第2話

「本当に酷いよね。あんなに言うことないじゃん……。」


ぶつくさ独り言を呟きながら歩くのは学校の帰り道。

ひょんなことで友達と喧嘩して、放課後も目を見合わせただけでぷいっとそっぽを向かれてとりつくしまもない。


一瞬謝ろうかと思ったのに、そんな態度を示されたらこっちも引っ込みが付かなくなっちゃうじゃん。


「はぁ……」


前もこんなことがあったな。あの時ってどうしてたっけ。

多分、時間が経てば解決するんだろうけれど。


それでもやっぱり、この時間は重たい。苦しいし、やるせない気持ちになる。


「やっぱり明日、謝ろうかなぁ……」


謝るって、何を?

思い返してみるとどっちが悪いとかともかく、謝って解決する内容だったっけ。


そうやってせっかく解決しそうになったことを掘り返してぐるぐるぐるぐる、堂々巡り。


「あーーーもーーー!」


私が思わず伸びをしながら叫んだら、ブロック塀を渡ろうとしてる猫がびっくりして飛び降りた。ごめんね、もう私も余裕ないみたいなんだ。


と、猫の行く先は路地裏。


ふっと立ち止まってみたら、ふわっとした感触が頭に触れる。何だろうと手繰ってみれば、その手には花びらを掴んでいて。


「そっか、桜も散る季節かぁ。早いなぁ。」


呟くつもりはなくって、本当なら内心そんなことを思うだけのつもりだったのに、どうしてか口に出てしまった。なんとなく、ゆっくりと散ってく桜に自分を重ねたりしてたのかも。


なんて、痛いこと考えるのはやめよう。そう決めてからふと顔を上げる。


その視界には、桜の木。瞬間、びゅうと風が吹いて、私の髪と桜の木を揺らす。思わず髪を抑えながらふっと目を閉じて、その風が収まるのを待つ。


すると、やがて収まった風が、まるで私の背中を押すみたいにして、優しい追い風に変わった。


「え!?」


その感触があまりにも不思議で、何ならちょっと気持ち悪くて、すぐに目を開けた。すると風はすぐにいなくなって、その代わりに吹き抜けた風が少しだけ残ってて、小さなつむじ風が目の前の路地に向かってくるくる回ってた。


あたりには桜の花びらがまるでシャボン玉みたいにふわふわ散って、その一部が風に揺られて、導かれるみたいにして路地の方へ吸い込まれていく。


ヘンゼルとグレーテルみたいに、ずっと奥までその桜の花びらは続いてるようで。私はただそれが不思議で、ちょっとした好奇心で一歩踏み出した。


そうそう、こっちだよ。そう言ってるみたいにつむじ風はそっと消えて、路地には私一人になった。私はゆっくりと進んでいく。桜の花びらが道に散らばっている。よく考えてみれば不思議じゃないのかもしれない。


それでも私は一歩一歩、桜の小道をゆっくりと歩いていって。

そうしてしばらく進んでいくと、ふわっと何かの匂いに気づいて立ち止まった。


「……なんだろう、この匂い。珈琲……かな?」


それは家の近くの喫茶店で嗅いだことのある匂い。どこだろうと周りを見渡す。目を凝らせばもう少し先に、少し風変わりな建物が。


ここまで歩いてきたよりもゆっくりと、警戒するように歩み寄っていく。そうしてその建物の前に着けば、それが喫茶店だってことを確信して。ただ、


「……昔の、大正時代……とかの、コンセプトカフェ、かな?」


店先には白黒、セピアの色褪せたメニューがほんの少し。物々しい扉には『カフヱー』の文字。


どうしよう、と一瞬悩んだものの、不思議と怖いとか気味が悪いとか、そういう気持ちはなくて。ちょっとした緊張を携えて、すぐに心を決めれば煌びやかな装飾の扉に手をかける。扉が開く音。


眩い太陽が照らす外の世界から一転、扉が開けば一瞬視界が光に覆われるような感覚。少しだけ軋む音が響いた先には、想像通りの光景。音も、匂いも、五感を刺激しながら咄嗟に飛び込んできたのは、


「いらっしゃいませ。ようこそ、カフヱーへ。」








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る