだ。
目の前に映る主人の姿は、頭を弾で撃ち抜かれ、もう死んでいる。
即死だ。
辺りを直ぐに確認した。撃ち抜かれた角度から考えるに東、建物の上。8階……いた。
先程まで彼女を追っていた2人の男だ。しかと目に焼き付ける。いつか殺す為に。
ビルの8階には涼しい風が吹いていた。別に人が死んだって、この風は止まらない。
「撃ち殺しはしたがよ。あのスクーター、こっち見てねぇか?」
ピークはレンズ越しに一人の少女と殺した男。そしてスクーターを眺める。
「目が良すぎるのよ。3キロ先の動く的なんて当てれるんだから、気のせいまで見えちゃうんじゃない?」
「ったく」
チャーリーの言葉に納得いかないながらも、銃を丁寧にしまう。
「研究所に戻りましょう。ナコと他のみんなだけじゃ多分苦しいわ」
「分かってるよ」
所在の分からない二人の男は、ビルから直ちに去っていく。
青い空は、少女の悲鳴もなく今日も静かであった。
奏は、叫ぶこともできず、目の前の死をただ見ていた。
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