魂と想い②

 そこからは、俺も知っている話だった。

 ティリスと結ばれ、契約を結び、俺のサーヴァントとなった。そして名を与えてもらう事で、彼女は魔王軍からの追随から、ようやく逃れる事ができたのだ。

 それから、ティリスはこの俺の〝匂い〟の仕掛けについても教えてくれた。この匂いは、ティリスが最も好きな香りで、義兄が彼女に与えたオリジナルの香油と同じ香りだそうだ。即ち、世界で唯一、ティリスだけが義兄のものと判断できるものだった。尚且つ、俺の匂いは女型の魔物が性的興奮を覚える特性があるらしい。おそらく、これはティリスが遠くからでも俺の存在を探知できて、且つ体を交える事で契約を結べる事を本能的に理解させる為だろう、とティリスは予測した。


(俺の前世はアホなのか?)


 何とも遠回りで、博打にも程がある計画だった。これまで運よく生きてこれたけど、それこそティリスと出会う前に女型の魔物に襲われて殺されても仕方なかったというのに。実際に俺は勇者パーティーに所属していた時に、ハーピィやセイレーンに追い回されていた。彼女と出会う前に殺されていてもおかしくなかったのだ。


(いや、違うか……?)


 襲われても、それは体を交えるだけ……一度体を交えれば、契約が結ばれてしまって、俺に逆らえなくなる。もしかすると、ティリスと出会うまで、その魔物に俺を守らせようという魂胆だったのかもしれない。

 そういえば、俺も物心ついた頃にはテイマーになりたいと思っていた。どこまで考えていて、どこまでが運だったのか……今その事実を知っても、わからなかった。


「それにしても、なんでこの方法だったのかね……もう少しマシな方法にしてほしかったもんだけど」

「真意はわかりませんけど……義兄あにの魔力を以てしても、転生先に自分の魂を宿せる場所が、限られていたんだと思います」


 魔族の中でも、転生魔法は禁呪だそうだ。というより、死んだ先で転生できる保証がないので誰もやらなかったらしい。しかも、転生したところで自分の能力や記憶は失われる可能性が高い。実際、あれほどの妖気を持つ魔神将アークデーモンの力も、今の俺には何も受け継がれていない。誰も転生を試したがらない理由がよくわかる。

 おそらく、ティリスの義兄は自分が殺されるかもしれない事を常に考えて、その先で彼女を守る事をずっと考えていたのかもしれない。

 そして、性交で男から吐き出されるものは生命と言われている。それを考えると、女型であればどんな強い魔物とでも性交で契約できてしまう能力にも納得ができる。魔神将アークデーモンは魔族の中でも最上位の存在だ。その生命を体内に注ぎ込まれたならば、例え上位魔神グレーターデーモンであろうが、鬼姫クイーン・オーガであろうが、契約を受け入れざるを得ない。

 ここまで明かされると、俺が彼女の義兄の転生先であって、そして俺がテイマーになる事まで見越していたのは間違いない。

 だが、そこでやはり、一層この問題が浮き彫りになるのだ。


「じゃあさ……俺は、一体何なんだよ」

「アレク様……?」

「その話はきっと事実なんだろう。俺も納得できた。でも、そうなら……俺が生まれてきたのも、テイマーになってるのも、こうして生きてるのも、お前が俺を見つけるのも……全部そいつの狙い通りって事になるだろ? じゃあ、俺って何なんだよ!」


 これほどまでに、自分の存在があやふやになる事など考えた事もなかった。

 俺が何を好きになり、どう生きて、何をやるかなども全て決められていたというのか。そうであれば、このアレクという者は、本当にただの入れ物でしかなかった事になる。自分が自分でなくなってしまうような、そんなどうしようもない気持ちになって、一気に瞼が熱くなった。


「俺がお前をこうして好きになるっていうのも、全部そいつに仕組まれたものだっていうのかよ。そいつの気持ちをただ受け継いだだけで、そいつが叶えられなかったから俺が叶えているだけっていうのかよ。俺が……お前を好きだって思う気持ちは、守りたいって思った気持ちは、お前と一緒にいたいって気持ちは……全部俺のものじゃなかったっていうのかよ!」


 堪え切れなくなって、涙が溢れてきた。

 ティリスと結ばれた時に感じた幸福感、今までの彼女と歩んできた数々の幸せだった想い出……そういったものが、全て否定された気がしたのだ。

 それはお前のものじゃない、俺のものだ、とその義兄が語り掛けてきた気がした。実際、ティリスやララと契約できたのも、俺の力ではない。その魔神将アークデーモンの力があったからだ。彼女らの力がなければ、ラトレイアも仲間にならなかっただろうし、夜明けの使者オルトロスも生まれなかった。

 ようやく何か成し得たと思ったのに、これから成し得たいものが見つかったというのに、それですら前世の誰かよくわかりもしない魔族の魂の残り滓でしかなかった。

 結局俺は、そいつに与えられたものでしか生きれていないじゃないか。


「アレク様、それは違います!」


 ティリスがそう叫んで、咽び泣いていた俺を頭から抱き締めた。


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