空に奏でた僕らのフーガ
伊ノ蔵 ゆう
紡ぐ男女
第 1 話 現在 〜和水と君〜
「
胸の膨らみを押し付けてくる女子に腕を引っ張っられて、俺は教室を出る。これは、DかEだ。少しの間堪能させて貰おう。
教科書を持ってなかったが、まあ、おっぱいさんに見せてもらえばいいか。
ふと教室の端を見ると、
彼氏が、ただ他の女に胸を押し付けられているだけでその態度とは、身が持たないぞ、圭夏。
授業は化学の話。
教室の移動をしたのに、実験はなく、ビデオを観るのみの授業だった。
先生の話を聞きながら、ノートを取りながら、ビデオを観ながら、左に一つ増え、左右におっぱいを感じながら、窓から滑り込む夏の爽やかな風を感じながら、授業は終わった。
席を立ち上がろうとすると、おっぱいさんたちが、腕を引っ張った。
「和水、今日タピオカ飲んで帰ろうよ」
「えー、ケーキ食べに行く約束したよね?」
そんな約束した覚えはない。
左右のおっぱいからふと顔をあげると、圭夏が鬼の形相でこちらを睨みつけている。
「わっちゃん、帰るよ」
仕様のないお姫様だ。
「ごめん、そういうことで」
不思議そうな顔をするおっぱいさんたちを置いて、圭夏の後を追い、学校を後にする。
「和水って、付き合い悪いよね〜」
「顔はいいのにね〜」
「音楽聞いてて、話聞いてくれないし」
去り際に聞こえる、おっぱいさんたちの会話。
そう、俺は顔がいい。この学校一モテると自負している。街を歩けば、すれ違う女子はこちらを振り返る。どこかで待っていれば、芸能事務所か暇を持て余す女子に声をかけられるのが常だ。
どうして、学校一モテるであろう人物が、こんな平凡中の平凡である女を追いかけるのか。きっと誰もわからないだろう。
こちらとしては、この手に入れられない女子を追いかけることが、当たり前なのだから、どうしようもない。
教科書の入っていない軽い鞄を引っ掴み、さっさと校門を抜ける圭夏を追いかける。
たくさんの女子に挨拶を返しながら、掴まれる服を優しく離させながら、なんとか二人きりになる道まで辿り着いた。
「いちいち根に持っても良いことないぞ」
帰りの道を、数歩先を行く圭夏に向かって声をかける。
「わっちゃんは、おっぱい大きい子の方が好きなんだ」
小さな石を蹴りながら、目で見てわかる拗ねた子供。跳ねた石が、道に息耐える蝉の息を吹き返らせ、行く道を阻まれる。
俺は圭夏の壁になってやり、蝉の羽ばたきを通過した。
「わっちゃんはおっぱい大きい子じゃなくて、女の子が好きなんです」
蝉の攻撃を抜け、まだ俺より数歩先を行く圭夏にむけて、本音であり、意地悪を口にすると、圭夏の足が止まる。
蒸し暑い空気。
コンクリートの熱気が足元から立ち上ってくる。
蝉のオーケストラが、アンサンブルの渋滞を起こしている。こんなに呼んだ覚えはない。さっさと土にかえってくれ。
セミも好きで鳴いてるわけじゃない。我慢くらいしてあげなきゃ。って、どっかの誰かも言ってた。
圭夏の姿が、蜃気楼のようにゆらゆらと揺れる。
「ねえわっちゃん」
ああ、まただ。質問モードに入ってしまった。
「なんであたしと付き合ってるの」
いつも聞かれるこの質問。いつもいつも答えても、彼女はいつもいつも繰り返す。
もう何度、この質問に答えただろうか。答えても答えても、彼女の心配は尽きない。
「圭夏だからだよ」
この言葉に、彼女は悲しそうな顔をして、泣きそうな顔をして、俯き、次の言葉を紡ぐ。
「わっちゃんには、もっとふさわしいお姫様がどこかにいると思うよ」
俺には、君しかいないんだ。
どんなことがあったって、圭夏は、この世に一人しかいない。唯一無二の俺のお姫様だ。小さな頃から変わらない。
「いないよ」
小さな頃から一緒の、幼馴染みの圭夏は、お前しかいないんだ。
いつもの質問、いつもの答え。
そしていつも通り、圭夏は呆れたように笑うと、にかっと微笑んで手を繋いでくる。
「もう少しだけだよ」
「寂しいな」
「じゃあタピオカ飲みに行こう」
「おっぱいさんいたら逃げるからな」
「名前覚えるくらいしなよ」
「覚えらんない」
君以外の、周りの女の子の名前は、なかなか覚えられないんだ。
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